あらすじ
その女の名は下田歌子。女官として宮廷に出仕するや、その才気によって皇后の寵愛を一身に集め、ついには華族子女憧れの的、学習院女学部長となった女。ところが平民新聞で、色恋沙汰を暴露する連載記事が始まり、突然の醜聞に襲われる。ここに登場するのは、伊藤博文、乃木希典、そして明治天皇……。明治の異様な宮廷風俗を描きつつ、その奇怪なスキャンダルの真相を暴く異色の長編。
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Posted by ブクログ
とても面白い。冒頭から、知られざる禁中の描写に興味をそそられ、明治天皇を二人称とする恭しい文体の軽妙さに感嘆する。この華麗で含みのある文章は女性ならでは。誰もが(天皇でさえも)時勢の剛流に飲み込まれていく明治日本が描写される。
終わりには、明治天皇と皇后の対比を元に、物語の主題が明治時代の女性と男性の戦いの構図だったことが明かされる。しかし女性軍の矢面に立った下田歌子の目的地が元いた宮中に戻ることとは、なんてスケールの小さい話ではないか。と思うけれど、それは時代が違うからこそ。作中の伊藤博文は女は結局自身の足元しか見ることができないと揶揄するが、女性が家庭から離れることをできなくしたのは男性の功罪でもある。
明治天皇を地方の豪農と同じと笑う新聞記者や、歌子を敬愛したあまりその理想像を裏切られて一方的な恨みを募らせる元教え子等、濃い登場人物が多く登場し、読む者を飽きさせない。物語の中心に立つ歌子は、章ごとに無力な女性とも、そのものずばり妖婦とも思える。この本の面白味は、しがない下級武士の出の歌子が、ついに天皇と皇后を戦わせるほどに至ったという太閤記のような立身出世物語にある。新聞を読んだ男たちの多くが歌子の追放に動いたのは、その人脈と権力を改めて悟ったからでは。何も考えていないような顔をして、女性はその実常に計算している。そのうち大正時代に平塚雷鳥が登場し、男性たちが女性の蜂起に戦慄することを思うと更に面白い。