あらすじ
主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう――。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる傑作。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
本心しか言いたくないという潔癖性を持つ主人公が、理性では如何ともしがたい恋愛に熱をあげ、最終的に人間ぎらいになる話。あくまで喜劇である。
Posted by ブクログ
喜劇王の作品ということで、気軽に読めて大笑いできる作品かと思いきや、意外にそうでもなかった。もちろん、モリエールは役者でもあったから、さすがに演劇で笑わせる手法をよく心得ている(p.25、p.73~など)。しかし全体としては、むしろ悲劇に近いような印象だった。
アルセストは自ら「僕はあらゆる人間を憎む」(p.14)と言っていて、確かに劇中プリプリ当り散らしてばかりである。しかし、それは逆にアルセストの人間愛の裏返しでもないだろうか。愛憎は表裏一体というか、人は関心のないものを憎んだりはしない。アルセストは自分の中に「人間とはかくあるべし」という人間性の基準(あるいはイデア)をしっかり持っていて、誰も彼もがそれに一致しないので怒ってばかりなのだ。
社交界が舞台になっているのだが、そもそも社交術とは人と人の軋轢を緩和して、それぞれが気持ちよく交際できるように、という理念に基づいていたはずだ。しかしそれが高度に発達した結果、逆に人間のまごころと矛盾するようになってしまった。気に入っている人にも、内心軽蔑している人にも同じような笑顔を振りまく貴婦人セリメーヌに、アルセストはいらだつ。「ぼくはそんな風にみんなを大切になさるのが気に入らないんです」(p.50)
そんな社交術(会)と人間性の対決のクライマックスが、五幕四場のラストシーンである。他人をこき下ろした手紙が露見してみんなに見限られたセリメーヌに、二人で人里離れた田舎へ行こうと誘うアルセスト。言い換えれば彼は、虚飾と欺瞞の世界を去ってまごころに基づいた暮らしをしようと説いているのである。ここに、作者モリエールの描きたかったことが凝縮されているように思う。
ところで、この作品の魅力というか価値の一つは、やはりアルセストという強烈なキャラクターを生み出したことだろう(バルザックもよく引き合いに出す)。彼は頑固一徹にアレコレ怒りまくっていて、「人間嫌い」の名に恥じない。セネカが『怒りについて』のなかで「相手の罪悪が怒りに値するたびごとに激怒するならば、賢者は余りにも怒り過ぎることになる」と書いているが、アルセストはまさにこれである。ちなみに、常にアルセストをなだめて寛容を説く友人のフィラントは、セネカに通じるストア派だろう。
いつもイライラして批判ばかりしている友人がいたらさぞかし疲れると思うが、それでもアルセストは不思議に息づいている。それはおそらく、彼の考えていること、言っていることは、誰もがときに心に思うことだからだ。誰もが多かれ少なかれ感じる人づき合いの煩わしさ、嘘っぽさを暴いて、突きつけるているから、ちょっとした爽快感が生まれる。彼の問題は彼の考え・主張ではなくて、それをうまく表す手管がないことだと思う。
ストーリー的には、男たちを手玉に取っていたセリメーヌが凋落するシーンが納得しにくいが(ただ、劇では演出家の腕の見せ所かもしれない)、人間が好きなのに出会う人間にはみんな我慢がならず、愛したいのに愛されず、才気はあるのに活かす術がないアルセストを生んだことで、『人間嫌い』は不朽の作品になったのである。
Posted by ブクログ
何でも率直に自分の感情をぶちまけなければ気がおさまらない一種の中二病患者アルセストの大変残念な恋の物語である。
しかしこいつときたら良く分からない。
誠実な人間以外は寄るな触るなとうるさい割に、彼が恋焦がれるのは行き遅れの聖女ではなく、甘い言葉と毒舌とをしっかり使い分ける小悪魔ガール(笑)なのである。
人間態度の在り方について色々ご高説を垂れつつ、結局ブスは無視して美人の尻を追いかけまわしているのだ。実にしょぼい。その時点で、己の思想を透徹した者に与えられる潔さの魅力もないのである。セリメーヌにあっさりと振られるのもむべなるかな。エリアントをあっさりかっぱらわれるのもむべなるかな。
自分から人に剣突を食わせておきながら人に裏切られたと嘆くアルセストを見ていると、なんだか己の底を覗き込んでいるようで痛々しい。彼の矛盾は全国津々浦々の中二病患者達の抱えるいかにも残念な矛盾である。
一方で、アルセストの傍若無人さにもめげずに彼の面倒をみるフィラントのイケメンっぷりが光る。おべっかと誠実さを適度に混ぜて使い分け(好かぬ奴には当たり障りなくおべっかで、友人にはあけすけな誠実さで接するのである)、悪口雑言を浴びせられてもさっぱりめげず、最後に美味しいところをしっかり持ってゆくタフなしっかり者である。
コミュニケーション能力とは実に大事なものであるなぁ、全部あけすけはさすがに駄目だよね、とフィラントにいたく感じ入る本。
Posted by ブクログ
「人間ぎらい」というタイトルに惹かれて手に取りました。
さすがに17世紀に書かれた古典戯曲を「面白い」という風には僕は感じない。でも、ものすごく普遍的な内容ゆえに、この作品が風刺していることが色褪せていないことは本当に興味深いなと感じました。
主人公・アルセストは良くも悪くも純粋な青年ですが、良い青年が得をするかというと、今も昔も同じように、そういう側面だけではないようですね。「古き良き時代」という懐古趣味的な言葉もあるけど、昔が良くて今が悪いかというと、決してそんなことはなくて、300年以上前もすでに人間社会は矛盾に満ちていたわけです。
全体的な内容よりも、アルセストの親友・フィラントが語る口上(P96)が本質を突いていて、それがとにかく印象的でした。