あらすじ
じいさんが死んだ夏のある日、孫の良嗣(よしつぐ)は、初めて家族のルーツに興味を持った。出入り自由の寄り合い所帯、親戚もいなければ、墓の在り処もわからない。一体うちってなんなんだ? この際、祖父母が出会ったという満州へ行ってみようか──。かくして、ばあさんとひきこもりの叔父さんを連れた珍道中が始まる。満州、そして新宿。熱く胸に迫る、小さな中華料理屋「翡翠飯店」三代記。伊藤整文学賞受賞作。
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Posted by ブクログ
だいぶ読み応えがあった。
読んでいたのはたったの2日だったのに、時代を越えて、生死を越えて、何十年もの月日を越えて彼らの人生を上から見守っていたような感じで、まるでこの一族の守護霊か何かになったような気分だった。
私自身が最近自分の家族に対して感じていた、なにかを受け継いでいる感覚、なにかが繰り返されている感覚、ばらばらでもなにかで繋がっている感覚。その“なにか”がなんなのかはまだはっきりとは掴めていないが、そのなんとなくだが神秘に溢れた感覚を、この本を通して改めて強く感じ取ったように思う。
祖母が、木や植物を見たときに感じた、「大丈夫だよ」と背中を押されるような感覚。自分の選択に何故か強く確信を持てる“あの瞬間”を、わたしもよく知っているな、と思った。ああやってふとしたときに垣間見る“希望”に、私たちは生かされ続けている。
終盤で、良嗣はかつての祖母と重なるように窓の外の景色を眺める。そして、眠りにつく微睡みの中で頭にふと降りてきた「“希望”が全ての始まり」というメッセージ。
私も、ふと意識が緩むようなときに、時間も生死を飛び越えて、糸の結び目のように絡まり合っている私たちという存在の神秘さに、なぜかとてつもなく魅了される瞬間がある。
また、その意識の緩みは、たしかに自然物と対峙したときや、入眠の意識から無意識に入る境目なんかに開きやすくなるよな、とも思った。
ルーツがないように思えても、どこにも属していないように思えても、たった今自分が踏みしめているこの大地が自分の居場所であり、自分が今まで辿ってきた道のりが自分のルーツになる。
そして、そんな私たちをいつでも支えてくれているのが、“希望”であるということ。
逃げてもいい、流されるな。
「逃げる」を自分の選択として選び取って行動するというのは、ひとつの抵抗のかたちでもあると言える。
逃げた先に何があるのかは分からない。
けれど、「ここはなんか違う」「逃げたい」という本能的な衝動は、他者によって抑え込めるものでもないのだろう。
自分のツケはあとから必ずまわってくる。
後悔したって、仮定の世界は存在しない。
それでも、そんな過去があったから今があるわけで、だからこそ「やっぱりこれしかないんだな」「これで良かったな」と思える。
私はこの本に、いや彼らに、人生をかけて大切なものを思い出させてもらったような、そんな気がする。
Posted by ブクログ
477ページの長編を久しぶりに読んだ。読む前は、途中で放置してしまうんじゃないかと思ってけど、物語に引き込まれて、みんなの人生が知りたくて、どんどん読み進めてしまった。
私には物心ついたころにおじいちゃんおばあちゃんは亡くなってたから、貴重な祖父母の人生を聞くことはできひんかった。ヤエたちは現代では普通の老人に見えるけど、壮大な人生を送ってきて、今では考えられへん人生の教訓を持っていた。逃げることはここ最近、よしとされているけど、現代の逃げるとヤエたちの逃げるは違う。命懸けで生きるために逃げ続けてきた。
それぐらいの危うさ、熱意は現代にはない気がする。
もっともっと昔の話が知りたかった。
なんの変哲もない家庭にみえるけど、ここまで深掘りできること、それぞれの気持ちが表せること、すごいの一言です。
Posted by ブクログ
面白かった。
満州から、戦争から逃げてきた泰造の
「そこにいるのがしんどいと思ったら逃げろ。逃げるのは悪いことじゃない。逃げたことを自分でわかっていれば、そう悪いことじゃない。闘うばっかりがえらいんじゃない。」
という言葉が印象的だった。重かった。
同じく逃げて生き延びたヤエの、
抗うために逃げた、生きるために逃げた、
そんなだったから、子どもたちに逃げること以外教えられなかった。
というような言葉。
逃げてきたことを恥じて、苦しんだ二人の言葉。
翡翠飯店の人たちは、だらしなく逃げてばかりのように見えるけど、何も考えていないわけではないし、むしろ色々考えていて、でもうまくいかなくて、そんなところが憎めない。図太さや強さも感じられる。
家族はバラバラのように見えるけど、誰かのことを話し合ったり涙したり後悔したり、強い絆があるように思える。
賑やかで羨ましいと思う場面もたくさんあった。
Posted by ブクログ
戦前から現代に至る長い長い根っこ。その根っこは満州で出会い、逃げて逃げて、日本にたどり着く。ほー、長かったけれど、おもしろかった。登場人物が多すぎて、誰が誰やら分からなくなったことは多々あった。ミステリーのように枝が繋がって、お婆ちゃんが夫婦に会えなかったことは残念だけど、縁が繋がっていくんだと思った。満州事変という裏側にこんな日本人がいたかもしれないことを、本当はもっと興味を持って知らないといけない。世界情勢を絡めた描き方なのに、分かりやすい。角田光代という作家の底はまだまだ見えていない。
登場人物一人一人にコメントをつけられるのに、文字数がそれを許してくれない。そもそも名前を覚えてないわけだけど。家族ってこんなふうに作られるのかもしれない。
バラバラな短編なのに繋がってる。それが作品になる。接ぎ木されていく木のように。
Posted by ブクログ
戦中を生きた祖父母の代、戦後の成長期を生きた父母の代、その後の安定・停滞期を生きた子どもの代、それぞれの代でこんなにも環境が違うんだなと驚いた。
祖父母の満州での話は、異国の地だし人も死ぬし、特に印象に残った。上の代の人たちの経験を聞いてみたくなった。
Posted by ブクログ
オーディブルで聴いた。
面白かった。
戦時中に満州に行った人の小説は初めて読んで、今でいう海外留学みたいな感じで、新しい環境に身を置いたら何か変わるのかも!みたいな期待を胸に満州に渡っていったのかなと思った。
八重は、満州から引き上げてくるときや、戦後の貧しい中で、よくそんなにたくさん子供が産めるなと思った。昔は避妊具なかったのか?私ならそんなときに子育てしてる自信ないから絶対に子供産まないと思う。
今だと両親共働きだと子供は保育園に預けるのが当たり前だけど、戦後まもなくだと保育園にも預けなかったのかーとか、色々すごいなと思った。
簡易宿泊所みたいな家、私は色々縛られなくていいなと思うけど、子供たち、孫たちは、定職に就く人はいなかったり、自殺したり宗教にはまったり、生きやすい人生ではなさそう。まぁ、サラリーマンなどの勤め人は合わなそう。子供たちが会社や組織に勤めるのが向いてないのって、自営業の家庭あるあるなのかな?と思った。
満州時代の食堂の人と、再会できたらよかったのに、できないところがリアル。
「どこか遠くにいけば、何かが変わると思うけど、何も変わらないよ」みたいなことを八重が言うんだけど、30代の今なら、なんとなくその意味がわかる気がする。20代の時に読んだら、ピンと来なかったと思う。