あらすじ
『白い人』は、醜悪な主人公とパリサイ的な神学生との対立を、第二次大戦中のドイツ占領下リヨンでのナチ拷問の場に追いつめ、人間実存の根源に神を求める意志の必然性を見いだそうとした芥川受賞作。『黄色い人』は、友人の許婚者をなんらの良心の呵責も感じずに犯す日本青年と、神父を官憲に売った破戒の白人僧を描いて、汎神論的風土における神の意味を追求する初期作品。
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Posted by ブクログ
白い人
キリスト教でドイツ人の母親と、放蕩に酔しれる父との間に生まれた斜視の主人公
母親の父親への犯行を示すかのようなまでの厳しい禁欲的な教育を、様々な罪悪で呼び覚まされる
(父が斜視を馬鹿にし女にモテないと言ったことで生じた女性に対するコンプレックス、女中が肺病の犬を懲らしめる為に膝で押さえつけ殴り口を紐で結ぶ、父について行った旅行でサーカスの少年が女性に踏みつけにされる、その少年を黒い日陰に失神させた状態で放置した)
そんな少年期を経て、父は浮気中に自動車事故で死に、母は大学在学中に病気で死んだ
両親のどちらにも主人公の本心は知られることなく、敬虔なキリスト教として終わった
大学生の時、主人公と同じように醜い容姿をしたジャックと、そのジャックの庇護下にあり純情な田舎娘のソバカス(名前忘れた)に出会う
ソバカス女のパンツを引き裂いた主人公を神学生のジャックは批判する
ここで同じような境遇にありながらも善悪で対比される2人の構造ができる
主人公はジャックの信仰を「自分の醜さを正当化するため」だとか「英雄主義に酔っている自己陶酔」などと批判し嫌う
ジャックの本性を引き出すためか、ジャックの想い人であろうソバカス女を"ナチス進行中の夜行会"という背徳的な行為に誘った
二人の関係を破綻させたと思っていたが、夏休みが終わった頃、二人は前よりも敬虔なキリスト教になっていた
ここで3人の関係は終わったかと思われるが、ゲシュタポに属しサディストで肺病のチェコスロバキア人の拷問官と何を考えているのかわからない無感情のフランス人の拷問官と中将と、拷問をすることになる
ある日ジャックが拷問されにきた
なかなか口を割らない
主人公との対話でお互いがお互いを憎みあっていることが開示される
善を自己陶酔の欺瞞だとジャックにいうと、「君は悪を信じているじゃないか」と返され激昂した主人公はジャックを殴り付け、そこで拷問仲間の3人が戸口に立っていた
ソバカス女をジャックの前で陵辱して口を割らせることを提案する
隣の部屋で合図を待ち、待機しているが、ジャックの悲鳴すらも聞こえない
ハエは光の周りを飛んでいる
女中の白いひざとソバカス女の白いひざが重なり、主人公は襲うことを決意する
するとジャックが呻き声を上げ出す
怯えていた女がジャックの為にか自ら体を差し出す
その直後にジャックは舌を噛み切り自死を選ぶ
宗教を手放しに信じられなかった主人公の罪悪感をジャックの信仰心が打ち砕いてくれるのかと思いきや、ジャックは肉体的苦痛とソバカス女の純情を守るという私情からも、主人公という悪への対抗と同胞を守る使命からも、どちらも選ばずに自死し逃げた
主人公のこの当惑は、本当は社会と母親に求められるとおり人と自分を信じたかったけれど性悪説を抱き続け懐疑的であった自分を打ち砕いてくれる期待が、呆気なくちってしまったことにもあったんじゃないか
ハエが窓に映るシャンデリアの幻影に何度もぶつかっていくシーンで暗喩されているように、結局善も自己陶酔であれば、悪も自己陶酔で、人は虚構を欺瞞で都合よく信じてるいるだけだということだろうな
僕の大好物な理性と本性の葛藤で久しぶりに本を読んでて明確に興奮してうれしかった
藤の花が散るところに主人公のあくの萌芽である女中の残虐が、父に退廃が、母に禁欲が、強い太陽に悪徳の第二の目覚めが、ジャックとソバカス女に主人公の善への期待と憎しみや錯綜とした感情が、
また悪と合理の象徴である中将の擦れた長靴の音を聴きながら無言でついていく描写や、ナチ軍侵攻後のフランス人の同胞への裏切りや、その後寂寞とした街路に佇む主人公の解放や、描写と暗喩に富んでいて小説として読んでいて楽しかった
黄色い人
罪に苦しまず受動的に生きる無神論者の日本人と、善悪という二項対立的な概念にくるしむフランス人の話
その日本人の主観で語られているため白い人のようなわかりやすい感情の動きはなく、読んだ時の体調もあり、没入感は白い人の方がおおきかった
Posted by ブクログ
2作品共、神を信じない男が主人公で、性質も振る舞いも好ましくないのが印象的だった。裏切り者として「ユダ」のイメージが示唆され重ね合わせていく。
「白い人」は拷問者側の視点が描かれているのが興味深かった。誰も好き好んでやりたがらないと思っていたが、志願する中には加虐心のある者もいたのかもしれない。この役目を担うまでは芸術を愛していたかもしれない。病のため、使い捨てのように配属されたかもしれない。
今の日本人の日常からは想像のできない拷問という行為が、拷問者を描くことで想像できるものに変わり、すぐ近くに浮かび上がってくる。
主人公がこのような性質になった理由として、家庭での抑圧された教育があったこともリアリティがある。
主人公は神を信じていないのに、ジャックを通じて神の話になっていく。ジャックに勝つことは禁欲を強いた母への挑戦でもあり、母が死してなお縛られているのが哀れだった。
驚いたのはジャックの事を「正義に酔っている」と主人公がきっぱり非難していたこと。キリスト教作家がこの意見を書くことってすごい事じゃないかと思った。
でも結果としてジャックは自殺という大罪を選んででも仲間を守り、マリーを守り、正義を守った。
誰一人幸せではない話で苦しかった。
Posted by ブクログ
拷問に耐えうる人物か、拷問の仕方に情慾を感じるか感じないかを分析しながら眺めているのが面白い。
なぜ神は人種など関係がないのに西洋の姿をしているのか、救いは無く苦しみを与える神とは何か、などなど、考えたくなる事柄が色々と出てきた。
救いのない神ならば、信仰を捨ててしまえば自由になれる。デュランにそんな選択肢など思いつかなかったが、黄色い人たちはそれゆえ自由なのだと悟る。
白い人(フランス人だが父はドイツ人であったため幾らかドイツ語を使えるため、ナチス・ドイツの秘密警察の事務官の求人に応募し、対象者を拷問し、仲間の名前や場所を吐かせる仕事に就く。過去に、病気の老犬が盗みを働いたため平手打ちしていたイボンヌの白い腿、曲芸で男の頭の上で芸をする裸の女など、主人公に歪んだ情慾を育む。神学生のジャックに縛られているマリー。ある時、ジャックが拷問対象となり、口を割らないためマリーを連れてきて、陵辱すると脅すと、舌を噛み切って自殺した。マリーは発狂した。)
黄色い人(戦争で全てを失った女・キミコと関係を持ってしまったデュラン。たちまち噂は流れ、教会を追放される。神を信仰するも、罪の意識で苦しみ続ける。解放されるために、隠し持っていた拳銃を教会に隠して警察に密告し、金銭的援助をしてもらっていたにも関わらずブロウ神父を陥れる。空襲で、デュランもキミコも倒れる。)