あらすじ
身体を持った生物としての人間が、いかに文明をつくってきたかを壮大なスケールで描く大作。『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』と『世界の起源』に続く3部作の終巻。
「肉体」をもった「生物」としての人類の壮大な歴史!
人間には肉体的な壁があるからこそ歴史はつくられた。
「身体」から初めて世界史を総合的に解き明かした名著!
ベストセラー『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』で始まる3部作の最新作。
疫病、人口問題、遺伝的変異、アルコール・カフェイン・薬物、長子相続、認知バイアス……。
歴史を動かした身体性!
本書「はじめに」より
本書では、人類の歴史の奥深くまで潜り、文化や社会、文明に人間の根本的な特徴がどのように現われていたかを探ることにする。ヒトの遺伝子や生化学、解剖学、生理学、心理学上の奇妙な癖がどのように発露してきたか、そして一度の重大な出来事という観点だけでなく、世界の歴史で終始一貫して長期に見られた傾向の結果や波及効果が何であったかを探究したい。……ヒトの体の特徴は、僕らが互いに学ぶ慣習や行動、技能などの人間の文化的発展に、もっと微妙な方法でも影響をおよぼしてきた。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
都市は人間が「こうしたい」と思って自然を上手くコントロールするために作り上げてきたもの。養老孟司の唯脳論にも近い主張だが、都市だけでなく、人類の営為そのものが突き詰めればそうした人間身体によるのであり、その身体要求に合わせて最適化して作られてきたのが文明である。
こうした切り口で、身体欲求や制約による歴史の転換点に着目し、文明論を述べるのが本書。非常に面白かった。ジャレドダイヤモンドの進化生物学的なアプローチにも近い。
例えば、自らの遺伝子を残したいという欲求。進化生物学者のホールデンは「兄弟二人を救うためなら命の危険を冒して川に飛び込むが、一人の場合はダメ。いとこなら七人ではダメで、八人救わなければならない」という自分を犠牲にしてでも、親族が生存し、子孫を残せるよう手助けする進化上の戦略「血縁選択説」を述べた。こうした利己的な遺伝子論が権力により顕現した形が〝宦官“の存在である。東ローマ帝国ではコンスタンティノープルの行政官の半数が宦官によってのみ占められた時もあり、1520年代の中国では紫禁城内に一万人前後の宦官がいた。更に明朝末期の17世紀初めには北京の行政府に7万人の宦官がいたという。
また、貴族や庶民においても財産や土地の相続における法律が家族形態や人口構成にまで影響を与える様子、その人口の多寡が初期の戦争において重要な因子であった事も語られる。
ー 世界のさまざまな地域で発展した植民地の形態、すなわち収奪的植民地と入植植民地は、おもに生物学的な要因によって決められていたのだ。つまり、風土病のある環境にヨーロッパ人がどれだけ耐えられるかである。これらの当初の条件は、長期的な経済の動向を後押しするか、妨げるという、対照的な開発パターンをつくりあげ、そのパターンは、植民地が独自の国民国家として独立をはたしてから久しいいまなお、持続している。今日の多くの国々の経済的格差は、ヨーロッパの植民者が強力な制度を築くことに自己の利益を見出していたかどうかにその発端がある。今日のこれらの国々のGDPは、ヨーロッパの入植者の歴史上の死亡率と強く相関関係があるのだ。
疫病への遺伝的抵抗や風土病が歴史に影響してきた。人間による文明なのだから、人間の身体がその動力源である事は自明なのかも知れないが、そう考えると、身体から「悪意や暴力」を如何に取り除けるか。欲を満たしても際限なく、格差が広がるだけの自然状態をいかに去勢するか、面白いテーマだと思った。
Posted by ブクログ
疫病、人口問題、遺伝的変異、アルコール・カフェイン・薬物、長子相続、認知バイアスなどが及ぼした世界の歴史で終始一貫して長期に見られた傾向の結果や波及効果について探求した本。著者は宇宙生物学が専門だが科学を通して見た歴史書という感じ。特に風土病・感染症の観点からの植民地に関する分析が秀逸。
BEING HUMAN: HOW OUR BIOLOGY SHAPED WORLD HISTORY
【目次】
はじめに
第1章 文明をつくるソフトウェア
第2章 家族
第3章 エンデミック――風土病
第4章 エピデミック――流行病
第5章 人口統計
第6章 気分を変える
第7章 コーディング・エラー
第8章 認知バイアス
おわりに
Posted by ブクログ
人間の身体的な側面(遺伝子、病気に対する抵抗、人口増加・減少の原因、薬物、認知バイアス等々)に焦点を合わせた『銃・病原菌・鉄』とも言うべき著作で、ものすごい説得力がある。『銃・病原菌・鉄』がまだまだ文明というものを脳内の機能が発揮されたものと過大解釈してんじゃねーのという印象を読み手にもたらすというか、世界史の見方を根本的なところから修正する必要あるんじゃという印象を持った。陸地がつながってるあいだにアフリカからユーラシアに出てきたサルの一部が、家畜と農耕とで人口を増やし、病気も増やしたけど免疫も得た。海がまたつながって遮断されたアフリカとアメリカ大陸では、家畜由来の病気とは無縁だった。ヨーロッパ人が南北アメリカ大陸にもたらした天然痘が原住民を根絶やしにしたので、らくらくとアメリカ大陸を征服できた。一方で、アフリカはマラリアと黄熱病によってヨーロッパ人を拒んでいたが、それゆえに現地をヨーロッパ化しようという考え方にならず、象牙と金と奴隷を奪いつづける収奪的な現地支配がすすめられた。19世紀以降、キニーネの生産が追いつくようになって一気に内地にまで征服が及ぶようになった。みたいな「なるほどー」というほかない一連の考察が得られて、めっちゃおもしろい。いや、断片的にはそういうこと知ってたけど、ひとつながりになる面白さがあるでしょー。人類史を俯瞰するストーリーテリングが巧みな、スリリングな1冊。
Posted by ブクログ
これまでわたしが断片的に知っていた情報を身体の特徴という切り口で一つの書籍にまとめ上げられてたなという印象でした。
ハプスブルク家の顎(クールー病)、敗血症と航海への執念、ロマノフ王朝の血友病とラスプーチンの関係など、人体の特徴から生まれてくる歴史的な流れも存在するのだなと再認識させられました。
Posted by ブクログ
この本は、人間の身体的特徴がどのように文明の発展に影響を与えてきたかを探る壮大な著作。次のそれぞれ独立した8章からなり、どの章もとても面白く読むことができた。
第1章 文明を作るソフトウエア
第2章 家族
第3章 エンデミックー風土病
第4章 エピデミックー流行病
第5章 人口統計
第6章 気分を変える
第7章 コーディング・エラー
第8章 認知バイアス
著者のルイス・ダートネルは、英国ウエストミンスター大学教授で宇宙生物学が専門。だが、この本は宇宙生物学の本ではない。どうしてこのような幅広い分野で洞察力を発揮できるのだろうか不思議でならない。
ヒトの体と人類の歴史を作ってきた関係の例として、第7章では、ヒトがビタミンCを合成することができないことが、マフィアの誕生につながったとして、以下の説明がなされている。
地球上のほぼすべての動物は、通常は肝臓でビタミンCを合成することができる。しかし、ヒトやその他の類人猿はこの生化学的な能力を失った。大航海時代、船乗りを壊血病が襲う。ビタミンCを摂取できないためだ。レモン果汁の配給により壊血病を克服する。レモンは柑橘類の栽培に適していた暑い気候のシチリア島でつくられた。18世紀、イギリス海軍が大量にレモンを調達したことにより、レモンの相場が急騰、莫大な資金が流れこんだことにより、マフィアが誕生した。
なかなか興味深い考察だ。
ヒトの身体的特徴以外でも、心理メカニズムとして、人間には群衆行動をとろうとする強い傾向がある。
これを進化という点から見ると、危険の多い自然では、たとえ最善の行動方針だと確信していない場合でも、単独で対処する危険を冒すより、ほかの人たち全員についていく方がおそらく安全なのだ。自分が正しいと感じるときでも、集団のなかで目立つことを嫌がる。これは素早い判断を下すための手段となり、何もかもを自分でゼロから決めた場合にかかる時間や認知労力を節約してくれる。
自分の身近によくあるこの傾向。現代における人間心理は、かつての狩猟採集時代の頃と全く変わっていないことに驚きを隠せない。
第7章からもう一つ。
1度の遺伝子変化が歴史を変えた例として取り上げられているのがロシア革命。
一体どういうことなのか?
まずは、歴史的事実。
ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世の皇后アレクサンドラは第5子として待望の男子アレクセイを産むが、この皇太子アレクセイは遺伝による血友病であった。不思議な能力を持ったラスプーチンはアレクセイの血友病の治癒のため宮廷に招かれ、皇后アレクサンドラの厚い信頼を勝ち得る。宮廷に足繫く出入りするラスプーチンはニコライ2世にもロシアの政治にも大きな影響を与える。
そしてやがてロシア革命へと繋がるのだが、問題はアレクセイの血友病。これがなければ、ラスプーチンはいなかっただろうということ。
つまり、アレクセイの遺伝子変化がなく、血友病でなければ、ロシア革命はなかったかも?とまでは言わないにしても歴史が大きく変わった可能性は否定できない。
第4章エピデミックより
14世紀ヨーロッパを襲った黒死病。これは人類を襲った最も深刻な人口統計上の大惨事であった。あまりにも多数の死者が出たため、社会の不平等が是正された可能性があると説く。つまり、労働力が希少になれば、実質賃金は上がり、富裕層と貧困層の格差が縮む。黒死病のあとにはこうした事態が生じたという。黒死病以前のヨーロッパは人口過密状態で、黒死病がこの手詰まり状態を打破したというのだ。
数年前に地球上に猛威を振るったコロナ。これも黒死病と同じく、地球上の人口過密状態を自然の力が是正しようとしているのか?そんなたわいもないことを連想してしまう。
ここまで書いてきて気づいたが、この本は歴史の本?そうなんです。歴史の本なのです。