あらすじ
敗戦から15年、皇居「新宮殿」造営という世紀の難事業に挑む建築家・村井俊輔。彼を支える者、反目する者、立ちはだかる壁……。戦前から戦中、戦後、高度成長期の日本社会と皇室の変遷を辿り、理想の建築をめぐる息詰まる人間ドラマを描き尽くす、かつてない密度とスケールの大長篇。『火山のふもとで』前日譚ついに刊行! 下巻。
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Posted by ブクログ
昭和を語る上で高成長の東京への波は外せない事例だと感じられる。その波はもちろんお濠の内側にも。
約半世紀前のことなのに随分と昔のように感じられる。
と言うか約半世紀前のことなのに、現在も変わらない?
Posted by ブクログ
下巻。新宮殿建設は牧野の暴走に伴って歩調が合わなくなり、ついに村井は設計者の立場を降りる選択をすることになる。上巻から皇帝とはどのような存在か、宮殿とはどういう建物であるべきか、などの問いが繰り返し作中で語られているが、登場人物たちの考え方のずれが致命的になっていくのを見せつけられるようだ。
牧野の暴走と暴言は本当に読んでいて嫌な気持ちになって読むのがしんどくなったが、侍従の西尾さんのパートの軽さに救われる感じがする。とにかく壮大な小説で、この時代を生きてきたような人ならさらにこの小説を楽しめるのかもと思った。緻密な構成に溢れるような専門知識、実在の人物の人柄をちょっとした会話などからにじませるような文章は資料の読み込みや取材の労力がしのばれ、天皇や日本現代史に興味がない自分にはちょっと勿体ない小説だったかもしれない。
牧野が田舎者の僻みで東京出身の村井の設計を蔑ろにするように書かれているが、ど田舎出身の自分にはちょっと嫌だった。あー、作者のような東京の人って田舎者をそういうふうに見てるんだなと思ってしまう。嫌といえば、相変わらず不倫相手とべったりな村井もどうかと思ったが。牧野に2人でいるところをじろじろ見られて不快だった、と言うけど、そりゃ立場ある人がじろじろ見られるようなことしてるんだからそうなるでしょ(笑)としか思えない。
そういう不満はあれど、上下巻あわせて1100ページほどの分量に見合う面白さは確かにあった。次の作品はどういうものになるんだろう、楽しみである。
Posted by ブクログ
ようやく上下巻を読み終えた。
上下巻で1000頁以上、しかも会話も少な目で、びっしり詰まった文字の羅列の文章は、なかなか重かった。
ただ、戦後80年の今年読むに値する内容だった。そんな思いで、ひっしに食らいついた感がある。
戦禍で焼失した皇居の明治宮殿を戦後に建て直すというお話。建築家の村井俊輔、官庁から派遣役人杉浦の二人を軸に、彼らの戦前、戦中の生い立ちから、敗戦後の日本、皇室のありかた、サンフランシスコ講和条約を機に国際社会へ復帰、高度経済成長を歩みだす時代を追った。
上巻は、如何に新宮殿を国民が納得するものにするか、戦後の新しい皇室のありかたと共に考えるというお話と思って読む。
「戦争に負けて、天皇の役割もおおきく変わった。日本はいわば開闢以来、はじめて民主主義の国になったんだ。二千年に迫ろうという制度と、二十年に満たない、しかも勝ち取ったものですらない他国から与えられた制度とを、どう並立できるのか。それを建築によって実現できるのかどうかはわからないが、挑戦する価値はある」
ただ、それだけでは済まず、時代が進むにつれ、関係者それぞれの様々な思惑が錯綜し、けっして一枚岩のプロジェクトでなくなるあたりから、新宮殿建設が迷走しはじめる下巻は、なかなか読むのも辛い話になっていく。
「無であったところに、なにかをあらたに建てようとするとき、見えないものに頭を下げ、無事を祈るのは自然な行いではないか。それくらいの謙虚さを持ち合わせなければ、建築はとどまるところを知らないバベルの塔のごときものになってしまう。」
と村井は述懐するが、謙虚さを持ち合わせない人間の跋扈、私利私欲ではないが、「公」として建物として、さまざまな人の思いが入り乱れる。
「人が生きていくとき、つまり制限のある三次元の空間と時間に身をおくとき、二次元の視覚芸術は重さのある世界から人間を解き放つ作用があるのではないか」
建築という実用の世界に身を置く村井だからこそ、ふと二次元の世界の自由さに憧れを抱くシーンには、責任の重さと、やるせなさが現れていて、なんともイタタマレナイ。
村井俊輔は、著者のデビュー作『火山のふもとで』を読んだときに、吉村順三であるというアタリは付けていたので、本作も、いろんな登場人物が誰だろうと、実在の人物を当て嵌めていく作業はそれなりに面白かった。
ストーリーが暗転していく中で、いったいどうなるのか? とつい実際の吉村順三の業績も探ってしまった。結末は小説上の脚色か? とも思ったのだが……。
「皇居新宮殿の設計において基本設計を担当した後、途中で辞任しています。
具体的には、彼は宮内庁から委嘱を受けて新宮殿の基本設計を行いましたが、実施設計の段階で宮内庁との意見の相違が生じ、設計者としての立場を明確にするために辞任したとされています。その後はアドバイザー的な立場に回ったとも言われていますが、竣工式には出席していません。」
とのことで、史実に基づいて、ある程度忠実に描かれていたのだなと驚いた。国家プロジェクトは、なかなか難しいものだ。
その他、戦後の日本立ち位置や、1960年代の国土の開発、首都復興の動きを、皇居新宮殿建設を軸に見通せたのは、戦後80年の歴史を振り返る意味でも、非常にためになる作品だった。
1952上映の黒澤明作品『生きる』がたびたびフィーチャーされているのも本書の裏テーマでもあったかな。