あらすじ
プロイセン軍を避けて街を出た馬車で、“脂肪の塊”という愛称の娼婦と乗りあわせたブルジョワ、貴族修道女たち。人間のもつ醜いエゴイズム、好色さを痛烈に描いた代表作「脂肪の塊」と、イタリア旅行で出会った娘との思い出を綴った「ロンドリ姉妹」。短い作家生活のなかで、300を超える中・短篇小説を書き残したモーパッサンの初期作品から、緊密な構成をもち、完成度の高い中篇2作とヴァラエティに富む短篇8作を収録。
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Posted by ブクログ
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
Σ(゚Д゚)
なんだ…モーパッサンか…
奥さんに怒られてるのかと思った
「もう!父さん!」
はい、コツコツ光文社古典新訳文庫のお時間です
今回はモーパッサンの『脂肪の塊』です
おフランス文学ざます
ボンジュールマドモアゼール
シャトーブリアーン
フランクシナトラ―ン
ざます
実はこの『脂肪の塊』は先日読んだ月村了衛さんの『半暮刻』に登場する一冊なんです
主人公のひとりが過去に犯した罪と向き合い更生への道を歩み始めるきっかけとなった、物語の中で非常に重要な位置を占める一冊なんですね
ほんまかいな?
まぁまぁ酷いことやってます
刑務所にも入ってます
最終的には暴力団員です
それがこのモーパッサンの中編読んだだけでぐわわわ―んてなる?
ほんまかいな?
と思ったら自分で読む!
まずは読む!読んでみるざます!
こういうところよね
ひまわりめろんさんの凄いところは
すぐ読むもの
ほんと見習ってほしい
全日本国民に見習ってほしい
で読んだ結果
ある!
これはワンチャンあるで!
ぐわわわーんなるで!
そのぐらいのパワーをもった作品でした
もうなんかふつふつと湧いてくる感じ?(仏国とかかってます)
血がたぎる感じよ!ムガー!
これは読んでみてほしい
『半暮刻』に★5付けた人は特に読んでみるべきざますよ!
わかった?
ウィー!ムッーシュ!(声を揃えて)
Posted by ブクログ
ロンドリ姉妹。
そうくるか。
脂肪の塊ってよくそんなタイトルつけたな。
マダムエドワルダを思い出した。
もし、プールドスュイフの立場だったらどうしたかな。
雨傘
コメディ?
つぎはぎだらけの同じ傘を役所へもってくるので、オレイユは同僚たちの笑いの種に。
これは、ゴーゴリの外套のようだな。同僚の持ち物にそんなに関心もつかな?
散歩
Posted by ブクログ
モーパッサンの中短編集。
風刺が効いている作品あり、なんとも言えぬひねりの効いた作品あり、コメディタッチな作品ありという感じ。
現代においてストレートにウケるとは思わないけれど、ストーリーの捻りによって生み出される効果の面白さみたいなものを求めていたのだろうか。
表題作の「脂肪の塊」は中産階級や聖職者に対する風刺であり、娼婦への差別への批判でもある。またロンドリ姉妹はコメディというか、男性に都合のいい女性を描いているように思えるけれど、どのような効果を狙ったのかはよくわからない。
まだ自分はモーパッサンの面白さをつかみかねている。
Posted by ブクログ
1877年から1884年にかけての作品を収めた短編集。
なるほど、この「新訳」はとても読みやすい。新潮文庫のモーパッサン訳はやはりもう古びてしまっているのか・・・。日本語の世界がどんどん「簡単な」方向に推移してきたのだということを再確認した。
中編「脂肪の塊」は遥か昔読んだものだが、中身を全く覚えていないので面白く読んだ。ここでの人びとの娼婦に対する酷薄さは、集団心理に由来するものだろう。
エミール・ゾラは常に「破滅」への執拗な意志を持っているが、モーパッサンはそれほどでもない。同じように世間に対してペシミスティックな思いを抱いていたかもしれないが、モーパッサンには人情への肯定的な部分もときどき顕れるから、作品は多彩に感じられる。
日本で言えば明治10年代に活躍したモーパッサンを少し遅れながらもほぼリアルタイムに摂取吸収してきた日本文学との相互連関についても、いろいろ考えてみるのも楽しい。
Posted by ブクログ
この作品を読むと、地元の同級生たちや、過去のバイト先にいたような、無責任で身勝手な人々のことを思い出す。
この話の舞台は、普仏戦争でプロイセンに敗北した1871年のフランス。プロイセン軍が戦勝国としてルーアンの町を占拠しているなか、知り合いのドイツ人士官のつてを辿り、町から出る許可を取りつけた人々が4頭立ての大きな乗合馬車を確保。メンバーは、10人。
ワイン問屋を営んでいる、悪知恵が働くお調子者のロワゾーとその妻。
紡績工場を3つ所有している錦糸業界の重鎮にして県議会議員のカレ=ラマドンとその妻。
ノルマンディー地方でも屈指の名門に属しているブレヴィル伯爵夫妻。
修道女ふたり。
民主主義者として知られ、親の財産を革命のために食い潰したコルニュデ。
小柄な身体がどこもかしこも丸々としているから「ブール・ド・スュイフ」というあだ名がついている高級娼婦。タイトルになっている、「脂肪の塊」とは、この娼婦のことだ。
いわゆるリベラルな思想の持ち主であるコルニュデと、ロザリオを繰って祈ってばかりいる修道女コンビを除くメンバーは、「脂肪の塊」のことを「恥知らずな売女」と蔑んでいる。
しかし、ホテルがある村までの13時間にも及ぶ長旅で、食べ物を持参しなかった彼らは、「脂肪の塊」が持ち込んだ、美味しそうな食べ物が詰め込まれた大きなバスケットを目の前に差し出され、蔑みから媚びへと表情を変え、あからさまな手のひら返しをしてくる。「脂肪の塊」は、そんな連中にも、快く食べ物を提供したおかげで、馬車の中の10人は一応フレンドリーな関係になっていく。
ところが、ホテルに投宿すると問題発生。その村を仕切っていたドイツ人士官が、「エリザベート・ルーセ(「脂肪の塊」の本名)が自分と寝ない限り、出立を許さない」と通達をしてくる。最初は「脂肪の塊」と共にドイツ人士官への怒りを露わにしていた面々だか、日が経つにつれ態度を変えていく。
「あの《売女》はわれわれをいつまでこんな場所に足止めさせる気だろう」「ブール・ド・スュイフひとりをここに残し、他の者は出発させてくれるよう士官に提案してはどうか」(ロワゾー)
「どんな相手とでもあれをするのが、あの淫売の商売でしょ。選り好みする権利なんかありませんよ」(ロワゾー夫人)
いきり立ったロワゾーが「あのあばずれの手足をしばりあげ、敵の士官に引きわたしてしまおう」とまで言うと、上品な伯爵は「あの女みずからその気になるように仕向ければいい」と計略を練り、歴史上に存在した「征服者をくいとめたあらゆる女の例」を引いて必死に説得を試みるが、「脂肪の塊」は首を縦に振らない。
修道女も、「どんな行いであれ、その意図さえ立派なものであるならば、神の不興をかうことはない」。おまけに自分たちがル・アーヴルに向かっているのは、天然痘にかかって入院している多数の兵士の看護を要請されたからで、「あのプロイセン士官の気まぐれによって、こうして足止めをくっているあいだに、多くのフランス兵が亡くなっていくのだろう」とダメ押し。
とうとう根負けして、折れてしまった「脂肪の塊」に、一同、大喜び。セクハラもパワハラもモラハラも軽口ならオッケー的な、ダメなおじさん代表ロワゾーの下品なジョークもバカウケ。けっきょく、彼女は士官と寝ることで、翌朝馬車が出発することを許可された。
ル・アーヴルへの道中、『美徳の代弁者』達は、「脂肪の塊」の犠牲により出発出来たにも拘わらず、彼女を汚物のように無視して礼儀正しい会話を交わし、彼女が旅の始めに食事を勧めてくれたお陰で空腹から救われた事も、もはやすっかり忘れてしまったかのように、自分達だけで持参した弁当を食して彼女に勧める素振りは全く無かった。「脂肪の塊」が屈辱と同乗者に対する怒りで煮えくり返っている中、コルニュデは他の乗客へのあて付けのようにラ・マルセイエーズを執拗に口笛で吹き、歌った。最後には彼女は失われた尊厳に啜り泣きを堪える事が出来なかった。
小中学生や、アルバイトをしていた頃を思い返すと、なんか、世間の多くって、けっきょく、こういう人々の集まりだという気がするのだよね。
Posted by ブクログ
バラエティ豊かな作品群。当時のフランスの風情を感じさせとても興味深い。
お気に入りはロンドリ姉妹。主人公にとってとてもわくわくするような物語。題名の意味が終盤で明かされるなどのミステリー要素も良いです。脂肪の塊は、違和感のあるタイトルとはいえ、人間の身勝手さを浮き彫りにする物語。マドモアゼルフィフィは教会の神父が意外なキーパーソンであるところが好きです。
痙攣、及び持参金はそこで終わるんですか?とある意味衝撃的。
短編も含め読みやすく、他の作品も読むたくなる。
Posted by ブクログ
相変わらずお気に入りの作者なんだけども、作者を語る上での、「冷徹」「冷酷」っていうのがいまいちピンと来てなかったが、この作品集は結構堪能できたと思う。自分が思うに、サイコパス的に病的に女性を嫌い嫌悪してるのではなく、美女が震え上がって恐怖におののいたり、絶望にうちひしがれたりした時の、より美しさが際立つ様子へのフェテシズムを根っこに感じる。しかし現代は色々めんどくさくて、ブサイクな女性はなんなの?勘定に入ってないんかいな?!とか色々うるさく言われそうで、なーんか、現代は情緒がないよな。
Posted by ブクログ
モーパッサン面白い!!!
全体的になんとなく明るい印象で、スイスイ読める。作者が登場人物たち馬鹿にしている感じがあって、どれも乖離的態度で描かれているところが一連のユーモアや滑稽さの秘密かな。
短編・中編ともにどれも面白かったけど、「散歩」の最後の、
「・・・それは、巨人の呼吸にも似た、パリの息吹だった。」
というところ、まるでモネが描いたパリの絵を見ているような気持ちになった。
Posted by ブクログ
昔、更生用の動画(私が更生の対象だった訳ではない)に被害に遭った女性がどれだけ深刻な状態にあるかを理解させるようなシーンがあった。そこでの女性の一言に「彼らは女性を肉の塊としか見ていない!」。それを見ていた学生が噴き出してしまい、動画の意に反しそれから暫く「肉の塊」というワードが流行っていた。ユーモアには知性が必要だが、シリアスにも知性や品性が必要だった。
で、本書は短編集で、上記を思い出したのは「脂肪の塊」というタイトルがきっかけ。調べると、おデブちゃんくらいのニュアンス。このおデブちゃんはプリティな娼婦だが、プロイセンの士官に身体を求められる。それに応じなければ、前には進めないよ、という事で、同行者諸共、足止めをくらうのだ。
ちなみに、この時代はコルセットが一般的に用いられ、貴族女性はスリムである事が美しいとされていたようで、おデブである事は、彼女が下層階級であった事も示唆する。
モチーフとしては『ソ連兵に差し出された娘たち』と似た構図。娼婦なのだから、気軽に応じろよと次第に周囲の目は厳しくなる。考えなければならないのは、そうした社会的に目を伏せるような人間の獣性に対し、それを押し付けられた階層が更に負担しなければならない尊厳のコストだ。
本書に関しては、この女性の振る舞いがどうだったかや周囲の態度を論じられやすいが、本質的に議論されるべきは、恥知らずに彼女を要求してきた〝獣性の暴走“の方だっただろう。その観点の欠如こそ、モーパッサンの批判の核心であり、フェミニズムに再評価される所以ではなかろうか。
尊厳に対する二重、三重の攻撃。お互いに尊厳を保つには、お互いに品性が必要だ。