あらすじ
アメリカ海軍、特撮を撮影す
第2次世界大戦中、B級モンスター映画界のスターであるシムズ・ソーリーは奇想天外な仕事の依頼を受ける。相手はアメリカ海軍で、巨大なトカゲの着ぐるみに入ってほしいというのだ。
アメリカ海軍は巨大な火を吹くトカゲを生み出し、日本を降伏させようという極秘計画を進めていた。ところが、ベヒモスと名付けられた全長400メートルの怪獣はコントロールが効かなかった。海軍は苦心の末に着ぐるみを使い、ベヒモスが日本を破壊するのを日本の外交団に見せつけようと決断したのだった。
そこでベヒモスのスーツアクターに選ばれたのが数々のモンスターを演じてきたシムズ・ソーリー。拒否権などないシムズは、戦争を終わるならばと、この二度とない〝生涯最高の役〟に取り組むが……。
一見、荒唐無稽でありながら、人類への愛に満ち溢れたシオドア・スタージョン記念賞受賞作。
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Posted by ブクログ
巨大トカゲが日本の街(ミニチュア)を破壊する様子を日本の使節団に見せることで、太平洋戦争を終結させようとするアメリカ海軍とB級映画業界の人びとを描くブラックコメディ。
カート・ヴォネガットさながらの荒唐無稽でスラップスティックなドタバタ劇の中で、反核というセンシティブな題材を扱う作品。
主人公のシムズ・ソーリーが巨大トカゲ(ゴルガンティス)に入って「いかなる野獣」を演じるまでは本当にB級な展開で、くだらない描写の連続。ここでアメリカ人たちは、我々日本人から見れば最悪な描かれ方をする。
(例)p.70「われわれはフォーチュンクッキー作戦でジャップがキモノを着たまま脱糞することを期待している…」等、日本人への蔑視がとんでもない。
フォーチンクッキー作戦(「いかなる野獣」)の描写からは、作風がガラッと変わってシリアスになる。怪我をしながらゴルガンティスに入るシムズ・ソーリーの姿は、まさしく戦地に赴いた兵士さながら。戦場での極限状態に近い心理描写が続く。
(例)p.194「すべてを焼き尽くしたいー焼き尽くし、滅ぼし、虐殺し、破壊したいーという衝動が、脊椎動物にとってはなによりも強烈な性的欲望のようにわきあがってきた。」
その後、フォーチンクッキー作戦(「いかなる野獣」)が失敗し、マンハッタン・プロジェクト(原爆)が実行された後の描写は圧巻。とにかく反核・世界平和のメッセージの連続。
p.214からの「いかなる野獣」製作陣が、「自分たちの映画が失敗したから原爆が落ちてしまった」という後悔に苛まれ、生活がボロボロになっていく様子はとにかく悲惨。p.73で描かれた施設の掲示板「ここで見たもの ここで聞いたこと ここでしたこと すべてここにとどめよ」との対比がとても虚しい。忘れられるわけがないのだ。
序盤に最悪の描かれ方をしていたバカたちが、本気で戦争を止めようとしていたことが後になって明かされる構成になっている。
p.230からは原爆直後の広島の様子が生々しく描かれ、p.234に本作のメッセージが集約される。
「いつの日か将軍とその大統領に天から贈り物を届けてくれるーというか、彼らがそうじているー核分裂の神とやらにもうんざりだ。(中略)わたしたちの世界は氾濫する聖なる存在に苦しめられており、そこから離れたところで後悔することはない。」
たとえどれだけ馬鹿げた計画でも、このトカゲの着ぐるみの茶番劇が日本の使節に響いていたとしたら、原爆が落ちずに何人の命が救われたのだろうか。
広島で生まれ育った被曝3世かつ、無類の映画好きかつ、大学でアメリカ史を専攻した自分には刺さりまくる作品だった。