あらすじ
第32回松本清張賞受賞作 異形の歴史小説
玉照院の師弟は“やんごとなき秘密”を抱えていた――
天明飢饉の傷痕いまだ癒えぬ比叡山延暦寺に、失敗すれば死といわれる〈千日回峰行〉を成し遂げようとする二人の仏僧がいた。
歴史に名を残すための闘いは、やがて業火となり叡山を飲み込んでいく。
感情タグBEST3
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心打たれました!
本格歴史小説とあったので、読み切れるかな〜という思いもあったのですが、もう読みだしたらとまらない(@_@。
叡山 (比叡山の略称 ) の三大地獄とされている回峰地獄の北嶺千日回峰行をめぐって、本人にはどうすることも出来ない本人の出目が障壁となる師僧と弟子の運命が描かれています。
これは不運とは違う運命?
「わしらはそのような血を享けておるからこそ、この北嶺千日回峰行に命を賭す覚悟を決めたのじゃ。この行に出会い、自らに鞭打ち、自らを高めんとすることができたのも、わしらが血を享けているからではないか」と。
この師僧の言葉がどこで発せられたか、ぜひ読んでいただきたいですね。
お薦めです!
あ~感動( ⚈̥̥̥̥̥́⌢⚈̥̥̥̥̥̀)
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比叡の千日回峰行に臨む二人の僧。このワンテーマに徹してここまで書けるものか。主題のせいか読んでいる間は酸素が薄く感じる程なのに、一気に読まされた。
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松本清張賞
直木賞候補作
直木賞候補作ということで読む。
比叡山延暦寺に今でも残る北嶺千日回峰行という過酷な仏道修行。
これを満ずれば、大阿闍梨という高僧の称号が与えられる。
もし直木賞候補にならなかったなら、仏教の難しい言葉にひるんで読むことはなかっただろうが、意外に読みやすい。
北嶺千日回峰行についても、わかりやすく書かれている。
主人公とその弟子のいがみあいや葛藤、比叡山の高僧たちのいやらしさがこれでもかと著されていて、文章もうまく、なるほど直木賞の候補となったのもわかる気がした。残念ながら選ばれることはなかったが。
これがデビュー作というのも驚いたが、このまま書き続けられる人か見届けたいという選考委員の思いもあったのかな?
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第174回直木賞候補作の中で、最後に読んだのが『白鷺立つ』でした。
そして読み終えた今、はっきりと言えます。
最後に読んで、本当によかった。
しかも、著者の住田祐さん、会社員でデビュー作とは!!
小説の完成度もかなり高いのですが、プロフィールにも驚きを隠せません!!
ちなみに、「白鷺」とは文中にこのように説明がありました。
”白鷺とは、叡山における回峰行者を指して用いられる比喩である。”
物語の舞台は江戸中期。
比叡山・北嶺千日回峰行を軸に、二人の僧侶――恃照と戒閻の、静かで激しい憎悪劇が描かれます。
比叡山の修行が苛烈であることは、以前から耳にしていました。
けれど、この小説で描かれる北嶺千日回峰行は、想像をはるかに超えるものでした。
本作がとても親切だと感じたのは、北嶺千日回峰行が何であるかを、物語の中で丁寧に説明してくれる点です。
知識として知るのではなく、読み進めるうちに「体感」してしまう。
ページをめくるごとに、精神がすり減っていくのがわかるのです。
その極限状態の中で、
恃照と戒閻は最後にどのような決着をつけるのか。
精神と好奇心、その両方が限界まで追い込まれていきます。
とくに印象的なのが、戒閻の存在感です。
彼は台風の目のように、周囲の人間の感情をかき乱していく。
共感できる部分もあれば、恐ろしくなるほどの度胸と覚悟も感じる。
恃照は戒閻の師という立場ですが、戒閻の成長とともに、その存在感は次第に恃照を追い越していくように見えてきます。
さらにこの物語には、簡単には語れない「やんごとなき事情」が幾重にも張り巡らされています。
・一部の僧侶しか知らない、恃照と戒閻の秘密
・恃照が生き延びている理由
・戒閻は千日回峰行を成し遂げることができるのか
・二人の煩悩は、どこへ向かうのか
・千日回峰行の先にあるものとは何か
どれもが物語の緊張感を途切れさせることなく、最後まで読者を引きつけて離しません。
かなり重量感のある物語で、読み終えた後も余韻が長く残ります。
恃照と戒閻の対立を読みながら、「何かに似ている」と感じていたのですが、ふと思い出しました。
ドラマ『振り返れば奴がいる』の、石黒賢と織田裕二の関係性です。
目指しているものは同じ。
――千日回峰行を成し遂げること、人の命を救うこと。
それなのに、なぜか反目し合ってしまう。
憎めば憎むほど、相手の存在が気になってしまう関係。
そして迎えるラスト。
二人の関係性が変わる場面は、涙なしには読めませんでした。
これまで「自分のため」の千日回峰行と信念を貫いてきた戒閻が、
初めて他人に心を向ける瞬間。
一方で恃照は、ずっと目を背けてきた自分の感情と向き合い、新たな決意をします。
北嶺千日回峰行は、修行者自身だけのものではない。
他人の心をも、確かに動かすものなのだと感じました。
読み終えたあと、北嶺千日回峰行が気になって仕方なくなり、YouTubeを見漁りました。
中でも印象的だったのが、北嶺千日回峰行を二度成し遂げた酒井雄哉大阿闍梨の映像です。
おそらく昔テレビで放送されていたものだと思いますが、感極まる内容でした。
私は千日回峰行を行うことはできません。
成し遂げた後の境地も、当然わかりません。
それでも、堂入り(九日間の断食・断水・不眠・不臥)を果たした後に語られる、酒井雄哉大阿闍梨の一言一言が、心に深く沁みてくるのです。
その言葉を聞きながら、ふと小説の「結」で、恃照が語っていた内容が重なりました。
個人的な感想ですが、『白鷺立つ』を読み、酒井雄哉大阿闍梨の映像を見る、
この順番で触れると、感動はより深まると思います。
思うところが多すぎて、正直まだ整理しきれていません。
それでも、この一冊が強烈な余韻を残したことだけは、はっきりしています。
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凄まじく面白かったなぁ……
ジショウとカイエンの関係がぐっとくる。
最後は涙涙で。好きも毛嫌いもその人にベクトルが向いてる証拠なんだ。
難しい、家族みたいな気持ちなのかな
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涙の奥でふるふる、ユラユラ…
背中がそわそわ、ぴしゃりとしながら半日で読み終えた
あるはずの余韻がなくて寂しかったり
ないはずの余白があって心地悪かったり
これはまた読みたい。
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比叡山、大阿闍梨、千日回峰業。僧侶が厳しく長い年月をかけて仏になり他を救う。何のために。己が生きた証に大阿闍梨になろうとするのか。
難しい言葉(仏教用語)が多いが、なんとか理解。
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憲雄は恃照に戒閻という人生の張り合いを持たせたのだと思う。憎んでいる人間の一挙手一投足というものは、好きな人間のそれと同じくらい視界に入るものである。だが作中でも恃照が言うように、憎むべき存在の戒閻に、心のどこかでは羨望の眼差しを持ち、彼の行く末を見届けたいと言う思いがあったとも考えられる。戒閻がいなければ、恃照は早い段階で自死していたかもしれない。
戒閻は恃照を嫌い、また憎んでいたけれども、それは彼に己を重ねていたから。同じ血を流しながら、阿闍梨になれず、また死ぬこともできず、ただ残りの人生を消費しているだけの人間に、己の運命を重ねて見てしまった。故にこれまで途絶していた恵光坊流を復活させ、堂入りを1日延ばし、これまでの阿闍梨を超える存在になろうとした。
だが自身のため(自利行)だけではない。恃照がもう一度千日回峰に入行できるよう取り計らうため、誰も成し得なかった方法で阿闍梨となり、周囲の人間に否を唱えさせない存在と成る。そして自身が辿ったかもしれない運命を今まさに辿り、そして死に行かんとする恃照を救う(化他行)つもりだったのではないか。
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すごい話を読んでしまったっていう感じ。
普段歴史小説を読まない自分からしたら
時代が遠い、思想が難解、漢字が読みにくいなどなど読者を振り落とす設定のはずなのにそれをほとんど感じさせなかった。
嫉妬・憎しみ・執着・承認欲求みたいなすごく刺さる人間の感情のぶつかり合い。極限の人間小説だった。
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今回の直木賞候補作。
これがデビュー作とは、思えない。
とてもリズムのよい文章だった。
運命的に出会った二人の僧は、互いの内側に自分の業を見極める。師弟でありながら対立し続ける二人。
大阿闍梨になるため修行、その描き方もドラマを見ているかのように伝わってきた。次回作がホントに愉しみ。
Posted by ブクログ
正直、比叡山の修行の体系を全然理解しておらず、わかってたらもっと感動したかもしれないけど、この勤行にかける熱量と、やんごとない立場に置かれた2人の僧侶の間の確執とか想念の凄さでただごとでない緊張感で全編が満たされ、小説の分量として決して多くないけど、内容の緻密な重みとその感情に強く打たれた。しかし、第1作でこんな作品が書けるとは驚いた。松本清張?直木賞?なんか賞のイメージとしてはピンとこないけど、濃密・緊密な人間関係を描いた力強い作品。直木賞レースでないと決して読まなかったであろう作品。読んでよかった。
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直木賞候補、松本清張賞受賞作。本著者はコレがデビュー作というから驚き。
内容は、とある秘密を抱えた二人の仏僧が、失敗すると死と言われる千日回峰行という厳しい修行を成し遂げんとする‥
仏道修行を描いた本格歴史小説ということで、難しい言葉も多く最初は少し読みづらいと感じました。でも、読み進めていくと、二人の僧が修行を通して生きる意味を問う、熱血バトルものという感じで不思議とスラスラ読めちゃう。ラストもいい意味で裏切られて楽しく読めました。再読したい作品です。
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直木賞候補作です。
住田さんは初なので受賞は無いと思いましたが、
この作はとても良かったです。
比叡の千日回峰の辛さが良くわかります。
複雑な境遇におかれた二人の生涯と心の動きが描かれ最後まで一気に読まされます。
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デビュー作らしい気合の入った物語。
主人公目線で読み進めていくと、敵役のなんと憎たらしいこと。
この物語は、クライマックスシーンでの「だまらっしゃい!」というセリフに帰着するための物語だと思った。
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一体全体あとこれだけのページでどう落としていくんだ!と、ハラハラしながは怒涛の後半をめくり続けた
背景の登場人物から浮き上がらせる2人の心の格闘具合。諸々映像で浮かび上がる情景。いやはや直木賞だろー!!!仏門の奥深さと浅はかさと本人たちの思い入れの錯綜感が半端ない。
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おもしろかったけど、お坊さんってこんなに短気なんだって違和感が強かったです。
反行満って酷いですね。半人前みたいでジショウさんは辛かったでしょうね。
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死出紐を腰に付け山野を駆け巡り、失敗したら死ぬしかないという千日回峰行に以前から興味があった。
いつだったか、新聞の書評でこの本を知り、手に取った。
険しい行者道に丸太や大きな岩が転がっているように所々に特徴的な読み方をする用語が転がっていて、それを跨いでくぐって読み進めねばならないが、しかしストーリーはまさに行者が山野を駆け抜けるが如く、緊張感とスピード感のある筆致で、ぐいぐいと引き込まれてほぼ一気に読み切った。
千日回峰行という密教の秘儀をわかりやすく説明しながら、ストーリーを展開するのは難行だったのではないかと推測するが、膨大な取材に裏打ちされていることを感じさせつつも説明っぽさや理屈っぽさは感じさせず、師弟のぶつかり合う愛憎劇を丁寧に描いている点は筆者の筆の力だと感じさせる。
ところで、『華厳経』には十善戒という戒があり、不悪口(悪口を言わない)、不慳貪(欲深いことをしない)、不瞋恚(怒らない)、不邪見(よこしまな考えをしない)などが定められている。いがみ合い、憎しみを抱き、怒りを露わにする主人公たちは破戒的であるが、それが一層、彼らの人間臭い実像を描き出している。
本作品は筆者のデビュー作という。
おそろしい作家が出てきたものだ。
次はどんな作品に出会えるだろうか。
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千日回峰行という、現代の仏門に入っていない人間にとっては厳しさも動機づけも想像つかないような行事に対して、気持ちを没入させてくれる作品だと感じた。やっていることは現実離れしてるけど、登場人物の心情については人間臭くて、読者側が思いを馳せたくなる作品だった。
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自らのアイデンティティのために命を懸けて苦行に挑む2人の仏僧を描いた作品で、重厚な歴史人間ドラマとして堪能させてもらった。
聖職者であるにもかかわらず、千日回峰行を満行して名声を得たいという、煩悩以外の何物でもない欲望を隠そうともしないキャラクター設定が面白い。
デビュー作で熱量たっぷりにこれだけのものを描ききったのは凄いことだと思う。
しかし読後は意外なほど印象に残らず、なぜかと考えたが、2人が憎しみ合う理由が出自と私怨というプライベート寄りの内容で、感情移入しにくかったところがあったためかもしれない。
それは自分が時代小説を読み慣れていないからかもしれず、時代小説好きの読者であれば印象は変わってくるのではないかと思う。
Posted by ブクログ
死ぬ危険のある荒行、千日回峰行に挑もうとする「いてはならぬ存在」の僧侶二人の、猛烈に憎み合いつつも、同じようなままならぬ気持ちを抱えて修行する物語。歴史小説は普段あまり読まないのだけれど、苛烈な修行なのに静謐にえがかれたさまや、仏教でもどろどろした描写があるところ、そしてラストシーンには心揺さぶられる。個人的には、恃照は戒閻が弟子でよかった、と思いました。ほうじ茶の啜る音がきこえる気のする小説でした。
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初めての、住田祐さん。
直木賞候補作で知りつつも、『千日回峰行』という比叡山で行われている数少ない人が達成した修行に興味をもちYouTubeで拝聴し、その後に読みました。
『千日回峰行』は満行しなければ自害が待っている命がけの修行。断食、断水、不眠、不臥を貫き通す…この時点で死にかけるわ…。
恃照(じしょう)は『千日回峰行』を成し遂げなかったことに対しての葛藤から、戒閻(かいえん)が『千日回峰行』を成し遂げようとする焦りや嫉妬が生まれる。
こういう時は目的がすり替わっていると感じ取れた。
そもそも「人のために生きる覚悟」や「自己」と向き合いながら行う修行なわけで、それが恃照の焦りや嫉妬が「大阿闍梨になること」が目標になっていってしまう。
恃照はそこに気づかなかったのは師匠としてはどうなんだろう?なんて思ってしまったし、そんな師匠のもとにはいたくもない。が、きっとどこかで気づいて欲しいと願っている自分もいた。
人間の思考はバランスが偏れば、苦しみ・憎悪へと180度変わる。感情の起伏さは自分の脆さであり、そういった自分と向き合い自己を確立する修行だと実感。自分はやりたくないですが(笑)
初めての作家さん、しかもデビュー作(?)
その世界へと誘う構成力、世界観に惹き込まれました。ただ…仏の世界は改めて思ったけども難しい…。
★は4.5。
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第174回直木賞候補作
普段時代小説は読まないのだが、直木賞候補作とのことで手に取った
比叡山の僧の修行の話(仏教に詳しくないので言葉が間違っているかも。)ということで見慣れない単語も多く読むのに苦労したが、それでもなお面白かった
帝の血筋を引くがその出自を公にはできないという境遇を持つふたりの行者。不退の行を完遂できなかったにも関わらず、その血筋ゆえ生きることを許された(許されてしまった、死ねなかった)師と、類まれな才覚を有しを誰もなさなかった最も過酷な方法でその行を成し遂げようとする弟子。お互い憎み合いながらも、同じ境遇の師に弟子に自身を重ねずにはいられない様子が何とも興味深かった
たまたま最近読んだ宗教と通過儀礼に関する本の中に千日回峰行に関する記述があり、いかなる通過儀礼もそれをなすことでその前とは違う自分になることを自覚し、周囲もそれと認めるようになる効果があり、それ故、入信や成人などの折になされるという
行不退の回峰行を完遂できず、半行満なる唾棄すべき尊称を冠された師、恃照は、前に進むこともできず、行の前に戻ることもできず、さぞ苦しかったのだろう
弟子、戒閻は過酷な行の末、満行することなく命を落とすが、戒閻の生前のはからいで恃照は人生二度目の千日回峰行に挑み、見事満行する
戒閻がなぜ恃照のための行動をしたか、すぐにはわからなかったのだが、思うに、似たような境遇の師に自分を重ね、その師が半行満などと蔑まれていることが許せなかったのだろう
そう考えると、戒閻が千日回峰行を全て恃照のためにやると言ったのが何ともいじらしくやるせない
教訓を引き出すとかえって安っぽいかもしれないが、たとえ打ちのめされても再び前に進んでいけないということはないのかな、と感じた
Posted by ブクログ
他人を思いやる行動は美しい、それを強く感じた小説だった。終盤、千日回峰行がはじまってからの物語に惹きつける力は抜群で、食い入る様に読んだ。
大阿闍梨も千日回峰行も恥ずかしながら初めて知った。私は無神論者だが、このような過酷なことに挑んだ僧たちには敬意を払いたい。
Posted by ブクログ
R7 直木賞候補
比叡山の千日回峰行を題材にした、やんごとなき秘密を抱えている師弟の物語
言葉がムズイ、筆力はあるけど、面白いとか心揺さぶられるかというと、微妙
ハード気味な小説
次作を読みたいかというと微妙
スゴすぎる新人
比叡山を舞台にした僧侶の世界がこれ程すごいと初めて知りました。過酷な修行とその後見えてくる世界。朝日新聞の書評は嘘ではなかった。
Posted by ブクログ
わしはやり遂げた!
千日回峰行をやり遂げた!
皆の衆、これからわしのことを1Q大阿闍梨と呼ぶがよい!
千日回峰行とは、平安時代に相應和尚が神仏に捧げた祈りを起源とし、以来比叡山延暦寺にて千年の歴史を刻む仏道修行である
これを満ずれば大阿闍梨という高僧の称号が与えられるのである
その千日回峰行がどんだけすっごい修行かというのは書かない
千日回峰行を終えてすぐでちょっと疲れてるので書かない
気になるなら読んでみたら
直木賞候補作だし読んでみたら
ちなみに、わしがやり遂げた千日回峰行は現代版です
昔の千日回峰行と比べものにならないほどきついものです
それは、年末年始の休み6日間を家族と一緒に過ごすという修行
それがどのくらいきつく、辛く、悲しいかは日頃のレビューからお察しください、、、
まさにこの6日間を乗り越え1Qは大行満大阿闍梨となったのです。゚(゚´Д`゚)゚。
さ、明日から仕事初めです
のびのび羽を伸ばせそうです
( ´ー`)フゥー...