あらすじ
【第11回日本SF大賞受賞作】マサルと菊丸の兄弟は、行方不明の父親を探しに、マザーK市へと冒険の旅に出た――。そこは、異常発達した広告が全てを支配する驚愕の未来都市だった! 赤舌、地ばしり、蚊喰い虫……珍妙不可思議な生物たちの乱舞。どこかなつかしさを誘う歌声。椎名誠独自の世界を打ち立てた記念碑的長編。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
行き過ぎは恐ろしい
椎名誠さんがSFを描いているなんて知らずにいたのですが、先日、新聞で「SF三部作」なるものがあるということを知ったので、読んでみることにしました。このお話は、より良い生活や社会を求めて、様々な試行錯誤がされた後の世界を描いたもののように感じました。ただ、その試行錯誤の結果がまさしく「戦争」のようになってしまい、自分たち人間をも食い尽くす「ヒゾムシ」のようなものを生み出したり、それらの混乱等を治めるために、様々な粛清を行ったりするなど、デストピアになってしまったのですね。こうなってしまったのは、「命を顧みない」ということが要因の一つではないかと思います。今の日本などでも、気をつけていかないと、こうなってしまう可能性はあるのではないでしょうか。そう言ったことを示唆している小説だと感じました。面白かったです。次は「水域」ですね。
Posted by ブクログ
いつの時代とも判らぬ、荒廃した地球。K二十一市に住むマサルと菊丸の兄弟は、マザーK市からやってきたという男から生き別れの父の名を聞き、父の足跡を追ってマザーK市へと旅立つ。街の外に広がる荒野には、人体を浸食するヒゾムシや全長数十メートルに達する地ばしり、声高に宣伝文句をわめき散らすアド・アードなど、独自の進化を遂げた生物たちが跋扈し、マサルと菊丸は幾度も危険な目に遭いつつもマザーK市をめざす。途中出会った謎の男・キンジョーの助けも借りつつ、ようやくマザーK市へと辿り着いた兄弟は、この世界が荒廃した原因を知ることになる・・・
いやいやいやいや、鴨的に椎名誠と言えば「とぼけた味わいのエッセイスト」というイメージだったので、この作品が日本SF大賞受賞作ということは存じておりましたが果たしてどんなもんだろー、と低いハードルで読み進めて、深く反省。正に直球どストライク、堂々たるSFです。
マサルと菊丸の兄弟が父を捜して冒険の旅をする、という、極めてシンプルなストーリーです。余計な伏線は一切ありません(物語の途中で兄弟が一切出てこない章が挟まり、よくわからない情景が描写されますが、これらの章の意味は読み進めるうちにわかってきます)。マサルと菊丸の心理描写も実にあっさりした淡白なもので、平易で淡々とした筆運びで物語が展開されていきます。
その淡白さを埋めて余りあるのが、圧倒的な情景描写、そして椎名誠節炸裂の言語感覚。特に、何の説明もなくいきなり登場する異形の生物たちの躍動的な描写といったら、なんだかよくわからないんだけど存在感だけはやたらとあるという(笑)強烈なインパクトを脳裏に残します。こうした生き物にも土地や建物や食べ物といったものにもいちいち極めてユニークな名前が付けられており、独特の諧謔味すら感じさせます。必要以上に登場する変な擬音も素晴らしい!どの場面でも、常に何かの音が響いています。
要は変な生き物と変なネーミングがわんさと登場する、ファンタジー寄りのライトな作品よね・・・との第一印象を持ちつつ読み進めると、次第に明らかになるSFの骨格。
世界が荒廃したのは二大広告企業同士の「広告戦争」がきっかけであり、跋扈する危険生物たちは「広告戦争」により生み出された生体兵器が制御不能な進化を遂げた成れの果て。わずかに生き残った人間は広告企業により搾取され、脳髄を兵器として使用されている・・・
もはや商品を買う人間が激減した世界で、日夜流れ続けるケバケバしい広告。その広告の意味を何ら理解しない異形の生物が、広告の灯りに照らされながら蠢く。なんという想像力の極北。
さらに鴨がこの作品にSF魂を感じたのは、語弊を恐れずに言えば、主役の兄弟二人の深みの無さです。
ステロタイプな感情表現しか描写されないので感情移入できず、そもそも突然父親を捜す旅に出る動機付けがよくわかりません。この二人よりも、アンドロイドのキンジョーや脳髄だけで生きるターターさん(ビジュアルがジェイムスン教授そのもの(笑))の方が、よっぽど個性があって魅力的です。
おそらく、主役の兄弟二人はこのストーリーを先に進めるためのドライバーに過ぎず、真の主役はこのユニーク極まる世界観そのものなのでしょう。人間ドラマがなくても十分物語として成立するのが、SFというジャンルの面白さ。そうした意味からこの作品は、実は相当ハードコアなSFと言えると思います。