あらすじ
著者の太平洋戦争従軍体験に基づく連作小説。冒頭の「捉まるまで」の、なぜ自分は米兵を殺さなかったかという感情の、異常に平静かつ精密な分析と、続編の俘虜収容所を戦後における日本社会の縮図とみた文明批評からなる。乾いた明晰さをもつ文体を用い、孤独という真空状態における人間のエゴティスムを凝視した点で、いわゆる戦争小説とは根本的に異なる作品である。横光利一賞受賞。
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Posted by ブクログ
戦争を内から見つめた文学。渦中にいた著者が見た、「戦争」とは。読み始めるのが少し怖かったけど、意外なことに、凄惨な描写はほとんどない。どこまでも冷静な筆致で、主に俘虜収容所で考察した日本社会、現代の文明に関する批評が書かれている。
この本は、大きく捉まるまでと捉まったあとに分けることができる。
捉まるまでの情景や心理描写は、戦場で紙とペンを持っていたわけではないだろうから、彼の記憶によってのみ書かれたものだ。しかし、その生々しさはズシンとくる。死につきまとわれると、人はどうなるのか。目の前の米兵を打たなかった心理。緊迫感を持ってページを繰り続けた。
捉まったあと、つまり俘虜になってからは、一気に弛緩する。豊かな国アメリカの俘虜になるということは、毎日2700kcalの食事をとり、煙草を喫み、博打に興じ、文化・芸術を求め、同性愛者においては自己を主張できるということだ。不正はあっても犯罪はない。このような生活で著者は、人間を、日本社会を、戦争を指揮した軍人を、現代の文明を静かに見つめている。頭の良さに感服してしまう。
これこそ次世代に読み継がれるべき本なのでは。今の社会のおかしさを考える上でも、この本のどこかにヒントがある気がする。
Posted by ブクログ
また新たな視点で「戦争」についての示唆を得られた1冊。
「米軍が俘虜に自国の兵士と同じ被服と食糧を与えたのは、必ずしも温情のみではない。それはルソー以来の人権の思想に基く赤十字の精神というものである。人権の自覚に薄い日本人がこれを理解しなかったのは当然といえば当然であるが、しかし俘虜の位置から見れば、赤十字の精神自体かなり人を当惑さすものがあるのは事実である」(p80)
「天皇制の経済的基礎とか、人間天皇の笑顔とかいう高遠な問題は私にはわからないが、俘虜の生物学的感情から推せば、8月11日から14日まで四日間に、無意味に死んだ人達の霊にかけても、天皇の存在は有害である」(p323)
「我々にとっての日本降伏の日附は八月十五日ではなく、八月十日であった」(p323)