あらすじ
新幹線、車、飛行機、ローラースケート、台車、たらい船、象、そして自分の足――多彩な移動手段を使った先に立ち現れるさまざまな風景。教習所の教官とのやり取りには笑いがこぼれ、自転車と紡いだ学生時代の思い出には切なさがあふれる。短歌から小説まで、言葉と心を通わせてきた書き手が贈る、一歩ふみ出すエッセイ集。
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Posted by ブクログ
◾️record memo
とにかく、長らくわたしは(たのしそうだからやろう)という思考回路よりも(いまここでわたしがこれをしたら何人がわたしを嗤うだろう)という思考回路のほうがうんと太い人生を送ってきたのだ。学生時代からたのしそうな流行りごとがあると、やったこともないくせに(はいはい)とばかにしてきた。そうやって、パンケーキもハロウィンもタピオカもアイドルも流行りの当時は体験せず、二十歳を過ぎてから(やっぱりやってみたかった)とこそこそやり、その魅力を知るのだった。
右は「んぎ」、左は「んだり」だと言ったくせに、「んだぎ!」と言ったりするからたまったもんじゃない。どっちなの!とハンドルを握って笑いながら怒るわたしに早川さんは「どっちでも着くからだいじょぶだ」と笑うのだった。
さっき豪雨の中、車で右折して、早川さんのことを思い出した。「どっちでも着くからだいじょぶだ」って、また言ってほしい。
落ち込んだらまた札幌へ行こう。そして市営地下鉄に乗るのだ。ぐおん、と引っ張られるようなスピードと窓から入ってくる風に振り落とされて、改札を出る頃にはぴかぴかのごきげんになる。
まずはラジオが好きになった。一時間のラジオ番組は通勤の行き帰りでちょうど一本分になるから、一週間に五本のラジオを聴くことができる。しかし残業が続くようになると、へとへとになってからも人の声を聞くのがすこし疲れるようになった。
神様、いまわたし、恵比寿ガーデンプレイスにいます。そう神様に報告したい気持ちになった。わたしには東京のきらきらした場所に行ったときだけ報告するための都合のいい神様がいて、高島屋やGINZA SIXにいても同じように報告したくなる。
わたしが泣こうとしているここよりももっと深く暗い底があることも知っていて、つくづく中途半端で甘えた自分に嫌気がさした。
わたしはぼんやりと外を眺め、腰をしっかり椅子に預けて、その気になればグリーン車に乗ってしまうことのできる自分に満足した。毎回グリーン車が当たり前になるような思い上がった未来があってはいけないと思いつつも、いま自分のお金で自分を守ることが出来ているという状況がこころからうれしかった。