あらすじ
聞いて欲しい人が一人おるんです。政と聖を描く芥川賞候補作。早野ひかるは「先生」に打ちのめされ、銅鐸と土地の来歴を学び始める。ここではかつて罌粟栽培と阿片製造が盛んで、満州に渡って「陛下への花束」を編み、紀元2600年記念万博を楽しみにしていた青年がいた。いつしか昭和と令和はつながり、封印されていた声が溢れ出す。大阪と大陸で響き合う夢とロマン、恋愛政治小説。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
銅鐸の先生に師事し、土地や歴史を学び、万博へ行く、お話(?)。
芥川賞受賞作。
政と聖、啓蒙、歴史や過去の人物との対話など難解な部分もありながら、『時の家』よりもすっと入ってきて私的に読みやすかった。
古都ひかるさんの紹介ありで「性」の要素もあったり。
ある程度、一本通ったストーリーのようなものがあったほうが、私的に好みなのだと思う。
Posted by ブクログ
個人的にひっかかったキーワードを挙げる。銅鐸、洞窟、大阪・関西万博、満州、早野と川又青年、先生と音蔵、しおり、聖、天皇といったところだ。早野と川又青年が時を超えて出会い、シンクロしていくところに読みごたえがあった。万博も川又の時代のものと早野の時代のもので結ばれる。川又の叫びは現代の銅鐸を鳴らす音でよみがえったのだろうか。読んでいるときはするすると楽しく読めるが、改めて整理すると様々な対比や結びつきに気が付く。
Posted by ブクログ
2026年前期の芥川賞受賞作品。
早野、先生、しおりさん、掴みどころのなさに引き込まれた。だらだらとでもいいから話がもっと続けばいいのにと思った。よく解らないけどずっと浸っていたくなる作品でした。
Posted by ブクログ
第174回芥川賞受賞作を読む。著者にとっては『改元』に続く天皇小説(『改元』の世界観と補いあう内容となっている)が、個人的には前作の方が好み。シンプルな物語ながらも描写と表現に強度を感じた『改元』に比べると、本作は物語世界の構図はより複雑になった一方で、やや「賞を獲りに行った」感がないでもない。もちろん、その選択自体は別に否定されるべきことではない。
地方公務員がその地域の歴史と出会い、謎の年長者に導かれてその時間の迷宮に取り込まれていくというパターンは『改元』と同様だが、『改元』の時間的な幅にくらべると、大阪万博と満洲とを結んだこの小説の特徴は「浅薄さ」だろうか。大阪のベッドタウンが地層のように沈み込ませている阿片をめぐる記憶を手がかりに、満洲の大地でケシの花を咲かせた男の魂が、2025年の万博の地で、1970年のそれを飛び越えて1940年の幻の博覧会の場を呼び起こしていく。しかし、「令和」の象徴としての力の弱さを下から補うとされた女性の造形的な厚みのなさをどう理解すればよいのか迷う。この女性は確かに闇を抱えているようには描かれている。だが、『改元』の婚約者が漂わせていた不穏さ、何をしでかすかわからない謎めいた雰囲気は乏しい。こうした「恋闕」の対象としての力弱さはおそらく意図されたものなのだろうが、著者の中で、この女性をあまり魅力的に書いてはいけないという自己規制でも働いていたのだろうか?
Posted by ブクログ
過去のある事件をオマージュしているかのように感じ、主人公の狂気や日常生活から来る愛などの描写が、芥川賞に選ばれた所以ではないかと、個人的に解釈した。夢の中で過去の人物と語り合ったり、刀を渡されたりする場面は、主人公が何故そのようになってしまっているのかが、分かりづらかった。
Posted by ブクログ
「国家とはそもそも福祉のためにあり、福祉は労働からの解放区をつくり、民間から聖を輩出するためにある。ためにするところがないのが聖である。柱は家を支えるためにあるのではなく、家が柱を必要としているのであり、家は柱のために何ができるのか常に考えるべき。
聖=到達点であり、歩みであり、身体1つ分が占める場所のこと。己の来歴と土地の来歴の軽重がなくなるため、そこをなくしていけば聖に近づける。」
●刀を持っていけと言われたときに、万博の入り口で警官に止められるか、これで何か問題を起こすのだろうなと思った。天皇のワードが出てきたときに、天皇の御行を妨害する天皇暗殺的なシナリオが想像できた。
●万博を楽しむ場面で、先生が銅鐸を鳴らして「どうしても聞いて欲しい人がいる」と言った時、星野は先生の言葉を受けて、自分はしおりに届けたいと感化されたのだと思った。ただ、読み進めるうちに、先生は聖である天皇に聞いて欲しい、星野も功績を認めて欲しいという川又の思いを背負って天皇に届けたいという思いを感じ取った。先生と星野は運命共同体のようなものだと感じた。
●文章で表現されていた各国の万博館のビジュアルは文章で表現されていたものと酷使していた。肇国記念館のビジュアルはスペイン館を思い浮かべた。
●先生が星野に万博のチケットを坑道に取りに行けと言った後から、師弟の意は一つになるように先生と星野、音蔵と川又の姿のがぴったり重なった。
●一瞬、しおりさんのお父さん=先生説を思い浮かべたがたぶん違った。
●その人は確かに限りない哀れみの目で見た→銅鐸作りと阿片花作りはどちらもお国のための継続遺産と捉えられたもの?であり、国が聖に認めてもらえない
●蒙を啓かなければならない。そのために響きが光になるまで鐘を鳴らさなければならない。本人を呼んでくれ→天皇のことだろう。
Posted by ブクログ
自分には、政治的主義·主張や思想みたいなモノは全くありません。が…
読んでいて、「え゙えぇ、大丈夫なん!?」と思う箇所もありました。
それはともかく、関西弁の遣り取りは文字で読んでいてもノリが良いですな
Posted by ブクログ
縁もゆかりも無い茨木市に住み続ける早野は人生に行き詰まっていた。
夜の安威川沿いを彷徨ってる時に不思議な音に誘われ偶然出会った謎の先生と銅鐸が自暴自棄だった早野の生活を一変させていく
彼の軽さを補う為の銅鐸…
早野には抱えきれない重さだったんでは…?
いくつもの「叫び」があった
過去からの声なき叫びを届けなければならない
それは自己満か啓蒙か
先生は早野をどうしたかったのか。。
「痛みは訳せへん
お前は人の痛みを想像できるようにならんといかん」
それに尽きるのかな?
前半の北新地での行動やしおりさんとの会話の中でも、それ人としてどうなん?ってのがあったり
人の反応を自分に都合よく取り違えてたりするところもあってどうも早野に好感持てずで、
最後はええええ、、?え?ええええ?
というのが正直なところでした、、初読では。
読み返すとまた違う感情が湧き上がってきて、少しづつ著者が言わんとするところが、わかってきたような…?
報われなかった者の叫びを届けたい、ある人によくやったと言ってもらいたい。
で、そこに行くのはなんか違う気がするのだけど
それについては気軽に語り合わさせない空気がこの国にはある気がして、、
芥川賞受賞作品。
読んだ人と語り合いたくなる読後感。
Posted by ブクログ
畠山丑雄さんの『叫び』を読み終わり、政治や日本史の疎さなら右に出る者はいないレベルの私(誇れることではない)がまず思ったのは、ただただ「面白い物語だった〜!」だけでした。
物語への引き込み方が上手すぎる作者さんの手にかかって、あっという間に読み終わってました。
現代の主人公が、昔の人物に思いを馳せながら、人生の再スタートを切るというようなストーリーだけど、ラストでえっっ?!となり、「そうくるかーやられたー!」みたいな安易な感想しか抱いていなかった私。
とある読書垢のお陰で、この本の政治的な部分に気が付かされました。
なのでAIにも聞きながら、少しだけ本の中の政治的な部分について読んだ後に考えてみました。
①まずは生活保護受給者の先生という存在。
先生は働けるんだけど、働かないということで聖になれるらしい。その意味分かるけど、世間から見たらやばい人が出てくる。「税金泥棒」とも呼ばれると作中に出てくる。
この人が銅鐸(どうたく)を作って鳴らすんですね。銅鐸を知らなく、読み終わった後にようやく調べて、青銅製のベルのようなものということが分かりました。
農作物の豊作を祈る祭りの道具だったり、神さまへの捧げもののように、聖なるものとして置かれていたらしい。なんとなく聖なるもの感は作品から出ていたので、知らなくても理解できていたと思います。でもこの小道具により、生活保護受託者の先生はもっと聖人っぽくなる…。
→これは生活保護受託者への皮肉的な批判なのか?それとも賛成なのか?読者に自分で考えるよう促しているのか?皆さんの意見も聞いてみたい。
②そして天皇の承認のもと(?多分すごく繊細なテーマ)戦前から始まった日本人の満州への大規模な移民政策のことが作中に出てくる。
→これは天皇制や、最後満州にソ連軍が侵攻してきて、日本政府・軍が保護・撤退計画を持っていなかったことで何十万人もの日本人が殺されたことを、どう私たちは捉えるのかという仄めかしにも感じます。私たちは天皇、ソ連軍、日本軍に対してどんな考えを持つのか?
③最後に今回の大阪万博について。税金の無駄遣いじゃないのかと思う反面、やっぱり行ってみると、並ぶけど「この景色のためなら行ってよかった」と思えるというようなところが出てきます。
→これについても、本の中で万博を全面的に推している訳でも、否定している訳でもないんですよ。
つまりは作中ではどのテーマに関しても、作者のハッキリとした考えは書かれていません。
読み終わった後に私なりに上記のテーマを調べて思ったことを少し夫に話したら、ネトウヨとネトサヨがネットで飛びついて論争バトルを繰り広げるテーマばかりだよね、というようやことを言っていたのですが、確かにそういうネタを集めて、ハッキリとした意見を述べない形で話に盛り込むことで、本の面白みや話題性は高まるのかもしれないですね。
こういった天皇について、歴史について、今の政治(万博)についてなどの話題に関して、国民は様々な考えがあると思うけど、「口にしたらまずいかな?」、「これを言ったら誤解されるかな?」的なテーマを詰め込んで、「表現の自由があるとは言え…」的な世間の空気を表現しているのかもしれないですね。
「本当は思うこと沢山あるんじゃー!!!」という心の中での爆発を「叫び」と題したのかな。
無知な私が読んだ後に色々調べて考えるきっかけをくれた本なので、ありがたかったです。
Posted by ブクログ
芥川賞!納得!
公務員として淡々と働く早野。
女性関係での失意から内に秘めていた粗暴性が垣間見えるようになる。
そんな時に銅鐸を作る老人と知り合い、手伝いをするようになる。
この序盤から、星空、プラネタリウム、万博、戦中の中国での罌粟栽培、阿片製造と過去と現在、早野と川又青年の意識と記憶が重なり交わる展開に、川又青年の無念が現代の私まで流れ込むようで苦しくなる。
早野は自分勝手で周りが見えず思い込みが強いように感じたけど、茨木に越してきて先生に出会ってしまったあたりから川又青年に魅入られてしまっていたのかもしれない。
そしてそれは彼自身望むところで、その内なる叫びは銅鐸の響きのように膨らみ続けるもついに届くことはなかった。
Posted by ブクログ
もっと深く嗜めるように、
もっと何かに重ねられるように。
そんな羨望を抱くとともに、
そこに行ってはいけない、という声もある。
これこそが私の叫びかもしれない。
どう捉えれば良いのか、まだ私にはさっぱりわからない。
芥川賞の作品には度々指摘するように、危険な独り言と誘惑を感じざるを得ない。
それは言葉のままの危険さではなく、あまりに強く引き込まれるから、強大な引力に対する警告だ。
早野が叫びに気付き、それは果たして己の叫びか、
あるいは川又青年のものか。
その幻想は阿片によるものか。
冷静に考えられればよいものをこれらの作品群は、
まさしく響きのように連なる文章が音のように畳み掛けてくることで、過剰な没入感を与える。
あまりにも身近な導入が壮大な過程を経て、狂気の結論へ至る。
「偶然を必然にする」
私たちと居住する土地の結びつきや、それらの歴史を見つめ直すと言う観点は極めて重要と言える。
建物や建築物にも思想が宿る、とは『東京都同情塔』著: 九段理江 においても指摘があったことだが、これは土地にも当然同じことが言え、また人物名や固有名詞に関する指摘、人物名が歴史になり、土地の名になり戻っていく、といった流れには精神世界を垣間見ることができると同時に、私達が与え与えられるもの、それは言葉にならぬ感覚を示す手掛かりでもある。
Posted by ブクログ
早野(ひかるちゃん) 銅鐸作り
茨木 安威川沿い かつて罌粟(けし)が名産 歩いていて銅鐸の音 先生に出会う
官製の聖=天皇 その霊力 衰退の一途
お前には重さが必要 市民交流コーディネーターになる
プラネタリウム 川又青年 罌粟栽培と阿片 満州へ 星空
1940年の万博 中高生への語り 職員に止められ クビに
しおりさんに声をかけられる 大学事務員 父が家を出て行った
万博 芝生広場 先生の声
列を離れ 戻りの遅い しおりさんを探す 川又青年と肇国記念館へ
伝えたいこと 陛下へ 行幸啓妨害で 逮捕
蒙を啓(ひら)く 本人へ 響きが光になるまで鐘を鳴らす
Posted by ブクログ
芥川賞を受賞した本作が気になり手に取りました。あらすじから満州や歴史など、若干苦手なジャンルだなぁと思ってはおりましたが、現代視点がメインの作品だったこともあり、割と抵抗なく読めたかなという印象です。
本作は失恋の経験から、銅鐸の製作を行う人に師事するようになった主人公のお話。主人公は師から、歴史や己からの脱却を目指すよう諭され、歴史について学ぶようになり、1人の青年の人生に共感するというお話。
まず本作に惹かれた点としては、主人公の危うく傾倒した考え方やその不安定さが文章に表現されていることかと思います。よるべもなく齢を重ねた時に感じる空虚さ、自暴自棄的な考え方などが常に漂うところは、自分ももしかしたらこうなってたのかなぁと感じることもあって、主人公に自分を重ねながら読めたのも1つのポイントかなと思います。
あくまで個人の感想ではありますが、本作は人によっては全く共感できない内容かなと思いました。空虚さから何かに傾倒する経験は何かしらあるかとは思うのですが、さすがにやり過ぎなので、そこは理解が得られない点かと思います。もし自分に友達や恋人がいないまま、ずっと過ごしてたらどうなってたかという視点で読むと、読みやすいのかもしれません。
Posted by ブクログ
純文学らしい硬派な文章で、展開も予想の上を行きます。乗ってきたらあっというまに読めます。
帯に書かれていた、「政と聖を描く」や「満州から令和の大阪万博へ」は確かにその通り内容に含まれていましたが、それほど壮大ではなかったです。キャッチコピーに恵まれた作品と感じました。
茨木の歴史や異常に視野狭窄になってしまう主人公など、要素は深いものがありましたが、主人公が惹かれた女性とのエピソードにもう少し深まりが欲しかったです。
Posted by ブクログ
マッチングアプリで知り合った女に騙され、茨木に越してきた地方公務員の早野。反動で酒と女に溺れ、金は底を尽き、深夜に徘徊していたときに聞こえてきた鐘の音を辿って、銅鐸作りの“先生”に出会う。以後、彼は銅鐸作りを生きがいにするが……。
純文学らしい硬派な文体で描き出されるのは、なんとも滑稽で奇天烈な物語だ。背景に横たわるのは茨木の歴史と、国策としての満州での罌粟栽培という暗部。「土地の名があって、それから人の名があった」という冒頭の一文が、読み進めるうちに重く響いてくる。
第174回芥川賞受賞作。
Posted by ブクログ
万博と天皇、満州と罌粟の花、銅鐸と聖、恋人とその父‥
色んなテーマが複線的に走り、時に錯綜する。特に茨木という街の歴史から満州へと繋がる辺りは知らなかった事柄が郷土史から掘り出され、土地勘のある読者からすると興味深かった。
ただ全体としてみれば、終盤に現れる天皇の扱いにももう少し助走がほしいし、先人の幻がなぜ現代の性愛関係に行き詰まっただけの青年に憑依したのかわけがわからず、これを政治小説と呼ぶのはやや気が引けるのだ。関西弁の書きぶりなどは正確で嫌味がなく、津村記久子の筆法を思わせる所もあり、ユーモア路線の作品も期待したいところ。今作はなんとなく消化不良であった。
Posted by ブクログ
早野ひかるが「先生」を知り、銅鐸と土地について学び向き合っていく。
不器用で目が離せない感がある早野の行動は、少し突飛に感じたりしながらも、先が見えない不安は拭えない。
Posted by ブクログ
なんだろう。
庄司薫が受賞したときのシニア、ってこんな気持ちだった?って思った、って記録しとこう。
市役所、茨木、どこも想像してて気持ちが「連れていかれる」場所じゃないからか。
Posted by ブクログ
ほんとうに不思議な読後感。いかにも“芥川賞らしい”テイストの作品で、好みははっきり分かれそうだ。
物語としての大きなうねりよりも、人物の内面や言葉の質感に重心が置かれている印象。出来事はどこか現実からわずかにずれ、その違和を抱えたまま読み進める感覚が続く。その抑制の効いた語り口こそが、この作品の持ち味なのだろう。
個人的には嫌いではない。ただ、強く刺さるというほどでもなく、そのままラストまで読み終えてしまった、という感覚に近い。銅鐸で殴られる場面や終盤のオチなど、ところどころに面白がれるポイントはあるものの、全体としては、もう一段階突き抜けてもよかったのでは、とも思う。もっとも、そうなると芥川賞的なバランスからは外れてしまうのかもしれないが。 ★3.0
Posted by ブクログ
過去に生きる川又青年と早野の境界が曖昧になっていく後半は読み応えあった。(よくあるパターンかもしれないけど)
前半の拙速感が、なかなかついていきにくい感あり。
でもところどころの表現にうーん!と唸るようなものもあり、才能を感じた。こういうところ、評価されたんだろうなと思う。
もっと書いて、プロットがプロらしくなっていくときっともっと面白くなるんだろうなと思う。(素人はやたら上から目線でごめんなさい笑)
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作。
芥川賞は難しいというイメージを持たれがちだが本作は読める…がどう感じてよいのかが難しい。成り行きで銅鐸を作ることなった早野は、蘊蓄垂れ流す先生のもとで上手くなっていく。市民交流コーディネーターとして郷土史について教えるなかでしおりと親しくなっていくが…。
まさかラストがこのような結末になるとはという意外性がありつつも、これを笑いとして受け止められるかは、かなり人を選ぶ(実際に選評でもそういった発言があったようだ)。この早野の空虚さをどのように解釈すべきなのか、誰かと話してみたい。そういった意味で記憶に残る作品だった。
Posted by ブクログ
要所要所で心の中のリングアナが「ことばの意味はわからんがとにかくすごい自信だ!」と思わず声を挙げてしまうような怪作だった。でも登場人物は全員チャーミングだし、分かりやすくユーモアもあるので、読んでいて全然苦痛ではない不思議。小川哲が今作を推薦するのも解る。
Posted by ブクログ
茨木川の河川敷で銅鐸を作る先生に弟子入りした主人公、かって広がっていた罌粟畑とそれを育てた青年との万博繋がりの交信、過去と現在が混じりあって天皇陛下に発言を求めてさまよう。
Posted by ブクログ
大阪府内、とある街で役所勤めをしている早野は、プライベートでは銅鐸作りの先生に師事しながら暮らしています。そんな彼が、先生や、銅鐸の縁で知り合った人との関係性の中で何事かを考える物語だったと思います。
文学的な表現が多くなされる中でテンポよく読みやすい、そんな印象でした。星3つの評価としました。
Posted by ブクログ
色々な物に囚われているようで、それは自分の意識次第で、自分を解放すれば何でも思い通りになる。
だが、そんなに自分を解放出来ないし、他者の評価、他者との関わりからは逃れられない。
そんなもどかしさを叫びたいよな。
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作品とのことで手に取った。地元の話なので知っている地名がたくさん出てきたり、銅鐸や戦時中の話など歴史的要素が出てきたのは個人的に面白かった。が、全体を通して主人公の早野という人物に全く共感できず(共感できる人物として描いていないのかもしれないが)、言い回しが難解だったりといまいち何が伝えたいのか読み取れなかった…ページ数は短いのでサクッと読めると思ったのが間違いかもしれない。読み込めば分かるのか、私にはまだ早いのか、何かを感じ取るには至らなかった…
Posted by ブクログ
歴史のことは詳しくないので、内容に関しては正確に受け止めることはできなかったかもしれない。
主人公の早野は、周りに影響されやすい。恋愛詐欺に遭ったことに関してそこまで深い傷を負っているようには見えないのに、酒に溺れてみたり、風俗に行ってみたりする。テンプレートをなぞることで安心する。そんな人物だと思った。
会話はどこかかみあわず、周りからの認識と自分の認識がズレていることに気づかない。常に自分の世界にいるような早野だが、銅鐸をつくる「先生」との出会いによって(変な方向に)進んでいく。
先生は銅鐸を作り、早野が傾倒する。
過去には音蔵が阿片を作り、川又青年が師事する。
早野はその過去の川又青年と自分を強く重ね合わせる。俗なテンプレートから川又青年というテンプレートへ。銅鐸を鳴らすことは、警鐘・警告の意味があるが、早野にとっては麻薬のような効果があるように読める。
どんどんおかしくなっていく早野に何をみるか、歴史と聖、先生の存在をどう読むべきなのか、他の人の感想を知りたい。
弱者の叫びを人々に届けるという聖の警鐘は意味のあるものだと思うが、叫びを受け取った側がその叫びを正確に受け止められるのか。私はこの作品を受け止めきれていない。それでいいのかっていったらよくないよな……とぼんやり思いつつ、ここで感想を終わりにする(ごめんなさい)。