あらすじ
血の入ったバケツ、黒焦げの骨……「ウィステリア荘」でホームズは『グロテスクなものから恐怖へは、ほんの一歩なんだよ』と言う。その他、ホームズが瀕死の床に伏せる「瀕死の探偵」など7編を収録。表題作「最後の挨拶」は、ホームズの隠退からかなりたった第一次世界大戦直前の話で、60代になった二人がふたたびイギリス国家のために活躍する。
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Posted by ブクログ
ウィステリア荘
今までと作風がガラッと変わった。章がついているし内容も如何にもな推理小説といった内容になっている。今までの短編と比べ容量が倍近くあるため事件ごとに整理してみる。
スコット・エクルズのグロテスクな体験。アロイシャス・ガルシアの家に泊まったところ朝にはもぬけの殻になっているという怪事件。「山魔の如き嗤うもの」や「遠野物語」を彷彿とさせる怪事件だ。この真相はガルシア一味がエクルズをアリバイに利用しようとしたことだった。利用するつもりがガルシアの犯行は失敗し殺され、召し使い達も計画失敗を察知し逃亡したことによりウィステリア荘がもぬけの殻になったのだ。
アロイシャス・ガルシア一味の犯行計画。ガルシア一味の目的は近くに住むヘンダースンことサン・ペドロの虎、ドン・ムリリョだった。ヘンダースンの屋敷に忍び込んだミス・バーネット協力のもとエクルズを利用し民衆の一斉蜂起から逃れたヘンダースンを殺害する計画だった。しかし失敗し、ガルシアは殺されミス・バーネットは拘束されることとなる
ウォルターズ巡査が見た悪魔の顔とその後見つかる血の入ったバケツと黒こげの骨。これはガルシアの料理人が行った儀式の名残とそれを回収しようとしたことによるものだった。
ヘンダースンの死。ヘンダースンは逃亡したものの他の刺客によって殺されサン・ペドロの民衆の蜂起は果たされることとなる。
幾つもの謎が絡み合い70頁とは思えない濃密さだ。ホームズさえも化かすベインズ警部も登場し非常に読みごたえのある一作だった。この話が書かれた頃にはミステリーもかなり盛んになっておりクリスティ等も誕生しているだろう。込み入った作品が生まれたのにはそういう外的要因があるのかもしれない。
ブルース・パーティントン型設計書
やはり作風が大きく変わっている。事件の様相が重層的になり、ホームズがきちんと調査をしなければ解決できないような事件になっている。ここでも事件の内容をまとめてみる。
海軍が秘密裏に設計していた潜水艦の設計書が盗まれた。容疑者とおぼしきカドガン・ウェストは列車から突き落とされて死んでおり、設計書の一部は未だ行方不明。ウェストが盗んだにしても合鍵や切符、出血量など不可解な点は多数ある。ウェストの死が殺人なら殺したのは誰か?設計書はどこにあるのか?
不可解な点が幾つもあり一筋縄では終わらない。ホームズはウェストが列車の屋根にいきされたものと推理し、屋根に遺棄できる場所から容疑者を割り出す。また、ウェストの最後の様子からウェストは設計書盗難の犯人ではなく、犯人の後をつけ逆に殺されたものだと推理する。犯人とスパイの通信手段を上手く利用し、盗難犯人であるヴァレンタイン・ウォルター大佐と殺人犯にしてスパイのオーバーシュタインの逮捕に成功しイギリス国防を揺るがす大事件は秘密裏に解決する。
悪魔の足
おぼろげながら覚えていた話だった。モーティマー・トリジェニスの三兄弟が発狂や死を遂げ、ホームズが捜査を進めるなか、モーティマーも同様の死に方で死を遂げる。ホームズはランプや暖炉の様子から原因が薬物と突き止める。三兄弟を殺したのはモーティマーで、そのモーティマーを殺したのは愛する人を殺されたスタンデール博士だった。ページ数は増えたが、まだ今までの短編に近い作風の話だった。ホームズの知的好奇心が悪い方向に傾くところや、それを助けるのがやはりワトソンなところなど、ここまでホームズを読んできたからこそわかる二人の性格や関係が読み取れる。
赤い輪団
話の内容自体は普段のホームズのものと同じだが、話の構成が少し変化している。章立てされていることからも後年の作品とわかる。
ウォレン夫人の家の奇妙な下宿人。気前は良いが一切姿を見せない謎の下宿人。つまらない事件かと思いきや、ウォレンが下宿人と間違えて殴られたことにより事態は一変する。話自体は他の作品にもあるもの。赤い輪団を裏切った復讐にやってくるゴルジアーノから逃げるため誰にも顔を見せずに行動するルッカ夫妻。最後はジェンナロ・ルッカがゴルジアーノを殺して終わる。犯罪者は裁かれることなく話を終えるが、この話の中で最も邪悪な人間は死によって裁かれた。ハッピーエンドととるかは人によるだろう。
レディ・フランシス・カーファクスの失踪
のんびりとした序盤からの後半の鬼気迫る展開はさすがドイルといったところ。ホームズの話の中でも失敗談に近いのではないだろうか。レディ・フランシス・カーファクスが旅行途中に失踪。ロンドンを離れられないホームズに代わりワトソンが捜査を開始するが、背後にいるのはヘンリー・ピーターズという凶悪犯だった。ホームズはレディを取り返そうと奮闘するも出し抜かれ、最後に何とか棺おけの秘密に気付きレディの救出に成功する。
瀕死の探偵
ホームズの中でもトップクラスに痛快な話。コナンでも最近オマージュされたであろう話だ。現代の医療では治療困難な病気に罹ってしまったホームズは頼みの綱としてカルヴァートン・スミスを頼る。甥殺しの証拠を掴めず逮捕できなかった因縁の相手に助けを請うしかないホームズだったが全ては演技でありカルヴァートンから自白を引き出すための作戦だった。全てのミステリーにおける自白のための演技の元祖とも呼べる話だろう。嘘が苦手な語り手をも騙すことで読者を無理なく騙すことができる。今までのワトソンのキャラを描いてきたからこそ真価を発揮する話と言えるだろう。
最後の挨拶
タイトルは覚えていたが内容はまるっきり忘れていた。ホームズもワトソンもそれなりの年になっており、どちらかと言えば後日談に近い。だが、ここにきて一風変わったラストを仕上げてきた。ドイツのスパイ、フォン・ボルク目線で物語は進み、ドイツ軍がイギリスの情報を入手し戦争で出し抜く準備が着々と進んでいることが描写される。ところが、ボルクの仲間のアルタモントが出てきてから徐々に話がおかしくなってくる。ボルクの仲間が次々と逮捕されていることが明かされ、しまいには養蜂の本が出てくる。ここでアルタモントがホームズであったことが明かされボルクはずっとホームズの手の内で踊らされていたことが判明する。そして最後はワトソンと二人でイギリスに冷たい風が吹くことになることを予感させながらホームズの話は幕を閉じる。
ボルクも最後の相手として申し分ない。ホームズに踊らされていたことは事実だが、モリアーティやモランと同じセリフを発し、アイリーン・アドラーとも関係があるというファンサービス満載のキャラクター。ホームズがこれで最後かと思うと悲しいが、それでも十分満足できるキャラを登場させてくれた。
「東の風が吹いてきたね、ワトスン」「違うだろう、ホームズ。とても暖かいよ」最後を飾るに相応しい掛け合いだ。世界の激動を鋭く予感するホームズと鈍感だが優しい言葉を返すワトソン。二人の性格を見事に表し陰惨な世界でも二人が共に生きていく様子が脳裏に浮かぶ言葉だ。良い言葉だ。ずっと覚えていたいな。
これでホームズの再読が完了した。それでもぼんやりしている話もあるものの、以前より記憶ははっきりしたと思う。でも、それでも僕はまだホームズを知らない。僕の知らないホームズはまだまだある。まだ晴らさせない、ロンドンの切りは。