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Posted by ブクログ
ヨーロッパの最西端と言われるポルトガル領の群島、アソーレス諸島。その近海を泳ぐクジラと島の捕鯨手たちの物語を、虚構混じりの断片から浮かび上がらせていく掌篇集。
再読。何度読んでも美しい本、同じフォーマットを使って自分の好きなものを語りたいと憧れる本だ。史実に即した事柄を語るときにもタブッキは夢を見ながら語っているかのようで、それがクジラの泳ぐ大海を身一つで漂うような読感を生みだす。
深夜に見たNHKの番組でアソーレス諸島近海のクジラを取り上げていたのをきっかけに再読したのだが、あの海の青さを見てからだと、本書を読んで頭のなかに結ぶ像の色彩設計がガラッと変わってしまった気がする。「水みたいに薄い空色の目」の持ち主が何度かでてくるけれど、瞳の色が薄く見えるのは海があまりに青いせいなんじゃないだろうか。そう感じる青だった。
タブッキと同じく断片的な記憶のイメージを積み重ねて物語を編み上げる名手である須賀敦子の訳者あとがきと、堀江敏幸の端正な解説を読める文庫は本当に贅沢。堀江さんの「ネタばらし」は、浅学な読者にはとても有り難い。
Posted by ブクログ
虚構と隠喩
仕掛けられた世界を始終彷徨うも
掴めそうで掴めない島・クジラ・女の話
詩的情緒湛える散文は
時間と空間を歪める印象を残す
150頁に満たない物語
思考するほど厚みが増すような
タブッキ…煩雑な出会い
Posted by ブクログ
まえがきからあとがきに至るまで、すべてのテキストが作品の要素となっている詩的な作品集でした。
まず自分はアソーレス諸島がどこにあるのかも分からず、どこか空想の産物のような気がしつつページをめくっていました。世界地図で確認したら、ポルトガルから大西洋へだいぶ行った先にちゃんとあるではないですか。この世にアソーレス諸島はあります。
とはいえ大陸からはなれて地図の1番端にあるため、世界からはみ出しているというか、まるで世界の果てにあるようです。タブッキの文章と合わせると、やっぱりどこにもない島のような気がしてきます。文章を通してたどり着ける島は、逆に言えば、永遠にたどり着けない島でもあります。テーマやなんかは違いますが、ルネ・ドーマル『類推の山』を思い出しました。
現実に存在する島や旅行体験と、この本は同じようでいて違うという、その部分に詩があるんじゃないでしょうか。スナップ写真のような情景や、諸島の歴史、名も知らぬ詩人の伝記、港町の歌い手が語る物語など、はっきりとこれだと示さないままに、断片的に重ねられるテキストそれ自体は散文的なのですが、それぞれが「タブッキのアソーレス諸島」を暗に語りつつ、本としてのまとまりの中で、手触りに近い存在感を読者の想像世界に念写してくるあたり、形式としては、やはり詩なんだと思いますし、詩とは言葉でのみ体験できるリアルな別世界なのだと思います。
しかも死や難破のイメージがくり返される割に、暗くもなく、不吉でもないのがいい。懐かしむような、すでに失われたものを愛しむようなどこか夢を見ているような心地さ。これがいわゆるサウダージというのでしょうか。この技巧力とおしゃれ度とカッコよさに痺れます。
実はこれが自分の初めてのアントニオ・タブッキ作品です。読む前からなんとなく予感していましたが、案の定すっかり好きになってしまいました。カバーデザインのイメージどおりです。
もともとペソアが好きなので、名前だけは頭にあったのに、今日にいたるまでご縁がなかったのが不思議なくらいです。さっそく『インド夜想曲』を手に入れました。もうタイトルからして好きになってます。
Posted by ブクログ
インド夜想曲を読んだあとに読んだ。インド夜想曲のほうが、主人公の目的がある分、全体としての話ははっきりしている。ただ島とクジラと女をめぐる断片のほうが、一つ一つの挿話の質は高かったように思える。
好みの問題ではあるが、私はこちらのほうが面白かった。
Posted by ブクログ
役に立たない原典探しでたどり着いた本。読んで良かった……。会話文と地の文がひと続きになっているだけでなく虚構と現実もひと続きになっていて、詩情におおいに溢れており、女をめぐる断片とクジラの断片には感嘆させられてしまった。
女は名前以外全て嘘をついていたということは、下男だと言い放ったのも嘘だったのだろう。そう思うと、裁判で真実が明らかにされて男は後悔したのかもしれないが、大陸から追いかけてきた奴から女が逃げるためには男に銛で殺してもらうしかなかったのかもしれないので、確かに男(ルカーシュ・エドウィーノ)と女(イェボラス)の間には愛があったのかもしれない。
クジラから見た人間の姿は本編を総括するのに良かった。ついでに訳者あとがきも解説も本書の余韻を損なわない面白さでよかった。
Posted by ブクログ
誰かの語る物語に耳を傾けているような、隣りの会話を盗み聞きしているような、旅をしている心地になる詩のような一冊。物語を深く味わうというよりは歌に身を任せてたゆたうよう。
須賀敦子さんの解説が素晴らしい。