あらすじ
カントが普通の言葉で語り始めた! 本書で繰り返し説くのは、自分の頭で考えることの困難と重要性。「永遠平和のために」は常備軍の廃止、国際連合の設立を唱え、「啓蒙とは何か」は、他人の意見をあたかも自分のもののように思いこむ弊害を指摘している。他に「世界市民という視点からみた普遍史の理念」「人類の歴史の憶測的な起源」「万物の終焉」を収録。現在でも輝きを失わないカントの現実的な問題意識に貫かれた論文集。
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Posted by ブクログ
ここでは、カントの哲学書について述べるのではなく、本書の構成を中心に話を進めてみたい。
本書には5編が収められている。タイトルに含まれる『永遠平和のために』、『啓蒙とは何か』以外の「他3編」の題名は下記のとおりである。
『世界市民という視点からみた普遍史の理念』
『人類の歴史の臆測的起源』
『万物の終焉』
このなかで一番短いのは、『啓蒙とは何か』である。これはわずか17ページの論考であった。『永遠平和のために』が、一番長くて128ページ。他の3篇は30ページ前後である。ほかにはカント年譜が6ページ。訳者の中山元氏による解説が充実しており、105ページある。以上が本書の構成である。
ここからは個人的な感想を書いてみよう。
この中で私が読みたかったのは、『啓蒙とは何か』である。『カント』と『啓蒙』という2つの言葉を聞いてすぐに思い浮かぶのは、ベートーヴェンである。ほとんどのベートーヴェンの評伝には、啓蒙思想という言葉が出てくるからだ。ベートーヴェンはボン大学時代に、啓蒙思想に触れた。当時流行し始めていたカント哲学にも、影響を受けている。いくつかの評伝には、そのようなことが書いてある。しかし、本書に収められている『啓蒙とは何か』を読んでみると、カントの啓蒙は政治哲学であり、ベートーヴェンの思想の間には関連性はないように感じた。
『啓蒙とは何か』は「啓蒙の定義」から始まる。その全文は下記のとおりである。
啓蒙とは何か。それは人間が、みずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。だから人間はみずからの責任において、未成年の状態にとどまっていることになる。こうして啓蒙の標語とでもいうものがあるとすれば、それは「知る勇気をもて」だ。すなわち「自分の理性を使う勇気をもて」ということだ。(p10)
ここだけを読むと、ベートーヴェンが影響を受けた感じがしないでもない。だが、全体を読むとそうでもないのだ。
中山氏の解説には、次のように書いてある。
この「啓蒙とは何か」という文章は、カントが発言の自由という一点に焦点をしぼって、自立した思考の重要性を考察したものであった。(p292)
ベートーヴェンは、「自分自身で考えること」を思想の中心として持っていたわけではない。フランス革命の「自由・平等・博愛」という思想が中心であろう。ベートーヴェン像からは、「カント」と「啓蒙」という言葉は抜いた方が、より正確なイメージをつかむことができそうだ。
Posted by ブクログ
読書会の課題本。国連やEUのバックボーンにあるものとして有名な表題作を含む短い論文をまとめたもの。巻末の解説もとても詳しいもので、カント入門としてふさわしい一冊であると思った。
Posted by ブクログ
自立(自律)、公開性、道徳、自然の導き、SDGSのような、現代の潮流の源泉であるような考えがたくさん書いてある。
よくもそんな時代にかけたなというよりそれだけカントの影響力が大きいんだろう。
悪が無ければ人類に進歩はないとは恐れ入りました。
Posted by ブクログ
飜訳は分かりやすかったけれども、内容そのものが難しかったので、ついて行けませんでした。
翻訳者である中山元氏の平易で丁寧な解説のおかげで、すこしは分かった気になったけど。この解説だけ読んでおけばいいような気もする。本末転倒だけど。それぐらい解説は素晴らしかった。