【感想・ネタバレ】アンのゆりかご―村岡花子の生涯―のレビュー

あらすじ

【NHK連続テレビ小説『花子とアン』原案】
戦争へと向かう不穏な時勢に、翻訳家・村岡花子は、カナダ人宣教師から友情の証として一冊の本を贈られる。後年『赤毛のアン』のタイトルで世代を超えて愛されることになる名作と花子の運命的な出会いであった。多くの人に明日への希望がわく物語を届けたい──。その想いを胸に、空襲のときは風呂敷に原書と原稿を包んで逃げた。情熱に満ちた生涯を孫娘が描く、心温まる評伝。 ※文庫版掲載の写真は、電子版では一部掲載していません。ご了承ください。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

秋葉原の古本屋で100円で購入した。100円の元は圧倒的に取れる良い本だった。

赤毛のアンの日本語版は読んだことないと思うが、翻訳にこれだけの情熱と、歴史が積み重なっていたとは。
そもそもこの村岡さんの歴史が、自分でも名前を聞いたことある有名人たちに囲まれている。
芥川龍之介、与謝野晶子、菊池寛、宇野千代、樋口一葉、平塚らいてう…
第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして日本の敗戦… アンの翻訳をしながら、非国民と呼ばれながら原稿を守り、女性の権利向上にも協力し、翻訳文学、そして児童文学というもの自体がまず無い文化の中、子供のために海外児童文学を翻訳し続けた… うーむ、すごい。
この人の友人関係もすごすぎたので、この本は「赤毛のアンを翻訳した件」どころじゃなく、この人達が歴史を作ってきた証明だった。甘く見てた。赤毛のアン自体は正直あんまり出てこないし、出てくるのもだいぶ後半なので、どちらかというと近代史の歴史小説として楽しめるかと思う。

しかし、ラブレターが全部保存されていて、万人に公開されるってどんな地獄だよ。「帰り際のkiss…… まあなんて困る人だとあなたは思ふたでしよ。」とか気が狂いそうになる。旦那さんも墓から蘇ってそう。

そして肝心の本のタイトル、もともと「赤毛のアン」ではなく、村岡さんは「窓辺に倚る少女」にするつもりだったらしい。それだったらだいぶ違った未来になってた気がする。編集者が「赤毛のアン」を提案したが村岡さんは一旦即却下したが、娘のみどりが絶対これにするべきと推したためらしい。ただ、ちゃんとこれを読むのは若い人だから、若い人の感性に合わせるとして了承した村岡さんもあっての明断。

この間読んだ「キラキラネームの大研究」にもあったが、変わった名前は今が特徴ではなく、むしろ英語が入ってきた時代やちょっと昔も相当アレだったというのを、ところどころ感じた。特にガントレット恒子という名前が強すぎて本に集中できなかった。エドワードガントレットさんに嫁いだかららしいから当たり前なんだが…

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2022年05月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

アンのゆりかご

いまのこの豊かで平等な生活は、様々な人たちの努力の行動があって、成り立っている。
いままで物事の歴史なんて全く興味がなかったけど、歳を重ねるにつれてだんだんと興味が湧いてきた。背景はその人や物事の前提だから、歴史を知っているとその時代に生きた人々やその時代の物語を、より深く理解できてより楽しむことができる(はず)。
著者の恵理さんは、村岡花子の生涯をまとめることは自分のルーツを知ることにもなった(雰囲気)と書いているように、歴史を知ることは、いまの生活を考えることに繋がっている。だから、毛嫌いせずに勉強しようね、自分。

(推定)文学少女だった祖母がアニメを観せてくれたのが、赤毛のアンとの出会い。
ケチ(倹約家?)な父の血を引き継いだからか、他の子どもと比べておねだりをしない子どもだったと思う。お母さんが言う、手持ちのお金がないという意味の「お財布にお金がない」は、一文無しを意味していると本気で思っていたし、おばちゃんに服屋さんに連れて行ってもらったときも、成長しても着られるように、と大きめの服を選んだ。(おばちゃんには、「子どもはそんなこと考えなくていいんだよ!」とたしなめられ、ジャストサイズの服を買ってもらった。)

だから、マシュウがアンに袖がぽわんとしたワンピースを買ってきたエピソードを観たときの感情をよくおぼえている。
そんなに高いものをアンのために買ってきて、彼らの生活は大丈夫なのかと不安に思ったのと同時に、大事なお金をアンの望み(わがまま)のために使うことができるということは、マシュウはアンに良く思われたいんだなと勝手に想像して、くすぐったく恥ずかしい気持ちになった。
欲しいものを素直におねだりできるアンに対して、恥ずかしく図々しい子だとも思ったような。いま思えば、本当はおねだりしたかったのにできなかった自分と比べて、素直に伝えられるアンが羨ましかったのかも。

貧しい生活で、贅沢品を買えないような中でも、アンが欲しがっているものを買ってきてくれたという事実は、アンに対する愛情を表している象徴的なエピソード。
わたしはきっとこのエピソードをずっとおぼえているし、ずっと好き。
子ども時代に、素敵な物語に出会えてよかったな、としみじみ。
大人になって思い出したように村岡花子訳の原作を読み、ふたたびときめいた。
結構読んだんだよなあと思ったら三作しか読んでなかった。残り七作も読もう。

女学生時代、カナダからきた先生たちのもとで異国文化を学んできた花子だからこそ、現地を知らずとも親近感を持ってアンの暮らしを翻訳することができたんだろう。

花子が森の中で、森が舞台の小説『リンバロストの乙女』を読んでいるの、楽しそうすぎる!なんとも贅沢!!
登山帰りに山岳小説を読むのと同じようなことだね?臨場感があって、さらにその小説を楽しむことができるから、最高の読書時間!
昔は、本ってスキマ時間で読むものだと思っていたけど、(又吉さんが言ってたように、本と真剣に向き合うとなると、)読む環境や読むこちら側の心境も読書体験に大きく影響してくるんだろうな。
とは思いつつ、電車での読書は現実逃避(トリップ)できて大好きなのでそれはそれでやめられない!
真剣に読書する時間、これからもっと増やしていきたい。

夫の死に3日間泣き続け、その後、夫はもういない、としっかり受け入れた花子の姿が印象的。
なんとなく、誰かとの別れの体験を読んで予習している。なぜか先立たれる前提だが、先立たれる方が寂しいだろうな、ということは容易に想像できる。”儆三は花子の日常に満ちている。その日常の中で生きていけばよい”と生きた花子の姿をおぼえていよう。

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2026年01月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

本作の主人公は翻訳家の村岡花子さん。赤毛のアンを翻訳した人、といえばすぐに通じるでしょうか。彼女の生涯を扱う作品です。

ただ本作、いち翻訳家の生涯というよりも、むしろ、一女性の目を通して綴られる明治・大正・昭和の女性の自立・地位向上の話、といってもよいと思います。

それほどに、熱く激動の人生を生きた女性であったと読後に感じました。

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貧乏だった家庭で唯一学校通いを許された花子。キリスト教系の東洋英和で女性宣教師からみっちり英語を叩き込まれ、図書室で洋書を貪るように読み、外国に行くことなく英語を話せるようになったエピソード。日本にはヤングアダルト向けの自己陶冶的小説が少なく、自らを筆をとり文筆家をスタートさせたこと。自らの進学後一家離散となった家族のため、卒業後も必死で稼ぎに出たこと。日本女子大創設者の広岡浅子の伝手で、市川房江など女性進出のパイオニアと知己を得ていたこと。キリスト者でありながら、妻子ある身の男性と恋に落ち、所帯を持つに至ったこと。震災で夫の会社が傾き、家の生活費を自らが稼ぐ決意をしたこと。一粒種の道夫を病気で亡くしたこと。良質なヤングアダルト小説を子供たちへ届けたい一心で、空襲のさなかでも、敵性言語である英語で書かれた“Ann of Green Gable”の翻訳に注力したこと。戦後は一層、赤毛のアンシリーズの翻訳に取り組んだのは言うまでもありません。

東洋英和で学生時代の話を除くと、花子は断続的に苦境・逆境に襲われるのですが、もがきながらもたゆまず前進を続ける様子には胸が熱くなります。

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加えて驚くべきは、花子が日本語、わけても詩や和歌に注力していたことです。なんと和歌・詩歌で有名な歌人佐々木信綱氏にも師事していたということです。目の付け所が違います。

卑近な例で考えると、所謂キコクである自分の子供たちを見ていると、英語もまあ通じるし、読み書きはできるのですが、受験英語の下線部訳の問題はからっきしダメなのです。Google翻訳的直訳というのでしょうかね。

やはり日本語の語感やセンスを磨かないと、腑に落ちる訳文は生まれない、と本作を読んで改めて感じた次第です。訳者ならずとも、日本語力や言葉への造詣がないと、外国語の豊かさは汲み取れないのでは、と感じました。

日本語力、大事です。

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ということで、村岡花子さんの生涯でした。

驚くほどにドラマティックな個人史でしたが、瞠目すべきは、このような傑物がそこまで注目されずにいる現状であります。もっと知られて良い方だと感じました。

本作、女性の社会進出、明治以降の現代史、児童文学に興味がある方等には楽しんでいただける作品だと思います。ぜひ「赤毛のアン」も併せて読み、気取った女子高的雰囲気を楽しんでいただければと思います。

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2023年02月08日

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