【感想・ネタバレ】「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本のレビュー

あらすじ

文学史&エンタメ史の未確認混沌時代(ミッシング・ピース)!

「東海道中膝栗毛」の弥次喜多が宇宙を旅行する、「舞姫」の主人公がボコボコにされる、身長・肩幅・奥行きが同じ「豆腐豪傑」が秀吉を怒らせる――明治・大正時代、夏目漱石や森鴎外を人気で圧倒し、大衆に熱烈に支持された小説世界が存在した。
本書では、現代では忘れられた〈明治娯楽物語〉の規格外の魅力と、現代エンタメに与えた影響、そして、ウソを嫌い、リアルを愛する明治人が、一度は捨てたフィクションをフィクションとして楽しむ術(すべ)をどのようにして取り戻したのか、その一部始終を明らかにする。
朝日新聞とスタジオジブリも注目する、インターネット出身の在野研究者が贈る、ネオ・文学案内。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

【なぜ日本のヒーローは細身だったり子供だったりするのに強いのか問題】

・明治時代は合理的で現実的なものが受け入れられた一方、文章を読みこなす能力はまだ低く、秩序のない時代だった

・江戸時代に実在した豪傑の話が好まれたが、現実的だから現実である明治時代を舞台にすると、江戸のように実在の豪傑がいないため、実在の豪傑物語を明治時代に置き換えた物語に発展
→講談速記本や犯罪実録ものなどの『明治娯楽物語』(作者命名)の繁栄へ

・しかし文章を読みこなす能力がまだ低いため、その場その場で面白ければ良いという風潮および速記術の技術的低さから不明な部分は想像力で作文される

・実在した豪傑だけ登場すると現実に即さないといけないという暗黙のルールがあるため物語に広がりがなくなってしまう
→実在したかどうか分からない超人的な豪傑が脇を固め始める(500kgくらいなら片手で持ち上げるなど)

・秩序がないため、犯罪イコール悪という図式もさほどなく、とにかくめっぽう強いやつが清々しく勝ちまくるのが面白いとされた
→強さに拍車がかかってきた
→忍者の使う忍術がイコール催眠術であり、それは合理的で現実的な説明と受け止められた
→一方で人々の読解力が上がってきたため、物語の読者は若年層へ移行
→一方で実在した豪傑たちの高齢化問題に伴い、実在したかどうか分からない豪傑の二世三世が活躍し始める

・その頃忍術が合理的な解釈では済まされないほどに自由化されてきた

・豪傑の二世三世、すなわち子供が血筋による生まれながらの武芸に秀で且つ不思議な力を駆使すれば大人をも打ち負かすことができるという作品『鳥さし肝助』の登場!

肝助は真田幸村の孫であり、8歳の時点で既に刀を持った侍に竹竿で勝つほど強いのに、いろいろあって仙人に出会い修行を極めた結果、36mの範囲内なら飛ぶことができるようになり、さらに夜目が利いて、眼力で人を気絶させたり岩を壊したりできる。あと梅干しの術が使える。

これが現代の細身だったり子供だったりするのに強いヒーローの原型になったんだ…!(※肝助に至るまでに浴びるように生まれては消えていった物語がもちろんございます)と思うとものすごく明治の名も無き創作者たちに深い感動を覚えました…。

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2020年04月02日

Posted by ブクログ

ネタバレ

まずはツイッターで、
・2017年2月のブログ記事「舞姫の主人公をボコボコにする最高の小説の世界が明治41年に書かれていたので1万文字くらいかけて紹介する」
がバズっていた。斜め読みして、素敵さに感じ入った。それ以来、
・ブログ「山下泰平の趣味の方法」
が気になっていた。そしたら
・『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本 』
が刊行された。またもバズ。釣られて妻が購入し途中まで読んだ。私は
・アトロクのビヨンド・ザ・カルチャー「森鴎外『舞姫』主人公を バンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説世界が明治に存在したので40分くらいかけて紹介する略して“まいボコ”特集」
を聞いて、妻が投げだしたものの、後塵を拝したわけである。
そんな私と「まいボコ」の来歴。

ところで私はニコニコ動画以前と以後で、アニメにせよ映画にせよMAD動画にせよ見方ががらりと変わった。
一時期は画面を見ると感想がコメント形式で右から左に流れていたくらいだ。
動画の見方から世界の見方も変わった。
いくつか言い換えながら表現してみると、斜めから見る。正面から向き合わない。反笑いで見る。苦笑いで見る。クスクス笑いで見る。こんな見方が血肉化した。
少年期青年期は何事も真っ向から捉えるしかできなかったので、ある意味大人になったということなのか。
あるいは動画サイトやSNSに親しむ時代だからなのか。
私の大人化と時代の変化が合致しているのか、どうか。その辺はよくわからない。
ニコニコ動画から離れてもツイッターで先に触れた見方は継続しているので、ある人にとってはツイッター以前と以後という言い方になるのかもしれない。

この事情は文学の読み方にも関わってきて、たとえば田山花袋や武者小路実篤を大真面目に読むことは不可能になってしまった。
ひょっとすると多くの人にとってもそうではないか。
三島由紀夫すら反笑いで見てしまうからこそ、当時の人が感じられなかった親しみや感想を持つことができる。
文豪ストレイドッグスという「人の擬人化」は斜めから解釈=脱構築ディコンストラクション=二次創作の極致なんだろう。

さて本書、教訓や教養を抽出するタイプの本ではない。
取り上げているディテールやエピソードの積み重ねそのものがまず可笑しいのだが、本当に面白いのは著者の「楽しみ方」そのものだ。
おそらく原文をそのまま読んでも面白く感じる可能性は低い。
なぜなら作品そのものが滅茶苦茶だからだ。
突き抜ければハチャメチャで素敵なのかもしれないが、著者はあえて「中途半端な質」の作品を列挙する。
なるほど質が高くもなく決して低くもない、ただ「今まで見たことがない」と思えるだけの作品に触れ続けることで、一種感覚が麻痺し、「面白いとは何か」ということまで考えさせられるのだ。
んで著者の面白がり方に愉しく付き合っているうちに、明治期の「読者論」にも立ち会える。
要は消費するためのコンテンツの集積を読解することで、当時の大衆の欲望や水準を読み取るという方法だ。
さらには文化のあり方についても考えるきっかけになる。
取り上げられるのは物語の作法が出来上がる以前の、近代と現代の間に生まれた特異な物語群だが、真面目な文学研究者なら「零れ落ちた傍流の力」に目を見開かされるだろうし、不真面目な読者なら繰り広げられる与太話ひとつひとつを笑って忘れて少しだけフレイバーが残ればよい。
とにかく美味しい本なのだ。

その他。
・図へのキャプションが「VOW!」っぽくて笑う。
・町田康、山田風太郎らを連想。
・なろう系のような小説投稿サイトやpixivの絵師と、明治娯楽物語の作者たちは、結構似ている。

【目次】
はじめに 書くはずのなかった人間が書く混沌とした本
〈明治娯楽物語〉がざっくり分かる図と年表
序 章 小説未満の世界 明治の弥次喜多は宇宙を旅する
第1章 超高速!明治時代 五倍のスピードで万事が動く
第2章 庶民が愛した〈明治娯楽物語〉 日清・日露戦争で暴れまわる馬丁たち
第3章 〈講談速記本〉の帰還 無責任体制が生んだ娯楽(エンタメ)の王様
第4章 地獄に落ちそうな勇士ども 長広舌の真田幸村二世&神より強い猪突猛進男
第5章 豆腐豪傑は二度死ぬ ミスター講談速記本・桂市兵衛
第6章 〈最初期娯楽小説〉の野望 「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする
第7章 「科学」が生んだ近代キャラ 嫌われ作家の奇妙な冒険
第8章 〈犯罪実録〉という仇花 強くない、謝らない、いいことしない犯罪者たち
第9章 忍者がやりたい放題するまで 忍者復活の影にアメリカの怪力女あり
第10章 恐るべき子供豪傑たち 大人をボコボコにする少年少女
終 章 不死の聖
主要参考文献一覧

【本書に登場する物語(一部)】
▼弥次喜多が宇宙旅行に行く『宗教世界膝栗毛』
▼遅刻で日露戦争に参加できなくなる『露西亜がこわいか』
▼主人公が焼酎と蟹を食べすぎて死ぬ『南京松』
▼トークの技術だけで城を奪う『西国轡物語』
▼神より強い覆面ヒーローが暴走して剣豪たちがフォローに苦心『箕輪城物語』
▼バンカラがゲンコツで虎退治『世界鉄拳旅行』
▼いつのまにか日→露にワープ『今様水滸伝』
▼忍術=催眠術を確立した『鬼丸花太郎』
▼元祖・大人をボコボコにする子ども『鳥刺し胆助』
▼魔法少女が正体を隠して諸国漫遊『戸澤雪姫』
ほか

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2019年11月05日

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