あらすじ
大河ドラマ「べらぼう」の近世美術史考証者がオールカラー図版で迫る決定版!
2025年大河ドラマ「べらぼう」のモデルは蔦屋重三郎。江戸時代中期、数多ある版元の中で、なぜ蔦重だけがこれほど注目を集めたのか。蔦重が歌麿に描かせた「ポッピンを吹く娘」はなぜ名作と言われるのか。話題を呼ぶ浮世絵を次々に手掛け、江戸を騒がせた蔦重の独自の仕掛けとはーー。
本書は蔦屋重三郎のビジネス上の足跡に沿って代表的作品から知られざる名画まで多くの作品を取り上げ、オールカラー図版を実際に見ながら、その歴史的意味やインパクトを明らかにしていく。大河ドラマ「べらぼう」の近世美術史考証者である著者が、“コンテンツビジネスの風雲児・蔦屋重三郎”に迫る決定版。
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Posted by ブクログ
松島雅人著『蔦屋重三郎と浮世絵 「歌麿美人」の謎を解く』の感想です。
大河ドラマは見ていませんが、書店でたまたま見かけて、豊富なカラー図版に惹かれて購入。
本書でクローズアップされている、喜多川歌麿の美人大首絵シリーズを手掛けたのは、蔦屋重三郎のキャリア終盤のこと。
1792年(寛政四年)で、逝去する五年前です。
このあたりの時系列は、前提知識がまったくなかったので少し戸惑いました。
浮世絵の作家のサインと版元の印の上下の位置関係は、そのまま力関係を表しているそうです。今後、浮世絵を見るうえで役に立ちそうです。
蔦重がネットワークを築く上で大いに役に立った狂歌界は、当時の「悪ふざけサークル」のようなものでしょうか。階級に関係なく楽しく悪ふざけしていたようすが、ペンネームからも分かる気がします。
それにしても、吉原の人気遊女を紹介する目的で作られていたという吉原細見には、現代のソシャゲに通ずるものがあるなと思わされました。男というものはいつの時代も、女をコレクションしたがる生き物なのでしょうか。
・蔦屋重三郎は、蔦屋という屋号の商家に引き取られたのち、耕書堂という店(貸本屋)を開いた。
・吉原細見の改めをきっかけとして、狂歌本などの出版業界で活躍したのち、浮世絵の美人絵(歌麿)や役者絵(写楽)を手掛けた。
・歌麿は、心情描写(枕絵/春画)や写実描写(狂歌絵本三部作)に優れていたため、蔦重が目をつけたのではないか。その背景には、ライバルの西村屋与八&鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)への対抗心があった。
・美人絵では、蔦重から離れて他の版元からも出版するようになった歌麿に、他の画家では画力で勝てず。役者絵では、東洲斎写楽は「見たまま」を描きすぎて当時のニーズを捉えきれず、歌川豊国に完敗。
・幕府の締め付けが強まる中で、山東京伝に頼って戯作を作っていた。
・さらにその後継として曲亭馬琴、十返舎一九、葛飾北斎(勝川春朗)を発掘したところだったが、脚気で逝去。
・なお、浮世絵が流行っていた同じ頃、京では円山応挙、池大雅、伊藤若冲(じゃくちゅう)らの肉筆の本画が繚乱していた。
Posted by ブクログ
近々東博に行く予定なので、予習がてら読んだ。
久しぶりの紙の本。やっぱ紙はいいなぁ。
プロデューサー、ブランディング、ビジネスモデル等々、蔦重のお仕事はカタカナにすると収まりがいい。
Posted by ブクログ
大河ドラマ『べらぼう』のおさらいとして。
著者が、ドラマの近世美術史考証者なので、
ドラマの内容に沿っていてわかりやすい。
歌麿の写生画 絵本虫撰は、すごいリアル。
蔦重と歌麿がタッグを組んで世に出した作品は、
どれもエッジが効いていて、素晴らしい。
しかし、歌麿が、蔦屋と袂をわかってからは、
これまでの焼き回しのようになってしまったと。
日本人の情報リテラシーは、
蔦重の登場で大きく変わったと言える。
江戸時代中期、日本人の識字率は、世界でもトップクラスだったが、それも蔦屋重三郎の
貢献度が高い。
吉原の情報を絵本や戯作で、市中に発信。
蔦重の新刊読めば、何が世間で流行っているか
がわかる。ニュース性、一過性のメディアだからこそ、蔦重のリアリズムが生きた。