あらすじ
子どもと向き合う大人たちに大切にしてほしいこととは? 「子どもは大人をよく見ている」「子どもにとっては今が大事」「自然から学ぶこと」「図画工作で伝えたかったこと」など、小さなノーベル賞といわれる、国際アンデルセン賞受賞の世界的画家・安野光雅が、ユーモアたっぷりに語ります。あふれる情報や人の意見に惑わされずに生きるにはどうすればよいかを自由な発想で綴る、「考えるヒント」がつまった痛快なエッセイです。
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Posted by ブクログ
2018年刊。安野光雅、92歳。
自分で考えて生きよう。そのためには、まずは疑おう、「自分の考え」を持とう、自分の大きさを知ろう、その場に行きその場で感じよう、「ほんもの」を見よう、本を読もう……子どもたちへのメッセージ。説教くさくないのがいい。
おとなが読むと、安野光雅の生き方のエッセンスとして読める。安野は35歳までは小学校の教員だった。最初の絵本『ふしぎなえ』を出したのは42歳、初めてのエッセイ集『空想工房』は53歳。驚くほどスロースターターだった。しかし、彼の生き方を考えるなら、それもうなずける。
本書の版元は最初の絵本を出した福音館。安野が小学校の先生だった時、生徒の保護者から、絵本を出してみないかと誘われた。その保護者が松居直、福音館の社長。そのこともうしろに書いてある。
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ネットで検索してトップに出た記事ですべて知った気になっている現代人に、改めて自分の頭で考えることの重要性を説いておられる。子どもの方がよりテーブルに近く目線も低いので、うまく距離感が掴めなかったり置いてある物が見えなかったりすることに改めて気づく。相手の視点に立って考えようと子どもに言いながら、自分が子どもの目線に立てていないことを反省。子どもは大人をよく見ている。言われたこと、目の前の事実を疑い、自分の頭で考える習慣をまず大人からつけていきたい。
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画家で、絵本作家でもある安野光雅さんの本を初めて読んでみました。
画風などから独特な感じを受けていたので、合わないかもと危惧していましたが、とても興味深く面白い内容でした。
題名のごとく、「自分で考える」ということを、多くの人に「考えてほしい」という内容です。それでは、自分で考えるとは、どういったことなのか?
安野さんは「考える」、ぱっと答えを出すのではなく、「じっくりと考える」ことができるような本を書いてこられたようです。
例えば、クイズは、知っていることの中から答えを見つけるものですが、答えを全く知らなくても、その問題を考えていれば答えを導き出せるのがパズルと書かれています。
数学系の、パズル的練習問題が4問書かれてありました。そのうち一問は難しい…
私は解けなかったので悔しくて、こういうのが得意な中学生の息子に助けを求めました。息子もなかなかわからず、スマホで友達15人ほどに問題をシェアして、皆んなああでもない、こうでもないとそれはよく考えてくれました。
あー、これこそ、「かんがえる子どもだな!」と思わず笑ってしまいました。安野さんの狙い通りです。
結局、お友達の従姉妹とうちの子が、それぞれ違った解法で解けました。すごく難しく、色々な場合を想定して考えなければいけない問題でした。息子も、なかなかわからず、悔しそうで、でもとても楽しそうで、解けた時はスッキリとしてすごく嬉しそうでした。これが考えるということかと教えてもらいました。そして、こういう楽しさをみんながもっと知っていれば、スマホ依存から少し遠ざかることができるのでは、と感じました。
子供と関わる親や教育関係の方に、是非読んでもらいたい一冊でした。
心に響いた箇所を抜粋します。この本を読む予定の方は、読む楽しみが減りますので、ここからは読まないでくださいね。
○子供に見えているものと、大人に見えているものは、そもそも違うのではないでしょうか。もしそうだとしたら、この違いは親や教師が心すべきことだと思います。
○子供が、大人のすることをしっかり見ています。その結果、かなり演技をし、だんだんと要領が良くなっていきます。どういう答えを書いたら、先生に褒められるのか、ということまでわかってくるようです。
もっともらしいことを教えられれば、教えられるほど、子どもは、自分自身辞めるつもりのないことでも「廊下を走るのはやめましょう」などと言うようになります。大人と一緒に生きていくための、これも一種の生活の知恵なのでしょう。
○私はしつけなどと言う考え方が嫌いです。子供は早く大人のようになるより、子供らしい世界に存分に生きて、自分からお行儀よくしたほうがいいらしいぞと感じる時は来るのを待つほうがいいと思います。
○お土産のお礼がうまく言えなくても、心の中では喜んでいることが伝われば、それで良いのです。子供の礼儀にかなった返事を期待して、大人がご褒美を与えるとしたら、大人の方が間違っています。
○一位になっても得意にならず、ビリになってもベソを書くような子ではいけない。世の中は、何でも競争するようにできている。今、一等になるために走るのではなくて、いつか大人になって一等になっても得意にならず、ビリになってもくじけない、そんなプライドを持つ日のために走るのだ。
○大人になってから、子供の頃にやっておけばよかった、ということはたくさんあります。でも、子供がそれをやらないからといって、親は嘆かないでもいいでしょう。大人は後のことばかりを重く見て、今のことを大事にしませんから、子供から見ると、せっかち、ということになります。
○できれば、子供たちには、美談でない本と出会ってほしいと思っています。なぜ美談を逃れたほうがいいかというと、美談はほとんど嘘だからです。本当のことが書いてある本がいいと思います。
○自分で学ばなければ、何にもならない
勉強は自分でやることが大事。勉強の基本は独学。
○図画工作の時間は、上手に絵をかいたり、ものを作ったりするのが、めあてではありません。
上手にかこうとするよりも、見たり考えたりしたことを、自分で感じた通りに、かいたり作ったりすることが大切です。
しんけんに、絵をかき、ものを作り続けていると、上手になるだけでなく、人としての感じ方も育ちます。この繰り返しの中で、自然の大きさがわかり、どんな人にならなければならないかが、わかってきます。これがめあてです。
『子どもの美術』より
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こどもに真摯で丁寧な安野さん
空想の世界で遊ぶ娘たちを
現実世界で間違いないしつけに押し込もうとしてしまいつつある私をふりかえりつつ
ゲームとゲームのYouTubeが好きな娘たち
ゲームができない日は、なるべくゲームの解説動画をみて過ごしてる
はて。それでいいんだろうか?
テレビをみるのも動画をみるのも似たようなもの、とおもう妻はとくに疑問なく1日1つならOKと
『わが家のルール』はどこでもすくなからずあるでしょうが、うちはかなりきびしめ。「なんでゲームするために英語べんきょうしないといけないの?」と小3小4の娘が反対するのも頷けます、、
せっかちなだけ。なのかもしれません
つくりたいのはルールよりも習慣です
本を娘たちが好んで読むようになったように
私が好んで英語をたしなむ姿を毎日みると、むくむく興味がわいてくるものなのでしょうね。明日から7時起きにしよう
•••ますますせっかちになりますね汗
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今の時代、すぐにネットで調べてしまう。
自分で考えるってことがほとんどない。でも、この本を読んで“考える“ことをしてみようと思った。
まずは身近なところから…
『あの漢字どういう時だったっけ…』『あの芸能人なんて名前の人だったっけ…』考えることで案外、自分が漢字が書けることや思い出せることに気づいたりする。笑
大袈裟かもしれないけど自分自身も見えてなかった自分の可能性に気づけたり、ふとした時に広い世界で物事を見れたりするのかもしれないと思った。
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子どもの頃、母が与えてくれた絵本、『もりのえほん』。十数年経った今でも、また読みたいと思える絵本である。このような絵本はなかなか無い。その作者である、安野光雅さんのエッセイ。
私にとっては、教科書以外で初めて触れるエッセイだった。
自分で考えるということをテーマに綴られたこの一冊は、全ての大人に読んでもらいたいと思える一冊である。特に、親や教育に携わる大人にお薦めする。
『子ども自身の成長に必要だから、ということで叱っている方は、少ないのではないでしょうか。』
という言葉にはハッとさせられた。
読みながら、自身が子どもの頃のことを思い出した。
ぬいぐるみでおままごとをしたり、夜寝るときにはベットの下に何かいるかもしれないと怯えたり。一日中よく色んなことを考えていたな、と思い出した。そして、とても楽しかったことも思い出した。
現代は、考えなくても楽しめる環境なのかもしれない。だが、考えることをやめてしまっては、本当の楽しさ、豊かさには出会えないのかもしれない。そんな風に感じさせられた一冊であった。
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昨年出版されたこの本。
著者は90歳を超えている。
偶然、この前に読んだホリエモンの本と、言っていることは同じ。
結局自分の頭で考えなくちゃ、何も変わらない。
Posted by ブクログ
2018.12月。
自分で考えること。いかに日々考えてないことが多いか。
メモ
物理的な見え方や時間の感じ方など、大人と子どもの感じる世界は違う。
しつけや怒ることは必要か。
悔しさや屈辱を経験して揉まれる。
勉強は自分でやること。自分で学ぶこと。
知ることとわかることは違う。考えてわかる。知るは知識・情報。
一流のものを見せて一流の音を聴かせる。それを繰り返して自分のものさしができる。自分で経験して自分のものさしを作る。
勉強はinterest。
何もかも疑い自分で考える。
自然の中で自分を知る。
その場に行きその場で感じる。
本物を見る。
ひとりでいる。
本を読むことは心の体操。心を磨き鍛え心が満ち足りる。自分の考えを育てることにつながる。
Posted by ブクログ
絵本作家、安野光雅さんが「考える」ことについて、自身の子供時代や今の子供たちを見つめながら「考えた」ことを綴ったエッセイ。
子どもってどんな生き物だろう、学ぶってなんだろう、自分で考えるってどういうことだろう。易しい言葉の中に鋭い考えがあり、読みながらドキッとした。
私は考えることをやめていたかもしれない、
子どもたちに考えることをやめさせていたかもしれない。
世の中が考えることから離れていってるかもしれない。
日常の小さな出来事を拾いながら、そこにはたくさん考えることがある。そして、それはとても楽しいことだと教えてくれる。
さらさらと2時間もかからず読めるが、奥深い。
安野さんの絵本には言葉がないが、語られない考え方や言葉があることを知った。
安野さんのエッセイ、他にも読んでみたい。
以下心にとめたい言葉
美談の本ではなく、ほんとうのことが書かれた本を
(よだかの星、赤毛のアン、君たちはどう生きるか)
クイズよりパズルを、「知る」より「わかる」を
(暗記より考える力)
勉強はインポータントではなく、インタレスト。
商品やCMに流されていないか疑う
ひとりでもいい、みんなと一緒でなくていい、と思えば恐れしいものはない
本は読まなくてもいい、でも本を読んで生きた人は20年も30年も生きたことになる
Posted by ブクログ
この人と少しだけ境遇が似ているので、この人の展覧会で本を購入。
子どもへのまなざしが、とても柔和で温かくて、
この人の人柄が、伝わってくるようでした。
Posted by ブクログ
★P70引用 一部変更
過去の教科書に書かれた子どもたちへのメッセージ
じょうずにかこうとするよりも・・・
しんけんに・・・人としての感じ方も育ちます。
このくりかえしのなかで、・・・
どんな人にならなければならないかが、
わかってきます。
これがめあてです。
★感想
読書は、心の体操→自分の考え方を育てる。
先生は、給料もらって保育教育をしているが、
親は無料で子どもも育てている。
当たり前のことではあるが、
だからこそ真剣(色んな感情含め)になってあたり前。
なるほど!!って思うで止まらず、
自分も自分で考える人であるようにしたい。
Posted by ブクログ
子どもの世界では一位になることが大切なんじゃなくて、いつか大人になったときに一位になっても驕り高ぶらず、ビリになっても挫けない、そんなプライドを持つための一経験っていう考え方は、子どもにとっても大人にとっても気持ちを楽にしてくれる。
家庭でも教育現場でも、私たち大人は思ってるより子どもの「学び」を潰してることがある。
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印象的だったのは、『もりのえほん』の読み方について述べているところ。自分で見つけるところに面白さがあるのに親がヒントを与えてはならないと。親はそっと待つことが大事ということに気付かされた。この本を読んでからは子どもが新しいおもちゃで遊ぶ時も、「こうやって遊ぶんじゃない?」など教えることをせずに自由に遊んでもらうようにしている。大事な気づきを奪ってはならない。
Posted by ブクログ
かんがえる子ども
遊びのなかでも、
家での関わりの中でも、
自然や美術の中でも、
子どもがかんがえて感じたり、行動している瞬間を、
躾や親の気分だけで遮らないように、
ワンテンポおいて俯瞰できるようになりたいと思いました。
大切な子どもの世界をたのしんで大きくなってもらいたいです。
Posted by ブクログ
「自分で考える」ことの大切さを手を変え品を変え語った本。
教師や親が敷いたレールの上で、教師も親も子どもも何も考えず安穏のしていることがいかにつまらない人生なのかを様々な視点から述べられている。
・子どもの生活が、親の考える「ものさし」と合っていれば安心。
→ きちんとしている子ども? → 何も考えられない子ども?
・子どもの「勉強」を、大人の思う「勉強」に当てはめるのは、ほとんどの場合勘違い → 教師や親の枠の中での知識の入れ込み → 勉強は「解像度」をあげる道楽 → イエスマンな何も考えられない子ども?
・学校で「野球をやりましょう」not= 遊びで「野球をやろう」
→ 教師や親が敷いたレールの上で、安穏とした遊び → 何も考えられない子ども?
・子どもは早く大人になるより、子どもらしい世界に存分に生きて、自分から「お行儀良くした方がいいらしいぞ」と感じる時を、待つ方がいいとおもいます。
→ 教師や親の枠の中での「行儀よく」 → 必要感を感じることで子どもが考え出す。
・親が自分の都合で子どもを叱っていることが多い。大人のさまたげになるときに叱っている。
→ 教師や親の枠の中での都合のよさ → 自分で考えない子ども、考える隙がない
・子ども自身の成長に必要だから、ということで叱っている方は少ない。
→ 自分で考えない子ども、考える隙がない
・ほかの子を傷つけたり、いじめたりした時には叱ることも必要であると思っています。 → これは是になりうることは決してない。他者の人権を尊重することは必要
・はだかで現実にぶつかることが少ない
・その中でもまれるといった生活体験は、のちに必ず生きてくると思います。
→ 自分で考える子ども
・子どもにとったら「いま」が大切
→ 子どもにとって人生はミクロな分かれ道の選択の連続 → 自分で考える子ども
・全ての教科において、自分で考え、答えを見つける癖をつけさせる。たいせtではなく、おもしろい。算数は比べて考える
・全てのものを一応疑う。確実だと思うものに出会うまで、すべてのものを疑う。疑って、疑って信じない。しかし、「疑う自分がいる」ということだけはほんとうだと。というほかなかった」デカルト
・本を読むことは自分の考え方を育てること
頭が柔らかいうちに、世の中には様々な考え方があることを知りたいもの。
全てが前述した
「自分で考える」ことの大切さと教師や親が敷いたレールの上でイエスマンであることにそもそも気が付かない人生ががいかにつまらない人生なのかを様々な視点から述べられている。「自分が主人公なんだ」
そんなた安野さんの考えが根底に流れている本。
Posted by ブクログ
こうあるべきだ!という強い感じではなく、子どもってみんな豊かな心を持っているよねという目線が優しかった。
自分で見て、感じて、考えることを大切にしたい。
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安野光雅さんの絵は好きだ。旅の絵本は高校生の時にハマり、隅々まで友達と眺めた思い出がある。
そして、このエッセイ。
表面を浅くなぞるだけの日々を過ごしていないか?「私」は、ちゃんと考えているか?子どもたちに、考えることの深さを、楽しさを伝えているか?……自問している。
12個の玉から重さの違う1個を見つける、数理パズル。家族で考えました。良問。
Posted by ブクログ
表紙が素敵すぎる。
安野さんの絵本、特に「はじめてであうすうがくの絵本」は息子のお気に入りだった。彼にとって、計算とか公式からではない部分から「数学」という分野に近づけたことは、とても幸福な出来事だったのではないだろうか。
その作者のエッセイなので、今回とても興味深く読むことができた。
「子ども」について、「自分で考える」ということについて、なるほど、こういう思考の方からできた絵本は、そりゃ面白いだろうと思えた。
「勉強」がインポータント(大切)なことではなく、インターレスト(おもしろい)ことなんだ、と言えるような環境で子ども達が育ってほしいな、と思った。
Posted by ブクログ
まだまだ新米ですが、教員の仕事をしている者です。
大人の見ている世界と子どもが見ている世界はたぶん違うこと。
だからこそ、子どもたちが子どもでいられる時間とその自由を尊重し、大人が良かれと思って望む姿を押し付けないように意識したいと思いました。
他にも多くの仕事上で基盤になる考え方を教えていただきました。
考えることのできる子どもに育てるために、まずは、私自身が考えることを大切にしていこうと思います。
Posted by ブクログ
子どもは子どもだけど、
大人が思うよりも
子どもじゃない。
子どもは子どもなりに、
考えもある。想いもある。
子どもっていう括りの前に、
その子ども自身には
魂がある。意思も意志もある。
同じ人間だから
あなたはあなた。僕は僕。
として尊重していたい。と
再認した本だった。
無意識のバイアスにかかってしまっている
元子どもだった事を忘れた大人へ贈りたい。
Posted by ブクログ
素晴らしい絵本作家は、もと教員てパターンが多いのかな?共通するメッセージは、子どもを対等なものとして扱う、自由に遊ばせる。図画工作で伝えたかったこと、は名文。
あと、最近読んだ教育本にほぼ必ず藤井君が言及されている藤井三冠のすごさよ。安野光雅さんのエッセイにすらでてきた。
Posted by ブクログ
安野光雅さんの絵本はほとんど読んだことがない。ふしぎなえもしっかりみたことはなかったけど、最後の「ふしぎなえについて」が面白かった。自分にはない感じ方だなと思った。
Posted by ブクログ
まーよくある教育論て感じではある。自分で考える子どもになってほしいねという。
安野さんは山に囲まれた町で育ったから、こどものころ「あの山の向こう」にも町があって暮らしがあるということを知っても竜宮城と同じくらい現実味がなく、想像力をかきたてられた、という話が面白かった。