【感想・ネタバレ】風待ちのひとのレビュー

あらすじ

“心の風邪”で休職中の39歳のエリートサラリーマン・哲司は、亡くなった母が最後に住んでいた美しい港町、美鷲を訪れる。 哲司はそこで偶然知り合った喜美子に、母親の遺品の整理を手伝ってもらうことに。 疲れ果てていた哲司は、彼女の優しさや町の人たちの温かさに触れるにつれ、徐々に心を癒していく。 喜美子は哲司と同い年で、かつて息子と夫を相次いで亡くしていた。 癒えぬ悲しみを抱えたまま、明るく振舞う喜美子だったが、哲司と接することで、次第に自分の思いや諦めていたことに気づいていく。 少しずつ距離を縮め、次第にふたりはひかれ合うが、哲司には東京に残してきた妻子がいた――。 人生の休息の季節と再生へのみちのりを鮮やかに描いた、伊吹有喜デビュー作。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

Posted by ブクログ

面白かった。一気に読んだ。ラストも良かった。
30代後半の大人の恋愛小説っぽい。それぞれに色々な経験を持った男女が、たまたま偶然出会い、お互いに大切な人になっていく。伊吹有喜さんのデビュー作。伊吹さん3冊目。刺激的ではないけれど、いつも穏やかな、優しい気持ちにさせてくれる作家さんです。好きかも。人との繋がりの大事さを教えてくれる。他の作品も読んでみたい。

0
2025年09月22日

Posted by ブクログ

若い子の恋愛には無い
39歳色々な経験積んだ大人
じれったく、ハラハラしたり、ドキドキ、クスッと笑ったり、涙ポロ
伊吹有喜さんの作品なので優しく書かれる気はしますが優しくない感じもした。
大人の恋愛だな。オペラやミュージカル
星4.5

0
2024年08月29日

Posted by ブクログ

辛い経験を経て失うものとそこから得るもの、人生で起こる小さな出逢いや縁の大切さを気づかせてくれました。

小説の中にしかないでしょ?といった筋ではなく、親近感が持てる人物像と現代家族の描写に、隣の家を覗いているようなリアル感を得られました。

0
2024年04月06日

Posted by ブクログ

伊吹さんの小説、2冊目。読み終えて感じたこと。

美鷲の風景描写が、想像できるくらいの表現の素晴らしさに惹かれた。
家族を失った貴美子と心の風邪をひいてしまった哲司。
貴美子の優しさと気遣い、テキパキとこなす仕事。かっこいいと思った。
お互いに欠けているもの、大切なものに気付き前に進もうとするストーリー。

貴美子は本当に温かい女性だと思う。
謙虚でどんな人にも温かく接することができる女性。
弱いようで、芯の強さもある。
大切なものを手にするために、自由に生きれたらどんなに幸せかなぁ、と思ったストーリーだった。

ちょっぴりもどかしくてせつなくもなる大人の恋も描かれてて、色んな気持ちになれた。

0
2024年03月14日

Posted by ブクログ

伊吹さんの作品は人の心情の移り変わりなどが大変上手いので作品を読み終えるたびに上手いなあと感じます。

今回もそれぞれが感じていた寂しさや、やるせなさなどがとても上手く表現されています。

ハラハラ、ドキドキしながら迎えるラストにとても心が癒されます。

0
2023年11月20日

Posted by ブクログ

哲司39歳、銀行員、出世コースから外れ、外資に勤める妻の年収の方が多くなった。うつ状態になり休職することになった。三重の田舎に家を建てた母が死に、その家の始末に来た。喜美子39歳、息子に死なれ、あちこち転々としていた。たまたま会った哲司を助け、家の片付けを手伝うようになった。自称オバチャン

ある種の完璧な小説だった。

ヒッチハイクをする喜美子を説明するプロローグ、悩みを抱えた哲司。彼を助けてあげる喜美子。こうなったらいいな、こうなったらいやだなと読む者を振り回すストーリー。素晴らしい。

喜美子は理想のタイプの女性だなと思うのと、どんな事があっても、人間は再生できる、やり直せると深く思った。

0
2022年09月28日

Posted by ブクログ

著者の作品を読むのは雲を紡ぐに続いて2回目です。エリートコースを歩んできたサラリーマンが、うつ病になり、妻にも浮気され男としての自信を失い、自殺するつもりで亡くなった母の住んでいた街、美鷲(おそらく三重県の尾鷲市)に訪れます。休職期間中のその街での出会いや恋愛を綴った、切なくも優しいストーリーです。
哲司も喜美子もお互いを好きなのに常識のある人間だからこそ先に進めない感じがなんとも切ない。
雲を紡ぐを読んで、夫婦や親子関係の機微を描写するのが上手な作家だなと思っていましたが、その魅力が存分に詰まった一冊で、今まで読んできた小説の中でも1番と言っていいくらい好きな本です。少し日々の生活に疲れてしまった人にぜひ読んでもらいたいです。

0
2022年08月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

伊吹さん。今年に入ってすでに7冊目。今回は自分の年齢と似たアラフォーの主人公・哲司と喜美子のカタルシスWITH恋愛の話し。哲司はエリート銀行マン、妻との関係は冷え切り、心身の不調から休職。静養がてら、母が住んでいた海辺の町・美鷲を訪れる。同い年の喜美子は、明るく世話好き。夫と息子を亡くした心に辛い傷を負っていた。喜美子の健気さと懐に入り込む愛嬌が何とも愛らしい。完全に喜美子が気になる。哲司には喜美子が必要だが妻との諍いから辛い展開に。最後は久しぶりに涙が出た。伊吹さんの本で一番感情移入したベスト本。⑤↑

これがデビュー作なんだね。

0
2022年05月22日

Posted by ブクログ

まさにツボ、満点でした。
哲司と同じ業界で働いていました。そして途中で道を外してジ・エンド。音楽ではクラシック大好き。昨秋はショパンコンクールにハマっていました。コロナの前はオペラにもよく行きました。最も聴いているのはトラビアータ、ウィーンやパリでも聴きました。事実なのですがヴェネツィアフェニーチェ劇場は2年前コロナで泣く泣くキャンセルしました。
ただし、生まれ育ちは平凡で、教養もお金もなく外見は貧相という点は大きな違い。おかげで生きる喜びを未だに模索中です。こんな格好いい男になりたかった。

0
2022年03月10日

Posted by ブクログ

伊吹有喜さんのデビュー作。四十九日のレシピが有名ですが、個人的にはこちらの方が好きです。
オススメ!

0
2021年10月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

また大好きな本が増えたー。

「大人のけじめの付け方が、子どもの人生に影響する」
確かになー。また、喜美子がした渦の話もよかった。人生に喩えられるね。
哲司と喜美子の関係がなでしこ物語のヨウヨとリュウカくんに通じてる気がして。
それにしても伊吹さんのデビュー作、彼女は最初からこんな繊細で豊かな人間性を持つ登場人物を描けていたんだな。すごい。

0
2020年12月07日

Posted by ブクログ

メンタルをどう克服するか
自分にどう向き合うか
自分に正直になれるか
等多くのことを学ばせてもらった
この作家の作品は何作も読んでいるが、この作家が女性であることを初めて知った

0
2025年12月08日

Posted by ブクログ

伊吹さんの作品を読むのは3冊めです。最初に読んだ「雲を紡ぐ」が好きだったことが手にしたきっかけです。
優しい雰囲気はこれまでの2冊と同様でした。
歳を重ねると、いろいろな経験を重ねる中で、自分の生きていく世界が固まっていく、決められていくような気がします。若いときのように新しい環境に飛び込むことも難しく、億劫になってしまう。
哲司も喜美子もじれったいですが、20代のように突っ走ることも難しい、まどろっこしい感じもありつつ、切ない話でした。

0
2025年04月10日

Posted by ブクログ

風待ち、潮待ち、日和待ち、ってよく使う言葉で、好きな言葉です❗️
最近は、人生、急いだり、あせったりしないようにしています。

0
2024年12月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ペコちゃん
福井喜美子。不二家のペコちゃんに似た腕利きの元理容師。夏の間、ミワという店で手伝いをしている。三十九歳。六年前に旦那が亡くなった。

須賀哲司
和歌山県から東京までトラックで鮮魚を運ぶ仕事を始めて五年目。三十九歳。美鷲水産。大学卒業後に入った銀行は相次ぐ合併で、気が付けば吸収された側の窓際にいた。

実塩
哲司の母。三重県の私立の女子校で教頭を務めていた。定年後も請われてその学園の運営に携わっていたが、六年前に完全にリタイアし、岬の家と呼ばれる、美鷲に家を建てた暮らしていた。持病が悪化して倒れ、五ヶ月の闘病の末に病院で亡くなった。

理香
哲司の妻。大学の同級生。外資系の証券会社に勤める。スポーツクラブの若いインストラクターと体の関係を持つ。

友樹
喜美子の息子。七年前、海の事故で十二歳で死んだ。

藤原アキノ
岬の家の手伝いをしていた。実塩が指導していた音楽部の最長老のOGで、最高顧問。

由佳
哲司の娘。

マダム
ミワの店主。喜美子の亡くなった夫の叔母。


マダムの孫。大学の留年が決まる。ガンプラに熱中している。


マダムの妹の孫。干物工場の跡取り娘で、舜と同じ年だが、進学せずに工場で経理の仕事をしている。

孝弘
マダムの甥っ子。喜美子の亭主。名古屋の料亭で板前をしていた。

勝利
スタンドのオーナー。

絵凛
勝利の娘。

0
2024年10月23日

Posted by ブクログ

哲司と喜美子と同い年の時だったから、なんだか気になって手に取りました。

39歳。
それなりに生きて来て、それなりに色々持っていて、それなりに幸せだけど、何だかポッカリ隙間が空いちゃってるような気がしてる。
何を探してるのか、自分でもわかんないのに、
気ばかり焦ってバタバタしてる。

幸せってひとつじゃないし、同じ形でもない。
ゆっくり探せばいいじゃないって、背中を押してくれるような作品でした。


0
2024年05月05日

Posted by ブクログ

39歳、妻とうまくいっていないエリートサラリーマンが、心の病気を患い、亡き母の残した三重県の海辺の家に、整理しがてら、療養にやってくる。
その海辺の町で、家族とうまくいかない男は、子供を海の事故でなくして心に傷を負っている同い年の女と出逢う。
39歳という、もう若くはない年齢で出逢った二人が、お互いの傷をじっくりと癒しながら、リスタートをきっていく。
小説を読んでいるだけで、雄大な景色、オペラが奏でられるような気がする美しい小説です。
大人の素敵なラブストーリーですね。

0
2023年12月12日

Posted by ブクログ

あなたは、『たしかに自分は今、何もかも保留、宙ぶらりん、先送り中だった』という今を生きていませんか?

この世を生きていく中には、楽しいこと、やりたいことがある一方で、嫌なこと、やりたくないこともたくさんあると思います。これは誰だって同じです。前者だけしかないという方がいたらそれはとても幸せで前向きな人生なのだと思います。誰にだって多かれ少なかれ、またその時々の状況によって嫌なこと、やりたくないことというものはあるはずです。そして、当然の感情として、そんなことごとを後回しにしたい、そんなことがあること自体を考えないでいたい、そんな風に考えると思います。

しかし、残念ながら人の人生が有限である以上、嫌なこと、やりたくないことをいつまでも先延ばしにできるはずがありません。また、先延ばしにすればするほどにそんな事ごとの難易度が上がっていく場合だってあると思います。早めに踏ん切りをつけて、そういった事ごとを一気に解決してしまう、それも生きていくには大切な事だと思います。

ただ、そうは言っても私たちは人間です。教科書に書いてある通りそうは簡単に行動できるかというとそんなに容易くもないものです。そういう私も読書&レビューの日々を送る一方で家庭が抱えるある問題をさき送りしていることに気づきます。というより気づいているからこそ、読書&レビューにのめり込んで、そのことを忘れようとしている、そんな自覚自体はあります。どうしたものですかね…。

さて、ここに妻の『ペンディング』という言葉をきっかけに人生が宙ぶらりんになってしまったと感じる一人の男性が主人公となる物語があります。そんな物語には、もう一人、息子と夫を相次いで亡くし、二人の面影をいつまでもひきずる一人の女性が登場します。この作品はそんな二人の主人公が『紀伊半島の南東部、熊野灘に面した』『海沿いの町』という美鷲(みわし)に出会い、暮らす中で”凝り固まった哲司の心と身体がゆっくりとときほぐされ”ていくのを見る物語。そんな二人の間に通い合う人と人との繋がりを感じる物語。そしてそれは、そんな二人の人生が再生する瞬間を見る物語です。

『手洗いを使いたくて、このドライブインに寄ったこと』を『心から後悔』するのは主人公の須賀哲司(すが てつじ)。そんな哲司の前で『あの車のドライバー、どちらさん?』と『トラックのドライバーが』『軽自動車の持ち主を大声で捜して』います。やむなく『私ですが』と答えた哲司に『あんた、美鷲(みわし)の人?もし帰るんなら、あの人乗せてやってよ』とドライバーは一人の女を指差しました。『一人でいたかった』と思う哲司ですが、『乗せるの、乗せないの?』と詰め寄られ『仕方なくうなず』きます。そして、女を乗せて走り出すと『兄さん、どこの人?去年の夏は見かけなかったけど』と訊く女に『夏の間だけ、しばらく美鷲にいることになって』と返す哲司。その後もさまざまなことを訊かれて『うっとうしくな』った哲司は『ipodのイヤフォンを耳に入れ』ます。そして、『車は美鷲の町に入ってい』きます。『三重県の私立の女子校で教頭を務めていた母』がリタイア後、『家を建てて暮らしていた』美鷲。そんな母親も『二ヶ月前に病院で亡くな』りました。そんな時から『突然、夜に眠れなくなった』哲司は『首が右に曲がらなく』もなりました。『体に異常はなく、精神的なもの』と診断された哲司は『六週間の休職が認められ』たこともあって『母の家を整理しがてら、美鷲で静養することにし』たものの、『静養して何になる?』、『いっそこのまま何もかも捨て、息をすることすらやめてしまいたい』とも思います。そんな時、女に肩を叩かれイヤフォンを外すと『防波堤の手前で車を止めるよう』言われます。『目の前の店を指さし』遊びに来いと言う女は『うんとサービスするから、ぜひ来てね』と言うと車を降りました。『「ミワ」と赤いネオンサインが』またたくそのお店。そして、家に着いた哲司は、『台所で見つけたウォッカを飲』みます。『思えば昨日も一昨日も眠れず、酒の量ばかりが増えている』という哲司は『不意に海が見たくなり』庭に出ると、今度は『海水に触れたくな』り、砂浜へ出て、『水の中に進』みます。『体が軽くなるのを感じた』哲司は『楽になりたい』『疲れた』と思い目を閉じました。『大学卒業後に入った銀行は相次ぐ吸収合併』に見舞われるも転職の踏ん切りがつかない日々の中、『妻がスポーツクラブの若いインストラクターと体の関係を持っていた』ことを知った哲司ですが、『中学受験を控えた娘』のために『ペンディング』となったそれから。『沈んでみようか』と思った次の瞬間、『体が沈んで』『息苦しくなり、手が水をかいた』という緊迫した状況。そんな時、『大丈夫。力、抜いて』という声、そして体が引かれ『砂地に着いた』のを感じた哲司に『救急車、救急車を呼ぶよ』と声が聞こえました。顔を上げるとそこには車に乗せた女の顔がありました。『兄さん、岬の家の人なの?』と肩を貸してくれる女に家まで送ってもらった哲司は、女に風呂に入れられ、マッサージまでしてもらい介抱されます。そして、福井喜美子と名乗ったその女。そんな喜美子との関わり合いの中で、『自分は今、何もかも保留、宙ぶらりん、先送り中だった』という哲司の人生が再び動き出していく物語が描かれていきます。

“「心の風邪」で休職中の男と、家族を失った傷を抱える女。海辺の町で偶然出会った同い年のふたりは、39歳の夏を共に過ごすことに。人生の休息の季節と再生へのみちのりを鮮やかに描いた、著者デビュー作”と内容紹介にうたわれるこの作品。第三回ポプラ社小説大賞特別賞も受賞するなど、伊吹有喜さんの今に続く小説家としての出発点となる作品です。そんな作品は、”「心の風邪」で休職中の男”とされる須賀哲司と、”家族を失った傷を抱える女”とされる福井喜美子といういずれも39歳同い年の二人に交互に視点を切り替えながら展開していきます。では、そんな作品を三つの視点から見ていきたいと思います。

まず一つ目は〈プロローグ〉と〈エピローグ〉の効果的な使い方です。伊吹さんの作品では現時点での既刊14冊のうち半数の作品で〈プロローグ〉と〈エピローグ〉が構成に盛り込まれています。とはいえその使い方は作品によって異なり、それぞれに物語の読み味を絶妙に作り上げています。この作品では上記の通り、哲司と喜美子の主人公二人に交互に視点を切り替えていきます。このような構成の場合、二人それぞれの相手を見る心の内が視点の切り替えによって読者にもはっきりと見えてくるという効果があります。しかし、そんな二人は周囲からどういう存在として見えるのかという視点がなくなってしまいます。もちろん、そんな視点なしに描かれた作品もありますがこの作品では〈プロローグ〉と〈エピローグ〉を全くの第三者である一人の『青年』の視点とすることで思わぬ効果を生んでいます。物語の冒頭については上記でまとめていますが、それは実際には〈第一章〉の冒頭となります。〈第一章〉では美鷲へと帰るところだった哲司の車に喜美子が乗り込むというところから始まり、『一人でいたかった』という哲司にはなんとも迷惑な展開になったという物語が描かれます。しかし、ここに〈プロローグ〉が差し込まれることで見え方が全く違ってくるのです。そんな〈プロローグ〉の『青年』は『ドライブインの駐車場の隅で小柄な女が男の髪を切ってい』るという光景を目にします。『丸みを帯びた』『どこか福々し』い顔を見た『青年』は、『先輩ドライバー』から聞いたこんな噂を思い出します。

『「海沿いの町」という紙を掲げた中年女がヒッチハイクをしていたら、必ず乗せて丁重に扱え。不二家のペコちゃんに似たその女は腕利きの理容師で、乗せるとその礼に必ずドライブインで髪を切ってくれる』。

そして、ポイントが次の結果論です。

『そうして男ぶりが上がったドライバーにはその後、きまって多くの福が舞い込むらしい』。

いかにも噂という感じのお話ですが、どこかロマンティックな雰囲気感も漂わせます。そして、そんな女が乗ることになったのが哲司の車。〈第一章〉へと物語は繋がっていきます。どうでしょう。上記の〈第一章〉の物語に一気に厚みが出てくるのがわかります。そして、そこにはそんな噂が本当になるのかな?という読者の期待感が生まれます。これは、二人の視点の切り替えだけでは決して得られないものです。第三者である『青年』を登場させるからこそ生まれた効果とも言えます。一方で〈エピローグ〉に触れることは即ネタバレとなるために避けたいと思いますが、〈プロローグ〉同様に『青年』が再び登場し、物語を実にあたたかな眼差しで見る中に物語は幕を下ろします。これから読まれる方にはこの見事な〈プロローグ〉と〈エピローグ〉の演出の妙には是非ご期待ください。

次に二つ目はクラシック音楽に関する描写です。物語ではクラシック音楽を愛する哲司と、『やはりクラシックは特別なものなのだろうか。それを楽しむにはもっと教養みたいなものが必要なのだろうか』という中に哲司にそんな音楽の魅力を教えてもらおうとする喜美子の姿が描かれていきます。『そう構えるものでもないよ。たかが音楽だ』と言う哲司に『なのに、どうしてすがるようにあの人はそれを聴いているのだろう』と思う喜美子。そんな二人の掛け合いがなかなかに面白く描かれていきます。一つ取り上げます。一枚の『レーザーディスク』を手にした哲司。そのジャケットを見ながらの二人の会話です。

喜美子: 『ねえ、なんでこの男の人は白ずくめなの?』
哲司: 『白鳥の騎士だから』
喜美子: 『はーくーちょうの騎士?いやだ、もう。哲さん、真面目に言ってるの?』
哲司: 『本人が白鳥じゃないよ。白鳥が牽いてくる小舟に乗ってくるんだ』
喜美子: 『それ、どういう舟なの?おまるみたいな舟?』
哲司: 『演出による』
喜美子: 『弱そう。出てきたらすぐ死にそう』
哲司: 『強いよ、主役だから』

なんとも軽妙なやり取りですが、オペラをご存知の方はお分かりだと思います。これは、ワーグナー「ローエングリン」の『レーザーディスク』を手にしてのやり取りになります。こんな感じでこの作品にはクラシック音楽の話題が多々出てきます。それは、衣裳にまで及ぶなど、この作品の骨の部分を絶妙に彩っていく重要な役割を果たします。クラシック音楽はあまり知らない…という方もご心配なく。主人公の一人・喜美子はそんなあなた同様にクラシック音楽の知識ゼロから出発するという位置づけです。この作品を読み終わったあなたは無償にクラシック音楽を聴きたくなること請け合いです。

最後に三つ目は、内容紹介に”人生の休息の季節と再生へのみちのり”と記された時間を二人が過ごすことになる『紀伊半島の南東部、熊野灘に面した』『海沿いの町』という美鷲(みわし)の魅力溢れる描写です。人は美しい景色に癒される、一般論としてさらっと言われる通り、特に都会のゴミごみとした街並みの中で生活している人ほど、美しい自然に囲まれた場所で癒されたいと思うものです。そもそもこの作品はそんな癒されていく主人公たちの姿を描くわけですから、そこに説得力は必須です。そんな場面の描写を引用します。喜美子からマッサージを受ける中に心地良い眠りに入ってしまった哲司が、ふと気付くと『喜美子はいなかった』という場面です。

『潮騒が響いてきて、木槿の花のまわりを飛ぶミツバチの羽音が聞こえた。タオルケットに顔をよせると、日向の匂いがして、心地良く肌にまとわりついた。顔を上げた。空の青さが目にしみた… 世界が突然、鮮やかな色と音を伴って目の前に現れた。海を見る。波の音とトンビの声が聞こえた。草花をそよがせた風が体を通り抜けていく』。

『…た』という末尾で淡々と目の前に見える光景、耳に聞こえる音、そして体に感じる空気感を哲司の感覚そのままに表現していく手法は、まるで読者が哲司になったようなリアルな雰囲気を伝えてくれます。”森が生み出す空気と海風のおかげか、空が澄んで光が明るく、山の緑と海の青がとても綺麗に見える地方です”とおっしゃる伊吹さんが描く癒しの町を舞台にした物語。哲司が回復していく様を見る物語はこの伊吹さんの描写あってのことだと思いました。

三つをあげてみましたが、そんなポイントを背景に描かれるのは上記もした通り哲司と喜美子というそれぞれの理由の中に傷ついた二人の再生の物語です。『たしかに自分は今、何もかも保留、宙ぶらりん、先送り中だった』という哲司は窓際状態の仕事に、妻の浮気と娘の中学受験という家庭の中に悩みながらも何も解決できない今に苦しんでいました。一方、息子と夫を相次いで亡くした喜美子はそんな二人の面影をいつまでもひきずる今を生きていました。そんな二人の今の状態はこんな言葉で表されます。

『それは、何かを先延ばしにしていただけなのかもしれない』。

そんな二人はお互いがお互いの立場を思いやる中に惹かれあってもいきます。男と女が惹かれ合う、それはイコール”恋愛物語”と言えます。しかし、そこに描かれる二人の繋がりは単純に”恋愛物語”とは見えないところがあります。その感覚を伊吹さんは”人と人として惹かれあった二人という気がしています”と説明されます。そんな伊吹さんは”美鷲という場所で同じものを見て、食べて、聴いて、触れて、心をふるわせて…。 五感の喜びを一つひとつ取り戻していくことで、生きる喜びを取り戻した、そんなふうにも感じています”と、二人のことを語られます。そう、この作品はそんな二人がまさしく再生していく姿を描く物語です。伊吹さんは、「雲を紡ぐ」、「今はちょっとついてないだけ」、そして代表作でもある「四十九日のレシピ」でも人の再生に光を当てられています。そんな作品に比してもこのデビュー作で描かれた再生の物語はとても初々しいが故に、あたたかく紡がれる物語がじわっと沁み出してくるのだと思いました。

『人も物も変わっていく。変わらぬものはない。ならば恐れずに越えていこう。変わっていくことでより良い未来が来ることを願いながら』。

伊吹さんのデビュー作となるこの作品では、伊吹さんの代名詞ともなる人の再生を描く物語が、『紀伊半島の南東部、熊野灘に面した』『海沿いの町』美鷲を舞台に描かれていました。『補給部隊にはマチルダさん…』というまさかの”ガンダムネタ”が登場したり、えっ!あの伊吹さんがこんなこと書くの!と驚く”下ネタ”描写の予想外の登場に驚かされるこの作品。〈プロローグ〉と〈エピローグ〉の絶妙な使い方など今に続く伊吹さんの構成の妙を堪能できるこの作品。

初々しさも感じさせるデビュー作の物語の中に、今に続く伊吹さんの優しい眼差しを感じることのできた、そんな作品でした。

0
2023年03月29日

Posted by ブクログ

何だかなあ。
良い話なんだろうけど、
あんまりこういう展開は好きじゃない。

結局、娘が可哀想としか思えん。

0
2022年12月14日

Posted by ブクログ

疲れたら休めばいい。こんな素敵なまちで休暇を過ごせるなんて気分転換できること間違いなしでは?
ちょっとおせっかいか、と思われるけど、そのおせっかいさに救われたところが大きいな。

0
2022年05月27日

Posted by ブクログ

親切にすると幸運をもたらすと言われている女性、貴美子が心を病んだ哲司と出会う。哲司は亡くなった母の岬の家に療養に来ていた。お互い惹かれる素因があったのだろう。上手くいきそうで中々いかない、じれったくもあったが終わりはよかった。クラッシックの曲が流れているのもいい。

0
2022年03月31日

Posted by ブクログ

最近、青春小説ばっかり読んでいたので、久々に大人のお話。
心のバランスを崩し休職中のエリートサラリーマン哲司が紀伊半島の港街、美鷲を訪れる。そこで出会った喜美子。明るい振る舞いの裏には悲しい過去があり。
最初はこの喜美子の田舎のオバちゃん然とした感じがイヤだったけど、読み進めていくうちにそれが彼女の自信のなさやあきらめてきたものからくるものだとわかってくる。本当は誰よりも純粋でまっすぐで。だから哲司もそんな彼女に癒され、徐々に自分を取り戻していくんだね。大人の夏休み。
「風待ち」という言葉がいいね。「道を踏み外したのではなく、風待ち中。いい風が吹くまで港で待機しているだけ」
惹かれあう二人だけど、この年になると大人の事情とか分別とかあって、じゃあとすんなりはいかない。色んなしがらみがあるし、周りの人たちの気持ちも考えてしまうし。なかなかに切ないです。
特に哲司には東京に妻と娘がいて、そこは読んでいても難しいなぁと。奥さんにかなり難ありだけど、彼女の言うこともわからなくはなくて。最後までどんな結末に落ち着くのかわからなくてはらはらしました。大人ならではのストーリーで面白かったです。
あと、ストーリーの中でオペラ音楽(椿姫)がキーになっていて、哲司に教わってだんだん喜美子が音楽を理解し世界が広がっていく過程は興味深かったです。私もオペラを聞いてもさっぱりわからないけど、聞き込めばわかるようになるのかなぁ…

0
2021年08月08日

Posted by ブクログ

 心が風邪を引いてしまったら、どうする?
 そんなことで寝込んでなどいられないと、自身を叱咤激励するか、それとも、癒されるまで、ゆっくり過ごすか。

 心が風邪を引いてしまったら、無理をしちゃいけない。周りの速度が速いから、取り残されてしまうのではないかと心配になるかもしれないけれど、焦らなくていい

「風待ち中。いい風が吹くまで待機しているだけ」

 いい風が吹いてきたら、帆を上げて漕ぎ出せばいい。

 でも、それは一人じゃ無理。傍にいてくれる誰かが必要。支え、励ます、時にはユーモアをもって。その中で、もしかしたら、風邪が治りきっていなかった自身も癒されていく。

 読後感がとてもあたたかい小説でした。

0
2020年09月26日

Posted by ブクログ

ネタバレ

アラフォーの男女の恋愛が、ゆっくり進んでゆくストーリーですが、ところどころ違和感が⋯

喜美子が全体的に39歳とは思えぬ所作や話し方だったのが気になって気になって⋯苦労の多さを鑑みても老けすぎてて60歳くらいの描写に感じられてしまった。10年以上前の作品とはいえ⋯

また、主人公の妻が分かりやすい悪役すぎて、ちょっと男性視点だけのご都合主義に見えました。

まあ最後までスルスル読みやすかったのは良かったかな。

3.4

0
2025年08月31日

Posted by ブクログ

主人公よりも10年も長く生きてしまったせいか、ものすごく俯瞰的に読んでしまう物語だった。どの人にも肩入れはできず、とはいえ全く理解できないというわけでもない。リアルだと言えばそうだし、その割に夏の美鷲の風景は夢みたいだった。エピローグの幸せそうな皆の様子がとても良かった。

0
2025年07月04日

Posted by ブクログ

お久し振りにこの作者さん、デビュー作に行ってみる。

仕事にも家庭にも疲れた哲司が、亡くなった母が最後に住んでいた港町の家を訪ねたところから始まる物語。
そこで偶然知り合った喜美子に母の遺品整理を手伝ってもらうことになったが、喜美子にも息子と夫を相次いで亡くしていた過去があり…といった展開。
悪くない話なのだが、何故だかあまり響かずで、実際にあったらいいよねえというか、もはやこういう話はお腹いっぱいって感じ?
病んでいる割には偉そうかつ頑なな哲司にも、自分を守るためとは言いながら自らをオバチャン呼ばわりする喜美子にも、あまり魅力を感じず。
哲司の奥さんもどうだかとは思うのだが、なんか男だけに都合の良い収束になったのは、ちょっと可哀想だったかなあ。

我が身を振り返れば、仕事で病むこともなく勤めを続けて来られ、配偶者とはまあまあの仲(多分)で、こういう感想書けるだけ恵まれているのだと思う。

0
2025年06月07日

購入済み

マインドコントロール

スリーラー小説だと思ったが、どうして、どうして、男と女の心の中、頭の中、最後は主人公ふたりの思った通りになりました。でも、私の
気持ちが行ったり来たり、して、疲れました。

#癒やされる #じれったい #共感する

0
2024年10月04日

Posted by ブクログ

"道を踏みはずしたよ"
"踏みはずしたんじゃないよ。風待ち中"

心の風邪をひいて休職中のエリート会社員と過去に家族を相次いでを亡くした傷を抱える女性。共に39歳の2人が海辺の町で偶然出会って再生していくお話し。

優しい大人の恋ではあるんだけど、それも不倫では…とも思ってしまった。
2人の葛藤や、撤退はしないといいつつ中々前に進むことができなくてウジウジとする心の動きがとてもリアルに伝わってきて、この作家さんは心の機微を描くのがやはり上手だなと思う。

0
2024年02月16日

Posted by ブクログ

鬱で生きる気力のない哲司に否応なく関わってくる喜美子。いつも明るい喜美子も悲しみを抱えています。

読んでいて平穏な日常の幸せを感じました。
哲司と喜美子の他愛ない会話ややり取りに和む。
伊吹さんの作品に共通して感じる“優しさ”、“安らぎ”みたいなものを、デビュー作からも感じました。
読めて嬉しい。
良い読後感でした。

0
2022年12月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

読み残してたデビュー作
「心の風邪」この発想ができるからこその作品たちなのだなあと
ガソリンスタンドのくだり、そうやってくしか生きていけない感じはあるけど、キンコなら前を向いて生きててほしかったような

0
2021年04月12日

Posted by ブクログ

今の世の中の空気感で、自分の心も疲れている実感があり、少しほっこり楽な気持ちになれそうな本を読みたくなり、手に取った。

心に傷を持った、39歳の哲司とキンコ(喜美子)が、夏のひとときに出会い惹かれていく。
正直、第一印象は、哲司は少し偉そうで、キンコは元気と下品を取り違えてるオバチャンみたいで、微妙に感じたのだけど、
一見、全く交わることがなさそうな二人が、いつの間にか、距離が近づいていくと、交わす言葉に、優しさや、哀しみを隠した明るさや、温度みたいなものが感じられるようになる。すると、不思議。二人ともが魅力的に思えてきて。こう言う二人が、これからの人生を支えあっていけたらいいな、と思う気持ちが出てきた。

ものすごく心を揺さぶられるとかではないけど、読む前に思った、ほっこり優しい感じ。そんな時間をもらえたと思う。

0
2020年04月20日

「小説」ランキング