あらすじ
天堂晋助。長州藩の下層の出ではあったが、剣の天稟は尋常ではなかった。ふとしたことから彼を知った藩の過激派の首魁、高杉晋作は、晋助を恐るべき刺客に仕立てあげる。京に、大坂に、江戸に忽然と現れ、影のように消え去る殺人者のあとには、常におびただしい血が残された。剣の光芒が錯綜する幕末の狂宴!
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Posted by ブクログ
唯一人の長州人、という異常な緊張感と寂寥感が、どう屈折してそうなるか、晋助に自由を与えた。
自由とは、こうである。
晋助の隣りに、他家の娘が臥ている。その娘の脛を晋助は白々とめくった。
(おれは何をしようとしているのだ)
と、驚いて自問したときには、自分の中に皮膜を破りちらして別の自分が誕生していることを知った。
(かまわぬ)
傲然と答える自分が、である。浮世の道徳法律(とりきめ)などはなんであろう。法律的には自分は朝敵であり、道徳的にはすでに殺人者であり、しかもなおその殺人は主義で正当化され、道徳的な罪悪感はない。さらに、
(この焼け跡の都で、おれ一人が人間の外だ。おれはただひとりで生きてゆかねばならぬ)
ということがある。正体が露顕すれば当然殺されるし、殺される前に当然、相手を斃さねばならぬ生活人である。もはやこの過酷な生存条件のなかでは、道徳も法律もない。すべての人間を縛っているそれらが、晋助の心から解け去っている。
小栗は、いった。
「わしは手練手管を好まない。婦人に好かれる言葉も持たぬ。おまえが好きだと思ったから、唐突にここへよんだ。よく来てくれた」
これが、小栗の睦言らしい。
Posted by ブクログ
架空の人斬りを主人公に、その他の登場人物や事件などは史実に基づいた、幕末の長州を高杉晋作と共に描く歴史ロマン。
架空の天堂と実在の高杉をを駒のように配置して当時の長州の背景を邂逅していく様は、事実と創作をうまく混ぜ合っていて司馬らしくて面白い。
最後まで架空とは思えず、実在したのではと思わされる主人公の描き方も自然すぎる。
思わず試しに調べてしまったくらい。
司馬が描く人斬りは初めてだったので新鮮だったと同時に、長州には代表的な人斬りがいなかったというのは驚き。
大河「花神」に登場していたらしい。
できれば「世に棲む日日」と併せて読みたい作品。