【感想・ネタバレ】紫苑物語のレビュー

あらすじ

優美かつ艶やかな文体と、爽やかで強靱きわまる精神。昭和30年代初頭の日本現代文学に鮮烈な光芒を放つ真の意味での現代文学の巨匠・石川淳の中期代表作――華麗な"精神の運動"と想像力の飛翔。芸術選奨受賞作「紫苑物語」及び「八幡縁起」「修羅」を収録。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

紫苑物語
P12
7歳の時 年の初めに作った歌を父が見て あからさまに 褒めあげた。確かに 手 筋が良い。すでに 一かどの歌 読みの歌である。
しかし 父は主室を取って ただ1ところ言葉をあらためた。
「これで非の打ち所はない。」
その塩 入れられたところは宗頼もまた 迷ったところであった。そこに 二色の言い回しが考えられて、どちらにすべきかと思案の末に勝ったと思われたものを取り劣ったと思われたものを捨てた。しかるに 父が 改めて 書き記した言葉は先に宗頼自ら捨てた言葉そのままに他ならなかった。己が踊ったと見たものを 長者である 父はまさったと見ている。歌の道に於いて父は己より劣っているのだろうかしかし 支出の後紛れなく改められたところを見直すとどうやらこの 捨てた 言葉の方こそ 混ざっているようにも思われてくる。父はやっぱり己 よりも混ざっているのだろうか。いや 今更何を迷うか。そもそも 勝ればこそ取りを取ればこそ 捨てたものである。朱筆の後は詠草の汚れであった。重ねて筆を入れて これを元のごとく に改めなくてはならない。
P20
ただ その不思議の謎が解けたと思ったのはようやく 今である。宗頼は途端に悟った。謎は歌にあった。思えば都から遠く 荒々しい 天地の中に突き放されてきて、走る獣飛ぶ鳥を折って駆け巡りながら、この1年の間 一体何を追い何を求めていたのか。あなたに見つけた 自然の豊穣と荒涼との境に身を置いて手の中の弓は実は忘れられたに等しく、この時おのずから発したものは矢ではなくて 歌、ただし すでに 禁じられた 長歌短歌の類とは違うもの、まだいかなる 方式も定型も知らないような歌が体内に 湧き 広がり音にたたむ 声となって宙に溢れその聞き取りがたい声はのに山に水に空に舞い狂った。狩に憑かれたということはすなわち 歌によったということに他ならなかった。忘れられた 弓 から 心なき矢が飛んで獲物 もろとも 歌声の漂う 彼方に消え去ったとしても不思議とは言えまい。

・???

P22
「お主の体内には 二色の血が流れていると見えた。」
「二色の血とは。」
「はて 歌の血と弓矢の血じゃ。生ぬる歌の血が濃い限りは 弓矢のことは 悟るに至るまい。己の手がしたことに 目が開かないというのも 道理か。因果な あきめくらよ。」

P34
高きに立って 彼方の血を見下ろした時 宗頼は足の痛みを忘れて思わず感嘆の声をはなった。
荒地どころではなかった。燃える落日のもとに 地は 広々と暢びて水 記憶モリアーク 田畑は実り 秋の景色豊かに花あり果実 ありここに馬を買いそこに牛を放ち 木がくれに見える 藁屋の屋づくりこそ鄙びていたが、ゆうげの煙 暖かく 立ち上り鶏犬の声も間近に聞こえるかと思われた。およそ 亮太にこれほど美しい豊穣の地は他になかった。

P59
「この世に笑うのは 今を限りと思え。」
宗頼の放った矢が2本 いや 3本 一体一すじまっすぐに繋がって宙に光った。弓麻呂はその2本の矢を両手につかんだが 第3の矢 ありと知って片足で跳ね上がり目にも止まらぬ速さの稲妻の形に飛び違えた。しかしやもまた獲物の後を追って 同じく 稲妻の形にあやまたず飛んでその背を貫いた。
「小せがれめ。」
そう叫んだ時には弓麻呂の体は うつ伏せに 地に倒れていた。
「けものめ。」
宗頼は叫び返して獲物に 踊り かかり背を蹴った。
いくたびも蹴り しらがの髪が土に黒くま みれるまでに踏みつけ 押し付けた。

0
2025年10月14日

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