あらすじ
名プロデューサー・菊池寛
大ベストセラー作家にして、稀代のプロデューサーだった男は
いかにして時代を読み、大衆に愛されたのか?
芥川龍之介や直木三十五、川端康成などの協力を得、
菊池寛が発行した「文藝春秋」創刊号はたちまち完売する。
読者が求めた雑誌は部数を伸ばし、会社も順風満帆の成長を遂げていく。
天才を見抜く天才で、芥川賞・直木賞の「父」でもある菊池寛。
「通俗者」と馬鹿にされても『真珠夫人』など徹底したエンターテイメント作品を書き続け、お茶の間を明るくすることを願った。
生涯を懸けて「文学」を娯楽にかえ、映画に携わり、
エポックメイキングな仕事をし続けた男の生涯と、
戦中戦後を生きた数々の「文豪」や出版人の奮闘に涙する感動作。
解説=秋元康
単行本 2023年3月 文藝春秋刊
文庫版 2025年7月 文春文庫刊
この電子書籍は文春文庫版を底本としています。
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Posted by ブクログ
■内容
時は大正から昭和初期。主人公は作家 菊池寛。作家と名乗りはしても、まともな作品はなく、燻っていた時期。やがて「真珠夫人」が大ヒットし、一躍流行作家となる。
筆一本で世間を沸かせた寛は、ただ名声を得るだけでは満足せず、仲間と共に文学を広げたいという思いから私財を投じ、「文藝春秋」を創刊。とは言え、その道は決して平坦ではなく、社員の給与をはじめ執筆者の原稿料も全て自分の財布だから、帳簿を付ける発想もなく、やがて資金繰りに追われる始末。
それだけではない。時に信じた仲間から裏切られ、事業は暗礁に乗り上げる。それでも寛は、持ち前の行動力と人を惹きつける情の深さで、次々に打開策を見出していく。
この小説は菊池寛の成長物語を縦軸に、文学史に名を刻む若き群像たちの交流を横軸に構成されており、例えば、芥川龍之介―繊細で孤独な魂を抱えながらも、菊池寛の友情に支えられた天才作家。直木三十五―放埒で借金まみれ、見栄っ張りで破天荒。でも、寛にとって放っておけない畏友。濃淡はあれど友情の契りと確執、死別を経て、菊池寛は「文豪」から「社長」へと変貌していく。そして、後年、寛の敬愛と友情は、文学界を代表するふたつの賞〈芥川賞と直木賞〉として結実する…。
■感想
本書を一言で表現するなら…「文学の夢と、現実の苦闘。その狭間を駆け抜けた菊池寛の半生」となる。
「講釈師見てきたような嘘を言い」って、形容したくなるほど、映像を眺めているような場面の切り替え巧みと描写力を装備したストーリーテリングで、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。
本書は単なる文豪列伝でもないし、経営指南術を匂わすわけでもない。菊池寛というひとりの作家が、“仲間のための文学の場”を広げようと立ち上げた小さな試みが、やがて文藝春秋という巨大出版社へと成長を遂げていく。
僕が思うに…寛の出発点は「好き」だったからが起点となり、同人誌を作るような感覚で仲間を集めた。だが現実は容赦なかった。資金繰りの苦しさ、信頼していた人の裏切り、仲間との死別等の試練・壁が立ちはだかり、“好き”を嫌いに変えかねない状況に度々陥る。
それでも寛は逃げずに立ち向かい、次の一手を打ち続けた。その姿は作家出身とは思えず、粘り腰を発揮し、そこには紛れもなく経営者 菊池寛が浮かび上がる。
芥川龍之介と直木三十五。ふたりへの友情と確執の果てに、彼らの名を冠した芥川賞・直木賞が誕生するくだりは激しく胸を打った。
■最後に
「好き」だけでは続かない。でも「好き」を出発点に現実と格闘することで、人は新しい地平に立てると思う。
菊池寛は「起業家マインドで事業を起こした」のではなく、文学仲間の場づくり=同人誌的発想で創刊。結果的に「文藝春秋」という巨大メディアが誕生した。
この“無自覚な起業”感が、現代にも通じる面白さがある。「好きな本を読んで暮らしたい」と切望した目黒考二氏が1976年に創刊した『本の雑誌』との類似性を感じる。いずれも「好きでやりはじめた小さな試み」が、結果として出版文化を支える大きな存在に育っていった。
この本を読んで、改めて「起業」とは机上のMBA理論ではなく、好きなことを武器に現実と格闘し続ける営みでもあるて痛感させられた。
青春小説、教養小説、ビジネス小説という多面性のある小説に心を揺さぶられ、文学史と企業史の交差点に立たされたような稀有な読書体験が堪能できた好著。
Posted by ブクログ
菊池寛と聞いて文豪をイメージする人は少ないのではないだろうか。
何を隠そう私もその一人だ。
名前は聞いたことあるけれど作品名やら経歴をなにも知らなかった。
師の夏目漱石、天才芥川龍之介に比べると知名度が低く陰が薄いイメージを持っていたけれど、本書を読んで180度ひっくり返った。
作家としても人間としても菊池寛は多才で凄い魅力的な人物だ。
打って良し、投げて良しの選手兼監督でオールラウンドプレーヤーの名選手。
作家以外にも映画や雑誌も手掛け二足のわらじどころではない。
しかもあの有名な文藝春秋の創業者であり、芥川賞、直木賞の創設者だというから驚きだ。
そんな菊池寛のドラマのような半生が描かれた1冊だから面白くない訳がない。
本書の面白さのひとつは菊池寛を筆頭にたくさんの有名な作家が登場するのと、そのエピソードがユーモラスに描かれているところだ。
特に無口な貧乏神直木三十五のエピソードは必見だ。
菊池寛の素晴らしいところは、自身も苦労したのもあり、若手作家に資金援助をしたり、文藝春秋でチャンスを与えたりとパトロン的な役割を果たしていたところだ。
本書にも当時の多くの若手作家が登場しており、菊池寛がいなければ川端康成や直木三十五、石井桃子らの成功はなかったかもしれない。
それらを考えると文壇への貢献度は大きい。
特に印象的だったのが「ペン部隊」だ。
軍からの打診で菊池寛が文士従軍の音頭をとり、多くの文士が中国へ渡った。
先日読んだ田辺聖子の本で林芙美子らの名前が出ており、田辺聖子が憧れ軍国少女となるきっかけになった作家達だ。
戦後、林芙美子らは戦争協力者として批判されてしまうのですが、その辺りの経緯を本書で知り学ぶことができた。
本書は直木賞を受賞した「銀河鉄道の父」に匹敵する傑作だ。
文豪や近代文学史に興味がある人にはぴったりだと思う。
菊池寛の「恩讐の彼方に」や「無名作家の日記」を読んでみたくなった。
そして菊池寛という文豪のことをもっと知りたくなった。
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名作「父帰る」の作者、菊池寛
流行作家として成功した後、文藝春秋を立ち上げ、直木賞、芥川賞も設立。
この物語は夏目漱石の死去後の弟子たちの集まりから始まる。
その後に弟子たちが活躍して菊池寛も成功を収める。
菊池寛の生き様が面白い。
Posted by ブクログ
本作は、『真珠夫人』などのベストセラーで知られる一方、『文藝春秋』の創業者として活躍した一面も持つ作家、菊池寛を主人公に、夏目漱石から向田邦子まで様々な有名な小説家がオールスター的に登場する大変賑やかで、楽しい一冊です。
直木賞、芥川賞の生みの親的な存在でもあり、本作でも創設の過程や芥川や直木とのエピソードがユーモラスに語られているので、著者はすでに『銀河鉄道の父』で直木賞を取っているので取ることはできないと知りながら、これが直木賞を取った世界線を思わず想像していました。
物語は挫折からはじまり、様々な失敗も描かれているので(と言っても、とてつもなくすごいひとなわけですが)、馴染みやすいキャラクターなので、近現代文学にはあまり興味がない、歴史小説はちょっと……、というひとも入っていきやすい内容になっていると思います。個人的に好きだったのは、第三章にあたる「会社のカネ」で、絶体絶命のトラブルに対する菊池寛の行動に、なんだかとても愛おしさを感じました。
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菊池寛さん、功績デカすぎ!戦前戦中戦後の文壇の様子が面白く描かれていて作家同士の繋がりがとても興味深かった。作家って個人プレーな感じがするけど、みんないろいろ協力したり刺激しあったりして良い作品を生み出そうと頑張ってくれているんだなぁと。そしてそのおかげで私たち読書好きは日々の楽しみを享受できるんだなぁと感謝。パワフルで働き者、面白いおじさん^ ^でもそれで少し命を縮めてしまったのかも…
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菊池寛。作家兼文芸春秋創設者。その内面性と人間関係を描き出した小説。主人公の二面性や思考を含め、魅力あふれる人物を教えてくれる。名前しか知らなかった存在を、時代を駆け抜けて、日本の文学界に影響を与え続けた一人の人間として初めて認識させてくれた小説。かつて教科書や学校指定図書として読んだ作中登場作家の知らなかった一面を知り、菊池寛だけでなく、他の作家もまた読みなおしてみたいと思った。
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菊池寛(本名はひろし、筆名はかん)
肩書きは小説家・劇作家・ジャーナリスト
そして実業家。
文藝春秋社の創業者。
この時代の文壇は世界が狭くて、
大抵の名前は登場するから見ごたえがあって面白い。
直木三十五は賞の名前になっている以上の知識がなかったので、
今回会えてよかった。
それにしても文藝春秋社というものを見ると、
菊池寛が手を引いたタイミングが社としての役割を終えたタイミングだったように思えてならない。
規模が大きくなるにつれて個人から法人へと性格を変える必要があるのが企業だと思うのだけれど、
現在の文藝春秋社は個人の熱量を個人の顔を見せないまま暴走させる装置になってしまっている気がする。
それがアジアのジャーナリズムらしいといえば、それはそう。
直木賞・芥川賞の功績は大きいけれど。
Posted by ブクログ
「真珠夫人」や「恩讐の彼方に」などヒューマニズムに溢れた大衆小説が人々の心を掴み、菊池寛は一躍ベストセラー作家に。『文芸春秋』創刊。芥川龍之介や川端康成ら才人は引きも切らず、雑誌は売れに売れ・・・お茶の間を沸かせた天才プロデューサーの実像とは?