あらすじ
妻が死んでも泣けない男のラブストーリー。映画化話題作
予期せず家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか――。人を愛することの「素晴らしさと歯がゆさ」を描ききった物語。
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Posted by ブクログ
大大大大好き
人は結局社会的な生き物です。
◼︎自分メモ
自分が高を括っていたものの中に、実は大いなる世界があったんだってことが
およそ父性というものとは程遠い人種だと思っていた。自己愛の度合い激しいのに、健全な範囲での自信に欠けていて、厭世観が強く、自分よりも非力な存在のために時間を割くとか、面倒ごとを背負い込むなんて到底できない人種だと。
運命の度し難さに制圧されたような、独特の敗北感が漂うものだ。
誰かにとって、「自分が不可欠である」と思えること、「自分が守ってやらねばどうにもならない」と思えることは、何と甘美なのだろう。
誰とも分かち合えぬ、鉛のように、光のない目の色を。
この悲劇の末に、何か得られるものがあるだろう、など考えたこともなく、ただ、「奪われし者」としての過酷な現実に丸腰で対峙している。しかし、そこがあのひとの勝利、先生の敗北の所以にほかなりますまい。
しかしもの書くものの葛藤だけが、人間の、解決不能の孤独や絶望に寄り添えるのだ。
しかし何か真実味のあるものに奉仕することで、過去の悲しみや失意が帳消しになったと思うのは単なる気のせいです。それはそこに在るままです。
ひどすぎる。あまりにひどい。どうしてぼくらは、大事なものを傷つける?見えてるサインを見殺しにして、掴みかけた手も、放してしまう。チャンスを常に台無しにする。どうしてこんな風に何度も踏み外して、何もかもを駄目にするの。嫌になるよ。本を読んでも、金を稼いでも、ちっとも賢くなりゃしない。いつまでこんな自分と付き合わなきゃならないの
。もう嫌だ。もう嫌なんだ。ほんとはもう、生きていく気力なんて残ってないんだ。
みんな、生きてりゃいろいろ思うもの。汚いことも、口にできないようなひどいことだって。だからって、思ったことがいちいち現実になったりするわけじゃない。ぼくらはね、そんなに自分の思う通りには世界を動かせないよ。だからもう自分を責めなくていい。だけど、自分を大事に思ってくれる人を、簡単に手放しちゃいけない。みくびったり、おとしめたりしちゃいけない。そうしないと、ぼくみたいになる。ぼくみたいに、愛していいひとが、誰も居ない人生になる。簡単に、離れるわけないと思ってても、離れる時は一瞬だ。そうでしょう?
しかし甘い時間の過剰摂取は、人生を蝕んでいく。
愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない。別の人を代わりにまた愛せばいいというわけでもない。色んな人との出会いや共生は、喪失を癒し、用事を増やし、新たな希望や、再生への力を与えてくれる。喪失の克服はしかし、多忙さや、笑いのうちには決して完遂されない。これからも俺の人生は、ずっと君への悔恨と背徳の念に支配され続けるだろう。
あのひとが居るから、くじけるわけにはいかんのだ、と思える「あのひと」が、誰にとっても必要だ。生きていくために、想うことのできる存在が。つくづく思うよ。他者のないところに人生なんて存在しないんだって。人生は、他者だ。
Posted by ブクログ
シニカルで偏屈な幸夫くんの喪失との向き合い方があまりにも人間らしくて、大宮家の鍋パーティーで鏑木先生が気に食わなくて爆発してしまうあたりとかもう見てられなくて。だからこそ読み手が前のめりになってしまう。喪失を経験したすべての人が、その人間らしさに共感して苦しくなって一緒に生きていくための糧を培う。
帯にもあった「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくはない。」そして「色んな人との出会いや共生は、喪失を癒し、用事を増やし、新たな希望や、再生への力を与えてくれる。喪失の克服はしかし、多忙や、笑いのうちには決して完遂されない。」のフレーズはこの小説の真髄だなあとおもう。
「妻(きみ)へ」の章を、わたしが失った弟の誕生日に読めたことはなんらかの縁だと思って、自分へのメッセージとして受け取りたいと思う。
本当に読んで良かったな。
幸せな夫、と書くゆきおくんの名前も、ある意味皮肉である意味真実で、この作品によく合っている。
以下各所からー
夏子にとっては「ファーの感触が好きなコート」が幸夫くん
視点では「赤いダウンジャケット」なのは、2人のすれ違いを表現しているのかな。
軽薄なようで鋭くて賢い愛人が語る、「いちばん良くないことが、いちばん良くないタイミングで起るような最悪の不幸」の描写、皮肉で苦しかったな。
警察の人の言葉
「深く愛するものを失うことと、もう確かな愛を感じなくなったものを失うのとでは、悲しみの度合いは比較にならないが、後者の嵌る失意の沼の深さもまた計り知れない。」
夏子とゆきを亡くしてからの、幸夫くんの日記、そして陽一の長距離運転の狭間の時間、どちらも対極的なようでそれぞれの苦しみ方が現実味強すぎて涙が止まらない。
陽一の「子供がいるから頑張れます!」じゃなくて、「子供がいるから生きるのが怖い」なの本当に苦しいな。でも私は幸夫くんの、当事者意識を持てず、同じお墓に入っていったら冷めた目で見られそうだって感じてしまうような「罪悪感」の辛さをなんとなく理解できる。
Posted by ブクログ
最初は、なんて淡白な人なんだろうと思っていました。でも誰かの死は、やっぱり何かしらの影響を及ぼしていくのだなと思います。途中から一気に読みました。おもしろかったです。
Posted by ブクログ
主人公の振る舞いや思いが今ひとつ好きになれず読み進めましたが、最後の「妻へ」で持っていかれました。この部分があったから、星5つにしました。
…誰にとっても必要だ。生きて行くために、想うことのできる存在が。
うん、そう思います。
Posted by ブクログ
読んで、主人公・衣笠幸夫の姿に、父を亡くして以降の自分自身を重ねてしまった。
喪失は劇的な出来事として訪れるのに、その後の人生は驚くほど平然と、何事もなかったかのように続いていく。悲しみはあるのに、泣き続けるわけでもなく、かといって前向きになれるわけでもない。その宙づりの状態こそが、この作品の核心なのだと思う。
幸夫は、他者の痛みを理解できない冷淡な人間として描かれがちだが、それは「わからなさ」の問題なのだと感じた。人の死がもたらす空白や、その後に残される感情の処理の仕方を、彼は知らないし、学んでもいない。ただ、取り返しがつかないという事実だけが遅れて重くのしかかってくる。その鈍さや遅さは、身近な死を経験した者なら、決して他人事ではないはずだ。
父を失ってから、人生は意味深い物語になるどころか、むしろやるせない出来事の連なりになった。なぜこんな形で終わったのか、なぜ自分はもっと何かできなかったのか、答えの出ない問いばかりが残る。『永い言い訳』は、その「言い訳のしようもない現実」を、美談にも救済にもせずに差し出してくる。人生は納得できないことばかりで、誠実に生きようとすればするほど、やるせなさは増えていく。それでも生きていくしかない──その不格好さを、静かに肯定する小説だった。
Posted by ブクログ
9年前に本木雅弘主演の映画を観たがワガママな小説家が自己嫌悪に陥りながら足掻いている印象しか残っておらず期待して遠くの映画館まで観に行ったのでガッカリしてしまったのを覚えている。原作を読み西川美和さんはすごいと感じました。物事を表現するのにあまり形容詞を重ねると薄っぺらくなってしまうのですが西川美和さんは矢継ぎ早に言葉を紡ぐのに表現に深みが増していき引き込まれてしまう。今年読んだ本で間違いなく一番の作品です。西川美和さんの他の作品も読みたいと思います。
Posted by ブクログ
2024/6/18
西川美和監督「永い言い訳」が観たいと前から思ってたけど中々機会がなく先に本を読んだ。何か、すごい、好きな話だった。人間がよく描けているなぁって。良かった。脳内キャストは誰もヒットしなかったので恐る恐るググってみたけど…う〜ん、、どうだろう、でも観るの楽しみ。
Posted by ブクログ
妻が事故で亡くなったのを、不倫相手の家で知るというショッキングな状況から始まりますが、話が進んでいくうちに少しずつ心の変化が伝わってきます。
共感できる部分と、全く共感できない部分が入り交じりますが、人間模様が淡いようで実ははっきり描かれていて、奥深い一冊だなと思いました。
Posted by ブクログ
映画『ゆれる』の監督、西川美和による小説。
こちらも映画化され、脚本・監督も手がけている。
多才。
この本は賛否が分かれる内容らしく、
ほとんど期待せずに読んだけれど、
すごく面白かった。
主人公は、冷め切った関係の妻が突然事故死したとき、
自分が何を感じるのかを見つめる男。
しかし彼は、
妻を失った悲しみに沈むというより、
自分のことばかり考えている、かなりのダメ男。
彼を取り巻く人たち(妻を含め)の心情や、
それぞれの思いが静かに描かれていく。
主人公・衣笠サチオの物語は、悔恨の物語でもなく、再生の物語でもない。
ただ、自己憐憫と自己愛が、延々と語られていく。
(なんせクソ夫なので。)
でも、人間だもの。
当然なのかもしれない。
人の頭の中のおしゃべりは、
たいていネガティブなものだから。
彼は本人が言うように、
結局、最後まで永い言い訳を続けていくのだろう。
◉ 他者のないところに人生は存在しない
Posted by ブクログ
なかなかに拗らせていたけれど。
面白かった。
節々に、このままイイ感じではいられない。言い回しがありビクビクしていた。
何をやらかしてしまうんだ…。
でも、結果的には…なんだかんだ良かった。
嫌いじゃないよ、幸夫くん。
Posted by ブクログ
妻を事故で亡くしたた男性が、いろいろな思いを抱えながら生きて前に進んでいく、
途中ちょっと辛くて悲しく、でも、先が気になって一気に読んでしまった。
夫婦であっても、所詮他人、言葉に出さないと伝わらないものなんだなぁ
Posted by ブクログ
主人公の幸夫があまりにもダメな夫で、男で、
なっちゃん(妻)が可哀想でこんな人には絶対なりたくないと思ったのが、最初に読み始めたときの感想です。
しかし、そんな幸夫が陽一と出会い、子供たちと出会っていく中で、自身の葛藤のなか、変わっていく様子に心打たれなんども涙しました。
愛する人は愛したいときに愛さないと後悔する、だったら精一杯生きているうちに愛しきりたい。
はじめて西川さんの作品を読みましたが、
あまりにも人間臭くてフィクションなのにフィクションじゃないような、私自身が、
自分で気づきたくないような腹黒さまで
気づいてしまうような
読んでいて恐ろしくもなりました。
そのリアルさも合間って、
幸生の「再生」が生きることへの希望に感じ
涙が出たのかもしれません。
なんと言っても、幸夫のことを愛していた
なっちゃんが幸せな人生だったと思って欲しいと
そう思いました。
そして、亡くなってしまった夏子のことを
幸夫には愛して欲しいと思いました。
Posted by ブクログ
2016年本屋大賞第4位作品。
不慮の事故により妻と母を喪った二組の家族が、ひょんなことから交流して再生していく話し
最初は少しつまらない感じがしましたが、二組の家族が交流するところから俄然惹き込まれて、最後は優しく読み終えることができました❗️
愛する人を喪った悲しみは簡単に癒えることはありませんが、瘡蓋のように時間を掛けて日常に溶け込んでいくのだと感じました❗️
心にジンワリと染み込むオススメのラブストーリーです❗️
Posted by ブクログ
愛するべき時に愛することを怠った代償。
気づくの遅すぎ!と思いながら、
少しづつ幸夫の気持ちがほぐれていくのを
見てた。
真平とあーちゃんとの交流は、不器用ながらも
微笑ましくて、幸夫のダメさもいつのまにか、
憎めなくなった。
生きていくためには思うことができる存在が
必要と気付いた幸夫が、自分自身の納得できる
言い訳を見つけられて、良かったと思う。
この先は、永い言い訳をしながら、自分と
向き合っていくのかな?
映画も見てみたい。
Posted by ブクログ
パートナーの死がもたらすものは何か。
残された家族が幸せだったパターン。子供がおらず夫だけ残されたパターン。
この2つの家庭が交流し合う中で、それぞれの葛藤などを描いた作品。
子供の柔軟性。妻を愛していた夫の辛さ。妻を愛していないと思っていた夫の心の底にあるものが揺らいでいくさま。
素晴らしかったです。
他の作品も読もうと思います。
Posted by ブクログ
妻を失ってから始まる
あまりに不器用な「愛」の学び_
読み終わった後…
深く長い溜息をつかずにはいられない…
そんな心の奥底を揺さぶられる物語でした
長年連れ添った妻を
突然の事故で亡くした人気作家の幸夫
けれど、彼がその時いたのは不倫相手の部屋…
涙を流せないまま、世間に対して「夫」を
演じ続けなければならない
幸夫の滑稽さと空虚さが
あまりにもリアルで
読み進めるのが苦しいほどでした…
物語が動き出すのは、同じ事故で母親を亡くした
遺族のトラック運転手・陽一とその子供たちに出会ってから…
幸夫が「妻を亡くした他人」の家庭に深く関わり
慣れない育児や家事に奮闘する姿は
皮肉にも彼がこれまでの結婚生活で
切り捨ててきた「生活」そのものでした
自分を守るための「言い訳」ばかりを
積み重ねてきた幸夫が
子供たちの純粋な眼差しや
陽一の剥き出しの悲しみに触れ
少しずつ「愛すること」の本質に
気づいていきます
西川美和さんの綴る文章は
人間のズルさや弱さを一寸の
妥協もなく描いていて…
でもその先には どんなに壊れた関係であっても
人はそこから新しく歩き出せるのだという
静かな肯定感に満ちていました
Posted by ブクログ
誰かの死は、基本的に何も生み出さないものだと思っていた。
けれど、この作品では、主人公が成長していく姿がとても新鮮で印象的だった。
私はこれまで、「子どもがほしい」と強く思ったことはあまりない。
もちろん、子どもを可愛いと感じる気持ちはあるけれど、子育てをするよりも、自分の経験にお金や時間を使いたいという考えに近かった。
そんな中で、思いがけず子どもと関わることになり、本当の愛を知っていく主人公の姿に、どこか羨ましさを感じた。
子どもは大人にとって、新たな価値観や成長をもたらしてくれる、かけがえのない存在なのだと気づかされた。
文体が今まで触れてきたものと少し違って読むのにすごく時間がかかった。でも、本とあわせて映画も見て、新しい価値観を得られた気がする。嬉しい。
Posted by ブクログ
突然の事故で妻を亡くした主人公の感情の起伏の幅に驚いたが、人はいつ死ぬか分からない。
突然、隣にいる人がいなくなるかもしれない。
生きている間に伝えなくちゃ。
後悔しないように。
言い訳にならないように。
Posted by ブクログ
「これはラブストーリーなのか?」
そう問わずにはいられない。本作は、独りよがりな男が喪失を通じて、ようやく「愛」と「寂しさ」を知る物語だ。
痛感したのは、「ちゃんと向き合わなければ、愛は生まれない」ということ。向き合うことを怠れば、人は誰かのために生きることすらできない。幸夫は妻を亡くしたことで、皮肉にも人生で初めて、本当の意味で彼女と向き合うことになったのだ。
オーディブルで池松壮亮さんの軽快な語り口が、彼の醜さも滑稽さもリアルに響かせてくれた。次は映画で、この「言い訳」の続きを確かめてみたい。
Posted by ブクログ
2026.01.17
朝活からのらねーじゅ
冷め切った夫婦と2人の子供がいる幸せ家庭
女子2人旅でまさかのバス事故
お互い妻を亡くしてしまう
その後どうなる 幸夫と大宮一家
人は変われるんだと
子どもの力はすごいんだと
そして死んでからは遅い
なにをするにも生きてなきゃ
自分も相手も生きてなきゃ
何も意味なし。
生きてるうちに、できることやろ。
Posted by ブクログ
後半は引き込まれる、愛情深い内容だった。
他者の家族からこれだけの感情を読み取れるのは、主人公の感受性の豊かさがよく伺える。
妻の死を受け入れるまでの過程、確かにこれは、永い言い訳なのかもしれない
Posted by ブクログ
映画で気になっていた作品だったが,なんとなく本木さんが嫌いになりそうな役柄だったので,見るのに躊躇していた。(好きなので嫌いになりたくなかったから)なので小説で読んでみようと思ったのだけれど,配役を知っていたので脳内で役者さんに当てはめて読んでしまった結果,最初,失敗したと思った。本当にこんなに好きになれない主人公はなかなかいないくらい性格の悪い主人公。
ただ子どもたちの交流を通して,愛を少しづつ知っていくところに救われた。
ー愛するべき日々に愛することを怠ったことの,代償は小さくはない。
この一文は,自分も心に留めておきたい。
Posted by ブクログ
四十代、人気作家の妻が、高校からの友人とスキー旅行へ行った際、バスが崖から落ちて、友人ともども帰らぬ人となる。友人の夫と初めて会ったのは、被害者の会。八歳ほど若く、まだ三十代のその夫は、まっすぐな激情型で、妻の死を大いに悲しみ、憤っているが、作家のほうは、もうずいぶん前から妻との仲がうまくいっていなかったこともあり、また、元来のひねくれた性格ゆえ、悲しめない。事故の時、若い編集者を家に連れ込んで性交していた負い目もある。作家のほうに子供はなかったが、友人夫婦のほうには小6と4歳の子供があり、作家は、母親を失い、生活の立ち行かなくなった家族を見て、トラック運転手という不規則な仕事をしている父親に代わり、塾のある日だけ、子供たちの面倒を見ようと申し出る。
これもずっと読みたいと思ってて、ついに読んだ。映画は見ていない。なぜか、妻が不倫相手と一緒に事故に遭う話と勘違いしてた。不倫してたのは夫だったが、それはこの話の核ではない。まったく心が通っていないのに、夫婦という形だけ維持してきた夫が、不慮の事故で妻を亡くしたときに、自分の妻がどういう人間だったかわからず狼狽える話だった。自分でも、皮肉屋で、人と同じに感動したりできないと言っているが、これがまったく嫌なクズ夫で、事故後も、普通に不倫相手を抱いたり、気遣ってくれる編集者に暴言を吐いたり、近づいてくるファンを疎ましく思ったり、事故の特集番組をくそくだらないと思いながら作家としての体面を保ったり、する。妻の死を悲しむ様子はない。ただ、ことあるごとに、不在を感じている。
不器用ながらも子供の面倒を見ることで、自分の存在意義を見出す過程はかわいかった。でも、せっかく築いた関係も、むらむらと湧いた僻み根性で、ぶち壊しにしてしまう。その後、トラック運転手が事件を起こし、その後始末をすることで関係は修復する。そうしてようやく、作家は妻の死を実感する。確かに愛し合った日々はあったのに、いつしか空気になり、存在すら疎ましくなっていた日々を悔い、涙する。
映画の人だからかな、登場人物の視点がわりと自由に行き来し、主人公にしても、幸夫、と三人称で書いたり、ぼく、と一人称で書いたりしてあったが、読みにくいことは全然なくて、面白かった。いろんなところに目が行き届いている感じがした。人間は失敗するなあ。それでも生きていかないといけないんだなあ。以下、いいなと思った表現の書き抜き。
「こんがりと日焼けした高い頬骨に、咀嚼力の強そうな顎は、昭和の時代の面立ちを彷彿とさせ、光沢のあるハイネックのアンダーシャツに、見るからに着慣れないツイードのジャケットというその出で立ちからしてホワイトカラーの種族には見えなかった。」
「ああ、月並みだが、子供の瞳というのはほんとうに澄んでいるものなのだ。 幸夫は針のように細い矢で、胸の悪いところを射られたような気がした。」
「留守番を命じられた子犬のような表情になった陽一を見て、幸夫はこころひそかに満足した。腹の皮の内側を、羽根でくすぐられるような愉楽があった。」
「陽一にも、この女性にも共通する年甲斐もない純真無垢のようなものにも、ほとほと嫌気が差す。ただ悪意が無いことをかさにきて、無遠慮に他人の領域や後ろ暗いところに踏み込んできては、心を荒らす。」
Posted by ブクログ
理屈っぽく愛を知らない幸夫と、直情的で愛に生きる陽一の組み合わせがおもしろかった。
母親を失った子どもたちが幸夫に心を開いていく過程や幸夫が愛の形に気づいていくのは微笑ましかった。
ただ、幸夫があまりにも自分勝手で子供っぽくて、そのせいで感情移入できないところが多すぎた。
Posted by ブクログ
実写がもっくんと深津絵里だと分かったうえで読んだせいか、あまり感情移入はできなかった。
それでも、この作家の作品はもう一冊くらい読んでみたいかな。人の性の奥深い部分に気づかせてくれるかもしれない、と感じたから。
Posted by ブクログ
映画キッカケでこの作品を知って気になってたのだけど、映画見る前に読んでみた。
真平とアーちゃんと打ち解けていく過程、4人での何気ない幸せな日常がとても好き。子守初日の主人公とアーちゃんのやりとりが面白かった。
最後の夫たちから妻への手紙もグッときた。
身近な人を大切にしたいと改めて思う。いつ何が起こるかわからない。生きてるうちに、今、大切にしないと。
Posted by ブクログ
映画監督で作家の西川美和さんの長編です。著者自らの手によって映画にもなっていますが、本書はノベライズなのか、この作品を原作として映画化したのかはちょっとわかりません。いや、単行本ででているくらいだから、たぶん原作なのでしょう。
深夜バスの事故によって妻を失くした小説家と、その妻とと共に亡くなった妻の友人の残された夫と二人の小さな子ども。ふとしたことから、小説家と彼の友人の家族との交流が生まれます。
小説家の衣笠幸夫を主人公としながらも、章ごとに視点や人称が入れ替わる体裁で書かれているので、群像劇のような印象も受けます。また、一人称で語れる章は、ぐっと人物にズームアップするように感じられるので、そうじゃないところとの関係に緩急が生じていて、作品がより柔軟なつくりになっていました。くわえて、それぞれの人物の向いている方向が微妙にずれているし、角度も違いますし、同じ人物のなかでも気分によって素直だったり憎たらしくなったりして、デコボコがある感じがします。総合的なイメージでは、いろいろな柄の布(大柄の文様や細かい文様、キャラクターものや縞模様などさまざまな種類)で縫われたキルトが多角形の箱の表面に張られている、というような作品というように、僕には感じられました。
この小説の意識の底にあたるような部分に流れているのは、たぶん愛情に関するものでしょう。冷え切った関係になってしまった夫婦の、その残された夫のなかにはどんな愛情があるのか、というように。また、お互いが正面からつきあいあう家族、つまりぶつかり合いであってもそれぞれが甘んじて受けることを当たり前とする家族に相当する、小説家と交流するようになる家族のなかの愛情もそうです。
が、読んでいて引っかかってくるのは、いろいろな人物たちの本音ばかりではなく、その本音に結ばれた行為のひとつである「卑怯さ」なのでした。卑怯さを許さないだとか許すだとかの考え方もあると思うんです。前者は真摯さの大切を問うようなものでもあるし、後者は寛容さでおおきく包み込みつつ人間への諦念を持ちながらもその後の少しだけだとしたとしても「改善」を約束させるものだったりします。
卑怯さというのは不誠実さを土台としていたりします。そして本書のタイトル『永い言い訳』とは、そんな不誠実さへの永いながい言い訳、終わらないような言い訳なのではないかと僕は読みました。ここでは主人公の衣笠幸夫の言い訳が芯になっていますが、これについては、誠実であるほうが好いのだと考える人であればだれもが言い訳をするものだと思うのです。原罪のように、人はその土台に、本能的な利己ゆえの不誠実を備えているだろうからです。それを超えたいがために、言い訳をするのです。その言い訳は、ただ逃げるだけではなく、ただ逸らすだけでもなく、乗り越えるためのじたばたする態度なのです。
本書で著者はそういったところに挑戦しているし、結果、なかなかに真に迫ったのではないかと思いました。また、だからこそ、よく執筆関係の文章で「ちゃんと人間が書けているかどうかを小説で問われる」なんて見かけたりしますけれども、その点でいえば、むせかえるくらい多様な人間臭さが詰まっている作品として書けていると言えるでしょう。
作品自体、枠から暴れ出たそうにしているところを感じますし、著者は作品がそうしたいのならそうさせる、というように書いたのではないかなと想像するところです。そういう作品だけに、作品自体にまだ空想の余地もあり、「自分だったらどう編むか」みたいに考えたくなったりもします。刺激になりますね。
人をまるごとみようとするときに、そして、それを自分で表現したいときに、何を見ていて何を見ていないか、そして何を意識の外に無意識的にうっちゃってしまいがちか、というようなことに向かいあってみたい人にはつよくおすすめした小説作品でした。そうじゃなくても、ぞんぶんに楽しめると思います。読み手に敷居が高くない文体で、それでいてだらしない表現はなく、手に取ってみればよい読書になると思います。おもしろかった。