あらすじ
森名幸子から見て、母の鏡子は完璧な会津婦人だった。江戸で生まれ育った母は教養高く、武芸にも秀でており、幸子の誇りで憧れだった。
薩長軍が城下に迫り、白装束を差し出して幸子に自害を迫った時も、母の仮面が崩れる事はなかった。
しかし、自害の直前に老僕が差し出した一通の手紙が、母の、そして幸子の運命を大きく変えた。
手紙から視線を外し、再び幸子を見た母は、いつもの母とは違うものに変わってしまっていた。その視線を見て、幸子は悟った。
――母は、この美しい人は、いまこの瞬間、はじめて私を「見た」のだ、と。
薩摩藩士の青年・岡元伊織は昌平坂学問所で学ぶ俊才であったが、攘夷に沸く学友のように新たな世への期待を抱ききれずにいた。
そんな中、伊織は安政の大地震の際に燃え盛る江戸の町でひとりさ迷い歩く、美しい少女と出会う。あやかしのような彼女は聞いた。
「このくには、終わるの?」と。伊織は悟った。「彼女は自分と同じこの世に馴染めぬいきものである」と。
それが、伊織の運命を揺るがす青垣鏡子という女との出会いであった。魂から惹かれあう二人だが、幕末という「世界の終わり」は着実に近づいていて――。
この世界で、ともに生きられない。だから、あなたとここで死にたい。
稀代のストーリーテラーが放つ、幕末悲劇、いま開幕。
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Posted by ブクログ
幕末の動乱について史実を基にしながら、歴史的な背景や当時の人々の思いなどがまざまざと描かれていて面白かった。すごく読み応えのある話だった。
当時の極度の社会不安や、情報混乱、新しい時代への切迫感で、思慮深い行動が取れなくなった人々により、会津藩の悲劇が起きたと感じた。
敵対する藩どうしに生まれながらも惹かれ合う2人が、最後にたどりついた結末は幸せなものではなかった。ただ最後の瞬間にようやく2人は結ばれたと感じ、悲しさだけではなく、それまでの時代の激流から離れて穏やかな気持ちになった。
Posted by ブクログ
会津と薩摩とを見たら、それとなく主人公二人の結末を予想できるが……。
本書は、会津戦争の前夜に、鏡子が自刃しようとする間際に一通の手紙が届いたことから始まる。それを機に過去の話が時系列順に展開される。読者はこの時点で、言うまでもなく手紙の内容をまだ知らない。話が残り10%ほどの終盤になってから初めてその謎が明らかになる。
物語は会津女子・鏡子と薩摩武士・伊織の視点を交互に描いて進んでいる。一方、登場人物たちが三人称の語り手によって時代のなかに置かれているようなイメージもあり、幕末の歴史を少しでも知ったほうが物語に入りやすいかもしれない。
とはいうものの、主人公二人の性格は時代の熱狂と一線を画し、時代の潮流に巻き込まれながらも、二人のなかにある狂気は、政治的な理念で物騒となりつつある世間とは異質である。表ではそれぞれの藩に従っていたように見えるが、実はそうではない。おそらく、だからこそ最後の選択につながったのだろう。
また、読みながら時に印象深いのは、会津の「御家訓」である。以前NHKの大河ドラマ『八重の桜』を観た時も、「御家訓」が会津ではいかに重視されていたかを感じた。それは単なる口だけのルールではない。骨の髄まで染みわたる、当事者ですら気づかないほどの執念。会津の物語や幕末の歴史に興味がある方には、ぜひ読んでいただきたい一冊である。