あらすじ
判定は正しくて当然、間違えれば袋叩き!
どんなスポーツ競技にも必要な「審判員」。彼らがいなければ勝負判定も採点もできず、競技の公平性は担保されない。
重要な役割を任され、絶大な権限を与えられる審判員だが、そのジャッジは正しくて当たり前、「誤審」しようものなら猛烈な批判を浴びる。近年は映像判定をはじめとする「機械」に仕事を奪われつつあり、“競技の番人”としての「権威」「威厳」も低下している。
それでも彼らはなぜ「ジャッジマン」としてスポーツに身を捧げるのか。
日本人として初めてW杯の開幕戦で主審を務めた西村雄一(サッカー)、公式戦3000試合出場の橘高淳(プロ野球)、行司の最高峰である第37代木村庄之助を務めた畠山三郎(大相撲)ほか、第一線で活躍した8競技の審判のインタビューをもとに構成。
彼らが「審判」を目指した理由、自身の「誤審」を巡る騒動、機械判定に対する複雑な思い--競技ごとに異なる判定の難しさとともに「審判としての誇り」を語る。
また、「世界的に物議を醸したW杯開幕戦のPK判定」(西村)、「巨人・ガルベスの硬球投げつけ事件」(橘高)など、審判員として関わった「騒動・事件の裏側」も初めて明かされる。
(底本 2024年5月発売作品)
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Posted by ブクログ
スポーツ審判員の判定をめぐる議論は尽きない。本書は、8名の審判員へのインタビューを通じて、彼らがそれぞれ独自の哲学を持ち、ジャッジに臨んでいる姿を克明に描き出す。基本的にはフリートーク形式で進行するが、本書著者によるビデオ判定と、生まれ変わって審判員をやりたいかという二つの質問が、各々の個性を際立たせている。
特に、ビデオ判定に対する見解は多様で興味深かった。私はこれまでビデオ判定を積極的に導入すべきと考えていたが、現場で活躍する審判員たちの生の声を聞き、その考えに若干ではあるが変化が生じた。
本書を手にした時、日本国内では高校野球の地方予選が真っ盛りで、間もなくパリ五輪が開幕しようとしていた。このタイミングで本書を読んだことで、スポーツ観戦がより一層豊かになるだろう。