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聞いて欲しい人が一人おるんです。政と聖を描く芥川賞候補作。早野ひかるは「先生」に打ちのめされ、銅鐸と土地の来歴を学び始める。ここではかつて罌粟栽培と阿片製造が盛んで、満州に渡って「陛下への花束」を編み、紀元2600年記念万博を楽しみにしていた青年がいた。いつしか昭和と令和はつながり、封印されていた声が溢れ出す。大阪と大陸で響き合う夢とロマン、恋愛政治小説。
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Posted by ブクログ
第174回芥川賞受賞作、ということで。 2作同時受賞ということで、次はこの作品を。 作品全体的にはカラッとして明るく、主人公の不器用さなどに思わず笑えるシーンも多かった。関西弁なのもそれに加担しているのかもしれない。 胡散臭くも箴言めいた言葉を多用する謎の「先生」の存在や、銅鐸に興味を持って現れる...続きを読む女性など、不思議な魅力がある。 ただ、ラストは主人公と、過去に生きた人間が重なり、一種の狂気がそこに浮かび上がる。 銅鐸とは音を鳴らすモノであったのか?というのが読後の最初の疑問。確かに形はそれっぽいが、どちらかというと祭祀などに用いられたらしきデカい銅鐸の印象しかなかったが、簡単に調べてみると初期は鈴のように鳴らすモノでもあったが、後に用途も変化していったらしい。 そもそも現代の銅鐸作りという設定が面白かった。そこから土地の歴史、とある人の歴史、恋愛、そして二つの万博へと集約していく様、ユーモラスさの中の狂気は、昨今の芥川賞受賞作と少し毛色が違うとも感じた。
仕事を終えて、芥川賞•直木賞の発表を待ちながら帰路に着く。19時頃、電車の乗り換えの合間、駅直結の書店に駆け込んだ。単行本が発売されている。ワクワクを胸に本を開く。面白い。 「時の家」よりも僕は「叫び」派。先生、しおりさん、川又青年という3人と出会い、2025年を象徴する大阪万博と日中戦争下の幻の紀...続きを読む元2600年東京万博が溶け合ってゆく。
2026年前期の芥川賞受賞作品。 早野、先生、しおりさん、掴みどころのなさに引き込まれた。だらだらとでもいいから話がもっと続けばいいのにと思った。よく解らないけどずっと浸っていたくなる作品でした。
第174回芥川賞受賞作を読む。著者にとっては『改元』に続く天皇小説(『改元』の世界観と補いあう内容となっている)が、個人的には前作の方が好み。シンプルな物語ながらも描写と表現に強度を感じた『改元』に比べると、本作は物語世界の構図はより複雑になった一方で、やや「賞を獲りに行った」感がないでもない。も...続きを読むちろん、その選択自体は別に否定されるべきことではない。 地方公務員がその地域の歴史と出会い、謎の年長者に導かれてその時間の迷宮に取り込まれていくというパターンは『改元』と同様だが、『改元』の時間的な幅にくらべると、大阪万博と満洲とを結んだこの小説の特徴は「浅薄さ」だろうか。大阪のベッドタウンが地層のように沈み込ませている阿片をめぐる記憶を手がかりに、満洲の大地でケシの花を咲かせた男の魂が、2025年の万博の地で、1970年のそれを飛び越えて1940年の幻の博覧会の場を呼び起こしていく。しかし、「令和」の象徴としての力の弱さを下から補うとされた女性の造形的な厚みのなさをどう理解すればよいのか迷う。この女性は確かに闇を抱えているようには描かれている。だが、『改元』の婚約者が漂わせていた不穏さ、何をしでかすかわからない謎めいた雰囲気は乏しい。こうした「恋闕」の対象としての力弱さはおそらく意図されたものなのだろうが、著者の中で、この女性をあまり魅力的に書いてはいけないという自己規制でも働いていたのだろうか?
過去のある事件をオマージュしているかのように感じ、主人公の狂気や日常生活から来る愛などの描写が、芥川賞に選ばれた所以ではないかと、個人的に解釈した。夢の中で過去の人物と語り合ったり、刀を渡されたりする場面は、主人公が何故そのようになってしまっているのかが、分かりづらかった。
自分には、政治的主義·主張や思想みたいなモノは全くありません。が… 読んでいて、「え゙えぇ、大丈夫なん!?」と思う箇所もありました。 それはともかく、関西弁の遣り取りは文字で読んでいてもノリが良いですな
縁もゆかりも無い茨木市に住み続ける早野は人生に行き詰まっていた。 夜の安威川沿いを彷徨ってる時に不思議な音に誘われ偶然出会った謎の先生と銅鐸が自暴自棄だった早野の生活を一変させていく 彼の軽さを補う為の銅鐸… 早野には抱えきれない重さだったんでは…? いくつもの「叫び」があった 過去からの声なき...続きを読む叫びを届けなければならない それは自己満か啓蒙か 先生は早野をどうしたかったのか。。 「痛みは訳せへん お前は人の痛みを想像できるようにならんといかん」 それに尽きるのかな? 前半の北新地での行動やしおりさんとの会話の中でも、それ人としてどうなん?ってのがあったり 人の反応を自分に都合よく取り違えてたりするところもあってどうも早野に好感持てずで、 最後はええええ、、?え?ええええ? というのが正直なところでした、、初読では。 読み返すとまた違う感情が湧き上がってきて、少しづつ著者が言わんとするところが、わかってきたような…? 報われなかった者の叫びを届けたい、ある人によくやったと言ってもらいたい。 で、そこに行くのはなんか違う気がするのだけど それについては気軽に語り合わさせない空気がこの国にはある気がして、、 芥川賞受賞作品。 読んだ人と語り合いたくなる読後感。
畠山丑雄さんの『叫び』を読み終わり、政治や日本史の疎さなら右に出る者はいないレベルの私(誇れることではない)がまず思ったのは、ただただ「面白い物語だった〜!」だけでした。 物語への引き込み方が上手すぎる作者さんの手にかかって、あっという間に読み終わってました。 現代の主人公が、昔の人物に思いを馳...続きを読むせながら、人生の再スタートを切るというようなストーリーだけど、ラストでえっっ?!となり、「そうくるかーやられたー!」みたいな安易な感想しか抱いていなかった私。 とある読書垢のお陰で、この本の政治的な部分に気が付かされました。 なのでAIにも聞きながら、少しだけ本の中の政治的な部分について読んだ後に考えてみました。 ①まずは生活保護受給者の先生という存在。 先生は働けるんだけど、働かないということで聖になれるらしい。その意味分かるけど、世間から見たらやばい人が出てくる。「税金泥棒」とも呼ばれると作中に出てくる。 この人が銅鐸(どうたく)を作って鳴らすんですね。銅鐸を知らなく、読み終わった後にようやく調べて、青銅製のベルのようなものということが分かりました。 農作物の豊作を祈る祭りの道具だったり、神さまへの捧げもののように、聖なるものとして置かれていたらしい。なんとなく聖なるもの感は作品から出ていたので、知らなくても理解できていたと思います。でもこの小道具により、生活保護受託者の先生はもっと聖人っぽくなる…。 →これは生活保護受託者への皮肉的な批判なのか?それとも賛成なのか?読者に自分で考えるよう促しているのか?皆さんの意見も聞いてみたい。 ②そして天皇の承認のもと(?多分すごく繊細なテーマ)戦前から始まった日本人の満州への大規模な移民政策のことが作中に出てくる。 →これは天皇制や、最後満州にソ連軍が侵攻してきて、日本政府・軍が保護・撤退計画を持っていなかったことで何十万人もの日本人が殺されたことを、どう私たちは捉えるのかという仄めかしにも感じます。私たちは天皇、ソ連軍、日本軍に対してどんな考えを持つのか? ③最後に今回の大阪万博について。税金の無駄遣いじゃないのかと思う反面、やっぱり行ってみると、並ぶけど「この景色のためなら行ってよかった」と思えるというようなところが出てきます。 →これについても、本の中で万博を全面的に推している訳でも、否定している訳でもないんですよ。 つまりは作中ではどのテーマに関しても、作者のハッキリとした考えは書かれていません。 読み終わった後に私なりに上記のテーマを調べて思ったことを少し夫に話したら、ネトウヨとネトサヨがネットで飛びついて論争バトルを繰り広げるテーマばかりだよね、というようやことを言っていたのですが、確かにそういうネタを集めて、ハッキリとした意見を述べない形で話に盛り込むことで、本の面白みや話題性は高まるのかもしれないですね。 こういった天皇について、歴史について、今の政治(万博)についてなどの話題に関して、国民は様々な考えがあると思うけど、「口にしたらまずいかな?」、「これを言ったら誤解されるかな?」的なテーマを詰め込んで、「表現の自由があるとは言え…」的な世間の空気を表現しているのかもしれないですね。 「本当は思うこと沢山あるんじゃー!!!」という心の中での爆発を「叫び」と題したのかな。 無知な私が読んだ後に色々調べて考えるきっかけをくれた本なので、ありがたかったです。
芥川賞!納得! 公務員として淡々と働く早野。 女性関係での失意から内に秘めていた粗暴性が垣間見えるようになる。 そんな時に銅鐸を作る老人と知り合い、手伝いをするようになる。 この序盤から、星空、プラネタリウム、万博、戦中の中国での罌粟栽培、阿片製造と過去と現在、早野と川又青年の意識と記憶が重なり...続きを読む交わる展開に、川又青年の無念が現代の私まで流れ込むようで苦しくなる。 早野は自分勝手で周りが見えず思い込みが強いように感じたけど、茨木に越してきて先生に出会ってしまったあたりから川又青年に魅入られてしまっていたのかもしれない。 そしてそれは彼自身望むところで、その内なる叫びは銅鐸の響きのように膨らみ続けるもついに届くことはなかった。
もっと深く嗜めるように、 もっと何かに重ねられるように。 そんな羨望を抱くとともに、 そこに行ってはいけない、という声もある。 これこそが私の叫びかもしれない。 どう捉えれば良いのか、まだ私にはさっぱりわからない。 芥川賞の作品には度々指摘するように、危険な独り言と誘惑を感じざるを得ない。...続きを読む それは言葉のままの危険さではなく、あまりに強く引き込まれるから、強大な引力に対する警告だ。 早野が叫びに気付き、それは果たして己の叫びか、 あるいは川又青年のものか。 その幻想は阿片によるものか。 冷静に考えられればよいものをこれらの作品群は、 まさしく響きのように連なる文章が音のように畳み掛けてくることで、過剰な没入感を与える。 あまりにも身近な導入が壮大な過程を経て、狂気の結論へ至る。 「偶然を必然にする」 私たちと居住する土地の結びつきや、それらの歴史を見つめ直すと言う観点は極めて重要と言える。 建物や建築物にも思想が宿る、とは『東京都同情塔』著: 九段理江 においても指摘があったことだが、これは土地にも当然同じことが言え、また人物名や固有名詞に関する指摘、人物名が歴史になり、土地の名になり戻っていく、といった流れには精神世界を垣間見ることができると同時に、私達が与え与えられるもの、それは言葉にならぬ感覚を示す手掛かりでもある。
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畠山丑雄
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