【感想・ネタバレ】ハルビンのレビュー

あらすじ

1909年10月26日、ハルビン駅。伊藤博文に凶弾を放った安重根――それは英雄でもテロリストでもない、悩める青年だった。大地主の家に生まれるも勉学よりも狩猟を好み、義兵部隊は日本人捕虜を解放したことでクビ。やり場のない怒りを抱え、凶行へと駆り立てられた青年の姿を描く、歴史小説の第一人者による話題作。

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Posted by ブクログ

最初に断っておくと、本書は小説だ。
参考文献の記載も無く、ノンフィクションに分類されていない時点で、本書の歴史的事実に関する記述の正確さを考慮して評価を下すことは適切ではない。あくまで実際に起こった事件を土台として、当事者や関与した人間がどのように考えて行動したかを考える作家の想像力の方向性と、それを再現するための文章能力や演出方法に注意を向けて読むべきだ。当時の情勢や声を現代に届けてくれる資料として本書に目を通していくことはあまり意味がないように思う。それが作家の意図する全てではない。

金薫は、安重根の若く力強いエネルギーと行動力を是が非でも取り上げ、作品として昇華させたいと長年思っていたそうだが、事件の歴史的・政治的重みに気圧されてずっと手をつけられないままであったという。書くために数え切れないほどの資料に触れ、その度に挫折し、ようやく本書が執筆される頃、処刑された安重根とは対照的に著者は若さを失ってしまっていた。しかし、落ち着いた年齢に達した頃に本書を書き出したことはかえってよかったと思う。作家の精神の落ち着きは、この事件の主犯である男に新たな深みを齎した。

公判の記録から伺える安重根の後ろ姿は、直情的で力強い。しかし本書における彼は、一本気で決断力があるものの、静かだ。闘志を表に出すようなことはほとんどない。むしろ神父や彼の妻が評しているように、危なげで迷いを多く抱えた人間として映る。大学建設の希望を司教に話すも無視され、上海に住む資産家の同胞に国権回復を呼びかけるも相手にしてもらえず、ただ自国の民衆が外国権力によって蹂躙され死体の山が築かれていくのを茫然と見つめる彼の後ろ姿には、深い悲しみと絶望、諦観が漂い、その目には先行きの閉ざされた未来を進もうとする者の迷いが感じられる。「土地に縛られていながら、土地に居場所を見出せない男」、妻である金亜麗がこう評する男は、事件に至る前にその意思の根付くべきである大地を既に奪われていたのである。

伊藤博文暗殺の主犯を無知で文明度の低い人間として扱い、法の裁きを受けさせることでその文明度の高さを世界に喧伝したい大日本帝国、対して事件に政治性を付与し、文明度の高い人民を処刑する野蛮な国というイメージを作り上げて傍聴者に見せつけようとする安重根、この対立構造は何を示すのだろうか。単に彼の文化度の低さを頭ごなしに否定する日本の横暴を取り上げた場面と読むのは容易い。しかし、事件に至るまでの安重根の心理の動きを見ていると、もっと大きな構図が見えてくる。

安重根は多くの現代朝鮮人からしたら、侵略者に立ち向かった英雄として見えるのだろう。全員がそうではないのだろうが…。しかしこの作品の中の安重根は、「英雄」という言葉から連想される程に雄々しく強くは見えない。むしろその姿は、日韓協約による日本への権利譲渡、高宗の退位、高官達の相次ぐ自殺、暴動とその鎮圧により増加していく死者の群れといった一連の流れに途方にくれていたであろう民衆と大いに重なるものがある。伊藤側の記述にも見えるように、日本側の予想に反して多くの民衆が暴徒と化して総督府の専横に反旗を翻したわけだが、日本が軍を引くわけでもなく、欧米列強が助け舟を出してくれるわけでもなし、国外に逃げた資産家たちも実情から目を背けている状況だった。闘志はあれど、希望は見えない。ただただ疲弊していくばかりで、一向に良い方向に向かっていかない。彼らの勇猛さの裏では、深い絶望も癌細胞のように体の隅々にまで浸透していたのではないだろうか。

作家の意図はどうあれ、本書は安重根について話す事を通して、当時の朝鮮人達の心理を克明に描き出すことに成功している。金薫は安重根の背中を追い、その根底に朝鮮人達の抱いていた怒りと諦めの混沌とした渦を見たのだ。そうしてこの小説は普遍性と宇宙のように深く複雑な深淵を獲得した。緻密に練り上げられた計画を持たずに飛び出した安重根と禹徳淳、殺害に至るまでの淡々とした空気、迷いなく引かれた引き金、これらが全てを物語っている。法廷での裁判長と安のやりとり、そこでは国家と個人の場面の上に国家と国家の争う光景が重なる。一人ではない、朝鮮人民の悲しみと苦しみにまみれたあがきが、この小説の隅々から滲みだしてくるようだ。

著者と歴史的事実が長年の共同作業で救い出したこの果てしない漆黒の闇を、我々読者は感じ取らないといけない。間違いなく本書は名著だ、小説故に。

作家が小説でなければ再現し得ない世界を認識し、寸分の狂いもなく文章に起こすことができた作品、それは、歴史を超えるのである。



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2025年11月22日

Posted by ブクログ

安重根の意識は戦争状態であり、暗殺は敵国のリーダーの影響がないものにしたということだった。当時、彼の行為は理解されることなく、信仰していたカトリックからも罪人扱いにされていた。テロ行為だからね。でも、戦後になって名誉回復になった。

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2024年11月25日

Posted by ブクログ

前々から安重根の物語は読みたいと思っていた。この「ハルビン」は安重根に肩入れするために伊藤博文を貶めていることなどはなく、事実に多少の脚色を施しながら淡々と描かれている。寡黙ながらも毅然とした安重根の実行力とその正当性がよく伝わってきた。

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2024年05月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

安重根と伊藤博文それぞれの人生を交互に描きながら、暗殺シーンの見せ場までに読者の気持ちをジワジワ高めていく手腕がお見事。
「暗殺はまだかな?」とドキドキワクワクしながら読み進めていました。
2人が少しずつハルビンに近づいてくるのを追いかけるのがまた楽しい。地図がついてたら嬉しかった。

乾いた硬質な文体で、どの人物にも特段肩入れすることなく淡々と描いているのだが、しかしどの人物にもやけに生々しい存在感があり、「実際こういう人間であったのだろう」と思わせるリアリティに満ちている。

ただ、個人的に、理想を掲げて突っ走る英雄タイプの歴史上人物が苦手なので、「奥さんと子ども置いて金も送らんと何してんねん…」というイライラはどうしてもぬぐえず。。
いや、でもおもしろかったです。
暗殺シーンが意外とはやく訪れて、その後の展開どうするんだろうとちょっと不安になったけど、最後まで緊張感を保ったまま見事に終結してました。
蓮池さんの翻訳もすごい!

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2025年11月14日

Posted by ブクログ

歴史小説ということで読む前は身構えていたけれど、すごく読みやすくストーリーに没頭できた。今まで読んできた本と繋がるところもあり理解が深まり、だけどまだまだ知らないことが自分には沢山あって、知りたいことも増えた本でした。読んで良かった。

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2025年06月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ハルビンで日本の初代首相伊藤博文が暗殺されたことを、暗殺者安重根や韓国側からの目線で書いたノンフィクション(だと思う)。
とはいえ、私自身は日本側からの視点でのこの事件の詳細はよく知らない。
日本は韓国を併合しようとしていたのだから、当然多くの韓国人は日本に対して良く思っていなかっただろうと考えていたが、この本にはそのような韓国人の激しい感情はほとんど書かれていない。
伊藤が暗殺された後の韓国人、少なくとも上層部の人たちは、日本に謝罪し、喪に服し、伊藤の死を悼んでいた。
日本も同様、伊藤の暗殺に対して、激しい怒りに出ることもなく、裁判も当時の法律に則って静かにきちんと、安重根への取り調べを何度も行い進めている。
もちろん死刑にはなるのだが。
韓国で安重根は英雄視されていると聞いたので、この本には韓国人のもっと激しい感情が描かれているかと思ったが、そうではなかった。
私は歴史を知らなすぎるのだと思う。

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2025年05月20日

Posted by ブクログ

世界史で安重根を学んだが、読後は安重根をより身近に感じることができた。
この本を読む前は伊藤博文を暗殺した人物だという知識しかなかったが、安重根が何を感じ、自分の命を投げ捨ててでも何を訴えたかったのかを読後に何度も考えさせられた。
特に暗殺後の裁判における安重根と検察官との駆け引きはリアルで非常に興味深かった。

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2025年01月14日

Posted by ブクログ

日本は明治維新から駆け足で拡大し、日清、日露戦争の後〈列強〉といわれる陣取り合戦に名乗りを挙げる。
高校で習う〈朝鮮半島併合〉は、単に地図の色が変わった程度。
当然ではあるが人の血が流れていることを、この本は伝えている。

「伊藤博文」は、幕末に吉田松陰の下で学んだ長州藩志士。維新後に初代内閣総理大臣(その後何度も再任)を勤め立憲政治を進めたことはもちろん、日清戦争の下関条約締結で清朝末期の西太后とも関わりが深く、昭和の千円札でも馴染み深い、明治の重要人物。彼を銃で暗殺した「安重根」という人物に光を当てた物語。

恐らく膨大であったであろう資料をもとに、客観的な文章を心がけて綴られた物語は、淡々としていて好感が持てるのみならず、かえってこの物語の本質を理解しようと試みる気になるほど。

「暗殺」という陰湿で嫌悪感の強い事件でありながら、深みのある物語である。

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2024年11月13日

Posted by ブクログ

ハルビンの駅で伊藤博文を銃撃した安重根(안중근)を描いた小説。安家は黄海道の海州で代々暮らしてきた地主だ。安重根は安家の長男だった。一人で山に入り数か月も家に帰らず、時にはノロ鹿を銃で撃って持ち帰ってくるような青年だった。キリスト教の洗礼を受けていたが、神父には上海にいくとだけ話した。そして上海では思ったほど人に会えず一年して戻って来た。そして村で小さな学校を開いて子供に地理や国史などを教えていたが、もどかしさを感じていた。そしてしばらくして神父にあいさつに行った。ウラジオストクに行くと。神父は何故そこに行くのかと問うたが、安重根の答えを待たなかった。安重根という男を知っていたからだった。これで安重根の軌跡は伊藤博文の軌跡とハルビンでついには交わることになる。何故安重根は伊藤を銃撃したのか。それは朝鮮人全てが知っていると。朝鮮の山野に夥しい骸が眠っているのは伊藤のせいだと。それを日本人はほとんど知らない…。

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2024年09月14日

Posted by ブクログ

韓国側からの見方により、安重根が一方的に正義だとは思わない。だからと言って日本側の朝鮮統治や安重根に対する裁判の経過と結論はまったく正しくないけれど、それぞれの立場で依拠する論理が理解できてしまう。どちらにも正しいと思わせるところがあるから難しい。そしてそういった国家の論理を超えて存すると思われる宗教の立場においても、これらを救うことはできないことをこの小説は示してしまう。その意味ではある意味絶望的である。ただ、作者は後記において、安重根の青春を描きたかったと述べており、その意図を鑑みると、この小説の描きたいところを理解することができる。

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2024年08月30日

Posted by ブクログ

韓国側と日本側、それぞれの立場で正しさは変わってくる。この小説からのみ読み取るのであれば、どちら側も理解できる。作者はあとがきで安重根の青春を描きたかったと述べている。そういう意味ではこの小説の描きたかった事を理解することができる。


Wikipediaでは以下のように記載されていた。
開化派の流れを汲むカトリック教徒であるが、華夷秩序を主張した旧守派及び東学党や、後継たる天道教及び一進会とは終生敵対したため、民族主義者としての立場は不明確とされている。そのため、生前に本人が何を明確に主張していたのかは、はっきりとしていない。親露派との関係性は不明。1909年10月26日に韓国併合阻止のために尽力していた伊藤博文をハルビン駅構内で襲撃し暗殺に至った。ロシア官憲に逮捕されて日本の関東都督府に引き渡され、1910年3月26日に処刑された。獄中で「東洋平和論」を執筆。大韓民国の建国以後、韓国の民族主義で象徴的な位置づけとなった。

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2024年11月25日

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