あらすじ
“杳子は深い谷底に一人で坐っていた。”神経を病む女子大生〈杳子〉との、山中での異様な出会いに始まる、孤独で斬新な愛の世界……。現代の青春を浮彫りにする芥川賞受賞作「杳子」。都会に住まう若い夫婦の日常の周辺にひろがる深淵を巧緻な筆に描く「妻隠」。卓抜な感性と濃密な筆致で生の深い感覚に分け入り、現代文学の新地平を切り拓いた著者の代表作二編を収録する。
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Posted by ブクログ
「礼子はとっさに彼の顔を見分けられなかった。しばらくの間とはいえこの家の中に、それも彼の寝床の中に、見も知らぬ男がうずくまっていた。なるほど夫婦という現実などはちょっと揺られると、案外頼りないものだ。それにしても、いったん夫の姿をそんな風に見つめてしまったからには、これからも事あるごとに、夫の姿の中に見もしらぬ男を見るようになりかねない……。」197頁
←聞き手である主人公が妻に起こったフレームの混乱についてこんな正確に理解して共感できるのって、ありえなすぎて嬉しい
Posted by ブクログ
「だけど、あなたに出会ってから、人の癖が好きになるということが、すこしわかったような気がする」
外界から遮断された2人の、2人だけで進んでいく物語が好きだから面白かった。2人だけではアンバランスだしとても凸凹がぴったり合わさっているとは言えないけど、妹という外部の人間が介入してくるとそれはそれで均衡が崩れる。ギリギリのところで耐えている杳子の心と2人のぐらぐらとした関係が似ていた。
Posted by ブクログ
(「杳子」)神経症を病む女子大生の杳子は山でS氏と出会い、その後二人の恋愛とも取れるような関係が始まる。S氏は杳子の病気をどうにかしようとするけれど、だんだん彼女の内面的で閉塞的な世界観に引き摺り込まれるようにも思えた。なぜS氏は杳子に惹かれていくのか?精神の奥底で彼女に通じるところがあるからのようにも思える。S氏も杳子自身も杳子の姉も彼女のことを病気だというけれど、みんな同じだし、誰にでもこういう面はあるのではないかな。
時間をおいてじっくりと再読したい一冊。第64回芥川賞受賞作品。
Posted by ブクログ
ピース又吉が第二図書係補佐で題材としていたため読んだ。
しかし、自分の頭では理解できなかった。読書が下手になったのだろうか。
だけど、雰囲気は全体に好きだった。
杳子は神経症を患う彼女を持つ男の視点で物語は進んでいく。
最終的には杳子が健康になるために、病院へ行くと宣言して終わる。
恋人のためを思って自分の体を治そうとする姿によって、自分の恋人へ姿勢を改めようと反省した。
彼女は私とデートする時はいつも身なりを整えてくる。それに対して、私は不潔感漂う姿でデートに行く。そんな容姿では彼女に対して甚だ失礼だろう。
相手を思うからこそ自分を変えると言う精神は忘れてはいけない。
妻隠は全くわからなかった。
閉塞的な夫婦の関係を物語にしているとは思うのだが、それ以上のことは何もわからない。何故だろう。
この小説も淡い雰囲気があり、とても好きだ。だからこそ、もう一度読んで少しでも理解を増やしたい。
Posted by ブクログ
なーんか背筋が寒いのよね。
文章が、どすーんと鎮座していて
その文章を読むのに何手間もかかる感じです。
前者の作品は
強迫観念に取り付かれた女性と
人生を無為に過ごす男性の物語。
だんだんと男性が女性に引きこまれて
やんでいくさまが実に背筋が寒いです。
ですが、女性は、やっぱり強いね。
後者の作品は…
二人だけの日常に
思わぬ影がさしていく作品。
二人だけの世界は、ありえないのよね。
そして、なにやら意味ありげな発言が
でてくるのが気になるところ…
(そうではないと信じたいですが)
Posted by ブクログ
少しでも力を加えると崩れさってしま心の脆さが文章で上手く表現されていると感じる。
「杳子」不安になる。杳子、主人公も、杳子の姉も、その不安定さが不安にさせる。ぎりぎりのところでかろうじて正気を保っている。そんな危うい、絶妙な感覚が読み手の平衡感覚を失う。
「妻隠」人間関係の不安定さが不安になる。老婆や「ヒロシ」という闖入者によって、崩れそうな夫婦。かろうじて保たれているその関係。安堵と溜息が混ざり合うよな感情になる。
Posted by ブクログ
「杳子」は、大人の女性と少女が何度も入れ替わるような危うい魅力のある人物だった。
執拗なまでに細部にこだわる描写で、その神経質さにこちらまで鬱屈してくるようだ。第三者である杳子の姉が登場してから面白くなったと感じた。それまでは杳子もSもそれぞれ生活を送れているのか不安になるほど、生きている人としての現実味がなかった。
姉という他人の目があって初めて、2人の会話がようやく人間らしいものになった気がする。姉という観察対象がいることで客観的になったのかもしれない。2人きりだと、どんどん深みにはまっていく感じがあって危ういけれど、それが一緒になるということかもしれないとも思った。いつまでも安心させてくれない物語だ。
「妻隠」は、若い頃から付き合って結婚した2人の、ささやかな日常を描いた短編だった。暮らしている家や家族に対して、急に見慣れないもののように感じることってなぜかある。何ということもない暮らしの中で不意におとずれる違和感が的確に表現されていた。この夫婦の自由さや、型にはまりすぎていないことが気楽な雰囲気で良かった。
Posted by ブクログ
「杳子」は統合失調症の女とそこはかとなくメンヘラ男の恋愛、「妻隠」は現実感のないままに夫婦をやっている男女の話という感じなんだけど、文章がすごい。何気ない風景が一瞬でブレて観念の世界へ入り込んでいく、でも地に足つかないわけではなく、むしろ現実感が気持ち悪いくらいに臭ってくるような不思議な感じ。力のある文章、あこがれるなあ。
作中で杳子の女性性が強調されるのでどうしてもそういう方向を意識してしまうのだけど、この文体、女性っぽい観念の世界を男の人のやり方で歩いている、という印象ですごく不思議。
「健康になるって、どういうこと」
「まわりの人を安心させるっていうことよ」
というところには、思わず笑ってしまったが、杳子の神経質な緊張が恐ろしくリアルなので読んでいて神経を優しく逆なでされるような気分になる。ふっと緩み、またあっという間に引きちぎれそうに張りつめる神経を持ち、突如攻撃的になる女。そことつながるチャンネルを持っているのに、他人の視点で観察するように眺める男。共感できないとか、分からないというより、そちらへ引きずられて行きたくない、と思って距離を取りたくなる。