まえがきからあとがきに至るまで、すべてのテキストが作品の要素となっている詩的な作品集でした。
まず自分はアソーレス諸島がどこにあるのかも分からず、どこか空想の産物のような気がしつつページをめくっていました。世界地図で確認したら、ポルトガルから大西洋へだいぶ行った先にちゃんとあるではないですか。この
...続きを読む世にアソーレス諸島はあります。
とはいえ大陸からはなれて地図の1番端にあるため、世界からはみ出しているというか、まるで世界の果てにあるようです。タブッキの文章と合わせると、やっぱりどこにもない島のような気がしてきます。文章を通してたどり着ける島は、逆に言えば、永遠にたどり着けない島でもあります。テーマやなんかは違いますが、ルネ・ドーマル『類推の山』を思い出しました。
現実に存在する島や旅行体験と、この本は同じようでいて違うという、その部分に詩があるんじゃないでしょうか。スナップ写真のような情景や、諸島の歴史、名も知らぬ詩人の伝記、港町の歌い手が語る物語など、はっきりとこれだと示さないままに、断片的に重ねられるテキストそれ自体は散文的なのですが、それぞれが「タブッキのアソーレス諸島」を暗に語りつつ、本としてのまとまりの中で、手触りに近い存在感を読者の想像世界に念写してくるあたり、形式としては、やはり詩なんだと思いますし、詩とは言葉でのみ体験できるリアルな別世界なのだと思います。
しかも死や難破のイメージがくり返される割に、暗くもなく、不吉でもないのがいい。懐かしむような、すでに失われたものを愛しむようなどこか夢を見ているような心地さ。これがいわゆるサウダージというのでしょうか。この技巧力とおしゃれ度とカッコよさに痺れます。
実はこれが自分の初めてのアントニオ・タブッキ作品です。読む前からなんとなく予感していましたが、案の定すっかり好きになってしまいました。カバーデザインのイメージどおりです。
もともとペソアが好きなので、名前だけは頭にあったのに、今日にいたるまでご縁がなかったのが不思議なくらいです。さっそく『インド夜想曲』を手に入れました。もうタイトルからして好きになってます。