あらすじ
「猿がいる」と言い出した同居人。
かすかに感じる、妙な気配。
曾祖母の遺産相続。
胸に湧き上がる不安。
岡山県山中の限界集落。
よく判らない違和感――。
ただの錯覚だ。そんなことは起こるはずがない。だが――。
怖さ、恐ろしさの本質を抉りだす、瞠目の長編小説。
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Posted by ブクログ
ホラーではない。これは「恐怖」「怖い」についての物語。ストーリーは単純。視点人物である女性が、同棲しているパートナーを置いて、最近亡くなった(会ったこともない)曾祖母の住んでいた限界集落(と思しき)岡山の山村へ、相続関係の手続きの一環として赴くというだけ。章立てもなく(時間が飛ぶところはあるが)、視点人物の見聞きした物事、思考、他の登場人物との会話が延々と続き、特別事件や怪異は起こらないまま300頁以上進む。件の集落、別段因習もオカルトめいた秘密といった横溝正史的要素は何もなく、集落へ至る途中の心霊スポットとされる隧道も怪異とは全く関係ない。かといって退屈かというとそういうわけではなく、会話や思考を通して、ホラー小説にありがちは舞台立てについてのメタな思考が展開され、なぜか夢中で読んでしまう。いろんなホラー的装飾が剥ぎ取られ終盤、純粋な恐怖が剥きだしになり、そしてラスト! いかようにも解釈のできる物語として閉じる。さすが京極。面白かった。
Posted by ブクログ
続きが気になりすぎて気になりすぎて、読み終わってほっとした。
たかあきは、実は最初から猿だったのか、なんだったのか。
ありきたりな恐いに行きつかないところが、京極っぽくて良い。
Posted by ブクログ
「恐怖」とは何か?
あらためて問われると何とも答えにくいが、この作品を読んでいくと「なるほど」とすとんと胃の腑に落ちる。相変わらずの憑物落とし的な語りにものすごい言葉の力を感じる。
恐怖を分解していけば確かにわからないや、気配は大きな恐怖の構成要素だと気づかされるが一人でそこに辿り着くのは難しい。
そして「恐怖」は人によって異なるからこそのラスト。もうちょっとだけ先が知りたい。
Posted by ブクログ
“恐怖”を突き詰め、様々な恐怖の表現に臨んできた京極夏彦氏だからこそ書ける表現。
件の集落というか曰くの場所までの長ーーい道のりと、何も見えるものの無い、恐怖を“感じる”ラスト。
貞子的な女性とか、呪いとか、田舎の集落の因習では無い、独自の目新しいホラーだった。
他にない逸品だからこそ読む価値も面白さもある。
これだから京極作品からは目が離せないのです!
Posted by ブクログ
京極御大のホラー本。
妖怪も事件性もない御大の作品を読んだのは意外と初かも。それなのに漂う不安と恐怖感。じんわりと気味が悪い雰囲気がいい味出してるね。
恐怖を感じるのに理由はいらない。というより、語られる理由はすべて後付けになってしまう……。この意見は正しく慧眼だなぁ。
主人公が感じる違和感も、村民が感じる恐怖感も、すべて理由がない。理由がないからこそ解決できずに恐ろしい(余談だけど、だからこそ人々はそれに名前を付けて妖怪のような形を持たせることで解決していたのだな。憑き物落としの構造だ)。
”猿”という、人に近いのに人の心を持っていない異物。言語化できない気味の悪さが、恐怖心につながり解体できない謎として残る。
この構造が明らかになってなお、最後の3ページの裕美に起きたことを説明しきれない。ああ、本当に気味が悪い……。(ほめてます)
Posted by ブクログ
恐怖とはなんだろう?生存本能からくるものなのか?ありえないと思い込んでいる現象、物、自分の常識が通じないことすら恐怖の対象にはなるのかもしれない。現実が恐怖が逃げ出したい感情が猿なのかもしれない。京極ワールド現代バージョン、面白かった!
Posted by ブクログ
こんなにすっっっと読み終える京極作品は初めてかも。大体いつも文字数そのものが多いし、書かれていることを考え考え読まされるし。
何もない、何もないと説明され続けることで怖い。
読み終わった後で、結局何!?ってなるのも怖い。
Posted by ブクログ
京極先生を初読。
すごい作品を読んでしまった。
何も起きていない。事件も怪異も明確な「何か」もない。なのに、怖い。
「怖いということが怖い」という感覚が繰り返され、何が怖いのかわからないのに怖い、という状態そのものが恐怖の本質を突いてくる。
文体だけでこれほどの怖さを生み出す才能に感服。
タイトル通りの「猿」も、主人公やパートナーには見えている猿が怖いと感じるも、他人にはただの動物、というズレがまた怖い。
怖いものはなく、「怖いと思っていること」が怖い。当然の理屈を大作規模で徹底的に描き切る技量に脱帽しました。
ジャンルって、「何も起きないメタホラー」か「恐怖の本質を問う小説」みたいな感じになるのかな?
あと、装丁の角度によって猿が浮かび上がる仕掛けも魅力的。
初読で衝撃的だった一冊でした。
Posted by ブクログ
わからないものは恐い。人はよくわからない現象に恐怖をいだく。それは、人の防衛本能である。人は理性を働かせて、因果関係の物語をつくることで、わからないことをわかったようにして恐怖をなくそうとする。科学的に理解できる事象とか論理として理解できる事象については恐怖をいだかないように克服できるが、理解できない事象にはいくら理性で克服しようとしても恐怖を抱いてしまう。
幽霊を見るのが怖いのではなく、怖いから幽霊を見るのである。因果の転倒。
Posted by ブクログ
初めての京極夏彦さんの本。初めの方を読んで、こういう彼氏いたなぁと思い出す。恐怖を猿に例えているのかなというのは何となく分かった。何か理由があるから怖いのではなくて怖いと思うから何か感じたり見えた気になる。確かにそうかも。
最後まで読んでいくと、あれ?終わり??結局どういう事?たかあきは?とハテナがいっぱいになったが自分なりに解釈してみる。
ゆみは本当はたかあきと生きていくことが嫌になっていて、自分が置いていった結果、たかあきが熱中症なり自殺なりで亡くなることを心の中では望んでいた。でも帰ると自分を見て笑うたかあきがいて、これから先も一緒にいなければならないことに恐怖を感じてたかあきが猿に見えた…のか?
相続の件、いきなり場所が変わったこと、めいや山川達は?と思いつつ最後だけはそういうことに自分の中でおさめてみた。
Posted by ブクログ
え?おサルって、怖いっちゃ怖いけど。最後に机上で笑う猿は隆顕なの?理屈に縛られ、他者を忌避するばかりとなった彼の成れの果て?もはや人間であることを放棄したんだろうか。そもそも祐美が帰宅したあの部屋は果たして此岸なのか。もしかして祢山の屋敷に入ったその時から彼岸に行っちゃったのか。だってあの屋敷、いやあの村そのものが怖くないだなんて。過去の業から逃れようと移り住んだ村で、その村を治めるでもなく象徴として存在していた外田のうはボス猿?イメージ違うな。彼女を失った村人たちを襲う底知れぬ恐怖とは?頭が追いつかん。