【感想・ネタバレ】ソポクレス オイディプス王のレビュー

あらすじ

オイディプスが先王殺害犯人の探索を烈しい呪いの言葉とともに命ずる発端から恐るべき真相発見の破局へとすべてを集中させてゆく緊密な劇的構成。発端の自信に満ちた誇り高い王オイディプスと運命の逆転に打ちひしがれた弱い人間オイディプスとの鮮やかな対比。数多いギリシア悲劇のなかでも、古来傑作の誉れ高い作品である。

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Posted by ブクログ

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■ 要 約
・荒廃しているテバイの国、神託によれば、その理由は先王ライオス殺しの罪人がこの国に居るためであり、これを罰することが必要との事
・先王ライオス亡き後、スフィンクスからテバイを救い、新たな王となった英雄オイディプス王は、国を救うため真実を明らかにしていくが、実はオイディプスこそが先王ライオスの子にして、ライオス殺しの犯人であり、母であるイオカステを妻として子を儲けていた事を知る。
・真実を知ったイオカステは自らの命を断ち、絶望したオイディプス王は自分の両目を潰して家臣らに自らを罰するよう願う。

■ 核心テーマ
→人間は自己について正しく認識しようとするが、その自己認識は時に決定的に誤り得るものであり、それゆえ悲劇に陥る場合がある。

■ 先に読んだプラトンの『国家』と比較して
 『国家』では、正しく知る事により段階的に認識が向上し、最終的に善のイデアを観得する事で、正しい判断と幸福に至るとされる。
 しかし、オイディプスは、真実を求め知を愛する人間であったが、自らの出自や親殺しの行為といった最も重要な自己の事柄について、決定的に誤認をしていた。しかも、これはオイディプスの置かれた状況においては、正しく認識することが極めて難しいものであった。
 この事は、正しく知る事により、やがて善のイデアに到達できるというプラトン的世界観に対し、人間の自己認識というものは、方法が正しくてもなお、対象や条件によっては決定的に認識を誤り得る不確実なものである可能性を示唆するものではないかと思う。
 また、プラトン的哲人像では、知を愛し、真実を知ろうとする行為は、人間を善=幸福に導くとされる。しかし、『オイディプス王』においては、真実の探究により明らかになった内容が、自らの存在の破滅をもたらすものであった。重要なのは、オイディプス王が誤った認識に止まる事なく、むしろ真実に辿り着いたという事である。この作品は、真実を認識することが必ずしも善や幸福に繋がるものではないという問題を提示し、この点でプラトン的前提と緊張関係にある。

→次は同じくソポクレスのアンティゴネーを、引き続きプラトンの国家と比較して読んでいきたい。

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2026年03月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

読み進めるにつれ、読者にまで緊迫感がありありと伝わってくる。
最高水準の表現がちりばめられていた。

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2021年02月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

一気読みしました。


ギリシャ悲劇の中でも傑作と謳われる
理由がわかった気がします。
思わず一気読みしてしまいました。

最初どうなるかと思っていましたが、
中盤を読んだらもう止まらない。

オイディプス王の悲劇は、
現代に例えて、教訓にするのであれば
知らない事実もあって良い
ということです。

ソポクレスさんありがとう

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2022年01月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

かかった時間
50分

感想(ネタバレなし)
西洋哲学の本を読んでいると、ギリシャの古典作品への言及が多いので、試しに読んでみた。
シェイクスピアのリア王挫折、サロメもファウストも楽しめなかった私にとって、正直王が出てくる古典的な物語は苦手意識がある。念願だったオペラも爆睡するぐらい、古典的な劇も苦手。

(本当にシェイクスピアがトラウマレベルのつまらなさで、もし面白い作品があれば再度挑戦したいので教えて欲しいです...。気概はあるんです...。)

しかし、本作品は短いし、面白かった!!!!
一気に面白くなる場面が来たとき、心の中で、「おっとー?^_^^これは!!!まさかの!!!もしかして!!!!面白いのでは??^_^」とニヤニヤしていた。そこからは一気に読み切れた。

芸術や文芸を愛していたギリシャ文化の中の一つに触れられて僥倖。感性が死んでいる自信がある私でも、その格式高さや荘厳さを感じ取ることができた。詩は意味がわからなかったので飛ばしました。スミマセン。
このまま、イリアスオデュッセイアや歴史辺りも読んでみたいが、優先度は低いかな...

感想(ネタバレあり)

1. 日本とは違う悲劇のあり方

悲劇といえども、日本とは違って劇的で派手なプロットだと思った。そこまで日本の文学には詳しくないが、平家物語の壇ノ浦の戦いや敦盛の話のように、どうしようもない運命に対しても、そのまま受け入れ、朽ちていくイメージ。

「あはれ、弓矢取る身ほど、
悲しかりけるものはなし。」

一方で、本作は両眼を潰している。。。
このような劇的な展開には、西洋ならではだと思う。きっと西洋の人々はこの悲劇を見て、感傷に浸るんだろうけど、私はその感情よりも驚きや疑問が勝ってしまった。そこまでする...?やりすぎでは..?と。

ただ、解説にもあったように、悲劇を悲劇たらしめるプロットの仕掛けは、全世界共通だと思った。栄華の頂点からの没落であったり、嬉しい知らせと思わせて悲しい衝撃の知らせだったり。
このような仕掛けについては、アリストテレスが詩学で解説してくれているらしいので、ぜひどこかで読んでみたい。

全く関係ないですが、読みながら走れメロスを仄かに感じていて、あれは西洋の人が読んだら西洋的、ギリシャ的と思うのかしら、という疑問が湧いた。

2. 予言者多くない?

今回読んで気づいたのは、西洋の古典文学はとにかく予言者が多い。しかもだいたいキーパーソン。これはまるっきり日本の文学とは違うところだと思う。しかも王と予言者の組み合わせが多い。だからと言って何の示唆もないんですが、ここは文化の違いですね。

3. 王政やだなぁ...

最近ニーチェ、プラトン,オルテガと専制君主制志向の人たちの著作を読んでいるので、自分の思想もそちらに寄りつつあるが、改めてこの本読んで専制君主やだなぁという素朴な感想を持った。

王様が出てくる物語では、必ず理不尽な仕打ちを受ける人が出てくる。この人たちを見ると、王政や専制君主制下で生きる大変さが偲ばれる。年上に媚びるのさえ大変なのに、自分の生殺与奪の権を握っている相手と応対しなきゃならないなんて、とてもじゃないけど無理。

ということで、ずっと遠ざけていたギリシャ古典が予想外に面白かったので、とても嬉しいです!
また、時間があったら他の作品にもチャレンジしてみたいです!




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2026年02月06日

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