あらすじ
さあ、きょうからおれも一人前の先生。張り切って着任した中学校だがまわりの教師が何だか変だ。臆病だったり、嘘つきだったり、小うるさかったり、いったい誰がまともなんだい――? 正義感あふれる主人公が、同僚の婚約者を汚い手を使って奪い取ろうとする教頭を徹底的に懲らしめるまでの顛末を痛快に描く。漱石の作品中、もっとも愛読されている一冊。
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坊ちゃんの裏のない単純な性格にスカッとさせられる。山嵐や坊ちゃんのようにカラッとしているような人間には田舎は向かない。先生たちのあだ名が面白かった。山嵐、赤シャツ、たぬき、野だ、後半三人には悪意がありそうだけど、山嵐はいい意味のあだ名に思えた。
清のことを手紙の長い婆さんだ、少しのお金で家が持てると思っているとか、色々言ってるが、坊ちゃんは本当に清が好きなんだな、と思った。
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登場人物の役回りがはっきりしていて、読みやすい野田と赤シャツはとにかく、腹が立つし、山嵐はなんだかんだでいいやつ。最低限の人数でここまで話をおかしくできるのは、本当にすごい。
正直ものが損をする、現代の問題と通じるものがあって面白い、教育上は、みんなと力を合わせようとか、嘘をついてはいけないとか教わるけど、
実際は世の中欺瞞に満ちているからやりきれない
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近代文学で唯一5回も読み直した作品。
自分も坊っちゃんほどではないが自分の信条にそぐわない物事に折れない主義であり、生きづらさを感じることもあるがそれは自分の好きなところでもある。曲げずに生きようと思う。
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50歳を過ぎて遅ればせながら読み始めた夏目漱石の読んだこと無くてもタイトルは知っていた本書。
アガサ・クリスティのタイトルが好きな私には『坊っちゃん』というタイトルに興味を惹かれなかったという阿呆みたいな理由で未読でしたけど、なんとなく想像していた内容であろうはずもなく、主人公は、なんて危なっかしい思考回路でそれでいて憎めない主人公なんだ。読み始めたら止まらない人物描写の嵐。私のような単純な人間は、やっぱり清が好きになるし、赤シャツと野田に怒りと憎しみを感じるし、山嵐には、ごめんって思う。そんな風に感情移入を余儀なくされるのである。
きっと、数多の素晴らしい感想が生まれたであろう名著に未熟な読者の感想なんておこがましい話です…。
ただ、新潮文庫の紙の本で読むと巻末に夏目漱石氏の年表もありまして、夏目漱石氏が養子に出されて、最終的に夏目家に戻る流れが淡々と年代と共に書かれているのを読み、その家族の移り変わりを子供時代に見てきた事はどれ程の観察力を培ったのだろうと考え深い。
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・社会人をさせられているので、こういうい嫌な奴おる(泣)と共感してしまった したくないよこんな共感…
・ストーリーだけ書き出すと、すげ〜基本嫌な話(最後ちょっとスッキリするが)なのだが、コミカルで読みやすい。主人公もなんだかんだかわいげがあり、ほほ笑ましく読める。かき氷代を取り返す(というとなんかあれだが)シーンは可愛くてとても温かい気持ちになるし、自分の非や苦手なところをスパッと認める潔さは気持ちがいいし、応援したくなる。文章がうまいとはこういうことか…と実感した。
・私は小説を読むときはストーリーに目がいってしまうのだが、夏目漱石の小説は毎度文章力に驚かされる。虞美人草は恋愛ものなのもあってか(?)、描写や表現がとにかく美しい、その分慣れるまで読みづらい
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夏目漱石『坊っちゃん』新潮文庫。
何度目かの再読となる。最近、関川夏央と谷口ジローの共著『『坊っちゃん』の時代 』を第一部から第五部までを再読し、後書きと解説で関川夏央と川上弘美が揃って『坊っちゃん』は哀しい小説だと評していたのを読み、内容を再確認したくなった。
因みに最初に『坊っちゃん』を読んだのは小学校低学年の頃である。父親が会社帰りに毎月1冊ずつ刊行の度に購入してくれた世界の文学なる分厚い全集に収録されていたのだ。子供向けの全集なので、平易な文章で書いてあったと思う。その後は何度か文庫本でも読んでいる。
主人公の坊っちゃんは、兎にも角にも何処までも一本気で融通の効かぬ反骨精神の塊のような青年である。両親にも兄にも疎まれ、『親譲りの無鉄砲』と言い訳しながら後先を考えぬ行動ばかりをする坊っちゃんは自分の気質を理解していながら、行動を改めることが出来ないのだ。そんな坊っちゃんの唯一の理解者は下女の清だ。清は事あることに坊っちゃんを褒め、影に隠れて自分の給金で菓子やら足袋やらを買い与える。
坊っちゃんは両親を亡くし、兄にも半ば見捨てられ、勢いで物理学校を卒業するなり、清に別れを告げて、四国に中学の数学教師として赴任する。東京に比べれば明らかに田舎の四国では生徒たちに行動を監視され、彼らの稚拙な悪戯に閉口し、校長や教頭、仲間の教師ともなかなか馴染めないままに見知らぬ地で孤軍奮闘する坊っちゃん。
やがて反骨精神の塊の坊っちゃんも、周囲の愚劣、無気力などに反撥し、職をなげうって東京に帰る。『坊っちゃん』は、一本気で不器用であることが故に滑稽に見えるのであり、余りにも正直過ぎて、普通に生きることが下手な男の哀しい敗北の物語を絵がいているのだ。
勧善懲悪、正義は勝つと言うのはテレビドラマや映画の中だけで、何時の時代も悪者が得をし、しぶとく生き残るのだ。清く正しく生きる精神は大昔から培われて来た日本人の美徳であるが、哀しいことにそれが得とはならないのだ。坊っちゃんはそれを知っていながらも敢えて一本気な不器用な生き方を選択しているようにも見える。
本体価格310円(古本100円)
★★★★★
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話が早速本題から逸れるが、「ちょっと」を「一寸」、「つもり」を「積り」と表記しているのが特徴的。「失敬千万」は云いたくなる言葉。
はじめて全体を通して読んだが、田舎というか大人の社会の闇を痛烈に批判する、極めて風刺的な内容に受け取れた。夏目漱石自身の実体験にもとづいているため、本人も人間不信で義理堅く不器用な面があったんだろう。「坊っちゃん」というのは、実家に仕えていた奉公人(侍女)である「清」が主人公を呼ぶときに用いた呼称。自分が唯一心の底から敬愛し心を許せる存在が彼女であり、その言葉は彼を彼たらしめるアイデンティティーであり、江戸っ子としての矜持だったろう。純粋さや素直さ、正直さは「子供」「剛情っ張り」と否定され、子供に正義を説き教育を施す当の教員は言行不一致。本音と建前、矛盾、虚勢、虚偽、謀略、陰湿さと狡猾さに満ちている。そういった社会のダークサイドを、江戸から四国への旅、いつもコソコソしている「赤シャツ」「のだいこ」との激闘、「山嵐」との共闘、そして四国からの里帰りと「清」との束の間の再会で鮮烈に描く。「のだいこ」に卵をぶん投げたシーンが印象的だった。完全な勧善懲悪、信賞必罰かと思えば、お人好しの「うらなり」こと古賀先生は「赤シャツ」にNTRれた上日向延岡に飛ばされるという悲劇を迎える。主人公も古賀先生も義理人情を全うするが、真っ直ぐすぎる奴は出し抜かれ騙され損をするといういたたまれなさがこの物語を支配している。読んでいて終始ムズムズイライラした。「乗ぜられぬよう用心せよ」という忠告は、「出る杭は打たれる」日本社会を如実に言い表している。
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とても読みやすい。親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている、とお馴染みの文言から始まる。
彼の根底にあったのはきっと清の存在だと思う。清がいつも褒めていてくれたから、彼は横道に逸れずに愚直すぎるくらいに生きられたのかなと。
そして中で描かれる人間模様は今にも通ずることばかり。親切そうな人がそうではなく失敬な人が意外に理解者であったりする。上に媚びへつらうもの、自分の地位にふんぞりかえる人。うらなすこと古賀くんが何を思っていたのか知りたい、マドンナも。どれも第三者からの描写しか得られない。
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生徒が教師にあだ名を付けたり、からかったり、いたずらをしたりすることは、漱石の頃も今も変わらないし、教師同士だって、今も昔も、世間のほかの同僚たちと同様、つまらない意地やねたみや欲望をあらわにして、感心しない行動を繰り返すことも多いと思う。漱石は、そうした悪ガキたちや同僚教師たち(以下 彼ら)に対して、主人公「坊っちゃん」をどのような役回りとして描きたかったのか?彼ら「悪者たち」を懲らしめる「善/正義の味方」として描き、留飲を下げたかったのか?
(本書を採り上げた『100分de名著別冊 特別授業 夏目漱石「坊っちゃん」』(養老孟司著、以下「特別授業」)では、「漱石の作品には、たとえほかの人に知られなくても、間違ったことを嫌う江戸っ子気質の面が見られる」との指摘がある)
しかし、小生には、残念ながら、坊っちゃんがいくら抗議しても、彼らの方が「のれんに腕押し」と言った感じで「一枚上」だし、坊っちゃんも宿直中に温泉に行ったりと「隙を見せており」、必ずしも坊っちゃんをひいき目に見られない。
同僚から一銭五厘分の食事を奢られた後、ケンカをし、そんな奴に奢られたくないとばかりその一銭五厘を相手の机に叩きつける等と言う愚挙もいかにもおとな気がない。感情を鬱屈させて自己の内面に閉じこもったり、気の合った仲間内で愚痴をこぼすよりも、もう少しスマートに堂々と理非を述べ、それでもダメなら、今日ならハラスメントとして通報すると言う手もあるが、当時ならさっさと退職し、新天地に希望を求めるのが一番だったかもしれない。
江藤淳の解説(新潮文庫)によれば、なぜ漱石のみが、近代作家の中で、唯一の「国民的作家」になりえたかの理由は、江戸時代の名主階級の出である漱石が、自らの血肉に継承していた「江戸的な感受性と倫理観」つまり「善」と「美」の原理を肯定していたからとのこと。そのような原理を実際に体現する人間は現実には存在しないからこそ、漱石は、人間の真の姿である、そうした人間を描きたかったのだろうか?それは、丁度、山田洋治監督が描いた「寅さん」が、定職を持たず、「人並み」の生活に親しまない乍らも、私たちの心を打つ「善」と「美」の原理を持ち合わせていたことともダブっているように感じられる。
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道後温泉に行ったら、坊ちゃんが通った温泉宿や、坊ちゃん団子や坊ちゃん列車や、坊ちゃんがすごく推されてたので、今更ながら坊ちゃんゆかりの地だった事を知り、学生時代に読んで以来何十年ぶりに読んでみた。
勧善懲悪の痛快小説だったってことも忘れてた。
時代が日露戦争、ポーツマス条約あたりってことも改めて知った。
女中の清の愛と優しさが坊ちゃんを支えている。
一本気で無鉄砲で狡さを嫌う坊ちゃんが、彼が感じる悪い人達(実際はどこにでもいると思う)と戦う中で、清を心の支えにする様子が、ストーリーの緩急をつけている。
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若い頃に読んだときは「痛快な青春小説」かと思った。中年になって読むと「哀しい小説」だと思った。もっと年を取ったらまた違う感想があるのかもしれない。古典というのはそんなふうに何度か味わうべきものなもかなと思う。
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真っ直ぐに受け取り、真っ向に向き合う。自分の間借りない正誤感覚を折らずに、不条理も覆そうとする豪快さ。読んでいて恥ずかしくなるくらいに爽快。語り口も独特のあだ名も味があって、溶け込みやすいとい。
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個性豊かなキャラクターが数々出てきてとても面白かった。私は坊ちゃんや山嵐の言い分に共感することが多く、潔い性格が読んでいて気持ちよかった。
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「親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている」坊ちゃんを可愛がってくれるのは下女の清だけ。四国の松山に教師として赴任した坊ちゃんは、教頭の赤シャツがうらなりの婚約者マドンナへの横恋慕からうらなりを左遷したことを知り、義憤にかられる。青年教師の痛快な反抗精神を描く。
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読書会の課題本。この歳でやっと読んだ。思っていたのとはだいぶ違った。熱血教師本かと思っていた。私の会社にも、赤シャツ、野だいこいるいる。坊ちゃんたちは、赤シャツたちに勝ったようで、やっぱり彼らはまた同じように勝ち組として生きていくんだろう。今の時代もあるあるだ。
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慶応三年、現在で言う所の新宿二丁目で生まれた夏目漱石は帝国大学を卒業後、作品の舞台にあたる松山へと渡り中学校教諭として勉学の道に携わる。
明治時代が始まり、小学校教育が始まった時代に生きた漱石は、第一期の小学校生徒であり、正に明治時代を背負って生きた彼こそが近代作家として、現代でも評価をされているのである。江戸の武家文化と長人文化との接点を形成する階層に生まれ育ち、その感受性と倫理観を血肉の中に継承していたであろう。
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“古典文学”として構えていたのに、びっくりするくらいキャラクターの立ったエンタメ小説だった。
主人公・坊ちゃんの一人称が軽快で、ずっと笑いながら読んでた。
短気で無鉄砲だけど、世の中の嫌らしさはちゃんと見えていて、それでも自分らしさを失わない主人公が本当に良い。
ラストは少しあっけなかったけど、例え給料がそこそこ良かろうと「合わない世界からは離れて自分らしく生きようぜ!」という潔さは、今読んでもかなり響いた。
古典に苦手意識ある人の入口としてめちゃくちゃおすすめ。
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高校のころに読んだ「こころ」以来の夏目漱石作品。
昔やっていたスカッとジャパンを見ているみたいな感覚になりました!文学的意義があって、重たい作品なのかと思って、心して読み始めましたが、まったくそんなことはなかったです。主人公の破天荒さに驚きつつ笑いつつ、山嵐が仲間になってからは、赤シャツを倒してくれと応援してました。文学的意義がということよりも純粋に、とても面白く読めました。昔の人も今の人も悪者が倒されるストーリーって好きなんだなぁ。
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正義感が強くて真っ直ぐすぎる主人公が、地方の中学校での人間関係や権力構造に巻き込まれていく話だった。
思ったよりも軽快で読みやすく、テンポよく進むけど、内容はかなり皮肉が効いていると感じた。
坊っちゃんは嘘がつけず、思ったことをそのまま行動に移すタイプで、現代的に言えば少し不器用で空気が読めない人にも見える。でも、その分だけ周りのずるさや偽善が際立って見える。
特に印象に残ったのは、教師たちの関係性で、表向きは立派に見えても裏では陰口や策略が多く、人間の醜さがリアルに描かれていたと思う。
その中で、山嵐のように筋を通す人物もいるが、結局は「正しい人が必ず報われるわけではない」という現実も感じた。
坊っちゃん自身も、正義感だけで動いているようでいて、どこか子供っぽさや短気さがあり、完全な善人ではないところがリアルだった。
最後はすべてを投げ出すようにして去るが、それは敗北というよりも、「この環境には自分は合わない」という判断にも見えた。
全体として、『坊っちゃん』は単純な勧善懲悪の話ではなく、
正しさと社会のずれ、人間関係の面倒くささを描いた作品だと感じた。
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字がぎっしりの文体だが、話自体は短くさらっと読めた。
子供の頃から無鉄砲で損ばかりしているという冒頭は非常に有名であるが、基本的にプライドが高く堅物な割に、たまに柔軟性を見せる主人公の二面性が面白い。
世渡りという観点では非常に下手で反面教師的に見習いたい所ではあるが、自分が損をしても筋を通すという所は見習うべき所もある。
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坊っちゃんいうから子供の話かと思ったらしっかり教職付いてる大人の話だった
竹を割ったような性格の主人公坊ちゃん(これは漱石先生が田舎で先生やった時に実在した同僚をモデルにしたかなんだか)、読んでてニコニコする。
いつの時代もこういう明快で可愛い人で溢れてたら良いなと思った
赤シャツは突き抜けててあれはあれで良い、野だがダサい
ラストは勝ったようで勝ちきってない感じが、急にスケールでかい話っぽくて良い
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道後温泉に向かいながら新幹線や電車、旅館で読んだ。坊っちゃんのありえないほどの真っ直ぐさと、松山で新しく出会う人々の二面性や信用できない側面に動揺しつつも自分なりの筋を通す様子に、読みながら応援の気持ちを持ちつつも、結局真っ直ぐすぎる人は多少小狡い人に割を食うよなと切ない気持ちになった。坊っちゃんに何があっても絶対的に味方でいてくれる清の存在は果てしなく大きい。道後の街を歩いてると坊っちゃんと「マドンナ」が並んだ銅像やパネルや貸衣装が沢山並んでて商業を感じた。山嵐。。
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四国旅行に行く前に読んだ。
何年か前に二宮くん主演でドラマをやっていて、登場人物の顔をそのドラマの俳優さんの顔をそのまま思い浮かべて読んだ。
夏目漱石が楽しく勢いよく文章を書いていることが伝わってくる。実際に解説で短期間で書き上げたことを知り、やっぱりなと思った。
わたしの中で夏目漱石といえばロンドンでの留学生活で打ちひしがれて帰ってきたという印象が強い(某裁判ゲームのせい)。
その中で近代化の恐ろしさ、危機感、土着の文化への愛おしさが培われたんだろうなと思った。その視点で『坊っちゃん』を振り返ると、坊っちゃんの「難しいことはわからないが気に入らないからぶっ飛ばす」という単純さが、漱石が近代化の波に飲まれる前の日本に感じていた愛着を表しているんだろうなと感じられる。
今の世の中、何をいうにもロジックが必要で、個人の感情は二の次にされてしまう。例えば仕事を休むにも、体調不良だったり家族の都合でとか、理由が必要だけど、なんとなく休みたいなーで休んでも悪くない(今の仕事はステークホルダーが多すぎて周りへの影響も考えなきゃいけないけど)。
さっきと言ってること違う!と思わず笑ってしまう坊っちゃんの言動だけど、実際人間ってずっと同じ主義主張を持ってるわけじゃなくて、刻一刻と変わっていくものだよなあ〜と思ったり。
世の中は複雑になりすぎる。仕事の本質も、もっと誰かのために何かをしてそれの対価をもらう、みたいなシンプルなものでいいのにな…
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昔の小説っていうものはどこか堅苦しいつまらない文章であるという固定概念があった。けど坊ちゃんは捻くれた奴で不器用な男でこんな人物像が昔に描かれてたんだーって思った。思ったよりも面白いし彼なりの正義感というものも垣間見れて応援したくなる。継母だっけ??との優しさに包まれた関係も良い。授業で読んだ。
Posted by ブクログ
けっこう真っ直ぐで突き進む教師坊っちゃん。山嵐や赤シャツなど、さまざまな登場人物がいたがやりとりが面白かった。夏目漱石はこちらの小説をものすごいスピードで書き上げたらしいが、そういう感じはする、小説に勢いがあるので。
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坊ちゃんを読んでみた。
むかーし読んだけど、読み直してみた。
……言葉が難しい。
内容はテンポよく進んでいて読みやすいはずなのだけど、言葉が…んー。うーーん。と思いながら、読んでみた。
読み直して、思ったのは……やっぱり『難しい』という事。
内容が難しいわけではない。坊ちゃんの話が軽快にテンポよく進んでいく。
……これ、現代の言葉で軽く読みたい。と思った。
キャラクターも判りやすくて、面白いのだけれど……。
主人公の坊ちゃんのキャラクターは判りにくいなと…分かりにくいというか、『冗談が通じない』『言葉を言葉のままに受け取る』キャラっぽいので……、勝手に「これはこうだよね(赤シャツは親切ではないけれど、親切にしている)」と思って読んでしまったモノが、坊ちゃんの中では「親切なんだかよくわからない」と書かれていたり。
私としては勝手に『親切なフリだよね』と思って読んでしまってるので、「わからない」ということがわからないと思ってしまう。
そーいうキャラだと言われたら、そうなんだねと思うのだけれども。
そんなズレが、幾つか起きてしまって『分かりにくいキャラ』と思ってしまう。
坊ちゃんってこんなに複雑なキャラだったんだと、思ったのです。