【感想・ネタバレ】わたしたちが孤児だったころのレビュー

あらすじ

上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。貿易会社勤めの父と反アヘン運動に熱心だった美しい母が相次いで謎の失踪を遂げたのだ。ロンドンに帰され寄宿学校に学んだバンクスは、両親の行方を突き止めるために探偵を志す。やがて幾多の難事件を解決し社交界でも名声を得た彼は、戦火にまみれる上海へと舞い戻るが……現代イギリス最高の作家が渾身の力で描く記憶と過去をめぐる至高の冒険譚。

...続きを読む
\ レビュー投稿でポイントプレゼント / ※購入済みの作品が対象となります
レビューを書く

感情タグBEST3

このページにはネタバレを含むレビューが表示されています

Posted by ブクログ

ネタバレ

カズオ・イシグロらしい記憶を辿る旅。
過ぎ去ってしまった時への郷愁、おぼろげであり、夢のようであり、心に確実に刻まれた感覚、忘れがたいのに指の間からこぼれ落ちていく切なさ。
近未来のSFだったり、中世ヨーロッパだったり、どこが場面だったとしても、その通奏低音は変わらないのだが、今回は探偵の物語。戦前、戦中の上海租界とイギリスを舞台が舞台。
前半、なかなか進まない中にも主人公の自我の強さ、探偵小説としては楽観的な展開に(探偵小説ではないのでそれ自体は構わないのだが)、後半の展開はスリリングというより目を閉じたくなる内容で、ゆっくりとした展開のうちに自分がどれだけ主人公に感情移入していたかに気付かされた。
稀有な作家、これにて全作品を読破。次作も楽しみで仕方ない。

0
2024年08月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

後半からは、一気に最後まで読みました。
というより、読まずにはいられませんでした、先が気になって。

どういったらよいかわからない気持ちです。
幼い日の、当時の自分には責任はないし、気付くはずもない小さな判断が自分と周囲の人の運命を変えてしまったかもしれないという罪悪感、無力感。
正義感、責任感、向上心、愛情を持っていたからこそ訪れてしまった家族の悲劇、知人の悲劇、世の中の悲劇…。そして、それを利用して生き延びる人々もいる。

ひとつの事実によって、これほどまでに、自分の思い出や自尊心や家族や知人への印象・想い、経験したことの意味が変わってしまうということがあるのでしょうか。
自分がこの主人公だったら、事実を知った後、どうやって自分を保って生きていけば良いのかわからない。自分の責任ではないけれど、自分の人生を全否定したくなる瞬間がありそう。
ただまさに、命をかけて自分を愛してくれた人がいるんだという事実、これひとつが主人公の生きていく支え、であるとともに、だからこそ、その人が一生苦しむことになってしまった悲しさ。
主人公の寂しさはわたしには想像を絶するものでした。

0
2019年11月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

今回はロンドンと上海。
大戦中の上海の様子が、生々しい。日本の侵略が書かれていると同時に、イギリスが犯したアヘン貿易についても書かれている。
『わたしたちが孤児だったころWhen we were orphans 』のタイトルにある孤児とは、両親が行方不明になるまでの子供の頃までではなく、父の死と母に会うまでの時間も含まれているのではないだろうか。
危険な地域に両親を探しに行くときは、中尉やアキラに止められても、語り手の頭を占めていたのは、戦争ではなく両親だった。
カズオ•イシグロの作品には、何度も同じセリフがでてきたり、自分がされたことを結局は自分が他の人にすることになるという設定が多いように思う。孤児のジェニファーに、語り手はかつて自分が大人たちにかけられた言葉と同じように話してしまう。

わりと長い小説だったけれど、いろいろな焦らしや真相を出すタイミングがうまくて、面白かった。

0
2021年10月30日

Posted by ブクログ

ネタバレ

幼少期を上海の外国人居留地・租界で過ごしたイギリス人のクリストファーは、今やロンドンの社交界でも噂の名探偵。彼が探偵になった理由は他でもなく、かつて上海で行方不明になってしまった両親を探しだすためだった。父、母、フィリップおじさん、そして隣の家に住んでいた日本人の友だち・アキラとの日々を回想しながら、遂にクリストファーは真相解明のため再び上海へ向かう。しかし、かつての〈故郷〉は戦火に飲み込まれつつあった。


古川日出男の解説がめちゃくちゃ上手いのであれを読んだ後に付け足したいこともないくらいだけど、この小説を読んでいて、昔からずっと考えていることを思いだしたのでそれを書きたい。
児童文学に孤児の主人公が多いのはなぜだろう、と不思議に思っていた時期があった。名作と呼ばれる作品が書かれた頃は今よりもっと孤児の人口が多かったからとも言えるだろうし、また子どもを主人公として動かすのに大人がでしゃばらないほうがよいという作劇上の理由もあると思う。
でも私は(日出男も書いているように)、人は子ども時代に一度は精神的な孤児になるターニングポイントがあるのだと思う。それは一番近しい存在であるはずの家族、特に親が〈他者〉であることに初めて気づいたとき、子どもを襲う感情ではないだろうか。
我々はある程度の年齢まで親が語る世界を全世界と思って育つ。親がいない人も子ども時代に最初に信頼した人の影響は強く受けるだろう。親が語る視点を唯一のものとし、自分が見る世界と同一視していた子どもは、しかしどこかの時点でそれが唯一でも至上でもないことを知るはずだ。その失望、絶望、孤独、不安、不満が私たちを"孤児"にする。崩れてしまった世界をもう一度立て直すためには、自分と親は違う人間だということを飲み込まなければならない。そうした精神的な過渡期に、孤児を取り囲む世界のあり方を書いた児童文学が求められるのだろう。という仮説がずっと私の頭の中にあったのだった。
しかし本書の語り手クリストファーは、逆に孤児になったがために親、特に母が語る世界と適切な距離を取れないまま大人になってしまった。上海の記憶と両親をめぐる未解決事件は彼のなかで大きく膨らみ、人生すべてをひっくり返すドラマティックなものであるべきだと彼は考えるようになった。人びとに自分を認めてもらうために。
クリストファーは同じく孤児で、社交界での地位を人一倍気にしているサラを最初軽蔑しているが、彼自身も名声に固執している。解決した事件を自慢げに語る口ぶりはポアロのようで笑えるが、誇張癖の裏側には精神的に不安定な少年期を送ったことが見てとれる。壮年になり、引き取った孤児のジェニファーから思いやり溢れる言葉をもらえるようになったにも関わらず、亡きサラからの手紙を自分に都合よく解釈しようとするラストはとても切ない。罪悪感に蓋をして、身勝手な自分を棚に上げて、過去のよいところだけを何度も夢みる。『ロリータ』のラストで感じたような孤独と寂寥感。人はそれぞれ自分に見えている世界を生きるということの、祝福と悲哀。
『わたしを離さないで』の一つ前の作品なだけあり、全体の構成はとてもよく似ている。『わたしを離さないで』のほうがよりブラッシュアップされ、洗練されているが、本作のミステリーあり・ラブロマンスあり・ユーモアあり・市街戦ミッションありのサービス多めなイシグロも好きだ。ちょっと下世話なゴシップ要素を取り入れても品が良くなってしまうところも、私には美点に感じられる。
また、この小説はメタ探偵小説としても面白い。上海の租界という設定は古き良き探偵気分を盛り上げるし、アキラとクリストファーの探偵ごっこもリアルな子どもの世界の嫌さを書いていて(笑)楽しい。作中で幼いクリストファーが大人から言い含められる場面もあるが、ホームズやピンカートン作品のように現実の世界にもたったひとつの揺るがぬ真実があり、それを暴いて秩序を取り戻すことができると信じることは、それ自体とても幼稚な考えではある。けれどクリストファーにはずっとそれが〈世界〉だったのだ。日中戦争がまさに勃発した瞬間の上海にいてさえ覚めないほどに。その幻想と現実の狭間を覗き込むとき、笑いと涙が共に浮かんでくる。

0
2020年12月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

わたしたちが孤児だったころ。カズオイシグロの本のタイトルは、いつもこれしかないと思わせるタイトルをつけてくれる。
この本には、主人公は勿論、幾人の孤児が登場する。サラ、ジェニファーを含む3人が主に指している人物だと思うが、要素として日本人としてのアイデンティティが今一つ持てずにいたアキラも精神的には孤児だし、犬を助けて欲しがった少女は、戦争で散っていった民間人の遺子である。アキラと思われる日本兵の子供も孤児になってしまうかもしれない。

そして、孤児達は、様々なバックヤードや性格違いがあるものの、根底の心根にあるものは非常に似通っているように思える。
現実から目を逸らし、答えのみつからない幸せや真実を追い求める。あるいは、自身は大丈夫であるという振りをする。そのこと自体に本人は気付いていなかったりする。

後半は特に顕著で、クリストファーは、一歩引いてみると、あまりにも幼稚で幻想的な冒険譚を繰り広げる。戦争という超現実の真っ只中で。
「慎重に考えるんだ。もう何年も何年も前のことなんだ。」
空想に遊びふけっていた子供時代を未だ抜け出せていないのだ。

悲劇的な真実が明らかになった後、20年後になって、冒険譚は一応の幕引きを迎える。
そして、上海だけが故郷といっていたクリストファーは、ロンドンも故郷として馴染んできた、残りの人生をここで過ごすことも吝かではない、という。
1人の虚しさを思い出すようになる。反面、昔の栄光に追い縋っている面も見られる。子供から大人へ、成長する瀬戸際なんじゃないかなと自分は解釈した。
ここからどうなるかは、クリストファー次第。

0
2020年10月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

『日の名残り』『わたしを離さないで』の著者、カズオ・イシグロ氏の作品。

10歳で両親が謎の失踪を遂げた主人公クリストファー・バンクスは、成長し名探偵としての名声を獲得した後、両親の失踪事件を解決するために立ち上がります。

あらすじからすると探偵小説のようですが、探偵小説ではありません。しかし前半は美しい文章と、過去の回想から浮かびあがる様々な事実にワクワクです。

…が、後半は突如として支離滅裂な行動を繰り返す主人公、品のない使い古されたチープな不幸、ありきたりで悲惨な結末にかなりうんざり。(世の中とはそういうもの、という作者のメッセージ!?)

『わたしたちが孤児だったころ』の「わたしたち」とは誰を指すのか等々、作者の意図を色々と妄想しては、考察ブログ巡りを楽しめる一作です♪


※※※ここからネタバレ含みます※※※



この小説、イギリスの方はどんな風に感じるのでしょう。

母親の犠牲の元に生活の安寧と仕事の名誉を獲得していたクリストファー、体調不良を隠していた母とバスに乗ることを楽しんでいたサラ、アヘン貿易で得た富で生活していたクリストファーの母親…この物語は、他人の犠牲の上に成り立っていた“箱庭”で幸せに暮らしていた人たちが、その後「なにか価値のあることを成し遂げなければ」という強迫観念に近い思いに縛られて苦しむ話に読めました。(この“箱庭”から出ることが“孤児になる”ことなのでしょうか。)

作中に出てくるアヘン貿易をはじめとして、イギリスには多くの他民族の権利と尊厳を犠牲にして富を得てきた歴史があります。そんな“箱庭”に暮らしてきたイギリス人は、同じような葛藤を抱えているのでしょうか?まぁ、日本の歴史も大概ですが…。

などと妄想を膨らませて楽しめるという点では素晴らしい作品でした。読み終わった後の考察ブログ巡り含めて楽しめる一作だと思います!

※個人的には『わたしを離さないで』のほうが静かに心を抉られる感じで好きなので☆3

0
2023年05月16日

「小説」ランキング