あらすじ
江戸の人々に雪国の風物や綺談を教えたい。越後塩沢の縮仲買商・鈴木牧之が綴った雪話はほどなく山東京伝の目に留まり、出板に動き始めるも、板元や仲介者の事情に翻弄され続け――のちのベストセラー『北越雪譜』誕生までの長すぎる道のりを、京伝、弟・京山、馬琴の視点からも描き、書くことの本質を問う本格時代長篇。
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Posted by ブクログ
越後の縮仲買商人・鈴木牧之が、当地の風俗や雪国の生活を活写した「北越雪譜」を世に出すまでの歳月を描いた長編歴史小説。
牧之を始め、戯作者の山東京伝、その弟・京山、滝沢馬琴、板元・耕書堂の二代目である蔦屋重三郎など実在した人物が登場し、それぞれが絡みあう人間ドラマを繰り広げる。
物語の発端は、牧之が、行商で訪れた江戸で、人々の越後についてのあまりの無知さに落胆したことにあった。
彼は故郷のことを知らしめたい思いに駆られ、越後の綺談と風俗を描いた本の出版を目指す。
やがて、彼の執筆は人気偽作者・山東京伝の目に留まり、出版へと動き始めるが、板元・二代目蔦重からの五十両という多額の金銭要求に耐えられず、頓挫となる。
その後も度重なる仲介者の死去に見舞われ、出版はままならない状態となるが、京伝への敵対意識に燃える馬琴の手に原稿が渡ったことから、牧之は期待を抱き、およそ30年ぶりに江戸へと向かい、馬琴の家を訪れる。
ところが、馬琴の態度は素っ気なく、別の仕事に勤しんでいるので、3年待てこのこと。
その後、馬琴とは12年間やりとりをするも、出版は日の目を見ることがなかった。
あきらめかけていた牧之だったが、最後に京山に救われ、「北越雪譜」として無事、発刊、そして、ベストセラーとなる。志を抱いてから実に40年を費やしたが、牧之の強烈な執念がついに結実する。
物語の縦糸が、愚直で誠実な主人公・牧之の苦難の道筋とすれば、この作品には、幾つものしっかりした横糸もある。
そのひとつが、京伝、馬琴、京山といった戯作者の個性や絡み合いである。才気があるが飄々とした京伝、その弟子だった馬琴の狷介、傲慢な態度と野心、偉大な兄を慕いながらも重圧を感じている京山。長い年月を通して、彼らが老いるまでを描ききり、それぞれの立場や心情がよく伝わってきて、興味深い。
また、蔦重や鶴喜など出版界の裏側や策略、牧之や戯作者たちが連れ合いに支えられる様子や家族との関係で心乱れる場面も、克明に描かれ、別の角度から物語に彩を与えている。
文化文政期における作家と出版界、越後と江戸の風情などの時代考証を呈示しながら、魅力的、個性的な登場人物の生き様を重層的に描いた読み応えのある素晴らしい作品に仕上がっている。
Posted by ブクログ
江戸時代の後期、越後国の生活風俗を描いた「北越雪譜」という本が鈴木牧之(儀三治)という作家によって書かれ刊行されているという史実に基づき、刊行までの紆余曲折を描いた小説。
鈴木牧之という作家や北越雪譜という本は全く知らなかったが、刊行に至るまでの紆余曲折には山東京伝や曲亭馬琴、京伝の弟京山、十返舎一九や二代目の蔦屋など、そうそうたるメンバー(タイムリーなことに大河ドラマの直後あたり)が関わっていて、谷津矢車の「蔦屋」をこないだ読んだことも重なり、意外な縁を感じて読むことができた。
京伝が刊行を約束してから40年…雪国の人は粘り強いと聞くが、それにしてもよく辛抱したものだ。丁寧に根気よく気持ちを込めて研鑽を重ねた文章の魔力ともいうべきか。
それにしても馬琴のクソっぷりは腹立ち臨界点を超えて、呆れ笑いの境地に達する。今もいるよなぁ、こういう人格が破綻した天才。
Posted by ブクログ
近ごろ、出版に関わるもの、作家の内面に迫る書物が多くなった気がする。
出版不況を何とかしようとする業界の思いとも取れるし、苦難の中に物語があると創作の食指も伸びるのだろう。
『PRIZE』(村山由佳著)も文学賞に憑りつかれる作家と編集者の心理を描いた力作だった。木内昇は、同様に自作を世に出したいと願う作者の思いを描くが、題材を江戸時代に取った。目の付けどころが実に、らしい。
時は、耕書堂を興し、江戸文化に洒落本、黄表紙の一大ブームを巻き起こした蔦谷重三郎の、その少し後のお話。まだ北斎、馬琴、山東京伝など、蔦重と時代の重なる登場人物が生きている時代に、本書の主人公鈴木牧之という『北越雪譜』を後世に残した作家の、出版(当時は、板行という)に至るまでの半生記だ。
出版ブームの江戸に、無名の地方の作家が作品を売り込み、出版に漕ぎつけようとする苦労がいやというほど描かれる。本業があってこその話で、今の自分とも重なり、いろいろ他人事ではないなと読みふけってしまったよ。
曰く、
「上板が契機となって文筆に没頭しはじめたら、鈴木屋は傾いてしまうかもしれぬ。神仏が、それを避けんがために50両という途方もない額を示して、引き留めてくださったのだ―」
自費出版という甘い蜜もぶら下がっている昨今。でも、200万円は下らない初期投資。冷静に判断して、そこには容易に踏み込むべきではないと、神仏でなくても、己の良心が囁くことだろう。
山東京伝をして、著者もこう語らせる。
「はて、本を出したいという希求は欲深いことなのだろうかと京伝は自問する。戯作なぞ、心願欲して目指すほどの営為ではない。手慰み携わるくらいで十分なのだ。」
一方、創作に臨むときの心がけも多く出てきて参考になる。
「いかに戯作といっても、なんでもかんでも白日のもとに晒すのは野暮でしかねぇのだ。わからねぇことはわからねぇまま、不可解なことは不可解なままに描くのが一番なのよ。わっちら戯作者は神じゃねぇんだからさ。神どころか、世の底の底を這いずってねぇと、ろくなものは書けねぇんだぜ―」
これは、知人にも指摘された。自身アーティストでもある、その知人は「もっと読者を信じて」と言った。
「わからねぇこと」は、作者と読者の両者で解を得るもの。その心がけが大切なんだな。
あるいは、この「神どころか、世の底の底を這いずってねぇと」は、容易にAIに頼ることも戒めているようでもあった。AI=神とは言わないが、なんでも解を提示してしまう奴等の思うままになってはいけない。
創造の翼を、いかに羽ばたかせ続けるかも、難しい。京伝、馬琴らも苦労した話が語られる。京伝の七光りでデビューした弟の京山は、その思いが強い。ましてや、越後の片田舎で創作に励む主人公儀三治(=鈴木牧之)には、並大抵のことではなかったろう。
「かつてはよく見えていた不思議なものを、ここ数年、なにひとつ見ていない、ということに。猫又も、雪の日についてくる狼も。土地の気風が変わったということはなかろうから、己の目が曇ったのだろうか。ものを書いている限り、現と夢のあわいに佇むことができていたはずなのに。」
これを世にいうスランプ、ライターズブロックと容易に片づけてはいけないが、アイディアが枯れないよう、心身の健康と、あくなき好奇心、世の中と切り結ぶ生活力を保ち続けて行かねばいけないと思わされた。
いよいよ巻末近く、京山のサポートを受け、出版にこぎつけた儀三治が、こうつぶやく。
「まったく浅ましいことでございますが、書くことより他のことに多くの時を費やしておりまして、あるときからなにも見えなくなってしもうたのでございます」
本書のテーマであろうと思うが、これを主人公に語らせてしまうのが、ちょっと惜しいな、木内さんよ。
本書全体を通じて、その思いは感じ取れたよ。 良い本でした。
P.S.
理想の物書きとして山東京伝、奇人の戯作者として登場する曲亭馬琴。本書の馬琴として、パッと思い出した人物像が、映画『八犬伝』(曽根文彦監督2024年)の内野聖陽だった。が、ありゃ、馬琴じゃなくて、北斎を演じていたっけと途中で気づいた。でも、本書の横暴な鼻持ちならない人物は、映画の中で馬琴を演じた役所広司ではなかったなあ。最後まで、内野聖陽だったよ(苦笑)
Posted by ブクログ
木内さんの本ーっと思って手にとる
北国に住む商人が江戸の人たちのあまりの北国の知識のなさに地元の風俗、説話などをまとめた本を作ることを夢見る話
山東京伝、十辺舎一九、滝沢馬琴、など聞いたことのある戯作者が出てくる
え?え?というほどに話が進まない
進んだと思ったら頓挫
江戸と越後の距離が今感じるよりもっと遠いのだろう
どうなってますか、と手紙を出すと、その人はもう死にましたという答えが剣もほろろに帰ってくる
かわいそすぎるーーーー
なんとびっくりそれで40ねん
おいおい、である。
大変である。
そして馬琴がめっちゃやなやつなのである。
ちょい前に八犬伝の映画で役所さんの馬琴を観てたので
そのギャップを自分の中で埋めるのがちょっと大変だった
越後の物書きと江戸の物書きとの心温まる交流になって
いくかと思いきや、何度も何度も話が頓挫するので
なんとゆーか、立場が違うもの達がわかりあうって難しいんだろうなーっと
物書きたちのいろんな悩みとか葛藤とかそーゆーのてんこ盛り
京伝の弟を想う気持ちが百合には一切通じてないのが悲しい
まあ、同じ人を大事に思ったとして、あくまでそれは自分にとっての相手だからなーー
子を生めなかった女の鬱屈が悪い方に向かっちゃったなーー
まあ、わからんでもないけど、親戚の子を可愛がる方に行けば自分を幸せにできたのになあーー
結局自分を不幸にするのは自分かもね
私はできれば無理やりにでも自分を幸せにしたいけどなーー
最後の最後、ようやく京山さんと書き者同士の心の交流が
できて牧之さん、良かったね
これはフィクションだけど鈴木牧之さんは記念館もあるほどの方で北越雪譜と言うのも本当に出版されたもののようなのでそこをもとに作られた物語なのだろう
そこからこんないろんな人を描き出してくる木内さんは
やっぱすごいよなーーー
Posted by ブクログ
「夢というのは一度見てしまうと、そこから逃れられぬものなのかもしれぬ」
とはいえ、刊行までに四十年も経とうとは。ここまでくると"夢"よりも執念が勝っているのでは。
"越後の鈴木牧之"この名は今回初めて知った。
山東京伝や滝沢馬琴などこの時代の名だたる作家たちを巻き込んでようやく日の目を見た大作『北越雪譜』。"鈴木牧之記念館"も建っているようで、今も彼の地の人たちに親しまれていると思うと他人事ながら嬉しい。
ここ数日日本列島を騒然とさせている最強寒波も、現代の我々はテレビの映像で見ているから各地の状況も知っているけれど、江戸時代には当然知る術もなく。鈴木牧之が江戸の人たちに越後について知らしめたい気持ちもよく分かる。
山東京伝は、NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で古川雄大さんが演じるらしいので、古川さんの美しい顔立ちを想像しながら読んだ。もちろん初代蔦重はちょっと老けた感じの横浜流星さんを当てはめて。こうなると滝沢馬琴や十辺舎一九は誰が演じるのか(そもそも出てくるの?)。鈴木牧之はさすがに出て来ないよね、と大河ドラマの先も楽しみになってきた。