あらすじ
第32回松本清張賞受賞作 異形の歴史小説
玉照院の師弟は“やんごとなき秘密”を抱えていた――
天明飢饉の傷痕いまだ癒えぬ比叡山延暦寺に、失敗すれば死といわれる〈千日回峰行〉を成し遂げようとする二人の仏僧がいた。
歴史に名を残すための闘いは、やがて業火となり叡山を飲み込んでいく。
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Posted by ブクログ
凄まじく面白かったなぁ……
ジショウとカイエンの関係がぐっとくる。
最後は涙涙で。好きも毛嫌いもその人にベクトルが向いてる証拠なんだ。
難しい、家族みたいな気持ちなのかな
Posted by ブクログ
憲雄は恃照に戒閻という人生の張り合いを持たせたのだと思う。憎んでいる人間の一挙手一投足というものは、好きな人間のそれと同じくらい視界に入るものである。だが作中でも恃照が言うように、憎むべき存在の戒閻に、心のどこかでは羨望の眼差しを持ち、彼の行く末を見届けたいと言う思いがあったとも考えられる。戒閻がいなければ、恃照は早い段階で自死していたかもしれない。
戒閻は恃照を嫌い、また憎んでいたけれども、それは彼に己を重ねていたから。同じ血を流しながら、阿闍梨になれず、また死ぬこともできず、ただ残りの人生を消費しているだけの人間に、己の運命を重ねて見てしまった。故にこれまで途絶していた恵光坊流を復活させ、堂入りを1日延ばし、これまでの阿闍梨を超える存在になろうとした。
だが自身のため(自利行)だけではない。恃照がもう一度千日回峰に入行できるよう取り計らうため、誰も成し得なかった方法で阿闍梨となり、周囲の人間に否を唱えさせない存在と成る。そして自身が辿ったかもしれない運命を今まさに辿り、そして死に行かんとする恃照を救う(化他行)つもりだったのではないか。
Posted by ブクログ
正直、比叡山の修行の体系を全然理解しておらず、わかってたらもっと感動したかもしれないけど、この勤行にかける熱量と、やんごとない立場に置かれた2人の僧侶の間の確執とか想念の凄さでただごとでない緊張感で全編が満たされ、小説の分量として決して多くないけど、内容の緻密な重みとその感情に強く打たれた。しかし、第1作でこんな作品が書けるとは驚いた。松本清張?直木賞?なんか賞のイメージとしてはピンとこないけど、濃密・緊密な人間関係を描いた力強い作品。直木賞レースでないと決して読まなかったであろう作品。読んでよかった。
Posted by ブクログ
おもしろかったけど、お坊さんってこんなに短気なんだって違和感が強かったです。
反行満って酷いですね。半人前みたいでジショウさんは辛かったでしょうね。
Posted by ブクログ
第174回直木賞候補作
普段時代小説は読まないのだが、直木賞候補作とのことで手に取った
比叡山の僧の修行の話(仏教に詳しくないので言葉が間違っているかも。)ということで見慣れない単語も多く読むのに苦労したが、それでもなお面白かった
帝の血筋を引くがその出自を公にはできないという境遇を持つふたりの行者。不退の行を完遂できなかったにも関わらず、その血筋ゆえ生きることを許された(許されてしまった、死ねなかった)師と、類まれな才覚を有しを誰もなさなかった最も過酷な方法でその行を成し遂げようとする弟子。お互い憎み合いながらも、同じ境遇の師に弟子に自身を重ねずにはいられない様子が何とも興味深かった
たまたま最近読んだ宗教と通過儀礼に関する本の中に千日回峰行に関する記述があり、いかなる通過儀礼もそれをなすことでその前とは違う自分になることを自覚し、周囲もそれと認めるようになる効果があり、それ故、入信や成人などの折になされるという
行不退の回峰行を完遂できず、半行満なる唾棄すべき尊称を冠された師、恃照は、前に進むこともできず、行の前に戻ることもできず、さぞ苦しかったのだろう
弟子、戒閻は過酷な行の末、満行することなく命を落とすが、戒閻の生前のはからいで恃照は人生二度目の千日回峰行に挑み、見事満行する
戒閻がなぜ恃照のための行動をしたか、すぐにはわからなかったのだが、思うに、似たような境遇の師に自分を重ね、その師が半行満などと蔑まれていることが許せなかったのだろう
そう考えると、戒閻が千日回峰行を全て恃照のためにやると言ったのが何ともいじらしくやるせない
教訓を引き出すとかえって安っぽいかもしれないが、たとえ打ちのめされても再び前に進んでいけないということはないのかな、と感じた
Posted by ブクログ
R7 直木賞候補
比叡山の千日回峰行を題材にした、やんごとなき秘密を抱えている師弟の物語
言葉がムズイ、筆力はあるけど、面白いとか心揺さぶられるかというと、微妙
ハード気味な小説
次作を読みたいかというと微妙