【感想・ネタバレ】クララとお日さまのレビュー

あらすじ

AIを搭載したロボットのクララは、病弱な少女と友情を育んでゆく。愛とは、知性とは、家族とは? 生きることの意味を問う感動作

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Posted by ブクログ

ネタバレ

ディストピアの世界観が会話から予測できること、母親の行動は誰のためのものなのか。愛と言い切れるのか。最後のシーンの考察を含めて何が正しくて、愛やら、人の定義とはと色々と考えてしまうが、全体的に優しい空気感と世界観に包まれてる作品

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2026年08月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

メリーバッドエンドともいえる結末。
クララ本人は、幸せいっぱい。でも、結局廃棄されてしまっているし、献身的に尽くしたジョジー、そしてリックの道は分かれます。
でも、すべては、本当に無駄だったのか、意味が無かったのか?というのはNOだと個人的には思います。
クララ本人が、よかったと思えたのなら……。
そもそも、意味、こころ、愛、信仰とは何か?人間だけが持ち得ると思われているものが極めて曖昧であることに気付かされる一作だと思いました。

本作の独自要素として、『向上処置』というものがあります。こちらは、知性の向上が望める処置で、受けさせているのが現代だと多数のよう(少なくとも一定の階級家庭では)。だが、命に関わるリスクもあるようで、それによってジョジーの姉は命を落とし、ジョジー本人も命の危機に瀕していることが伺えます。
そもそも、機械ぽいですよね。アップグレード、というか。
そして、この『向上処置』がある世界が、AIと人間の境目をさらに曖昧にします。
ジョジーの父は、『向上処置』をしていないせいで、『置き換え』られてしまったと描かれています。失職と同じ意味ですが、度肝を抜かれる表現ですよね。
この『置き換え』というのも、重要な表現だと思っています。
何故なら作中、人間自身が置き換え可能なものとして何度も描かれるからです。
お手伝いのメラニアさんも最後には居なくなっています。
作中のターニングポイントとなる、『肖像』もそうです。
リックの最終章の科白でさえも。
「ぼく自身は、きっといつもジョジーみたいな誰かを探し続けると思う。」

全然趣の違う作品に『ハイパーインフレーション』という漫画作品がありますが、作中のフラペコというキャラクターがこんな事を言っています。
「役割は替えが聞きます。大事なものは替えがききます。それが、大事な自身の娘だろうと、大事な姉だろうと、祀り上げられた救世主だろうと」。『ハイパーインフレーション』では、自分の命くらいしか大事なものはない(本当に言いたいことも、さらに別のところではありますが、ここでは割愛)という趣旨を言っているのですが、
この「替えがきく」ということを何度も描く本作は、機械と人間の境目を問う意図が感じられます。

作中、ずっとクララの目線で話が進むこともありますが、人間達とは違って、クララの行動に、『こころ』の存在をどうしても感じます。
反面、『トイ・ストーリー』のおもちゃたちとは違い、自身に与えられた役割を全うし、順守する一方、あっさりと廃棄される運命も当然のこととして受け入れます。
AFに書きこまれた命令を、自分たちが「こころ」があると勘違いしているに過ぎないのでしょうか。
だけど、「こころ」ほど曖昧な概念もありません。そもそも、AFやロボットに書き加えられた命令の複雑さはつゆ知らず、私達人間も、本能に従って、行動するのですから。

母親に抱きしめられて混乱するところ。
店長さんに窘められても、ジョジーとの約束を覚え、大事にするさま。
交流会で、ほかの子供に行動を命じられても、応じなかったこと。
そして、ジョジーへの献身。お日さまへの信仰。
誰かのために身を捧げ、誰かのために祈る。
例え、書き込まれた命令だったとしても、この無垢さは、なんというのでしょう。『向上処置』を受けた人間達より、よほど「こころ」があるように思います。

やはりその境目を曖昧にする『向上処置』。
この『向上処置』を受けた人間は、やっぱりどこか超常的というか……サイコパス的というか……進歩のために、他者を顧みない性質があるようにも思います。
献身的なクララとは、あからさまに違います。

先へ先へと進んでいき、終わったものは振り返らない。
クララは結果として、命運通り、廃棄されました。
最後、店長さんと会えて嬉しがっていたし、店長さんも喜んでくれてましたけど、恐らくジョジーに似た独特の足の引き摺り方……『向上処置』を受けたのだと思われる店長さんは、別れた後のクララを振り返りません。
先へ先へと進んでいき、終わった者たちは振り返りません。
でも、それは本当に正しいのか?
と作者は語っているように思います。
テーマの根底は、能力主義や格差社会のアンチテーゼも感じさせます。

ノーベル賞受賞後第一作ということですが、さすがというしかない、一作でした。

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2026年07月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

自分のためじゃくてジョジーのためだけに全てを尽くすクララが持ってるのは、果たして人間的な心なのか。思いやりや憐憫は確かに心の一側面ではあるやろうけど、保身、嫉妬、依怗みたいな醜い感覚が排除されてるそれを心と呼んで良いのかは難しい。
とはいえそんなクララが、人間を特別たらしめるものを看破してるのが何よりも尊い。

お日さまとの約束とかいう、信仰に近い論理に心からの希望を見出してる感じ、映画『A.I.』と同じくSF作品の中でファンタジーに解決策を見出す矛盾と無力感があった。このパターン心が苦しいからやめて欲しい。

最後の店長の「B3型には愛情を感じられなかった」という言葉、人間に近づき過ぎたものには抱けない愛情の存在な。

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2026年02月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

AF(Artificial Friend:人工親友)の女の子であるクララの目線で語られる、未来の世界の物語。
他のカズオ・イシグロ作品でもしばしば見られるように、柔らかく優しい語り口でとんでもないディストピアを描き出す。(好き!)

クララは病弱な女の子、ジェシーの家に買い取られ、ジェシー、その母親および家政婦と共に暮らすようになる。ジェシーの"親友"としての役割に邁進するクララだが、ジェシーの病状は次第に悪化し、さらに家族の仄暗い秘密も明らかになっていく。
物語の世界において当たり前に存在するらしい、優勢思想的な技術もストーリーに影を落とす。

クララは非常に優れた人工知能を有しているが、人間と比較すればその思想は単純である。それでも、登場人物の中で、彼女が一番優しく、信心深く、そして正しく感じられる。しかし、ラストシーンで彼女がハッピーエンドを迎えられたわけでもない。

知性の複雑さが正しさに直結するわけではないこと、そして正しくあることが幸せに直結するわけでもないことが見につまされる。
愛、知性、信仰、倫理観、家族、友達…どこまでが人間だけのものなのか。愛、知性、幸せとは一体何なのか。読者の心に投げかける物語。

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2026年05月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

献身的なクララが運命を変える、的なハートフルな話と思いきや、かなりブラックな話だと感じた
確かに、クララ目線ではジョジーが回復して、様々な体験ができてハッピーなのかもしれないが、実際は用済みとして廃棄されている
途中にもところどころ、向上手術を受けたか受けていないかで格差が決定づけられている描写や、ジョジーの母親の言動に違和感しかないなどの要素が散りばめられており、現代の能力主義の行き着く先として、人の心の温かみが軽視され、誰もが取り替えのきく代用品になる暗い未来が描かれていると感じる

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2026年05月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

最初の方は読みやすくすらすら読めましたが、途中気が滅入ってしまいました。
特に、リックとヘレン、その昔の恋人とのやり取りは、この物語の中でも特に醜悪なやり取りだったと思います。
クララが純真で愛情深く謙虚なAFであるからこそ、そのやり取りがより醜く見えてしまい、そこから読み進めるのが億劫になってしまいました。
また、その反面、クララのお日さまに対するあまりにも真っすぐな感情には、「そんなことで病気が治るわけがないのに……」という苛立ちのようなものを覚えてしまいました。
なので、最後にジョジーの病気が治ったことにはとても驚きました。ご都合主義的というか、ファンタジーなシーンだと思いましたが、その先の展開は苦みの残るものだったなと思います。
全体を通して、あまり楽しめなかったというのが正直なところですが、特別な何かはそれを愛する人の中にある、というフレーズはとても印象に残りました。

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2026年03月24日

Posted by ブクログ

ネタバレ

評価は正確にいうと⭐︎3.5。
学生時代に読んだ『わたしを離さないで』の世界観が好きだったので、あらすじから似たような雰囲気を察知してこちらも読んでみた。

AIロボット視点で語られる美しくて精細な情景描写に対し不穏な気配が根底に漂っていて、そのアンバランスな雰囲気が本当に良かった。
ただ、ディズニー的なファンタジー要素があるとは思ってなくて、そこだけちょっと拍子抜けだったかも。

作中でたびたび登場する用語の意味を調べたときに、検索結果に出てきたAIによる要約で物語の核となる計画のネタバレを喰らってしまったことが本当に悔やまれる。
それさえ無ければもっと衝撃を味わえたかもしれない。

ラストで店長さんと再会して話すシーンは、穏やかさと退廃的な雰囲気が感じられて素敵だった。ぜひとも映像で見てみたい。

「特別な何かはあります。ただ、それはジョジーの中ではなく、ジョジーを愛する人々の中にありました。」

終盤で語られるクララのこの言葉から、私の人生のバイブルである少女漫画『フルーツバスケット』の以下のセリフが思い起こされた。

「例えば人の素敵というものがオニギリの梅ぼしのようなものだとしたら その梅ぼしは背中についているのかもしれません…っ」

一個人を特別なものにする何かはその人自身には見えない(=感じられない)ものでも、その周囲の人にはきちんと見えている(=感じられる)。
人はその人自身では完全な一個人にはなれなくて、周囲と関わり合いを持つことでようやくその存在を完成させることができるのかもしれない。
どんなに完璧なAIでもそこの溝を埋めることはできないのだなとわかって、改めて人間らしさとは何かというものが少しわかった気がする。

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2026年01月04日

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