あらすじ
社会正義はめんどくさい。
人種や性別、性的指向などによらず、誰もが「自分らしく」生きられる社会は素晴らしい。だが、光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる。「誰もが自分らしく生きられる社会」の実現を目指す「社会正義(ソーシャルジャスティス)」の運動は、キャンセルカルチャーという異形のものへと変貌していき、今日もSNSでは終わりのない罵詈雑言の応酬が続いている──。わたしたちは天国(ユートピア)と地獄(ディストピア)が一体となったこの「ユーディストピア」をどう生き延びればよいのか。ベストセラー作家の書き下ろし最新作。
(底本 2023年8月配信作品)
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
読書録「世界はなぜ地獄になるのか」5
著者 橘玲
出版 小学館新書
p270より引用
“ この世界が地獄になるのは、得体の知
れない「陰謀」のせいではなく、その方が
都合がいい者がいるからなのだ。”
目次より抜粋引用
“小山田圭吾炎上事件
ポリコレと言葉づかい
会田誠キャンセル騒動
社会正義の奇妙な論理
「大衆の狂気」を生き延びる”
評論家・作家である著者による、昔に比
べて平和で穏やかなはずなのに生きにくい、
現在の状況が生み出される原因について
記された一冊。
有名人の炎上から社会正義の動きや流れ
について、現実の息苦しさの実例を挙げて
論じています。
上記の引用は、本編の結びの一文。
どんなに正しさを説く綺麗な言葉であって
も、どこまでいっても誰かが利益を求める
行動でしかないのかも知れません。
貧しい子供の助けを訴えていた人が、大豪邸
に住んでいた、なんて話もありましたね。
この一文を書き残すために、本編の全てが
書かれているのだなと思われました。
p66では、今の世の平和と安全に対し、
体感の治安の悪さについて少し書かれてい
ます。
滅多に起こらないことに事件について、大
げさに騒ぎ立てる人たちの言葉には、よく
よく気を付けたいところです。
今の世の中を、穏やかに生き抜くために、
なにがしかの参考となるであろう一冊。
特に、p263からの項だけでも、一読してお
くと良いのではないでしょうか。
ーーーーー
Posted by ブクログ
はじめに、の中に、タイトルに対しての回答がざっと詰まっているので、ここを立ち読むだけでも意味があると思います。
私は正直ショックだったのですが、なるほどとも思い残念な納得感を感じました。
誰もがその所属するなににも縛られず「自分らしく」生きられる社会は素晴らしい、というのはその通りなのだけれど、結局そのリベラル化が極まっていくことにより社会はどんどん複雑になり、私たちはの首がだんだんと締まっていくという現実。
ポピュリズム(右傾化)がリベラル化の行き着く先ということは、もうどっちに行っても最終的には地獄に着くってことなのかもしれないですね。悲しき人間社会。。
日本も近年は平和と自由を享受できるサービス期間だったのかな。
Posted by ブクログ
SNSで無限に繰り広げられる醜い言い争いやネット上での炎上を1度でも見た事ある人にはぜひ読んで欲しい。
リベラル化の行き着く先、キャンセルカルチャーが勢力を広げる理由、差別、正義、過度な尊敬表現などを生物学的視点を交えて論理的に説明される。
世の中の動きを少し離れたところから見ることで自らの立ち回りや思想を確認し、上手く生きていくことが出来るかもしれない。
Posted by ブクログ
リベラルから生まれた鬼っ子レフトが巻き起こすキャンセルカルチャーの実態がよく分かった。いつでも極端なことを主張するものは、自他共に苦しめ、地獄を作る。アメリカの大学がとんでもないことになっている現状に驚きつつ、日本でも学園闘争が叫ばれた時代に「極左暴力集団」と一括りにされた中に、似たようなことが起こっていたことを思い出す。筆者が言うように、キャンセルカルチャーの落とし穴を息を潜めて回避しながら、新しい時代の新しい解決策を待つしかないのだろうか。
Posted by ブクログ
おーこれは久々に面白かったです。(最近、著者の新しい本て前の奴と中身いっしょじゃなない?みたいのが多かった気がするのでいうと。)
2025.2.6追記
松ちゃん・中居くん、フジテレビの件など、本当に世界が地獄になってきましたねえ。また、トランプがLGBTをぶったぎったことで、これまでの数年がいかにおかしなリベラルが広がっていたかも露呈しまった気がします
P6
私は”リベラル”を「自分らしく生きたい」という価値観と定義している。そんなのは 当たり前だと思うかもしれないが、人類史の大半において「自由に生きる」ことなど想像 すらできず、生まれたときに身分や職業、結婚相手までが決まっているのがふつうだった。 「自分らしさ」を追求できるようになったのは近代の成立以降、それも第二次世界大戦が終わり、「とてつもなくゆたかで平和な時代」が到来した1960年代末からのことだ。
P7
その影響は現代まで続いているだけでなく、ますます強まってお り、もはや誰も(右翼・保守派ですら) 「自分らしく生きる」ことを否定できないだろう。 「自分らしく生きたい」という価値観が社会をリベラル化させる理由は、自由の相互性から説明できる。
わたしが自分らしく生きるのなら、あなたにも同じ権利が保障されなくてはならない。そうでなければ、わたしとあなたは人間として対等でなくなってしまう。それで構わないと主張するのは、奴隷制や身分制を擁護する者だけだろう。
このようにして、人種や民族、性別や性的指向など、本人には選べない「しるし」に基づいて他者(マイノリティ)を差別することはものすごく嫌われるようになった。わたしと同じ自由をあなたがもっていないのなら、あなたにはそれを要求する正当な権利がある し、先行して自由を手にした者(マジョリティ)は、マイノリティが自由を獲得する運動 を支援する道徳的な責務を負っている。
「社会正義(ソーシャルジャスティス)」をあえてひと言で表わすなら、「誰もが自分らし く生きられる社会をつくろう」という運動のことだ。そしてこれは、疑問の余地なくよいことである。誰だって、自分らしく生きることを許されない社会(たとえば北朝鮮)で暮 らしたいとは思わないだろう。
ここまではきわめてわかりやすいし、自分を「差別主義者」だと公言するごく少数を除けば、異論はほとんどないはずだ。世界も日本も、このリベラル化の巨大な潮流のなかにある。誰もが「自分らしく生きたい」と願う社会では、「自分らしく生きられない」ひと たちの存在はものすごく居心地が悪いのだ。
光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる。社会がますますリベラルになるのはよいことだが、これによってすべての問題が解決するわけではない。
P9
1) リベラル化によって格差が拡大する
行動遺伝学の多くの研究によって、社会がリベラルになるにしたがって遺伝の影響が強 まり、男女の性差が大きくなることが一貫して示されている。
これは考えてみれば当たり前で、「自分らしく生きられる」社会では、もって生まれた才能を誰もが開花させられるようになるが、知識社会に適応する能力にはかなりの個人差がある。その結果、社会がゆたかで公平になればなるほど、環境(子育てなど)の影響が 減って遺伝による影響が大きくなるのだ。
リベラル化で男女の性差が拡大するのは、男と女で好きなこと・得意なことに生得的な ちがいが(一定程度)あるからだ。男女の知能の平均は同じだが、男は論理・数学的知能 が高く、女は言語的知能が高い。その結果、経済的に発展した国の方が共通テストの平均 点が高くなると同時に、男は数学の成績が、女は国語の成績がよいという傾向が見られ、 男女の性差は拡大している。
性差だけでなく個人のレベルでも、知能や性格、才能など、わたしたちはかなりの遺伝 的多様性をもって生まれてきて、そのちがいは自由でゆたかな環境によって増幅される。
P10
誰もが自分の才能を活かすことができるリベラルな社会でこそ、経済格差は拡大するのだ。 逆に、独裁者が国民の職業を決めるような専制国家では、(一部の特権層以外の)経済格差は縮小するだろう。
(2) リベラル化によって社会がより複雑になる
前近代的な社会では、個人はイエやムラ、同業組合などの共同体に所属していたから、 社会を統制するには何人かの有力者に話をつければよかった。だが「自分らしく生きられ る」社会では、個人はこうした中間共同体のくびきから解放され、一人ひとりが固有の利 害をもつようになる。その結果、従来の仕組みで利害調整することが困難になり、政治は 機能不全を起こすだろう。
(3) リベラル化によってわたしたちは孤独になる
自由は無条件でよいものではないし、共同体の拘束は無条件に悪ではない。あることを 自由意志で選択すれば、当然、その結果に責任を負うことになる。逆にいえば、自分で選択したわけではないことに責任をもつ必要はない。
(4) リベラル化によって自分らしさが衝突する
P12
リベラルを自称するひとたちは多くの基本的なことを間違えているが、そのなかでもも っとも大きな勘ちがいは、「リベラルな政策によって格差や生きづらさを解消できる」だろう。なぜなら、そのリベラル化によって格差が拡大し、社会が複雑化して生きづらくなっているのだから。
P55
キャンセルカルチャーの特徴は、キャンセルされるような地位についた者が攻撃の対象になる一方で、同じことをしていても、キャンセルできる地位になければ無視されることだ
P78
日本語の複雑な尊敬語や謙譲語は、お互いの身分をつねに気にしていなければならなかった時代の産物だ。それが身分のちがいのない現代まで残ってしまったため、命令形は全 人格を否定する。上から目線になってしまった。日本語は、フラットな人間関係には向異常に丁寧な言葉づかいが氾濫する理由は、日本人が日本語に混乱しているからだ。
P145
毎日、殴るけるの暴力にさらされていたら、とうてい健康に過ごすことはできないだろう。周囲から批判されたり、仲間外れにされたりして、ステイタスが低いことを意識させられ宇のは、脳のレベルではこれと同じ体験なのだ。
人類が進化の大半を過ごした旧石器時代では、ステイタスが下がる(共同体から排除さ れる)ことは文字通り死を意味した。こうして脳は、ステイタスが下がると「このままでは死んでしまう」という警報を全力で鳴らすようになった。
その結果わたしたちは、ささいな批判や噂を過剰に意識して動揺し、ストレスホルモン を大量に分泌させ、交感神経がつねに亢進している状態になってしまう。現代社会では、 この不都合な仕組みが、身体的・精神的なさまざまな不調を引き起こしているのだ。
P161
わたしたちはステイタスの高い者に憧れながら、ステイタスの高い者を引きずり下ろそ うとし、他者からの批判を過剰に気にして身を守りながら、ライバルの足を引っ張って自分のステイタスをすこしでも高めようとあがいているのだ。
ところがステイタスゲームでは、理由もわからないままソシオメーターに振り回されるだけで、どこまでいってもゴールは見えない。この残酷なゲームを、ものごころついてから死ぬまでプレイし続けなくてはならないのだ(高齢者施設では、入居者同士のステイタ ス争いを調停するのが大きな負担になっているという)。
P165
地方の平凡な高卒の女の子は、スーパーなどで非正規の仕事に就き、同級生の男の子と 結婚して子どもをつくるという退屈な未来しか想像できないかもしれない。だがそんな女の子でも、エロス資本を活用することで、数万人や数十万人のフォロワーを獲得できる。 AV会社が「フォロワー100万人でAVデビュー」などのプロモーションを盛んに行なって いるからで、ハッシュタグをつけて写真や動画を投稿するだけで、多くのフォロワー(AVファン)が集まってくる。 それ以外の方法で彼女が同じ数のフォロワーを集めようとすれば、アイドルや歌手、あるいはYouTuberとして有名になるなど、かなりの才能と幸運が必要だろう。そう考えれば、これは評判を獲得する魔法の薬(劇薬)のようなもので、“夢”を目指す女の子が次々と 現われるのも不思議ではない。いまや若い女性にとって、AV女優は「汚れ仕事」ではな く芸能活動と見なされているという。
P168
自分のステイタスが低いと感じたとき、劣等感を覚え自己肯定感が下がる。その意味でわたしたちはみな、ある状況では自尊心が高く、別の状況では自尊心が低い。
自尊心が危機に瀕したとき、どのような対応をとるかは、個人によって異なるだろう。 あるひとは、劣等感を感じさせる集団から離れ、高いステイタスを確保できる(マウンテ イングできる)集団に移るかもしれない。一方、その集団にとどまり、ステイタスを上げようと努力するひともいるだろう。
これは、どちらが正しいとはいえない。
自己肯定感をもてる環境に移れば精神的には楽になるが(主観的なステイタスが健康に 及ぼす影響を考えればこれはきわめて重要だ)、競争を放棄して低い社会的地位に甘んじ ることになりかねない。その一方で、自分を高める努力をすることは成功への条件だが、無理矢理ステイタスを高めようとすると、燃え尽きてしまうかもしれない。ステイタスゲームはきわめて複雑で、唯一の攻略法はないのだ。
P217 地雷原に近づくな
これが、キャンセルカルチャーへのもっとも現実的な対処法になる。そして多くの場合、評判を守り、社会的な信頼を失わないための(ほぼ)唯一の方法でもある。
Posted by ブクログ
リベラルが格差を広げ、ポリコレが自由を奪う。
前半はキャンセルカルチャーの台頭(小山田圭吾)やポリコレ(会田誠)の実例。またLGBTQなどがいかに少数派の権利から多数派の多大な責務になったかが詳説されている。
インターネットの台頭により、人間は常に世界中の不特定多数との競争を強いられるようになった。その中で成功ゲーム、支配ゲームに勝てない人達が美徳ゲームで報酬を得るために不道徳を攻撃することがSNSを通じて過激化される。他方で推しとはアイデンティティ融合により集団としてゲームに参加しステイタスを上げることである。そのような過程で人々はSNS上で集団を形成し時に互いを攻撃するが、心の痛みは体の痛みと同じダメージを脳に与えるということを考えればこれは実質的には集団同士で暴力の応酬をしているのと実質的に変わらない。
第二次世界大戦後の平和な時間が長く続き、世界は極端にリベラルになった。そこでは各個人の個性が尊重されるべきで、その個性に対する意見は場合によっては社会悪とみなされる。しかも物理的な暴力や脅迫などのわかりやすい悪と比べてこのような社会悪は法律ではなく被害者の感情にのみによって判断されるので、不用意な発言を切り取られSNSなどで集団罵倒などを受けることがあり、これは現代における超法規的な私刑であると捉えると、このような社会はある意味で法治国家以前の相互監視による社会システムにも取ってしまったとも考えられ、特にSNS上での有名人達にとって非常に生きづらい世の中になった。このような世界でダメージを最低限避けて生きていくためには目立たず主義主張を表明せず生活するというのが残念ながら一つの解決策となっている。
Posted by ブクログ
リベラル化の潮流 自分らしく生きられる
社会が複雑に 孤独に 自分らしさが衝突 格差拡大
リベラル化の帰結、その一部としてのポピュリズム
キャンセルカルチャー 反倫理 反道徳
小山田圭吾 東京パラリンピックテーマ曲
ロッキングオンジャパン記事 和光学園 高機能自閉症
地位についた者が攻撃の対処、キャンセルできる地位になければ無視
資格がないと辞退すべきだった・・・
ポリコレ political correctness ~グローバル空間での適切なふるまい方
身分制から生まれた日本語 相手のとの距離を調整 上下/内外
大きな差別がなくなり 小さな差別へ 言葉づかい 過剰な敬語
会田誠「犬」
オリエンタリズムを超える「低俗な変態的画題を風雅な日本画調で描く」
アーティストではなく、プラットフォームへの抗議
言論・表現の自由: 何が正しいかは議論で決着・・できない
評判格差社会のステイタスゲーム
80億人の中で ステイタスを上げる
「成功」「支配」の地位にない被害者が「美徳」で正義を振りかざす
「帰属する集団のステイタス」アイデンティティ融合(推し)
共同体の制約の中、ステイタスの高いものを引きずり下ろし、自分を高める
↓
社会正義
欧米の左派の信念 あらゆるものに差別がある 陰謀論 リベラルと対立
↓
大衆の狂気 ~法に触れなければ何をしてもいい
キャンセルカルチャー産業によって作り出される地獄
特定の問題に時間資源投じられるマイノリティが そうでないマジョリティを抑圧
脳はしゃべり続けている差別主義者 ←前頭前野がブレーキをかけている
「極端な人」 一定の抑圧がされているが 批判されるとブレーキが外れる人
地雷原に近づくな 個人を批判しない リベラルの立場で発言する
世界も日本もリベラル化の巨大な潮流の中にあるというのは著者が近著のなかでくりかえし指摘してきたことである。今回はこの「だれもが自分らしく生きられる社会」を目指す社会正義の運動が、「キャンセルカルチャー」という異形のものへと変貌していく現象を考察している。
いつもながら論旨の切れ味がすばらしい。PART3に出てくる会田誠の話は、私が実際にこの個展を見ていたことからとりわけ興味深く読めた。
Posted by ブクログ
自由を求めてるはずなのに、自由になってってるはずなのに、現実はどんどん息苦しくなる。
ポリコレやソーシャルジャスティスの名の下に、今日もあちらこちらで火が上がる。SNSでの炎上は、もはや通常運転のうちになっています。オンライン上に残した足跡はすべて監視され、バレたら総叩きの目に。いまやこの世はおそるおそる薄氷の上をゆくようなキャンセル・カルチャーの嵐です。どうしてこんなことになったのか、またどうやってこの地獄をサバイブすべきかをこの本は教えてくれます。
五輪担当をキャンセルされた小山田圭吾の問題。会田誠の芸術作品『犬』に見る表現の自由と言論の自由。差別へのNoを先鋭化させた海外リベラルの、度を越した言葉狩り。複雑多様な性別やジェンダーを紐解くために、変態性癖やその原因であるテストステロンにも触れ、はたまた日本語の敬語表現など言語学的なフィールドにも分け入り、それらを全体的に俯瞰しながら、キャンセル・カルチャーの構造を暴きます。
この本の中で著者はリベラルを「自分らしく生きたい」という価値観、だと定義します。そもそも人類史において、生まれながらの身分などに縛られず、”自分らしさ”を追求できるような社会になったのは戦後からだということにあらためて驚嘆しました。日本も戦後急激にリベラル化が進み、いま現在もみんなが自分らしく生きられるように、よりよい社会を目指しています(そのように見えてはいます)。
しかしそんな戦後のリベラルな運動によって、格差や人間関係の複雑化、婚姻率や出生率の低下、価値観の衝突が生まれたとこの本は説きます。旧態依然の価値観やコミュニティでは安定を得られなくなり、リベラルな価値観からこぼれ落ちたものは、その反動でより右傾化。そして2026年2月現在、今の政治的潮流はまさにこの説明の通りで、この右傾化する結果まで含めて、近現代のリベラル化の必然的な帰結だと述べられています。そもそも「リベラルで格差や生きづらさがなくなるという考えが大きな勘違いだった」というのが(どちらかというと)リベラルな自分にとっては少なからずショックでした。インクルーシブを目指してるはずなのに、不寛容になって、息苦しさが色濃くなっていくなんて、本末転倒すぎる。こんな残酷なカラクリってあるの!?
英語圏で”障がい者”を表す単語が、よりポジティブなものに言い換えされていった結果、当事者である障がい者の側から「まるでポジティブであることを強要されているようだ」という声が上がって、元の単語に戻ったというエピソードが紹介されています。一見笑い話のようだけれど、なんとも考えさせられる示唆に富むものでした。叩かれないように言葉遣いに気をつけた結果、「無意識レベルの差別だ」という言いがかりで、◯◯警察が逮捕(ネットスラング)し始めて、しまいには当事者間でも意見が分かれるような細かいニュアンスまで掘り下げてしまっては、息苦しいに決まっているでしょう。
現代美術家・相田誠を取り上げた章が特に面白かったです。美術や表現活動が不適切だという場合、抗議は作家に対してではなく、美術館や主催者などへ向く場合が多いとのこと。なぜなら作家への抗議は表現の自由への配慮があるからだそう。相手の言論・表現の自由を直接否定することは、ブーメランのように自分に返ってきますもんね。でも平気でそれをする奴がいるのも事実。昨今の論破ブームも、自分の正当性を守りたいだけで、そのために相手を引きずり下ろすばかり。それでは建設的な議論にはなり得ません。他者の文脈を読み取りつつ、自分の文脈も守っていかなきゃ。それが本当に難しくて、体力を使うことは百も承知だけれど。
わたしにとって複雑怪奇だったのがジェンダー/セクシュアリティ問題を取り上げた章。ひとくちに「性」といっても、生物学的な性、性自認、ジェンダー、表現する性と階層は複雑。でもこの章を読んで昨今話題になった、男性から女性に転換したトランス女性は女性トイレ・女風呂を使ってもいいのか問題をわかりやすく捉え直すことができました。
社会的なステータスを得られないものが、匿名かつローコストで正義のヒーローになれるSNSを手に入れ、正義の名のもとに他者を糾弾するようになり、”正義というエンタテインメント”の味を覚えた、と著者はキャンセルカルチャーの社会的・生物学的な背景をこのようにまとめています。
この本を読んで、キャンセル・カルチャーはこんなに複雑で繊細な問題なんだと気づきました。ジェンダー、人種、宗教、性的指向、障がいなどの全てのポリコレに適応するなんて無理ですよ。配線が張り巡らされた爆弾に立ち向かう地雷処理班ぐらいの器用さじゃないとサバイブできないのでは、と思えてきます。
「正義」という、まるで大いなる意志のようなものがつねに自分たちのそばにある、というのがまず幻想だと思いますし、その幻想が人それぞれで全く違うということが問題の複雑さを産んでいると思います。そもそも正義なんてない!地球が誕生して以来、正義なんてものを自然は用意してない!人間が作っただけ!本当はすべて個別の事案!どんなルールにも完璧はない!ルールや、ルールを作った存在である人間に、完璧はない!、、、ゼエ、ゼエ、ゼエ、、、とこんな風にヒートアップする自分も、「正義」という幻想に取り憑かれているのかもしれません。
放火魔のごとく、火をつけ焚き付け面白がっているだけの人間のことはわからないけれど、少なくとも本気でキャンセルを訴えている人にはその人なりの理屈や文脈があるんだ、ということは分かっておこうと思いました。それを理解できるか、理解する必要が自分にあるかは置いておいて。
とりあえず瞑想でもするか、、、
Posted by ブクログ
世界はなぜ地獄になるのか ─ キャンセルカルチャーと「構造との付き合い方」をめぐる読書メモ
この本を通して浮かび上がってきたのは、「悪」を設定して世界を単純化しようとする人間の認知の省エネ本能と、それがネット空間で野生化したときに社会全体を地獄化させるメカニズムだと感じた。小山田圭吾や会田誠、イェール大学のハロウィン騒動、ドッグパーク論文、woke文化やナイス・レイシズムといった具体例は、すべて「悪を確定し、文脈を捨て、二元論に還元する」という同じパターンをなぞっているように見える。
自分自身の経験と重ね合わせると、この本は単なる「現代社会批判」ではなく、「いま自分が立っている足場の説明書」に近い。エールのつもりでかけた言葉が「冒涜」と受け取られ、構造を変えようとした動きが「パワハラ」とラベリングされる。こちらの意図や文脈と、相手のソシオメーター不安とが食い違うところに、キャンセルまでいかないまでもミニ・キャンセル的な出来事が起きる。この本に出てくる登場人物たちと、自分の状況が妙に重なって見えた。
印象的だったのは、橘が「炎上する世界」を、進化心理学とステイタスゲームの観点から描き直している点だ。人はソシオメーターによって他者からの評価を常時モニタしており、拒絶や失墜への恐怖を抱える。その不安を和らげる一つの方法が、「他人を陥れて、自分が攻撃される位置から少しでも遠ざかること」だという説明は、自分が考えていた「恐れ起点のいじめメカニズム」ともぴたりと噛み合う。正義や社会正義を掲げた攻撃が、実はソシオメーターの自己防衛として機能しているという視点は、心地よいほど腹に落ちた。
マイクロアグレッションやインターセクショナリティといった概念が、なぜここまで強く支持されるのかも、この文脈で理解できる。有色人種やマイノリティの学生にとって、イェールのような大学は「外の世界よりは安全であってほしい場所」であり、そこすらも抽象的な自由の名のもとに放任されると感じたとき、「ここだけは守ってくれ」と強く主張したくなる。その背景には、「イェール以外には本当に守ってくれる場がほとんどない」という生きづらさがある。そう考えると、彼らの被害者意識は単なる甘えではなく、希少な安全基地への期待の大きさの裏返しと見える。
一方で、この本が描く地獄は、当事者にとってはかなり身近な話でもある。会社内での自分の立場、かつての査読経験、相手部署へのエールが「冒涜」と読まれるエピソードなど、自分がこの数年で味わってきたことの多くが、「構造を知らないまま、正しさだけで踏み込んだ結果」として読み替えられる。自分の言動の動機は「エントロピーに抗う」「構造をよくする」側にあるつもりでも、相手から見れば「批判」「攻撃」「上から目線」として処理される。その落差を、橘の枠組みはかなり冷徹に説明してくれる。
この本を読んだことで、一つ大きく変わったのは、「100点を取りに行くことをやめる」という決心に近い感覚だ。状況を変えたい、構造をよくしたいという欲求に突き動かされると、「すべての場で常に最適解を選び続けねばならない」というインナーペアレントが顔を出す。だが、そうやって全方位で本気を出すと、ソシオメーターと評判リスクの板挟みになり、燃え尽きるだけだということも、体感として分かってきた。今の「歴史的・構造的な背景がある問題としていったんラベリングし、自分は整理役・アイデア提供者に徹する」というやり方は、まさにこの本が示す“地獄を生き延びる”スタイルと重なっていると感じる。
もう一つ、この本と対話する中で強く浮かび上がってきたのが、「バンド」と「トライブ」の構想だ。人類学的なバンド/クラン/トライブの話や、橘川幸夫の「世界を変えるのはバンドだ」という感覚と、自分のバンド構想がリンクしてきた。すべての人がバンドに属し、その中で自己実現と他者貢献をする。そのバンドを束ねるトライブには、コーチングやファシリテーションを担う人を置く。全員がエグゼクティブ・コーチングを個別に受けられなくても、バンドとトライブを通じて“構造への気づき”が循環する社会。これは、この本が描く「炎上とキャンセルで地獄化した世界」とは真逆の設計思想として、かなりしっくりきている。
結局のところ、『世界はなぜ地獄になるのか』は、「世界がなぜこんなに面倒くさく、生きづらくなったのか」を他人事として眺める本ではなく、「今ここで自分がどんなゲームの盤上にいるのか」を理解するための地図だと感じた。そのうえで、「全部を救おうとしない」「C調で、でも世界は変えられるという楽観を手放さない」「バンドと小さな場に賭ける」という自分なりのスタンスを少しずつ言語化できたことが、この本を読んだ一番の収穫だと思う。
Posted by ブクログ
人間は自分の見たいものしか見ない。自分の正義と誰かの正義に優劣はつけられず共存する世の中、天国でもあり地獄でもあり、その中で生き抜く必要があるのか。
Posted by ブクログ
読んでいてどんどん怖くなる本。
大義や正義を振り翳して、憎しみ合い攻撃しあう。
人は醜く愚か。
ボンヤリ感じていたことを言葉にしてくれてて、しっくり。
面倒で地獄のようなこの世界で、平穏に生きていきたい。。。
Posted by ブクログ
世の中で起こっていることやニュースで目にするような、なんか「モヤっと」することをはっきり文章にして解説してくれていて、読んでいてすっきりした。
人種問題やキャンセルカルチャーなど、あくまで中立な立場で説明があるため読みやすかった。
リベラル化による弊害など、一切興味のなかった分野にも少し興味が持てて理解できた。
特に、SNSとキャンセルカルチャーの関係など、スマホ脳や最強脳の書籍と関連するような話もあり繋がりが持てた。
Posted by ブクログ
凡庸な結論だけど地雷原に突っ込むな
キャンセルカルチャーが広がり社会と関わりを断ちたくなる者が増えていくって話があったけどまさにそれを考えていた
私はマイノリティ的な属性は持たないので非常に楽に生きていけているけど、それでも面倒な人から絡まれてゲンナリする事がある
マイノリティ側の人の心労が伺える
こちらから攻撃しないから傷つけないで欲しい
白人は無条件で黒人差別の罪を背負わされてる話は興味深かった
Posted by ブクログ
社会問題についての知識が浅いことを認識させられた。頭の中で噛み砕きながら読み進め時間はかかったが、その分考えさせられることが多かった。
エッセンスとして教養も深められた。散々遠回りしても、結局の結論はやっぱりそうだよなと思わされた。ふわっと思っていたことや疑問が言語化されて、1冊の本の分量の根拠も肉付けされた感じがする。
Posted by ブクログ
う〜ん、なんか怖いですね。
SNSの発達で、誰もが自由に発言できるようになった。しかし、執拗に攻撃して炎上し、人を傷つけることも。
マイノリティの人権を保護するが行き過ぎて、マジョリティが息苦しさを感じる。それも違う気がしますし…。
余計な発言をして、物凄いバッシングを受けた事例などもあり…なんでしょうね。生きづらい世の中になったのでしょうか。
冒頭の小山田圭吾さんの話も、なんだかなぁ…そうなの?無実の罪で、東京五輪の音楽プロデュースから降ろされたの?
この内容が、どこまで事実かわかりません。でも、書くことの暴力みたいな事は感じます。どこを、どう切り取って書くかで、受ける印象は変わりますから。
そこから、誰もが発言出来るSNSの暴力的な話になり…本当、生きづらい世の中ですね。
Posted by ブクログ
世の中の歪み、生きづらさの原因、難しさ、矛盾などについて、こういうことなんだな と思う。
地獄的な面について認識しておきつつ、世界や身の回り確かに存在する、ささやかな幸せや美しさに目を向けて生きたい。
Posted by ブクログ
誰もが「自分らしく生きる」ことを追求できるようになってきたという意味でリベラル化は基本的によいことだということは前提としつつ、その必然的な帰結として、そこから生じた「社会正義(ソーシャルジャスティス)」の運動がキャンセルカルチャーという異形のものへと変貌していき、世界が「地獄」と化していくことの背景等を考察し、それをどう生き延びればよいかについて示唆。
偏った考えが入り込みがちなかなり難しい問題だが、著者は冷静かつバランスのとれた筆致で、様々な研究や見解も参照しつつ、考察を進めていて、好感を持つとともに、内容にも納得性があった。
報道で聞きかじった程度でイメージを形成していた小山田圭吾炎上事件や会田誠キャンセル騒動の詳細も把握でき、また、アメリカの「社会正義」運動の実情やトランスジェンダー問題等についても勉強になった。
ただ、この天国と地獄が一体となった「ユーディストピア」をどう生き延びるかということについては、「極端な人」に絡まれないようにする、「寛容」と「中庸」が肝要、そして、この世界の仕組みを正しく理解し、うまく適応することだというあまり救いのないもので、まあそうだろうなと納得しつつも、ちょっと暗澹たる気持ちになった。
Posted by ブクログ
「はじめに」でほぼ言い尽くされている。"リベラル"を「自分らしく生きたい」という価値観と定義すれば、「リベラルな政策によって格差や生きづらさを解消できる」は「大きな勘違い」で、「そのリベラル化によって格差が拡大し、社会が複雑化して生きづらくなっているのだから」という。そして「「反知性主義」「排外主義」「右傾化」で、一般的にポピュリズムと呼ばれるが、これはリベラリズムと敵対しているのではなく、リベラル化の必然的な帰結であり、その一部なのだ。--したがって、リベラルな勢力がポピュリズム(右傾化)といくら戦っても、打ち倒すことはできない。」「誰もが自分らしく生きられる社会」の帰結がキャンセルカルチャーの到来を招き、世界を地獄にする。
ということが、具体的に、そして論理的に書かれている。なるほど、そんな感じがする。
地獄を生き抜くための結論は「エビデンスを呈示できる専門分野では積極的に発言してフォローワーを集め、それ以外の領域では炎上リスクのない投稿(ネコの写真など)にとどめるのがいいかもしれない」「キャンセルの標的にされたときの甚大な(取り返しのつかない)損失を考えれば、これがほとんどのひとにとってもっとも合理的な選択になるのではないか。」
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リベラルの行き過ぎで曖昧さがなくなると地獄になることが事例をもって示されている。自由の国米国もどんどん不寛容になっているのかも知れない。「不適切にもほどがある」を思い起こさせる。大きな問題(戦争やあからさまな人種差別)が片付いた今、こまかな問題をあげつらって議論することになり、意見の一致が得づらくなる。大変興味深い本だったが、今後の生き方として「炎上をなるべく避ける」という方策が述べられていて、暗い気分になった。
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行き過ぎたポリコレ、誰もが振り翳し幸福感を感じる社会正義、ターゲットになるとキャンセルカルチャーが蔓延し、正義を讃美するかの様な風潮が世界に溢れる。SNSやネットにより情報は取りやすく広まりやすくなったが、世界はユートピアどころではなくディストピアに向かっているのではなかろうか。
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各々の権利や主張を認めるようになると、家の外では窮屈で過ごし辛くなるようになる。そのため、家にこもって過ごす人が増えるようになる。
誰かの正義は、他の誰かの正義で正当化できないので、軋轢が生じて、これもまた過ごし辛くなる要因となる。
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著者は、本書で正義とは何か、自由とは何か、差別とは何かを問うている。
天国と地獄が一体のものならばこの世界から抜け出す方法はない。世界の仕組みを正しく理解し、うまく適応することだけだろうと結論付けている。
特に印象に残ったのは、北朝鮮から脱北し、コロンビア大学に入学した女性が『北朝鮮は狂っていた、しかしこのアメリカほどではなかった』と述べた事だ。パクヨンミ『生きるための選択』
自由の国アメリカで、極端な思想が溢れている事に狂気を感じた。
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リベラルとは、自分らしく生きたいという価値観。そのためには皆対等に同じ権利が保証されなければならない。リベラル化は、必然的に、格差拡大・社会の複雑化・孤独化・アイデンティティの衝突を招く。社会正義の運動は、キャンセルカルチャーに変貌しつつある。
リベラル化を論理的につきつめると導かれることに成程。日本はドメスティックがベースだから、更に大変なのか。
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“地雷原に突っ込むな”
これが全てかな。多様性を強調されるに従い、段々とめんどくささと分断を感じる今日この頃。良し悪しはあると言え、昔の方がまだ生きやすかったのはあるかもしれない。
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橘玲さんの本は、ごく当たり前のこととして自分達がふわっと思い感じていることを具体的な言葉にして、エビデンスを持って説明しており、毎回分かりやすく読みやすい。
本作は、一昔前にいわれた言葉狩り等から波及したキャンセルカルチャーに焦点を当てて話しを進めているが、話が深掘りされてLGBTQ等のマイノリティに話が及ぶ辺りから、専門性が強くなり若干飽きてきてしまった。
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・タイトルの命題を現在進行形の事例をもって解説していく本。
・では、それの対処は?これらを肝に銘じ「地雷」を踏まぬ様、慎重にそれぞれの日々を生きよ。
・広範な事例を元に結構明け透けな(でもリアルな)結論を提示した本書。
・全てに賛同できる訳では無いが、ある種実践書の様相を見せているこの本の正直さには好感を持った。