あらすじ
大学卒業のとき恩賜の銀時計を貰ったほどの秀才小野。彼の心は、傲慢で虚栄心の強い美しい女性藤尾と、古風でもの静かな恩師の娘小夜子との間で激しく揺れ動く。彼は、貧しさからぬけ出すために、いったんは小夜子との縁談を断わるが……。やがて、小野の抱いた打算は、藤尾を悲劇に導く。東京帝大講師をやめて朝日新聞に入社し、職業的作家になる道を選んだ夏目漱石の最初の作品。(解説・柄谷行人)
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Posted by ブクログ
宗近君かっこ良すぎる。結婚して!
子供じみた上部の皮を脱ぎ捨てて、真剣勝負をしなくてはいけない。そうして生きれば第二義的なことは全てどうでも良くなる。正か死か、悲劇はそれだけ。骨身に応えた。
Posted by ブクログ
(個人的)漱石再読月間の6。
いよいよ虞美人草です。10代の中頃に読んだはずなのですが、まっったく歯が立たず、藤尾の壮絶なラストだけはくっきり記憶にあるものの、とにかく辛かった思い出しかないので、今回の再読月間に当たり、最後に回そうか、さもないとここで引っかかって終わらないかも…くらいの苦手意識だったのが、なんとするする読めるし、もう面白くてたまらない。最初の朝日新聞での連載小説で、気合いを入れて、面白い仕掛け満載なのがよくわかり、いやぁ、私も読書人として成長したなぁと感慨深いものがありました。
キーワードは「道義」と「悲劇」
ここでもやはり、お金がないのはツライということが延々と述べられ、意外とテーマは偏っているのかとも思う。
Posted by ブクログ
【Impression】
「虞美人草」が一体誰のことなのか、結局は藤尾さんであると分かるんだが、虞美人草の花言葉は「平穏、無償の愛、慰め」などであるらしい。
作中の藤尾さんは全くの正反対である。
最後は意中の人を得る事が出来なかったため死んでしまうような、気性の荒い人である。
この正反対にある状況は一体どういうことを意味しているのか、いや、面白かった。
文章が綺麗で、詩的で、漢語のにおいがする、また読み返したい本
【Synopsis】
●宗近と糸子、甲野と藤尾、そこに小野が加わり、表面的には平穏に、内面では策略を巡らせた人たちとの恋愛もの。宗近と甲野はこの策略に飽き飽きしている、小野は利己的にこれを利用している、藤尾は母と共に何とか小野と婚約しようとしている
●表面的には比喩や揶揄、暗喩、皮肉、が飛び交い、ここぞとばかりに機を窺っているやり取り、それを分かっていながら策略に乗っかる甲野、策略に真っ向から戦う宗近、「真面目」をキーワードに小野は立ち直る。糸子は藤尾と宗近が婚約することに反対している、学問はないが非常にロジカルな面を持っている。
●虞美人草に例えられているのは誰なのか、恐らく糸子ではない。糸子は平穏ではない、慰めでもない。甲野の母親と真っ向から対立し、一歩も譲らない。藤尾は死んで漸く「虞美人草」になったのか、平穏を漸く手に入れたのか。
Posted by ブクログ
漱石の凄まじい教養と文章力に圧倒される。難解な表現は多いものの、軽快な会話劇も同時に展開されていくので思っていたよりスラスラと読み進めることが出来た。
にしても大バッドエンドである。
登場人物がそれぞれに背負っていた業は最後に全て藤尾に押し付けられ、藤尾は死んだ。彼女だけが自己中心的?小野も井上親子も甲野も宗近も糸子も濃淡あれどそれぞれ自己中心的ではないか。優柔不断な上に姑息な手段で縁談を断ろうとした小野、小野の気持ちなんぞ確認もせず東京へ出てきて世話になる気満々の井上親子、分かったようなことばかり並べ立てる宗近(彼がわざわざ時計を壊したのは自分を軽んじた藤尾への憎しみからではないか)……。
それぞれの欠点は問題にもされず、ただ藤尾だけが1人、裁きを下され死んでしまう。面子を潰してプライドも踏みにじるような酷い騙し討ちのような形で。「女の癖に生意気なんだよ」「身の程を弁えろ」という声が聞こえてくるようである。生き残った連中が不幸になりますように。
また、ラストの宗近から小野への説教も極めて凡庸であった。「真面目になれ」とは一体何なのか。そんな説教で人が変わるならこの世の中苦労はしないし、説教如きで変わることのない人間のどうしようもなさや複雑さ、ひねくれぶりを描くのが小説であり、あの程度の説教で小野がさっさと反省して物語が店じまいに入ってしまう辺りがなんとも拙速だった。
結末には大いに不満が残るものの、しかしこの先何度も読み返したい名作だと思う。
Posted by ブクログ
途中から一気に引き込まれて全部読んでしまった。自分の感覚でいくと、遠距離で、しかも5年も会ってないのであれば、そりゃ気持ちなんて変わって当然だろう、と思う。
ただ、それがいかに無理のある婚約だとしても、人にそれを伝えにいかせるのは小野さんのずるさであって、井上先生がキッパリ怒るのはよかったです。
藤尾さんはプライドが高く、素直じゃないけど、心から小野さんを愛していたようにみえ(それはけして打算ではなく)、プライドが傷ついたから自殺した、ではないと感じました。そして小野さんも藤尾さんの気高さとか美しさに心から惹かれていたのでは。
感じたことは、この時代では結婚って当事者の気持ちより、親の約束や建前だったんだなあということ。
それを当事者が遂行しなければ、当事者以外がそれを正しさだと説いて、遂行させることが美しいとされていたこと。
ストーリー全体に共感は感じないけど、言葉の一つ一つには、共感というか人生の真理をつくものがあると感じ、読み終わったあとも読み返すような良い作品です。
良い言葉メモ。
真面目になれるほど、自信力の出る事はない。真面目になれるほど、腰が据(すわ)る事はない。真面目になれるほど、精神の存在を自覚する事はない。
(中略)口が巧者(こうしゃ)に働いたり、手が小器用に働いたりするのは、いくら働いたって真面目じゃない。頭の中を遺憾なく世の中に敲(たた)きつけて始めて真面目になった気持になる。安心する。
Posted by ブクログ
漢語調の絢爛な文体は漱石の領分といっても過言ではないでしょう。東京帝大の講師を辞め、専業作家となってから書いた初の小説とだけあって、眩暈がするほど難解かつ華麗な文章からは、並々ならぬ覚悟が伝わってきます。
大学卒業のとき恩賜の銀時計を貰ったほどの秀才・小野清三。彼の心は、美しく裕福だが傲慢で虚栄心の強い女性・藤尾と、古風で物静かな恩師の娘・小夜子との間で激しく揺れ動く。彼は、貧しさから抜け出すために、一旦は小夜子との縁談を断るが…。やがて、小野の抱いた打算は、藤尾を悲劇に導く。
「潺湲(せんかん)」「瀲灩(れんえん)」「冪然(べきぜん)」「窈窕(ようちょう)」等々、これは正気の沙汰なのか?という語彙が乱れ咲く万華鏡の世界。その高雅な文体で綴られるのは、意外にも月並みなストーリー。真面目だが内気な青年・小野が、裕福な悪女・藤尾と貧しい乙女・小夜子の間で揺れ動くという安っぽいメロドラマを、「厚化粧」(小宮豊隆評)とも取れる絢爛たる舞台装置で見せられるというのはちぐはぐさ。まずもって人物の造形が平板かつ硬直的で、人間というよりは操り人形が話しているようなぎこちなさがついてまわります。漱石の豊饒な漢籍の素養と、迸る文才を疑う余地はありませんが、その漱石がなぜこのようなありふれた内容の小説を?という疑問を禁じえませんでしたね。
Posted by ブクログ
跡継ぎ問題、結婚問題、それぞれに色んな思惑があり、それぞれの主観を聞くと分からなくもないなと思える言い分ばかりだが、人間関係のすれ違いが続くのは読んでいて苦しくなった。
知っている者が知らない者を馬鹿にする世の中は淋しい。
藤尾の情念にあてられたようなところがあるが、屈辱と怒りで理性を失いつつある女の静かな凄みを、怖いもの知らずでもっと読んでみたい。藤尾が、屈辱の場面や台詞を繰り返し思い出して怒りを増幅させていくところなんかは、自分の中からも感情が沸々としてくるようだった。
そういう時代なのだから仕方ないとは思いつつも、結婚の自由さが無く、男達に決められていくのがどうも腑に落ちなかった。すべてを雑にまとめていく宗近は最も苦手なタイプだ。
最後は死で締めくくるのが意外で、素直にちょっと可哀想だなと。
でもこれをきっかけに継母と欽吾の仲は穏やかになりつつあるわけで。死という悲劇をもって、家庭というひとつの小さな社会を、結果的に変えたことになる。後味は良くない。