あらすじ
西暦2083年。人工神経制御言語・ITPの開発者サマンサは、ITPテキストで記述される仮想人格《wanna be》に小説の執筆をさせることによって、使用者が創造性を兼ね備えるという証明を試みていた。そんな矢先、サマンサの余命が半年であることが判明。彼女は残された日々を、ITP商品化の障壁である“感覚の平板化”の解決に捧げようとする。いっぽう《wanna be》は徐々に、彼女のための物語を語りはじめるが……。
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Posted by ブクログ
仮想人格である《彼》が健気で健気すぎて、スキィ!!ですが、読み終えて頭に浮かんできたのは人間のことばかりでした。
病と死の容赦なさが疑似体験したかのように迫ってきた本でした。親しい人間の闘病や死に立ち会ったこともないわたしには、死はまだ身近に感じられない現象で。入院手術の経験があっても、それは死病じゃなかったから、小説に描かれるサマンサの身体の痛みも、死の予感と恐怖も、健康な人間と社会への嫉妬や疎外感も、本当にリアルな意味では受け取れてはいないはず。だけれど、サマンサのすぐ隣で彼女を見て体験したような気分がしたのです。
サマンサは、科学は不満足への抵抗だとし、信仰を否定し、仮想人格を道具として扱え、傲慢でエゴイストで、孤独だけど強い人。
死ぬときはひとり。そうなの?そうかも。サマンサはひとりきりで苦しい死を迎える。ほんとうに容赦がない。
仮想人格の《wanna be》は脳神経の網を言語化するITPという技術の実験とパフォーマンスのために創られた。用が済んだら削除される存在だった《彼》は、そうはされずに、サマンサの研究室に残され、彼女のために物語を創作し続け、ただひとりの読者である彼女へ無私の好意を向けるようになる。
《彼》の「私は何かのお役に立てますか?」は、そのように創られたから出る言葉なのだと知っていても、なぜか暖かく沁みるし、次第に成長していく様子は、健気だな、崇高だな、と思わせてくれる。そんな風に声をかけられて、優しくされたら、わたしはサマンサほど冷静でいられないかもしれないなぁ…
「死」について《彼》が出した答えは、古くから擦り切れるくらい作られてきた物語を思い起こさせるドラマチックさで、《彼》の成り立ちが《物語》であることをよく表しているように思う。
サマンサはそれを受け止める事で、《彼》のリアルに描き込まれた登場人物になり《彼》はきっと満足していったのだろう。だから、《彼》の遺作をサマンサが読む箇所は、当然のように感情を揺さぶられた。救済と断罪が同時に描かれていて、心の中が嵐のようだった。
恋とか愛とかそんなので表せない、存在そのものを向けられるというのは、最高の幸せなのでは?
だけど多分、真のクライマックスは、ITP人工人格として書き出された《サマンサ》と死にゆくサマンサとの会話なのかも。全てを曝け出す自分自身との対話。人格とは、肉体と死とは、物語とリアルとは。読後はしばらく放心したようになっていて、わたしはきっと「言葉を奪われる」良い読書体験をしていたんだろうなぁ…
この本と出会えてよかった。
Posted by ブクログ
尊敬もへったくれも無い、生々しくて痛々しい「死」の描写から始まる。
主人公のサマンサの周囲や社会、死に対する抵抗《プロテスト》な生き様が、余計に読んでいて精神にハードパンチしてくる。
『小説を書くためだけに開発された仮想人格』の「ワナビー」はサマンサのために、彼女を喜ばせるために、膨大なサンプルを吸収して小説を書く。
では、人類は誰のために、何のために太古から小説を書いて来たのか?
別に小説でなくても良い。漫画でもイラストでも彫刻でもアニメーションでもクリエイトするものなら何でも良い。
需要と供給のあるビジネスだから?それだけでは無いはずだ。
作中の言葉を借りれば「自己愛」なのかも知れない。
サマンサに「恋」したワナビーは、たった一人の読者の彼女のために愛を込めて、小説を書く。
コンピュータのお決まり文句の「何かお役に立てることはありますか?」が《彼》の愛の言葉であった。
サマンサの死に対する抵抗と怒りの狭間で、仮想人格のワナビーの愛の言葉が紡がれる。それが余計に痛々しい。人工物であるが故に。
そして、サマンサとは対照的に《彼》の死は儚くも美しい。
では一体、そもそもこの作品は誰のための物語なのだろうか?
Posted by ブクログ
死についてのお話。
死に近づいていく主人公の肉体的な苦しみ、精神的な葛藤が克明に描かれていて、考えさせられた。
読むのに1週間かかった。いい読書体験だった。
Posted by ブクログ
洋書の翻訳?と初めは思ったくらいに、なんだか文体と相性が合わず、入り込めるまで興味を持てなかったけど、ラストの方は引き込まれました。理系の会話というか、喋り方についていくのは難しかった。
Posted by ブクログ
ラノベ出身こんな筆力とは驚いた!死に物語はそれなりに読んできたのだが、本作みたいな最初から最後まで「死」を全うしたような作品は実に珍し体験だった。死の粉飾もせず、生の執着もせず、どことなく穏便で冷酷で鉄錆な匂いがする。
Posted by ブクログ
科学者であるサマンサと機械であるwanna beの対話から、生や死について考えさせられた。
いくら御託を並べようとも、意味を考えても、ずっと昔から死とは変わらないものであるし、定義できないものだと思った。
Posted by ブクログ
人間の人格や脳に触れ、それを改変することができるというのは、人間の神聖さを犯すことであり、その価値を著しく下げるだろう。今、実際にこのような技術が開発されているのかどうかわからないが、もしやするとこの世界はすぐそこまで迫っているかもしれない。
人工知能的な「wanna be」に小説を書かせる。現在のAIに人間がやらせていることとほぼ同じだが、「wanna be」が違うのは人工ではあるものの、知能だけではないことだ。体は立体映像で実態はないが、感覚センサーで見たり触れたりすることができる。サマンサのために役立てることはないか常に尋ね、あくまでも道具としてしか接しない彼女にいつのまにか愛情を持つようにもなる。そして、彼女ですら想像のつかない自死を選び、その目的もまた彼女であるという。簡単に愛とはいうものの、そこには人間の真理を追求するかのような思いが込められていた。
あなたのための物語。サマンサのために彼が書き上げる物語であり、彼自身のための物語でもある。