あらすじ
戦争とは、平和とは、戦後日本とは、いったい何だったのか。戦争体験は人々をどのように変えたのか。徴兵、過酷な収容所生活、経済成長と生活苦、平和運動への目覚め……とある一人のシベリア抑留者がたどった人生の軌跡が、それを浮き彫りにする。著者が自らの父・謙二の語りから描き出した、日本の20世紀。
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Posted by ブクログ
社会学の研究者である小熊英二さんが、自身の父(小熊謙二氏)が辿った、戦争、勾留、闘病、労働などの人生を、膨大な資料、インタビューから理解・構築し、詳述した一冊。著者自身があとがきに書いており、かつ読み始めるとすぐ理解できるように、これは単なる「戦争体験記」ではない。随所に、当時の日本の状況を表す統計データやその他の文献引用などがなされており、小熊謙二氏という1人の人生を通して、戦前から現在に至るまでの日本社会の変化に触れられる。まさに、1人の主体としての「経験」と、それを客観的に、ときには批判的に補足・検証する「資料、データ」とを結合させた研究活動であると言えよう。
もちろん、本書の内容を読み、その時々で小熊謙二氏が何を感じていたのか、極限の状況に追いやられたとき、どのように振る舞ったのか、などという事実は、「人間とは何か」という途方もない問いに対して、確かな一側面を与えてくれる。ただ、個人的に本書を読んで最も感じたことは、「(特に社会科学において)真実を解き明かすヒントは、社会に規定され、日々行動する個人の中に、その多くが隠されているのかもしれない」ということである。本書の中でも言及されているように、歴史として語られるものの多くは、語ることのできる社会的階級にいる、もしくは語らざるを得ないほどの熱量を持っている個人、集団のみである。つまり、貴重な知見、経験を携えているにも関わらず、社会的階級が相対的に低く、自ら語るインセンティブも持ち合わせていない人は、歴史に反映されないのである。
この気づきは社会科学の研究に携わる身として、非常に重要な示唆を与えてくれた。もちろん、安易な解釈主義に陥ることは避けなければならないが、そのものが動態的に変化する社会を捉えようとする限り、完全な真実を掴むためには、膨大な研究を行い、多様な視点から分析を試みる必要があるということである。こう書くと、シンプルに思えてくるが、これが難しい。どのような人が言っていることも、どのような些細な情報であっても、その裏に何かメカニズムが存在していると信じ、全てから学ぼうとする姿勢こそが研究者に求められているのかもしれない。もちろん、全てを自分1人で行うことは、人間という生物の特性上、不可能である。だからこそ、あらゆる分野の研究者と対話し、全体で知を前進させていく必要があるのである。
ここまで、自分が得た示唆ばかり書いてきてしまったが、本書の締めの一言は、純粋に、希望を与えてくれた。引用して、感想を終えたい。
「さまざまな質問の最後に、人生の苦しい局面で、もっとも大事なことは何だったかを聞いた。シベリアや結核療養所などで、未来がまったく見えないとき、人間にとって何がいちばん大切だと思ったか、という問いである
「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」
そう謙二は答えた。」(p.378)