あらすじ
飛行機が墜落し、無人島にたどりついた少年たち。協力して生き抜こうとするが、次第に緊張が高まり……。不朽の名作、新訳版登場。
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Posted by ブクログ
乗っていた飛行機が無人島に不時着した少年たち。最初は大人のいない自由な生活を楽しんでいたが、次第に摩擦が生じ、殺し合いに発展していく。
少年たちは、大人ならこんなことにならなかったのでは?と考えるが、ラストに描かれた巡洋艦がその考えの否定を示唆している。作中では科学や知性の象徴である眼鏡が殺人に使用される。現実でも科学の産物が戦争に使用されている。この島は世界の縮図ではないか。私たちの中には〈獣〉が潜んでいる。それを自覚する必要があるのだ。
Posted by ブクログ
ラスト、少年たちが大人に救助され、野蛮人やリーダーから少年に戻ったけど、この子たちはこの先どうなるんだろう……と感じる
島での経験は傷跡となって一生残りそう、絶対忘れられない
続きが読みたくなる良い作品
最後、ラルフがピギーのことを友だちだと認めて泣いていたのが良かった……切ない
Posted by ブクログ
紙から溢れる少年達の生命力がすごい! 飛行機が墜落し、無人島に取り残される少年たち。最初は冒険気分でも「食べる・寝る・排泄・助けを求める」という現実からは逃れられない。義務を説くリーダーは嫌われる、遊と勇を説くリーダーは好かれるのは人間世界そのもの。自分を心得ていたピギーとサイモン。思考停止せず自分に従う二人が悲しみと共に心に残る。デスゲームの様相と残り少ないページ数にハラハラしながら一気読みした。作者が教師をしながら書いたこの小説。経験を生かすとはこういうことなのかと。いい作品に出会えてとてもうれしい。
Posted by ブクログ
最初に読んだ時衝撃を受けた。自分の大好きな小説ランキングTOP10に入る
漂流文学で1番的を得ていて現実的で、生々しくて、うまく説明出来ないけどゾクゾクして、意味わからんくらい面白い(語彙力)
「豚殺せ。喉を切れ。ぶちのめせ!」がずっと心に残ってる
Posted by ブクログ
子供の情念と性悪説
楽園のように食料に困らず外敵もいない無人島に子供だけが不時着する。最初は集会を定期的に開き家を作り火を炊き豚をかっていた。しかし小さな子から中くらいの子へと伝わり話が肥大化している"獣"の存在がみんなの恐怖心を煽る。ジャックとラルフはどちらが隊長になれるか競争している。その一環で、獣の正体を突き止めて群衆に勇気を見せつけようとする。
夜闇の中冒険に出たせいで、人間の死体が正体であるのに気が付かず、化け物だと思い込んでしまう。
そこでラルフが「獣の前では狩猟隊は槍を持った子供だ」というと、ジャックが決定的に腹を立てて決別してしまう。
ここから狩猟隊VS文明人の構図が出来上がる。
皆、踊りや狩りや上下関係による権威の乱用など情念的な楽しさにノコノコつられていき、文明人側はサイモンピギーエリックサティちびっ子だけになってしまった。それでも各々別の生活をしていたが、ある日宴会に文明人がつられていき、肉の施しを受け、踊りに参加してしまう。その興奮状態の時サイモンが暗闇の中飛び出してくる。獣と勘違いされて殴り殺されてしまった。次にピギーのメガネが盗まれる。取り返しに行くも、顔に野蛮人の化粧をして集団という記号の中に自我を沈めている皆は群衆と成り果ててしまい、ピギーの奪ったことの不当性を訴える声は届かない。あまつの果てにはピギーは明確に殺される。
ラルフが対話を試みようとその晩野蛮人サイドについたエリックサティに話しかけると、次の日ラルフ狩りが始まることがわかった。それでも草の中に隠れて眠る。あとは焼け払われた森から死に物狂いで逃げ続け、隠れ続け、刺し続けた結果海に出ると海軍の大人が助けてくれておしまい。
最初は自由に浮かれて無邪気に逆立ちをしていたラルフが後半になるにつれてに文化人としての責任を感じ相対的に大人になっていくのが不気味だった。
サイモンについてはよく分からない使われ方をしたな、と思ったら、あとがきの解説によると聖書関連なのか。
自分だったらもっと上手くやれるのにと思いながら見ていたが、それは大人の視点でだった。小学六年生の頃だったら絶対に自分はジャック側に操作されていただろうな。
群集心理や匿名性が引き出す人間の暴力的な面、人間に備わったタナトスやパトスを含んだエロス。考える余地が多くて世界に無理やり没入させられた。数日間は頭を悩まされそう。
Posted by ブクログ
不時着してすぐの頃は理性的な「人間」だったのに、段々と本能のまま生きる野生的な姿に退化していく様が恐ろしかったです。無人島でどれぐらいの時間が経過していっているのかが文章から全然分からなかったのですが、少年達の時間感覚が無いことを表しているのかなと思いました。
敵と見なしたものを確認することなく一斉に襲いかかる様は、人間が本質的に持つ凶暴さの表れだと思いました。
Posted by ブクログ
楽しい話ではないが、物語を楽しむことはできた。
人間は食べなければ生きていけない。食を餌にすれば、どうしたって寝返ることになってしまうのはわかるが、それでは秩序を守った生活が長く続けられないと思う。
追い込まれて気が狂ったようになるのは、読んでいても辛かった。
Posted by ブクログ
子供だけの楽園だと思っていたが・・・最後には・・・。
最近日本でもイノセンツという映画が公開されていましたが、それと同じで子供って実は残酷なんですよね。
子供だけではなく本来人間の内にはこういう残酷な1面がみんなにあって、それを理性で抑えてるだけなんですよね。
第十二章の最後の展開には今までのゆったりとした展開からのギャップが凄く食い入るように読んでしまいました。
Posted by ブクログ
私はこの作品における「ほら貝」は組織や社会といったシステムのメタファーであると考えた。強いカリスマ性を持つものが作り上げた組織ではそのリーダーが強い発言権を持つ。しかし、それはリーダーであるもののカリスマによって成り立っているものであり、民主的な行動(組織全体に発言権を持たせたり平等に接し合うこと)を行うのは有効ではない。また、物語終盤でほら貝が破壊されたのはシステムの崩壊を暗喩している。カオス状態の環境でシステムを維持するのは難しく、これまでのリーダーの行動に異議や不満を抱いていたものがそのシステムを崩壊させる行為はまさしく世界の縮図であると感じた。
非常に面白く色々と考えさせられる作品だった。
Posted by ブクログ
子どもというものは大多数が周囲の環境によって簡単に染まってしまうほどの純朴さをもち、悪か善かどちらになるかは周囲の環境ないしリーダーの存在性(カリスマ的素養)に依存する。刹那的であり、自己保身的である。責任をもつものが存在していない完全なる自由の或る地とは、楽園にも地獄へも姿を変えることができるが人間である限りは楽園となるとはないであろう。大義名分・言い訳・事情、言葉としては何でもよいが理由さえ存在すれば他者を自己利益のために侵害することができるのだから。ここでいう蠅の王とは恐怖の雰囲気そのものであり、これ自体に力はない。しかし一度蔓延してしまえば簡単には収束されず、子供ほどの純たるものしか存在しないのであればなおのことである。
Posted by ブクログ
40~60年前の小説の訳者あとがきで幾度も出会い、読んでみる気になった。
中盤の終わりくらいまではかなり良かったのだが、以降徐々に怪しくなってゆき、クライマックスはハリウッド映画のようになってしまっていてがっかり。いわゆるハリウッド映画的とされるものが醸成される以前の作品であるはずだが、不思議なことだ。
本作品から見えた幻覚は『無限のリヴァイアス』、『癒しの葉』、『地獄の黙示録』。
『癒しの葉』は、エレメンタルのありようのモチーフになったのではないかと思ったり思わなかったり。
『地獄の黙示録』は、狂ってく様と後半に覚えた「オイオイ、いーのかよそれで」なガッカリ感。
『無限のリヴァイアス』は全般的にオマージュを捧げてるように思われる。特に、結末において相葉兄が投降を訴えかけたさまは本作品の結末を意識したものと覚えるが、ひときわ輝いて見える。