あらすじ
ひどい名前、キョーレツな姿、女王君臨の階級社会。動物園で人気急上昇中の珍獣・ハダカデバネズミと、その動物で一旗あげようともくろんだ研究者たちの、「こんなくらしもあったのか」的ミラクルワールド。なぜ裸なの? 女王は幸せ? ふとん係って何ですか? 人気イラストレーター・べつやくれい氏のキュートなイラストも必見!
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Posted by ブクログ
本書は東アフリカに生息し、地中で集団生活を営んでいるハダカデバネズミの本である。著者が熱烈なラブコールのもと国内へ持ち込み、地味で根気のいる研究に青春を捧げた研究者たちの成果をまとめたものだ。千葉大学や理化学研究所で愛情をもって飼育をしている写真や、キュートなイラストをふんだんに使って、ハダカデバネズミの魅力を余すことなく紹介している。
彼らの容姿は「出歯で毛のないネズミ」で、誰もが一瞬にして釘づけになるほどインパクトがある。穴の中では快適で秩序ある社会生活をおくり、愛らしい鳴き声を巧みに操りながら言葉同様のコミュニケーションをとって生活する。それにしても、もう少しハイセンスな名前はなかったのだろうか。英名では「ハダカモグラネズミ」、ラテン語では「ヘンテコ頭の毛のないやつ」と、どれも似たり寄ったりである。そんなハダカデバネズミを筆者は敬愛をこめて「デバ」と呼ぶ。
デバは平均80匹の仲間と集団をつくり、一匹の女王を頂点とするコロニーを形成して暮らしている。よってデバの群れで子供を産むのはたった1匹女王のみで、繁殖を一手に引き受ける。女王は集団の中で一番のビックボディで王様1~3匹のお相手をこなす。その上、強くて賢い。女王の独断で「お声かけ」があり、王様はNOとは言えない立場で交尾となる。なんともたくましいではないか。そして女王のお世話係の中には「ふとん係」なるものが存在し、女王は毎晩ふとん係のネズミの上で寝ている。想像を超える真社会性は女王の貫録からも理解できる。
女王は年間に最大4回ほど出産し、一度に1~20匹の子供を産む。コロニーの女王と聞くと食べ物を与えられ、子供を産むことだけに専念していればよいというイメージがあるが、デバの女王の現実は甘くはない。彼女は生まれながらではなく、厳しい戦いに勝ち抜き女王になる。デバは裸なネズミにもかかわらず寿命が30年以上で、想像以上に長生きするため、その長い人生の中で次の女王の座を狙うものや仕事をさぼろうとする者たちを、常に監視し威嚇行為により圧力をかけ、自らの権威を保持し続けねばならない。ストレスホルモンの研究結果では女王デバが最も高い数値が出ており、集団の中で睡眠時間が一番少ない。そんな気苦労の絶えない女王の末路は、死病するか下剋上でその座を奪われるかしかないと言うから寂寥感に苛まれる。
一方、王様は完全に女王の尻にしかれる。女王のご機嫌さえとっていればよいわけで一見楽そうに思えるが、王様になったとたん痩せ衰えてゆく傾向にあり、男性ホルモンの関係上病気にかかりやすい。女王復権を企む「下剋上事件」はまず、王様暗殺から始まるという。最期となる事件の際は、女王の前に命を落とす運命にある。
働きデバは一番数が多く、仕事内容も餌さがし、巣の掃除や拡張、子育てやふとん係と多岐にわたる。巣の拡張の際、出歯を使って1年間に30キロも掘り進めることもあるという、意外にアクティビティなのだ。そのため低酸素、高二酸化酸素に対して耐性が高い。そして、デバは体温調節機能を持っていないので、寒さに弱い。ふとん係は子供や女王の敷布団の代わりになって押しつぶされたようになって寝る。呼吸ができるのだろうかと心配になるのだが、どんな状態でも何食わぬ顔をして寝ている。
兵隊デバは普段はごろごろしている。しかし外敵があらわれると、真っ先に戦いを挑み、進んで自己犠牲を払い自らの命をささげる役となる。なんとも切ない話ではあるが、生態系の秩序のうちなのだ。
ご多忙にもれず、デバにもメタボなデブが存在する。デブデバはほとんどがオスで来るべき日に備えるためである。デブデバは将来、旅に出て新たな集団を創設しなくてはならない。毛のないネズミが一人ぼっちで巣から旅立つとは、こころから応援したくなる。極めて少ない確立の新社会創設にかけるチャレンジャーなのだ。
女王同様、働きデバや兵隊デバの役割分担は生まれつき決まっていない。大人のデバに成長すると最初は働きデバとなるのだが、その後体格や群れの仲間との関係に応じて変化してゆく。しかも働きデバが不足すると兵隊デバが働きデバ的行動をとるという人事異動が可能な社会なのだ。では、どうやってその時々のポジションを仲間同士で見分けるのか。それは彼らの挨拶にある。
その見た目に反してデバはかわいらしい声で鳴く。そしてヒト以外の動物はあまり使うことがない「ぱぴぷぺぽ」が発音できると言う。普段の生活のなかで17種類の鳴き声のパターンがあり、それぞれに意味を持たせコミュニケーションをとっているらしい。「こんにちは」のあいさつは自分たちの階級の確認に行う。しかも正確に理解できるように回数や声の強弱をつけ、カースト制度を遵守している。そのほか「餌があったよ」であるとか、「ごめんなさい」とか言った具合に自由に会話を楽しんでいる。驚いたことに歌うこともあるようだ。ハーモニーを奏でるデバのご機嫌な様が想像できるが、なぜ歌うのかは今後の研究課題とのことだ。暗がりの地下社会で暮らすハダカデバネズミにとって音声は重要なコミュニケーション手段なのだ。
こうした多様な生活を営むハダカデバネズミの研究は、今後大いに注目すべきであろう。長寿の秘密や低酸素・高二酸化炭素の耐性、真社会性と音声によるコミュニケーション能力など、どれをとっても興味深い。特に生物言語研究において「ハダカデバネズミの音声と脳」の研究計画に文部科学省から補助金も出ており、現在研究が進んでいる。彼らの特殊性を解明できれば、近い将来わたしたちのことばの起源を解き明かす糸口になるのではと期待されている。
そしてその陰で、ハダカデバネズミと向き合う研究者たちの葛藤の日々を忘れてはいけない。地下で暮らす動物を研究所で飼育する苦労やプレッシャーもあるだろうし、夜間のデータを地道に取り続ける努力に頭が下がる。しかし、彼らだけにハダカデバネズミを独占されては惜しい気がする。ぜひとも続編を期待してやまない。それもひとえにハダカデバネズミの魅力のなせる技であろうか。