あらすじ
孤独な天才芸術家ジェドは、個展のカタログに原稿を頼もうと、有名作家ミシェル・ウエルベックに連絡を取る。世評に違わぬ世捨て人ぶりを示す作家にジェドは仄かな友情を覚え、肖像画を進呈するが、その数カ月後、作家は惨殺死体で見つかった―。作品を発表するたび世界中で物議を醸し、数々のスキャンダルを巻きおこしてきた鬼才ウエルベック。その最高傑作と名高いゴンクール賞受賞作。
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Posted by ブクログ
芸術と資本主義とアーティストの描くきれいな世界の終わりの話。人間と機械と芸術。
自分を自分が描く小説の中に描き出して自分を殺して、自分の死を誰かの(自分の描き出した架空の人間を)世界の終わりの思想の礎に仕立て上げたたストーリーが素晴らしかった。現実の世界と、現実の著者、そして架空の人間の架空の芸術、架空の芸術が評価されていく中に現実の著者が存在し、そしてその著者により影響を受けた芸術がまた成長してひとつの形になっていく。現実の中に架空の美があって、ページをめくり読み進めていくうちに、架空の美が本当に存在するもののような気持ちになっていく。
文中にはものすごい量の固有名詞が登場する。この小説は「ンフィクション」だと言っても違和感がない。
そしてそのための技術がすごいというか、流れが本当に「あったこと」のようにリアリティのある描き方をしているのがすごい。自分が生み出した架空の芸術家が本当に成功するための、そして本当にそういう思想に至るための成功体験や郷愁を描く中に自分(ウェルベック自身)が意味を持って存在している。ジェドというアーティストが存在し、ジェドというアーティストの人生があり、ジェドがどのようなアートをどんな意図で描いたのか、わたしはジェドが描いた最後の作品をこの目で見たいと心底思った。
ウェルベックの他の作品同様、作品の根底にあるのはこの世界への悲しみである、人の悲しみ、朽ちていくものへ寂れていくものへの悲しみをまっすぐにみつめるまなざしである。しかし、悲しみと対極にある生への固執のようなかたちで「セックス」があまり出てこない。淡々と悲しんで美しいものを見つめているというような印象があった。あんまりひねくれていないのでウェルベックの他の作品より読みやすいような気がする。
人と人の関わりが、美しい。主人公のジェドは生涯を通して大した数の人間と関わるわけではないが、その会話の一つ一つが素晴らしかった。ウェルベック、うつくしい女性オルガ、父、そして人生の後半で、警察と。
「…愛というのは、<めったにない>ものですよ。知らなかったんですか?だれもそう教えてくれなかった?」
p.136
「格好がつくでしょう。いかにもフランス人という感じで。それに人生では何かに興味をもたなくては。生きていく助けになる」
p.152
父は最後に一度だけ、彼の人生の物語を織りなした希望と挫折をよみがえらせたのだ。概して、ひとの一生とは取るに足らないものだ。それはいくつかの限られた出来事に要約することができる。
p.241
彼にとっての人生は、この見事な完成度のアウディ・オールロードA6の車内と同様、穏やかではあるが喜びのない、完全にニュートラルなものとなるだろう。
p.286
特に高齢の父と主人公がクリスマスの晩にディナーを食べながら話し合う場面がすごく良かった。
人生は取るに足らない。一晩も語れば十分だ。そしてその一番の語らいに人生のすべての意味がある。
ところで、ウェルベックは本当にかっこいいなと思ったのは自分の殺害現場を自分の小説で「できの悪いポロックの絵画のよう」なんて書けること。自分の死を、自分の描く最高に完璧で最高に完成された人間の人生に大きな意味を与えた上で、その人間に「世界は凡庸なものです」「そしてこの殺人を犯した者は、世界の凡庸さをいっそう増大させたのです」と言わせる。かっこいい。かっこいいなあ。
全体を通して、すごい本だなっていう思い。ある島の物語と闘争領域の拡大は粗いなって印象があったけど、地図と領土はすごい。すごいけどめっちゃ長かった、すごい時間かかった。だけど長さを感じなかった。
Posted by ブクログ
これまで読んだウェルベックの作品の中で最も面白かった。芸術(あるいは表現)とは何かということが恐らく本作のテーマではないかと思うのだが、出てくる芸術というものが奇想天外で惹きこまれた。更に、作者自身が登場人物として、ある意味芸術の犠牲になってしまうというつくりも斬新だと思う。
Posted by ブクログ
ウエルベック2冊目は、芸術家(美術家)を主人公としたこの『地図と領土』。
最初写真家として個展デビューし名声を博した後しばらく沈黙し、今度は古典的な油彩に戻って有名な職業家の肖像を手がける。すると2度目の個展で大ブレークする。
やはり、芸術家小説というものは、このように成功談がいい。努力をしても最初から最後まで誰にも認められずに淋しく死んでいく芸術家のストーリーは、リアル(世界中で大多数)ではあるが、話としては退屈だし悲しすぎるのだろう。
肖像画もまた止めて、主人公は晩年は動画作品を作るようになる。
急激に変転する技法を通して、芸術家の世界観が徐々に成長していくことは読み取れるから、全編が芸術家物語として、成功していると言って良いだろう。
この美術家ジェドが出会い、徐々に親しくなっていくのが、何と実名で登場する作家ミシェル・ウエルベック本人だ。そして、この小説の最大のスキャンダルは、そのウエルベックが何者かによって突如惨殺されるという小説内-出来事である。
しかも、その殺害現場が凄まじく、スプラッタ・ホラー顔負けのおどろおどろしさなのである。
芸術家小説としてのプロットはいきなりここで切断されるわけで、その効果は凄まじい。
なかなか興味深い構成であり、最後は再び芸術家ジェドの視点に戻って長いエピローグに至るから、突然襲撃してきたノイズがやがて静まって、人生の続きが再び再開されたかのような印象がある。
とにかく面白い小説で、やはりウエルベックはかなり実力の高い小説家なのだろう。
次は彼の作品から何を読むか、楽しみになってきている。
Posted by ブクログ
ミシェル・ウェルベック「地図と領土」
今何かと話題のミシェル・ウェルベック、ついに手に取ってみた。結論、猛烈に面白い。以下、微妙にネタバレを含む。
母親を自殺で亡くした内向的な青年が写真、さらには絵に打ち込む。その才能を見出すのは手練れの「芸術のプロフェッショナル」たち。ミシュランの広報という絵にかいたような業界エリートである美女との恋をきっかけに作品にはいつのまにかすさまじい高額がオファーされ、主人公は目もくらむような高みに導かれていく。
テーマはずばり「芸術に値段をつけられるか」。著者のビジネス視点がいかにも正確で、通俗的な「金儲け悪徳論」とは一線を画す。そしてそれ故になおさら個人の感性がマーケティングされていくことへの違和感も同時にあぶりだされる。文章のあちこちに「当然知っているよね」的な小ネタ(実在の芸術家やらフランスの有名なニュースキャスターやら)が飛び出す中、作者本人(「超有名作家のウェルベック氏」)が登場してきてからのミステリーも強烈。
「親の愛を知らない内向的な青年が精密で写実的なものに引かれ黙々と筆写するうちいつのまにかビジネスとして成功し、理想の女性と出会う。そして最後にもっと孤独になる」というプロットについて、村上春樹の「トニー滝谷」を思い出す人もいるだろう。
偶然なのか、作家の間で何らかのインスパイアがあったのか(発表は村上が先)、そもそもある種古典的なモチーフなのかは分からない。
割と寡作な作家だが、少なくとも数冊和訳が出版されている。ウェルベック、全部読むぞ確定。
Posted by ブクログ
アーティストのジェドの一生の話。世界そのものを表現するために「工業製品の写真」→「ミシュランの地図の拡大写真」→「職業人の肖像画」と表現が変遷していくが、ジェドその人は、単なる鏡としての人なのか、空虚で、情熱のようなものがあまり伺えないように見えた。晩年の圧倒的な諦念・孤独の中で制作された作品群にようやくエモーション、想いのようなものが感じられたような気がする。とかいって、すべて芸術作品を文章で読まされているわけですが。エビローグの、寂寞さがすごいのと、ウェルベックのテーマがてんこ盛りなのが、なんだか微笑ましい気持ちにさせられた。でも、自分の人生における交友関係も先細りだし、最後はこんな状態になるのかな、なんて思ったり。
Posted by ブクログ
部分的には面白いのだが、総合的には正直面白くない
たぶん大衆的な面白さを獲得するのをわざと拒んでいることが原因なのだろう
展覧会に関わるキャッチーな運営メンバー、アクの強いキャラクター、急に始まるサスペンスパートなど
高水準なエンタメの片鱗を一瞬覗かせるが、すべてあっけなく収束してしまう
なんといっても一番の見所は、著者自身の分身キャラのウェルベックである
自分を批評し俯瞰からキャラクター化していながら、更にそれに憑依し内から外からと相当に難易度が高いことをしているように思われる
この珍妙な人物像が物凄くいい味を出している
自身を演出してこれほど面白く仕上げられる作家もいないだろうし、間違いなく大衆ウケを狙ってできる実力のある作家だろう
漂白された肖像画家、ロシア人美女、細かいディテール、これは村上春樹じゃないのかと一瞬思ったが違う
もっと直截的で社会への批評、総括、予測を含んでいる
数々の細かいネタは自分がフランス人だったら、フランスに精通していたら傑作だったかもしれないが
地理も物も知らないので、ちょっと感覚がわからない
フランスの文化的な風潮を皮肉った、笑えない微妙なさじ加減のユーモアセンスは好きな方だが、そもそもネタ自体について行けなかった
その文化とは世論形成を生業としている業界的なある種の見せかけの文化ではなく、もっと本質的な実態を伴う文化なので共有できる部分もあるにはある
いやこれは皮肉ではなく実際の投影なのではないか
例えばパリ五輪の開会式が酷いなどと一部で騒々しかったが、この本を読んでいれば普通のことだと感じるだろう
本を読む意義はこういう部分にあると思う
タイトルから感じた先入観は精神的縄張り意識であったが、その逆で縄張り意識にあまり興味のない男の話であった
地図は社会、領土は個人なのだろうか
そう捉えた場合の勝手な解釈による概要は次のようなものだ
主人公は生来の芸術家気質で、育った環境もあって、あまり人への興味がない
それには母親を失ったことも起因している
母の死について父を責めることも出来ず、似たようなタイプである主人公には、最初から他人や人生に対してある種の諦観がある
そうして、当初は高い視点から世の中を無機的に見つめていたのだが
徐々に社会から人へと興味の対象が移り、幸福とはなんであるかを探求し始める
しかし恋人も親も失い、最後には芸術への期待も無くしてしまう
残った希望は、温めなおしたポトフと妙な真面目さのある珍妙な会話であった
意味の無い世界において、数少ない意味のあること、それが他人との真面目な会話と非製品的な食事だったのだ
しかし最終的にその機会すらも永久に失い、世捨て人のようになってしまう
資産はたんまりあるので、築いた自分の領土に長年引きこもるが、ある日ふいに地域社会の脈動を見て――領土から地図への回帰が起きて――再び創作意欲が活性化し最後の作品に取り掛かる
その作品は自然の中で自然と格闘するしかない、つまり人工的であるしかない人間の生産活動は無意味であるというものだった……
社会の本質とは客観的にならないと掴めないのだろうか
地図は客観で集団的、反対に領土は主観、個人的である
しかし地図の内には、道路、鉄道、飛行機、標識、各種ランドマークなど人間の文化活動の痕跡があり、更に領土も内包する
本質を掴むにはこの相反する概念が必要だろうが、地図にはそれがある
地図だけに注目する観光者は盲目、領土しかない個人は監獄で、地図から領土を読む観光者の認識も中途半端であり
領土から地図を見て領土を地図に焼き付けた時に、ようやく隠されたものが認識できる
しかし個人の内面で煮えたぎる熱情はそれらの文化活動とは無関係であり、見えないからこそ見ようとする動機が創作の源泉であって、領土と地図が融合して完全となった時、見えざる本質の表象を形にしようとするタイプの芸術家であれば目的意識を失い世の中に冷めてしまう可能性が高い
一見曖昧なタイトルは著者が言いたかったことそのものを示していると思う
著者は直感的な洞察力から普遍的な真実を引き出すのが非常に得意であると感じる
例えばこんな調子である
・ ビルゲイツについての考察からわかる市場の本質 → 市場にとっての善は、世の中の善と一致する
・ 不妊に悩む刑事夫婦から導かれる少子化の要因 → 子供が全く好きではないから(子供の生来のエゴイズム、ルールへの根本的な無理解、反道徳性が好きではない)
・ どうして日本製品は存在感を失ったのか → 沈黙を美徳だとする日本人が実は尊大だから
・ パーカーを通してみる商品流通市場の欠陥 → 価値の高い既存製品は新製品によって駆逐される運命にある(こうして世の中に無駄なゴミが増える)
このように政治家や専門家が何十年も議論して見当外れな方針を打ち出す諸問題の核心をいとも容易く書いている
やはりなぜ読書をするのか?という問いに対しての一つの答えはこういう部分にあると思うが
全くフィードバックがないとなると(日本ではマイナーな作家だが)、こういった作風の作品がなにか高尚で難解になってしまうのもやむを得ないのだろう