あらすじ
安らかな死を迎えるためには、他人に害をなさず、助けてあげて下さい。
“ノーベル平和賞受賞の宗教家”と“人々の心を癒し続ける小説家”による、決定的人生論。
一度しかない今世を、精一杯生きるために。
生きにくさや孤独は、手放せる。
-小さないじわるは、自分も人も滅すると心得る。
-伝統をふまえながら、臨機応変に行動する。
-自分の小さい変貌で、大きな流れを作れる。
-欲にとらわれて、心の状態を感情的にしない。
-自分にとっての常識は、小さな枠であると認識する。
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Posted by ブクログ
ダライ・ラマも、素晴らしいのではないかとは思うけど、私にはよくわからない。それよりも印象に残ったのは、よしもとばななの人間観。
以下、引用。
人ひとりひとりは、歯車ではなく細胞のひとつひとつと考えるといいのではないか。人間ひとりひとりが細胞で、皆で大きなな「人類」という人間を、作っているのだと思うと、いろんなことがよくわかるようになります。
髪の毛の細胞の人、お尻の細胞の人、まぶたの人、唇の人、心臓の人、各部位の人にそれぞれ不満があり、それぞれの自負心があります。自分の部署でない機能に対して憧れを抱いたり、妬んだり、自分の部署の仕事をおろそかにしたり、それもすべてそんなふうに説明できると思います。お尻の人には頭の人のことがよくわからないくらい遠いが、確実につながっている。そんなところもよく理解できるような気がします。それから、異様な罪を犯したり、人を殺すのに心底喜びを覚えるような人たちに関しては、がん細胞のような異形の細胞だととらえると、しっくりきます。だとすると、その細胞全部が集まった人間という存在をひとつにつなぎとめているもの、それこそが魂と呼ばれるものであり、特定の宗教ではなく、生命への畏怖心を呼び覚ます、大きな物を、思うときの感覚ではないでしょうか。
目の前の人を自分の一部だと思うことができれば、その弱さを理解することも、人を攻撃することはすなわち自分に対する攻撃だと言うことも分かり、相手に対する怒りもなくなるはずです。
人類は全員で一人の人間であるという考え方になりました。人は皆根本のところでは同じ物を共有していて、それぞれに得意なことと不得意なことがあり、できることとできないことがあり、小さな細胞が集まって支え合って、人類という一つの大きな生き物を有機的に機能させている。たったひとつの共通項は、魂なのです。
自分が持って生まれた物を十全に全うすることが大切なことだと理解しています。私が自分の役割を、放棄してしまったら、私には細胞の代わりができる人はいないのです。
それを皆が身体的に、精神的ではなく身体的に、生活の感覚の中で真に理解できたら、この世は随分変わって行くと思います。
ただ自分を十全に生ききるとき、それぞれの個人は初めて元々持って生まれた自分の枠を超え、他の人と本当に同じになることができます。仏教的に言うなら、カルマを解消し、越えるということなのかもしれません。
Posted by ブクログ
「小さないじわる」…思い当たる節がありすぎて反省した。やられてきたからやり返す、それが大きないじわるに発展していくこと。私という細胞が変われば良い。それを突き通すだけの気持ちを私は今からでも持つことが出来るだろうか?
「慈悲の心と、論理性の共存」... あまり感情的にならず、正しい心を持つこと。感情は持ちすぎると偏見が含まれてくるのだという。私も正しい心を訓練する必要がありそうだ。
本書に出てくる出来事は些細なことだけど誰にでも経験があるはず。だからこそ、私は私に出来ることを、私が大切にしたいものを大切にする。『この人は私と違う、まあいっか』ではなく、『なんだか私と違うけれど、この人も細胞の一部分である』ということ。忘れないように長々と記すことにする。
Posted by ブクログ
2013年11月24日に行われた、
チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世と、
作家のよしもとばななさんの対談講演を書籍化したものです。
小さないじわるを消していくという
小さな一歩から習慣、そして意識を変えていくことで、
世の中の生きにくさはすこしずつ解消されていくのではないか、と
よしもとばななさんは語ります。
小さないじわるとは、自分は自分、他人は他人と考えて、
慈悲の心をもたないこと。
知人が失恋をして、ちょっと話を聞いてほしそうにしていても、
面倒くさいだとか、自分には関係がないからだとかで、
知らんぷりをしたり邪険な反応をしたり、
そういうのが、小さないじわるなのです。
以前、他のひとの本のなかで、
世の中は互恵関係なんです、そうであるとわかるべきなんです、
みたいな話がありました。
つまりは、自分は自分だから、と切り離して考えないことですよね。
トータルでみて、自分にも他人にもそれぞれから恩恵があり、
持ちつ持たれるである、
そういった関係を築くことが、
本来的に、世の中の理にかなうんだ、という気づきがあると、
ひとも社会も変わるのかもしれません。
後半、会場からの質問にダライ・ラマ法王が答えます。
どれもすーっと腑に落ちて、だからといって全部を言ってしまわない、
絶妙でシンプルな答え方だなあと思いました。
100ページくらいの本です。
短時間でいろいろと人生の気づきが得られます。
宗教色が感じられるところはありますが、
無宗教のひとでも、ふつうに読めますね。