あらすじ
「本物の城」は12しかない!? 近年の「城ブーム」のおかげで、全国各地で名所・史跡として人気を集める城の数々。だが、中には史実とはおよそ異なる姿がまかり通っている例もある。そもそも、かつて数万あったという日本の城郭はなぜ激減してしまったのか。「現存天守」「復元天守」「復興天守」「模擬天守」の違いとは――文化財としての城の値打ちと、その歴史と未来を問う。
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第二次世界大戦時の空襲で焼失した名古屋城の木造建築としての文化的価値が詳細に述べられているが、焼けずに今でも残っていればと夢想してしまう。精密な資料が残されているようなのでぜひ木造復元に期待するところだが、現在の見通しでは完了するのは最短でも2032年以降とのこと。
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『お城の値打ち』について考える
筆者は歴史評論家であり、音楽評論家でもある香原斗志さん
音楽の方の専門はオペラだそうで、オペラとお城…なんかすごい組み合わせ
そして香原さん、だいぶお怒りのよう
日本にはお城が様々にた〜〜〜くさんあったんだけど、現存する天守閣はなんと12しかないのよ
無くなってしまった原因としては老朽化や火災(失火や放火、落雷が原因)が大きいんだけど、近代における大きな原因は明治政府の文化意識の低さと太平洋戦争における焼夷弾なんだそう
特に明治政府が行った「廃城」や軍事施設への転用などは、文化的素養の低い下級武士たち(が作った新政府)の限界と手厳しい
また、近年の「お城ブーム」によって建造されている天守閣についても、史実とは懸け離れた姿となっているものも多いと嘆いている
極端な例だが、あの豊臣秀吉が織田信長のもとで頭角を現すきっかけともなったと言われる墨俣一夜城
もちろん一夜で建てたと言われているくらいなので単なる砦ですが、今そこには墨俣城として立派な天守閣が建っています
もちろんこれは史実(そもそも墨俣一夜城伝説自体が創作なんだが)とは違いますよという前提で聳え立っているんだが、秀吉これ一夜で建てたんか〜という誤った感想を…持つ人いねーわ!香原さんさすがにこれは言い過ぎw
まぁ、でもその他、確かに首を傾げたくなる代物(ダジャレじゃない)が多いのも事実
だが、さらに近年になってお城の持つ歴史的価値に重きを置いて、史実に忠実に再建、補修を行うという流れが主流となってきているらしく、とても良いことであり、近視眼的利益に走るのではなく、お城を通して日本の歴史や文化、伝統を考えることが大切で、それは日本人のあり方を考えることにも繋がるとまとめている
まぁ、難しいことは置いておいても、やっぱりみんなお城好きだよね
わいも大好きだし、世界中の人に見てもらいたいとも思う
そうした時にやっぱり歴史と懸け離れた単なるテーマパークでは、ちょっとなんだかな〜って思っちゃうよね
「お城」大事にしたいね
Posted by ブクログ
日本各地に残るお城。だが、現存する天守は12しかなく、他は全て復元・復興されたものである・・・。
以前、家族で小田原城を訪れたことがあるのだが、中に踏み入ってみるとあらびっくり。かつての木造の城の面影などなく、無機質で近代的なRC造の博物館になっているではないか。これには特に子供ががっくり。それ以来「次は本物のお城が見たい」と言われていた折も折、実に丁度良さそうな本が出版されているではないか、ということで手に取った。
本書は、日本の城がいかに作られ、最盛期を迎えたか。そしてそれらがどのように扱われ、次第に打ち捨てられ、あるいは破壊されていったか。そして、どのように復興・復元の道を辿ったかが記されている。
戦国時代以前の土塁を中心とした「中世城郭」に対し、石垣の上に天守を備えた我々のよく知るスタイルの「近代城郭」は織田信長による安土城を画期として、それ以降急速に普及していった。
しかし、江戸の世に入り一国一城令が出ると、各藩の中核となった城以外は打ち捨てられる。
また、城はその維持修繕にも莫大な費用がかかるため、江戸時代が下るにつれ、天災地変で失われたまま再建されない天守もあった。
更に明治維新を経て、城は旧時代の象徴として文化的な価値は一切顧みられることなく、軍事施設として使えるか否かの観点でのみ評価し、多くが破壊されていった。天守が残った城であっても、天守を取り巻く様々な施設は破壊されどんどん市街化されていった。
そして、太平洋戦争において、市街地が爆撃されるにあたり、市街のど真ん中に位置することになっていた城も大きな被害を受け、現存する天守は遂に12のみとなった・・・。
戦後の城の復興においては、まず戦争の記憶が生々しかったゆえかほぼすべてがRC造にて再建された。また、復興の意義としては、文化的価値を評価する側面もさることながら「地域おこし」の役割を期待されることが次第に増え、史実通りに復元するよりも、観光客にウケそうな姿かたちで復興するような例さえしばしば見られた。
平成に入り、ようやく旧来の資料を徹底的に検証し、在りし日の姿に近づける姿勢が全国的に広がってきているが、そこには建築基準法等の法律との難しい関係があり、復元も容易でないことが語られる。
上記のような流れを、かなり多数の城の歴史と復元・復興の経緯を列挙していく事で浮き彫りにしている一冊だ。
著者は徹底して、城を復元するのであれば「在りし日の姿の通り」に最大限近づける努力をすべしとの姿勢である。それを通じて、日本の歴史・文化を省察し、適切に評価することに繋がるのだとさえ説く。
日本人と歴史的遺産との向き合い方について考える一冊とも言えるし、
当初私が目的としていた、「観光に行ってがっかりすることのない、ちゃんとした城はどれか」という目星もちゃんとつく。笑
細かい築城技術が述べられている個所などは、さすがに何十もの事例を読んでいるうちに飽いてくる部分もあったが、全般的には楽しめたし、勉強になった。
Posted by ブクログ
ある時からお城巡りを始めた。
立派な天守のあるお城はもちろんだが、土塁だけの城跡にもなぜか魅力を感じる。
「お城」の文字がタイトルにある本は見つけると手に取ってしまう。
この本もそうだ。
天守が現存するお城は全国に12ある。12しかないともいう。
弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城だ。
この本では、天守がなかった城に建った天守が紹介されていたり、平成、令和の復元事情が語られている。
中でも、名古屋城に多くのページがさかれていることは単純にとても嬉しい。
名古屋城の木造再建についてメディアで多く取り上げられているが、「名古屋城天守は特別な建築だった。「日本の伝統的木造建築技術の最高到達点」だった。それほどの建築が、ほかの天守とは比較にならないほど正統的で、正確で、精密な復元が可能である。だからこそ、500億円ともいわれる費用を投じる価値があしり、巨費を投じる以上は、可能な限り史実に忠実に復元し、後世に伝える必要がある」という著者の主張に首肯できる。
あーあ。でも、名古屋城、第2次世界大戦末期に空襲で焼失してしまったことは本当に惜しい。残念でならない。