【感想・ネタバレ】二百十日・野分(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

“豆腐屋主義”の圭さんと奔放な性格の碌さん。江戸っ子二人の軽妙な会話を通じて、金持が幅をきかす社会を痛烈に批判する『二百十日』。理想主義が高じて失職した元中学教師の文筆家・白井道也と二人の青年・高橋と中野。学問、金、恋、人生の葛藤を描く『野分』。漱石の思想や哲学をもっとも鮮やかに体現する二作品。(解説・紅野敏郎)

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Posted by ブクログ

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「愛読書は何?」と聞かれたらコレ。
圭さんも、碌さんも、白井道也も、高柳くんも、みんな個性があっていい。

『二百十日』
こちらは圭さんと碌さんの会話調で進むが、舞台のプロットのように映像化しなくとも読み進めていくだけで、ふたりが世の中に(という圭さんが)世の中をどのように捉えて憤っているかを感じさせてくれる。
戦の前の決意表明的なものでアル。

『野分』
こちらは『二百十日』の意気込みを実践の場で、3人を核として描いているような作品。
自分からしてみれば…もう少し他者に優しくあっていいんじゃないかと思う白井先生・ペシミストすぎる高柳くん・幸福で金があるがゆえに灯台下暗しな中野くん…という印象。
ただ三者三様であって、それぞれから見るそれぞれが生き生きとしている。
背景にある時代は現代社会の構図にも似ているような気はするので、余計に自分が入り込める余白が大きくて好きなのかも。
「解脱と拘泥」がたまらなく好き。
最後の白井先生の演説もいいなぁって思う。

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2019年06月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

40代に迫ったころの夏目漱石が書いた、短編と中編の二篇。
『吾輩は猫である』を書いていた漱石が、
この作品では社会に挑むようなテーマを扱っています。

「二百十日」はほぼ会話でできあがっている作品。
阿蘇の山に登るための旅中の会話が主体なんですね。
主人公の二人はところどころとぼけていて、
まるで落語みたいだなあと思いながら、おもしろく読めていく。
主人公の一人、圭さんが剛健な人物で、
当時の金持ちや華族連中の存在がいけない、
という持論を展開していきます。
それでも、冗談を交えた日常会話文ですから、
論理がむずかしいということもなく、
読者の気持ちもそこに乗り移るように、
男気ある好人物との触れ合いを楽しむように
読書することになるでしょう。

中編「野分」は、
社会派的性格が「二百十日」よりもずっと濃くなっていますし、
リアリティさも強い文体です。
クライマックスの、白井道也の演説はなかなか読みごたえがありました。
当時38,9歳の夏目漱石が考えたことでもあるでしょうし、
だいたい同年代の今の僕と重ね合わせて考えてみもしました。
今って、階級社会になってきましたよね。
70年代に築かれた中流層が崩れ、
下層階級と金持階級との二極化がすすみました。
そんな現代と、明治40年くらいのこの小説の舞台の時代の構造が、
もしかするとちょっと似ている部分がある。
金儲けに走ってうまくいき、富を得ただけなのに、
まるで位人臣を極めたかのように、
学問にも通じているかのようなふるまいをする人たち。
本作品では、それを「おかしいことだ」と、鋭く、でも平明な言葉で、
世間に投げかける。どうだ、と、まな板にのっけたんです。

「学問即ち物の理がわかると云う事と、生活の自由即ち金があると云う事とは
独立して関係のないのみならず、反って反対のものである。
学者であればこそ金がないのである。
金を取るから学者にはなれないのである。
学者は金がない代りに物の理がわかるので、
町人は理窟がわからないから、その代りに金を儲ける」

「それを心得んで金のある所には理窟もあると考えているのは愚の極である。
しかも世間一般はそう誤認している。
あの人は金持ちで世間が尊敬しているからして理窟もわかっているに違いない、
カルチユアーもあるに極まっていると―――こう考える。
ところがその実はカルチユアーを受ける暇がなければこそ
金をもうける時間が出来たのである。
自然は公平なもので一人の男に金ももうけさせる、
同時にカルチユアーも授けると云う程贔屓にはせんのである。
この見やすき道理も弁ぜずして、
かの金持ち共は自惚れて……」

という二つの引用セリフからもわかります。
そして、現代にもそういう誤認が市民権を得ていながら、
同時になんか腑に落ちないな、
という違和感もみんな感じているところだと思います。
それを、小説内の在野の思想家・白井道也が、
ひいては漱石のような作家が、
社会のそのあり方を憂い、強く糾弾しているんですよねえ。
見事だと思いました。

あとは、全然本筋とは離れますが、
「二百十日」では、豆腐屋(圭さん)にたいして、
豆腐屋ってたいがい彫り物をいれてるものだろ、
っていうようなセリフがあるんですけど、
日本の入れ墨の歴史をまったく知らないから驚きがありました。

それと、
田舎から出てきたばかりの若い女が隠し事ができず、
すぐに正直に喋ってしまうことを
笑いのダシにした芝居が西洋にあるくらいで、
田舎びとはとかく恥ずかしいものだけれど、
「実際田舎者の精神に、文明の教育を施すと、
立派な人物ができるんだがな。惜しい事だ」
というセリフが出てきて、言ったもんだな、と思うところ。

また、「野分」では、
文学者っていうのは、
楽に生活していけるものじゃないんだよ、
苦しまない者は文学者なんかなれないんだよ、
みたいに語られている。
そうさなあ、と思った次第です。

いや、しかし、
僕は元々「文学なんてカタブツなんだろう」から入ってる人だから、
こういうのに触れると素直に驚くし、刷新されます。
漱石はすごいな。
標準であるし、その標準の水準が高い位置にある。
日本の宝物的作家だと思いました。

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2019年03月01日

Posted by ブクログ

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本書は最近の活火山の活発さのニュースで二百十日という天候が荒れやすいとされる日のことと夏目漱石がその名で小説を書いていることを知ったのをきっかけに読んでみた。当時の書き方を表記を現代の新仮名遣いに改めていても独特の言い回しで読みにくかったが明治も40年が過ぎ当時の日本の先行きが見えない状況は今21世紀にも通じるところがありそういう視点で読むと先人の考えは参考になりところもあり面白いと思う。

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2015年05月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

野分の高柳君と中野君が結婚披露宴でお互い「これは」と思いつつそれには触れずにやり過ごす場面。この辺りの人間観察の機微というのは凄い。グサッときた。

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2014年03月09日

Posted by ブクログ

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いまさらの夏目漱石ですが、これは読んだことなかった。
すーごーくー、良かった!
たしか、何年か前の姜尚中の著作『悩む力』で、彼が夏目漱石を絶賛していたように記憶していますが、ほんと、今のこの時代にこそ読まれるべき。
私は、頭の中がすっきり整理できました。
当分、夏目漱石を読み続けることになると思います。

夏目漱石が「明治の青年たち」に向けて書いた作品。
次の時代の扉を開く青年の一人であった志賀直哉や武者小路実篤らは、『野分』により強い感銘を与えられたそうです。

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2013年10月08日

Posted by ブクログ

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二百十日は弥次喜多みたいで楽しく読めた。
悪天候時の山登りは危険。

野分は日常会話部分はすらすら読めても、頻繁に登場する漢文を下地にしたような文章が難しくてつっかえつっかえしながら読んだ。
まず、世俗的な考え方の人として描かれた道也先生の奥さんやお兄さんだけれども、その言い分ももっともだと思った。自分達を不幸な方向へ向かわせないと文学って書けないものかね?
また、道也先生や高柳君からすれば金持ちの中野君は対立的な立場の人なわけだけど、中野君みたいに自分のことを大事にして気にかけてくれる友達を高柳君は大事にせんといけんよ。「金持ち喧嘩せず」を体現している。
高柳君のラストの選択はだいぶ検討違いだと思った。中野君に対する裏切りじゃないか?道也先生もそれで良いのか?
数年後には高柳君は孤独に死んでしまいそう。

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2019年10月14日

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