あらすじ
さあ、きょうからおれも一人前の先生。張り切って着任した中学校だがまわりの教師が何だか変だ。臆病だったり、嘘つきだったり、小うるさかったり、いったい誰がまともなんだい――? 正義感あふれる主人公が、同僚の婚約者を汚い手を使って奪い取ろうとする教頭を徹底的に懲らしめるまでの顛末を痛快に描く。漱石の作品中、もっとも愛読されている一冊。
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Posted by ブクログ
とても活気があり、普通の人は思い付かないようなことをするー それが「坊ちゃん」である。
友人に囃し立てられ二階から飛び降りたら教師になり先生にこっそりあだ名をつけたり
読んでいると坊ちゃんの活気が生き生きと伝わってくる
お勧め
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親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。(p5)
とても有名なこの書き出し。しかし実際に読み通したことはなく、初めて手に取った。
主人公の「坊っちゃん」は正直でまっすぐで、曲がったことが嫌いな、いかにも「江戸っ子」という男。
田舎の中学校に赴任した坊っちゃんは、生徒や教師たちとの人間関係に翻弄されながら、最終的には嫌いな教師を懲らしめてその地を去る。
「近代文学」と聞くとどうにもお堅い印象を持ち、とっつきにくいという人は少なくない。私の周りでもそのような声を聞く。
しかしこの『坊っちゃん』という作品は、まったくそんなお堅い印象はなく、テンポが良く、切れ味のいい主人公の物言いが面白いので、すらすら読めた。
なんとなく世間に、「読書=勉強」というイメージが流れていて、ただの一娯楽としての読書の楽しみを失っている人が多いのではないかと考えたりすることがある。
『坊っちゃん』にしても普通に面白いのに、「読書」「文学」と聞くと、「そこから何か学びとらなければ」という考え方になる人が多いのかもしれない。
読書は、別にしなくても死にはしない。人生においては不可欠ではないという意味では、無駄な行為、つまりただの娯楽でしかないと言える。
しかし、娯楽だからこそただ読んで「楽しかった」でも別に構わないし、それが豊かな人生だと思う。
きっと、世間にある「コスパ」「タイパ」を追いかけすぎて、「読書=勉強」になってしまっているのだろう。
読んでみれば面白い本なんて、人間一人の人生を使い切っても読みきれないくらい世界にあるというのに、もったいないと思う。
主人公の坊っちゃんのように、ただ思うままに、自分に素直に、良いものは良い、悪いものは悪い、好き嫌いと、言い切れるような生き方というのは、現代では羨ましく思われる。
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主人公が破天荒で面白かった。山嵐とタッグして、最後赤シャツをボコボコにして、故郷に帰るのが良かった。
主人公のことを慕う使用人の清と、清がなんでそんな自分だけ慕うのかわからん。と思いながらなんだかんだ清の手紙を楽しみにしていたりする関係性も良かった。
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夏目漱石先生ごめんなさい!
こんなに面白いとは全く思っていませんでした。
どうせ、学校の授業でやる程度の当たり障りのないものだろう。
って思いこんでいました。
とんでもない! めちゃくちゃ面白かったです。
とても明治時代の本とは思えないほどにあの坊っちゃんが対峙したモヤモヤがヒシヒシと伝わって来ました。
名作と言われるわけぞなもし。
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一癖も二癖もある人たちとの間で苦悩しながらも、曲がったことは許せない性分を貫く主人公に、とても共感を覚える。
そんな中、清の温かい存在がいつも心の居場所として、主人公を支え続けたことに慰められた。
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夏目漱石が「坊っちゃん」を発表して、今年で120年になるのだそうです。
それを記念して、先頃、新潮文庫から愛媛県イメージアップキャラクター「みきゃん」の特別カバー版が期間限定で発売されました。(ここではお示しできなくて残念)
キャラものが好きなわたしが飛びつかないはずもなく、見るなり購入しました。
で、いつ振りだか分からない再読をしました。
世の中が大きく変わったせいか、今読むとコンプライアンス的にどうなんだろうという出来事満載ですw
これも再読の妙というものかもしれません。
自他ともに認める無鉄砲な坊っちゃんは、父の死後、兄から600円をもらって物理学校に入り、1年で200円ずつ使って3年後に卒業し、四国の中学校の数学教師になります。
そして、いろいろな出来事に巻き込まれて(巻き込んで?)いくわけですが、赴任早々の職員室のシーンで面白い指摘がありました。
「授業はひと通り済んだが、まだ帰れない。三時までぽつ然と待ってなくてはならん。 ~中略~ いくら月給で買われた身体だって、あいた時間まで学校へ縛りつけて机と睨めっこさせる法があるものか。」
で、それを同僚の山嵐に訴えたら、山嵐はこう言います。
「君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕だけに話せ、随分妙な人も居るからな。」
山嵐先生としては、同じ数学教師仲間として、坊っちゃんと他の先生方との間に立ってジレンマを感じていたことでしょう。はい、ヤマアラシのジレンマですw
現代人のわたしとしては、明治時代から、こういう会話が存在してたんだぁ~、と嘆息しました。
みなさんは、どう感じられるでしょうか?
と、いうわけで、「みきゃん」のカワイイ特別カバーで読んでみませんか♡
本屋さんで見つけたら、ぜひ、お手にとってご覧ください♡
Posted by ブクログ
面白い。
最近自分の中で漱石ブームが再来しているので読み返しているが、『坊っちゃん』は漱石作品の中でも群を抜いてユーモアに溢れている。
中学生の頃に読んで、内容はまったく覚えていなかったが、こういう本があったから漱石を読んでいたのだと思う。
主人公の「坊っちゃん」は、非常に素直、健康、ワンパクな青年であり、そして何より「江戸っ子」である。この健やかな精神をもった主人公がまず読者を惹きつける。読者は彼に、俗的で欺瞞まみれの世界をぶち壊す、ジャンプのヒーローのような活躍を期待しながら眺める。この作品のユーモア的な、俗的な世界を描きながらもどこか快活なところは、ひとえにこの主人公の確たる人格あってこそであり、読んでいて非常に面白く、魅力的な人物である。
主人公はひょんなことから愛媛の数学教師に雇われる。そこで出会ったのは、校長の狸、教頭の赤シャツ、相棒の山嵐、生真面目なうらなりくん、ズル賢い野だ、数多引く手あるマドンナ等々。大部分は「坊っちゃん」によってネーミングされたあだ名であり、文字通りの「愉快な仲間たち」である。
こうしたあだ名は、登場人物の人となりを、ユーモア的、風刺的に、そして的確に表す「代名詞」になってる。本書は江戸っ子の「俺」によって語られる一人称小説ではあるが、「俺」自身も題である「坊っちゃん」という代名詞を、例外なく有していると考えられる。
最後に内容について、一見この小説は古き良き「勧善懲悪」的なテーマをもっており、外部からやってきた主人公や山嵐は手を組んで、裏で権力濫用、悪事を働かす赤シャツや野だを打倒する話である。しかし読み終わってみると、この小説が真の意味で「勧善懲悪」であるとは言い難い。最後に主人公たちが赤シャツたちに下した制裁は、社会的なものでもなく、個人的暴力的な、ただの腹いせである。(もっとも、山嵐はともかくとして、こうした腹いせが「俺」には最も似合う制裁であり、逆説的に成り立っているように見えるところも、面白い)
本書末尾の「解説」を読んでみると、この「勧善懲悪」の不完全さについても指摘されていて、それによると、「坊っちゃん」は漱石の持つ前近代(的価値観)を象徴しており、近代のもつ欺瞞に対抗しつつも、最終的には「前近代の敗北」なのであるという。これには読んでいてなるほどと思わされた。また、中学生の頃はここまで考えるはずもなく、再読の醍醐味を改めて感じた。
Posted by ブクログ
テンポがよく、夏目漱石の小説としては珍しく一気読みできた。
世の中に対する悪口を言う天才だなと思う。
ストーリー性があり、最後は一応スカッとする。
清が、プリズンホテルの清子と被った。偶然なのかもしれないけど、無償の愛=清、という字が相応しいのだろうか。
Posted by ブクログ
テンポがよく、何度読んでも面白い作品です。
読み返すたびに思うのは、「坊っちゃん」のまっすぐさを支えていたのは、清の大きな愛だったということ。
私利私欲にまみれた人たちの中でも、坊っちゃんが自分の信じる道を迷いなく進めたのは、いつも変わらず味方でいてくれる清の存在があったからなのかもしれません。
もし我が子が坊っちゃんだったら、私は清のように無償の愛で見守れるだろうか。
そう考えると、今回は坊っちゃん以上に、清から多くのことを学ばせてもらいました。
読み終えたあとも、山嵐や赤シャツ、うらなりたちのその後を勝手に想像して楽しんでいます。
きっと、また読む一冊です。
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再読したい度:⭐⭐⭐⭐⭐
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Posted by ブクログ
・社会人をさせられているので、こういうい嫌な奴おる(泣)と共感してしまった したくないよこんな共感…
・ストーリーだけ書き出すと、すげ〜基本嫌な話(最後ちょっとスッキリするが)なのだが、コミカルで読みやすい。主人公もなんだかんだかわいげがあり、ほほ笑ましく読める。かき氷代を取り返す(というとなんかあれだが)シーンは可愛くてとても温かい気持ちになるし、自分の非や苦手なところをスパッと認める潔さは気持ちがいいし、応援したくなる。文章がうまいとはこういうことか…と実感した。
・私は小説を読むときはストーリーに目がいってしまうのだが、夏目漱石の小説は毎度文章力に驚かされる。虞美人草は恋愛ものなのもあってか(?)、描写や表現がとにかく美しい、その分慣れるまで読みづらい
Posted by ブクログ
四国旅行するついでに、愛媛県が漱石ゆかりの地ということで、書店で買って読んでみた。愛媛県のイメージアップキャラのみきゃんカバー。かわいい。
読む前は坊っちゃんとマドンナの恋愛小説なのかなとか思っていたが、全然そんなことなく、無鉄砲で正義感のつよい坊っちゃんが、ずる賢くて意地悪な赤シャツ達に仕返しをするという話だった。話も勧善懲悪もので分かりやすく、昔の作品なのに読みやすくて面白かった。
坊っちゃんの気質は、現代の感性からすると頑固で偏見に満ちた、時代遅れなものかもしれないが、実直で裏表がない様が個人的には好きだった。そんな坊っちゃんを全て受け入れてくれる清との関係も微笑ましく心が温まった。
愛媛県では夏目漱石関連の観光地やグッズが大量にあったが、小説内では坊っちゃんにボロクソにけなされていて、面白かった。愛媛県は懐が深いぞな、もし。漱石は愛媛県で教鞭をとったときに嫌なことがあったのかな。田舎への偏見がすごくて笑った。
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テンポとか会話のリズムが良くて一気に読めてしまった。主人公のキャラがとても好きだった。とりあえず威勢よく反抗したり、その割に何も思いつかなったり、それが自分でもわかってるから黙ってたり、色々なところが人間らしくて魅力的だった。
最後赤シャツと野だを殴ったのは良いけど結局何にも解決しないんだよなあと思うと悲しい。あまりにもうらなりが不憫でならない。
主人公の軽快な悪口で少しだけすかっとする。
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松山に行く機会があり再読。
40年以上ぶりか。
思わぬほどに、「坊っちゃん」に共感。
漱石は多分今の僕より若くして亡くなっているし、世の中で理不尽に揉まれてはいないように思うが、それでもあんまり、宮仕にいい感情を持ってなかったんだろうと思った。
この本は、この本に共感を覚える人が多いからここまで残ったとすると、坊っちゃん同様、被害者を自認する人が多数派なのかな。
この本では、松山在住の大多数と東大出をはじめとした少なからぬ人が加害者であり、多数派のはずなんだが。
赤シャツ的な小狡いやつや、その太鼓持ち達も、そいつらなりに、自分以外の小狡さや阿諛追従を許せないと思っているのかもしれない。
もしかしたら、自分も誰かにとっては「赤シャツ」や「野だ」なのかもしれない。
働かなくてはならぬ、ということが、罪なのか。
貧しさが憎い。
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長期休みに、広島県の尾道から愛媛県の今治まで、しまなみ海道を自転車とバスで旅行しました。その夜はせっかくなので松山市に宿泊、憧れの道後温泉本館で疲れを癒しました。町中「坊ちゃん〇〇」に溢れていて、かくいう私も行き帰りの新幹線では『ぼっちゃん』を再読しました。久しぶりに読んでみると、「マドンナの出番はこれだけ? そして彼女の行く末は?」「うらなりさんは九州でどうなるの?」「わずか40日程度の話だったの?」と、新鮮な驚きがありました。それにしても、四国最大の都市である松山のことをこのように描いた江戸っ子『ぼっちゃん』と夏目漱石を、松山の方々は何故にここまで愛してやまないのだろうかとも思いました。
主人公の「坊ちゃん」は、江戸っ子で曲がったことが大嫌い。新任教師として四国の中学校に赴任しますが、そこで巻き起こる人間模様や理不尽な社会に真っ向から立ち向かう痛快劇です。同僚に山嵐(数学教師)、赤シャツ(教頭)、野だいこ(画学教師)、うらなり(英語教師)とあだ名をつけて一種斜に構えている反面、住み込みの下女であった「清」との無条件な愛情にあふれているところが、清の呼ぶ『坊ちゃん』たる所以だと感じました。
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ちゃんと読んだことがなかったなーと、読み直した。
ビックリです。
私の思っていた「坊ちゃん」と、あまりに違っていた。マドンナって、坊ちゃんにとって、もっと重要人物かと勘違いしていた。
作者はこの本を一気に書き上げたに違いない。それほどスピード感が半端ない。書き殴った、と言ってもよいかも。
それにしても松山をこれほど悪様にけなしているのに、「坊ちゃん」を愛している土地の人々は温かい。
清さんがいて、坊ちゃんの帰る場所があって本当に良かった。
Posted by ブクログ
坊っちゃんとは友達にはなりたくないが、まぁいいやつに思えてくる不思議な話。
夏目漱石を教科書以外で初めて読んだが、ほとんど改行がなく窮屈に文字が並んでいて、知らない語彙や漢字も多いのに、読みやすくて驚いた。
Posted by ブクログ
主人公の坊ちゃんが教師になって田舎に行き、そこで生徒に意地悪されたり、同僚の教師とやり合ったりする話。最後に職場を辞めて、馬の合う山嵐と東京に戻ってくる。
坊ちゃんは文句が多いし、そんなに魅力的な人物とも思えない。それでも坊ちゃんの目線で描かれる物語を読んでいると、他の教師や生徒が悪いという気持ちになってくるから不思議だ。
仕事をぱっと辞めて違う職についたり、今の日本よりもずっと流動的な社会だなと感じる。
Posted by ブクログ
愛媛のキャラクター「みきゃん」の限定カバーがかわいくて買わずにはいられなかった。
どんな職場にも卑怯な奴はいて、結局そういう人が得する構図は明治から令和になっても変わらないんだなと思った。痛快なほど真っ直ぐな坊ちゃんと山嵐が愛おしいのはもちろんだが、私はうらなり君に幸せになってほしい。
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読む前はなんとなく高尚な人物や物語を想像していたけど、人間臭いチャキチャキ江戸っ子のお話だった。
芯が通っていて噂話にも左右されず、弱きに寄り添い曲がったことに真正面から挑んでいて、切れ味のいい毒舌が所々でスパイスになり痛快だった。
清のことも最初は学がないとか悪く言ってたのに、ほんとは大好きで常に想っているところもよかったな。
Posted by ブクログ
みきゃんの表紙きっかけに、有名な坊っちゃん読んでみた。
文体が慣れないから、少し読み進めにくかったけど、こんなお話だったのかと、知ることができました。
坊っちゃんとマドンナがメインかと思ってたけど、マドンナはほとんど出てこなかったし、想像していた人物像ではなかった笑
Posted by ブクログ
読書会の課題本。この歳でやっと読んだ。思っていたのとはだいぶ違った。熱血教師本かと思っていた。私の会社にも、赤シャツ、野だいこいるいる。坊ちゃんたちは、赤シャツたちに勝ったようで、やっぱり彼らはまた同じように勝ち組として生きていくんだろう。今の時代もあるあるだ。
Posted by ブクログ
慶応三年、現在で言う所の新宿二丁目で生まれた夏目漱石は帝国大学を卒業後、作品の舞台にあたる松山へと渡り中学校教諭として勉学の道に携わる。
明治時代が始まり、小学校教育が始まった時代に生きた漱石は、第一期の小学校生徒であり、正に明治時代を背負って生きた彼こそが近代作家として、現代でも評価をされているのである。江戸の武家文化と長人文化との接点を形成する階層に生まれ育ち、その感受性と倫理観を血肉の中に継承していたであろう。
Posted by ブクログ
“古典文学”として構えていたのに、びっくりするくらいキャラクターの立ったエンタメ小説だった。
主人公・坊ちゃんの一人称が軽快で、ずっと笑いながら読んでた。
短気で無鉄砲だけど、世の中の嫌らしさはちゃんと見えていて、それでも自分らしさを失わない主人公が本当に良い。
ラストは少しあっけなかったけど、例え給料がそこそこ良かろうと「合わない世界からは離れて自分らしく生きようぜ!」という潔さは、今読んでもかなり響いた。
古典に苦手意識ある人の入口としてめちゃくちゃおすすめ。
Posted by ブクログ
高校のころに読んだ「こころ」以来の夏目漱石作品。
昔やっていたスカッとジャパンを見ているみたいな感覚になりました!文学的意義があって、重たい作品なのかと思って、心して読み始めましたが、まったくそんなことはなかったです。主人公の破天荒さに驚きつつ笑いつつ、山嵐が仲間になってからは、赤シャツを倒してくれと応援してました。文学的意義がということよりも純粋に、とても面白く読めました。昔の人も今の人も悪者が倒されるストーリーって好きなんだなぁ。