あらすじ
きまじめなサラリーマンの河合譲治は、カフェでみそめて育てあげた美少女ナオミを妻にした。河合が独占していたナオミの周辺に、いつしか不良学生たちが群がる。成熟するにつれて妖艶さを増すナオミの肉体に河合は悩まされ、ついには愛欲地獄の底へと落ちていく。性の倫理も恥じらいもない大胆な小悪魔が、生きるために身につけた超ショッキングなエロチシズムの世界。
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Posted by ブクログ
自分のことが書いてあるかと思った。
自分が育て上げたと思ったナオミが、誰とでも寝るしひどいあだ名がつけられているとわかったところは自分自身似たような経験があり非常に胸が苦しくなった。
痴女になった彼女を許せない気持ちと、それでも女性美しさの前に抗えない気持ち、そして痴女がゆえのつかめなさ、自分のコントロールを完全に離れている様子にどうしようもなく惹かれることに完全に共感できる。男で共感できない人はいないんじゃないか。
最も隠したい部分の感情がこれでもかというほど書いてある。自分に文才があってこの感情を言語化することができてもここまで赤裸々にこの部分を曝け出すはできないと思った。
Posted by ブクログ
後半になるにつれ、ナオミのファム・ファタール具合が加速していってよかったです。
美人の容姿の描写がどれもドキドキする。「白い下にうすい紫の血管が/ほんのり透いて見える凄艶さ」「同じ貝殻を集めたように、どれも鮮かに小爪が揃って」とか、「「夜」と「暗黒」は附き物ですけれど、私は常に「夜」を思うと、ナオミの肌の「白さ」を連想」とか。
シュレムスカヤ夫人とのダンスシーンも印象深い。読んでいてドキドキしました。
握手するのもおこがましいと思う相手に抱きかかえられるなんてドキドキですね。特別な香りも魅力的。
あと印象深いのは、ナオミ恋しさに四つん這いになって部屋を歩き回るシーン。ほんとうに渇望しいるんだなと思った。
Posted by ブクログ
『若きウェルテルの悩み』『知と愛』『夜明けの街で』といった、女性との関係の中で君子のような男がどんどん陥落していく物語を、なぜか好んで読んでしまう傾向にあります。その中でも、『痴人の愛』は「男性陥落系」の小説として最たるものでした。
ただ、これまで挙げた作品と最も異なるのは、相手となる女性の描かれ方です。
どの作品でも、男を惑わせる女性はどこか魅力的で、素敵な女性像として描かれていますが、『痴人の愛』ヒロイン・ナオミは、どこまでも悪女でした。
もっと言えば、登場人物がみんなおバカでした。
「痴人」という言葉を、てっきり「痴女」のような意味だと思っていたのだけれど、調べてみると「痴人」とは阿呆、愚かな人という意味なんだそうで。
そう考えると、『痴人の愛』というタイトルは秀逸でした。
谷崎潤一郎は作中で、
「これを読んで馬鹿々々しいと思う人は笑って下さい」
と書いているのですけれど、しっかり読後に、ほッんと! 馬鹿だなあ!と声に出して笑ってしまいました。読書でここまで声を出して笑ったことははじめてかも知れません。はッはッ。
物語については、個人的には「教育」というものを一つのテーマとして感じました。
もともと主人公の譲治は、カフエエで働いていた十五歳のナオミを、自分好みの女に教育しようとしていて、ところが、ナオミは譲治の思惑を遥かに超えて、立派な悪女へと成長していきます。
それだけならまだしも、最終的には、ナオミを教育する側だったはずの譲治自身が、彼女に隷属するしもべへと教育されていく。
教育する男が、教育される男になる。
支配しようとした男が、支配される男になる。
その皮肉さが、しっかりと描かれておりました。
『痴人の愛』という小説に出会えたことはもちろんですけれど、それ以上に、谷崎潤一郎という作家に出会えたことが一番良かったです。
谷崎潤一郎をひとことで言えば、
うっさくて、すけべなのです。
そして、このうっささがたまらないのです。
『世界でいちばん透きとおった物語』の中で、谷崎潤一郎は、ページを文字で埋め、空白をなくすような作家として描かれていた記憶があります。
実際に読んでみると、本当に一つの描写を、これでもかというほど書き記します。
しかも、そのスケベ具合にも拍車がかかっておりまして。
三島由紀夫に、戦争の敗戦について、
「日本の男が白人の男に敗れたと認識してがっかりしているときに、唯一、日本の男が、巨大な乳房と巨大な尻を持った白人の女に敗れた、という喜ばしい官能的構図」
として受け止めた、と評されるほどの谷崎潤一郎のスケベさが存分に楽しめました。
だから『痴人の愛』でも、ナオミから漏れ出た吐息の匂いについてだけで、ほとんど改行もせず九行にわたって書き連ねますし、
男二人とナオミを含む四人で蚊帳の中に寝ているだけの、ほとんど物語が進まない場面に十四ページも使います。
本当にすごいです。
馬になってナオミを乗せる場面や、ナオミの足を愛でる場面も、定期的に現れますしね。
一般に「言語化」というと、できるだけ短く、シンプルに、わかりやすく、という印象がありませんか。
けれども、谷崎潤一郎は真逆をいきます。
例えば、ただ「ブスな女だった」と書けば済みそうなところを、
『ピンク色の洋服は、せいの高い、肉感的な長い両腕をムキ出しに太った女で、豊かなと云うよりは鬱陶しいほど沢山ある、真っ黒な髪を肩の辺りでザクリと切って、そいつをぼやぼやと縮らせた上に、リボンの鉢巻をしているのですが、顔はと云うと、頬っぺたが赤く、眼が大きく、唇が厚く、そして何処までも純日本式の、浮世絵にでもありそうな細長い鼻つきをした瓜実顔の輪郭でした。私も随分女の顔には気をつけている方ですけれど、こんな不思議な、不調和な顔はまだ見たことがありません。思うにこの女は、自分の顔があまり日本人過ぎるのをこの上もなく不幸に感じて、成るたけ西洋臭くしようと苦心惨憺しているらしく、よくよく見ると、凡そ外部へ露出している肌と云う肌には粉が吹いたようにお白粉が塗ってあり、眼の周りにはペンキのようにぎらぎら光る緑青色の絵の具がぼかしてあるのです。あの頬ッぺたの真っ赤なのも、疑いもなく頬紅をつけているので、おまけにそんなリボンの鉢巻をした格好は、気の毒ながらどう考えても化け物としか思われません』
と書きます。
「化け物だった」とか、「猿みたいだった」とかで終わらせない。つらつら、つらつらと書くのです。
他にも、好きな女を間男に取られたことを、
「俺が丹精を凝らし、労力をかけて育てた果実を、他の男に皮を毟られ、歯を立てられた」
というような比喩で表現し、そこからさらに数行にわたって書き続ける。
沼にハマっていくような恋愛についても、
「非常に強い酒であって、飲み過ぎると身体に毒だと知りながら、芳醇な香気をかがされ、なみなみと盛った盃を見れば、結局飲んで、節々へ酒毒がおよぼされて、ひだるくて、後頭部が鉛のように重くて……」
という具合に、これまた数行にわたって書きます。
思考ダダ漏れ。
だからこそ、最高の言語化。
谷崎潤一郎は、短くまとめることによって言葉を研ぎ澄ますのではなく、考えたこと、感じたこと、嗅いだもの、触れたもの、欲情したものを、執拗なほど言葉にし続けます。
その果てに、
「それそれ! それを言いたかった!」
と思わせる表現へたどり着く。
本当にうるさくて、すけべな男の、最高の小説でした。
Posted by ブクログ
面白かった…。
三宅夏帆さんの新書(『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』p67-71)で紹介されて初めて知り、手に取りました。
ナオミズムが流行したとのことで、悪女ナオミに注目していたけれど、とてつもない存在感を発揮していたのは主人公の変態童貞紳士(愛を込めて)・ジョージでした。
カフェで見かけた15才の西洋人っぽい女の子を自分好みに育てようと引き取る変態さ。
結果、ナオミは良い子に育つわけでなく…。
人の悪口を平気で言うし、金遣いは荒いし、垢のついた服を放置するし、嘘をつくし、浮気はするしの自由奔放なティーンになり、ジョージはたびたび振り回される展開に。
なのに、ジョージはナオミをますます離せなくなり、遂には信仰の対象にしていくという。(理解できない!)
自分好みに育てることができているようでよかったです。
自分が選んで小さい時から育てたこともあって、ナオミのヤバいところが見えなくなっているのだろうと思いました。あとは度を超えている西洋人や白色への憧れが一種のフィルターとなっているようでした。
振り返ってみれば、ジョージの行動には何度も笑わされました。
発作的にお馬さんになりたくなったり、ナオミをベビさん呼びしたり、あからさまなチラリズムにイライラムラムラしたり。
後半では、口はつけずに吹きかけた息を吸わせるという新たなキスを生み出したナオミが面白すぎてあっぱれと思ったのですが、妄想を用いて何もないところで息を吸い込むジョージが出てきた時には面白すぎて勝ち目がないと感じました。
何もかも凄すぎて、誰かと語り合いたい1冊です。
Posted by ブクログ
一番興味深かったのは譲治。
なぜそこまで愛せるのか…。
ここまでやっても大丈夫なら、ナオミはもう無敵なんじゃないか。
じゃあ逆に、何をしたら譲治はナオミのことを嫌いになるのか?
それは、ナオミが普通の奥さんになった時なのかも。そう考えると、案外ナオミも楽ではないのかもしれない。
私は息子がいるので、譲治の母親のことも気になってしまった。
真面目で倹約家だった息子の変化に、母親は気づいていたと思う。
私だったら心配で聞かずにはいられない。
それでも何も聞かなかった母親は、何を思っていたんだろう…。
ナオミの肌や髪の質感、匂いまで伝わってきそうな描写。
他の作家が書けば下品になりそうな内容なのに、エロセンサーに厳しい自分でもまったく嫌な感じがしなかった。
谷崎潤一郎はやっぱり読みやすい。
無駄のない文章でどんどん先へ読ませる。
テレビも娯楽も少なかった時代に、この作品は相当面白かったと思う。
ちなみに、2人がよく行く「活動写真」とは何のことかと思ったら、映画のことだった。
大森海岸で泳ぎ、目黒が郊外として描かれていることにも時代を感じる。
物語だけでなく、約100年前の東京へタイムスリップしたような楽しさもあった。
Audibleにて。