あらすじ
思考力や判断力を失い「だまされた」ことに無自覚な日本人の国民性を批判した映画監督・伊丹万作の言葉をもとに、日本を代表する「闘う」言論人2人が現代社会の行方を探求。
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Posted by ブクログ
まだ小泉政権の頃に危惧していたことが現実になる。安倍晋三の長期政権である。彼自身の私欲だけでなく、彼に取り巻く為政者や宗教家や財界の人びとのはかりごとが、民の生活を虐げていく。そんなことをすれば経済力は低下していき財政は行き詰ることは容易く予測できるのに、現在さえ自分さえ良けりゃいいんだという浅はかな結論でおさまっていいのか。これは自己責任論にも通底しており、弱者を切り捨ててしまう社会の崩壊へと向かってしまう。そこに皆気付くべきであり、気付かなかった、だまされていた、という言い訳はあまりに無責任、私たちは共同体としての人道的行動を実践しよう。
Posted by ブクログ
面白く読めるが、深読みし始めると止めがつかない。上がっている本だけでも少しずつ読んでいこうと思いつつ本を置いていたが、内容を読みきったという感触には程遠い。これは、と思い、本を知人に委ねることにした。何人かでよめば、視点が増えるので気がつくことがもっと増えるかも知れない。つまるところ、分かるまで信じるな、というのは、キャッチフレーズ的に伝播力をもち、威力もあるが、はたして、それでも物事を軽信する傾向は、拍車がかかりこそすれ、変わらない。事実が突きつけられない限り人は信じるのだ。欲しいのは何が事実なのか、そうではない事実をどう見分けるか、方法なり、手段なりを持つにはどうするか、なのだろう。この本はきっかけの本だ。
Posted by ブクログ
ジャーナリズムの責任や、今、日本が向かっている方向について考えさせられました。政治の裏側などについて書かれている部分は、私自身の力で検証しようもなくて、片側からの視点だし、他の見方もできるかもなあと「疑って」いる部分もありますが、それにしても、興味深かったです。タイトルになっている「だまされることの責任」は伊丹十三の父である、伊丹万作によって太平洋戦争終了の翌年書書かれたエッセイ「戦争責任者の問題」から取られています。戦後、「だまされていた」という人が多い中、だまされたというだけで全て許される訳ではないということを書いたエッセイ(ちょっと簡単に書きすぎたか?)です。戦前や戦時中、軍国ムードが高まる中、疑うことを知らず、流されて、愛国者になって他者を糾弾したものに責任はないのか、だまされた責任だってあるんじゃないのかと戦後生まれの私は思います。でも、実際にそのようなムードの中にいたら、自分が疑ってかかることができるのかは疑問。(だまされてない、戦争は正しいことだったのだという人はまた別の話になるけど)真面目な人ほど、国を守ろうと思い、自分からだまされてしまうかもしれない。それは現在でも同じことですよね。そう思うと怖い気がします。政治的なことや国際的なことは、マスコミの報道につい流されてしまう。全ての情報を鵜呑みにせず、疑ってかかることができるだろうか。少なくとも、だまされたと後から言わないように、自分の頭で考えていきたいものです。